星秀和

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星 秀和
埼玉西武ライオンズ #33
SL-Hidekazu-Hoshi.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県前橋市
生年月日 1986年11月10日(25歳)
身長
体重
180cm
92kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2004年 ドラフト5巡目
初出場 2008年7月11日
年俸 560万円(2010年)
経歴(括弧内は在籍年)

星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手外野手)。群馬県前橋市出身。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

前橋工業高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権群馬大会で準優勝。高校通算39本塁打。2004年のドラフト会議で西武ライオンズに5巡目指名で入団。捕手として入団し、「ほかのキャッチャーよりもバッティングがいい」と評価され「伊東2世」と呼ばれるなど入団時から期待が高かった。

[編集] プロ入り後

俊足と打力を生かすため、プロ入り後に内野手に転向した。

一年目の2005年は二軍で39試合に出場し、打率.203の成績を残した。捕手24試合・三塁手2試合・外野手1試合で起用された。

2006年も一軍での出場は無かったが二軍で69試合出場で打率.210と前年より成績を上げている。三塁手14試合、遊撃手1試合のあと二塁手52試合と、内野手一本で起用された。

2007年、二軍で68試合に出場したが、打率.217となかなかバッティングが向上しない状態が続いていたのもあって一軍昇格とはならなかった。二塁手40試合、三塁手9試合、遊撃手7試合、外野手6試合と、さまざまな守備位置が試された。シーズン終了後、ハワイ・ウィンターリーグへの派遣選手として選ばれた。

2008年、7月11日の対オリックス戦で一軍登録後、石井義人が日射病の症状で試合から退いたために急遽指名打者として念願の一軍の試合に初出場を果たしたが、ヒットを打つ事はできなかった。二軍では64試合で打率.250、主に外野手として起用された。

2010年、スタメン出場こそ4試合に留まったものの、主に試合終盤の外野の守備固めとして自己最多出場を果たした。8月18日の対ソフトバンク戦では、9回表1死2塁の一打同点の場面において本多雄一が放った右翼への大飛球をジャンピングキャッチし、チームを勝利に導いた。この好守備と、その後に目薬をさしたことで話題になった。

2011年より選手登録が外野手へ変更となった。シーズン途中で同姓の星孝典が移籍してきたため、スコアボード表記が「星秀」(秀は小さめに表記)になった。

[編集] 人物・プレースタイル

背番号は入団以来61であったが、2007年オフに石井一久が移籍した際、1と6の組み合わせにこだわる石井一久に61を譲り、52へ背番号が変更された[1]。その後2010年シーズンより33に変更している。

入団当時の公式プロフィール上では体重78kgとなっていたが、プロ入り後始めたウェートトレーニングの結果、現在では92kgまで増加した。増えた14kgのほとんどが筋肉であり、体脂肪率はむしろ以前よりも低下したとのことである。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2008 西武 3 7 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .000 .000 .000 .000
2009 7 19 18 3 4 1 0 0 5 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 .222 .222 .278 .500
2010 33 27 23 4 6 1 0 0 7 1 1 0 2 0 2 0 0 5 0 .261 .320 .304 .624
2011 3 4 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
通算:4年 46 57 51 7 10 2 0 0 12 1 1 0 4 0 2 0 0 11 0 .196 .226 .235 .461
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 61 (2005年 - 2007年 )
  • 52 (2008年 - 2009年)
  • 33 (2010年 - )

[編集] 脚注

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  1. ^ 52は栗山巧の背番号であったが、同オフに栗山が背番号を1に変更したことから空番となっていた。

[編集] 関連項目

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