大学全入時代
大学全入時代(だいがくぜんにゅうじだい)とは、2007年頃(細かい年は諸論分かれる)に日本の大学への入学希望者総数が入学定員総数を下回る状況を迎えるとされる状況を指す言葉である。この言葉を使う場合、それに伴う諸問題もあわせて扱われる。ここで言う問題とは、主に大学教育の質の低下、定員割れ、さらにその結果として引き起こされる大学崩壊などである。
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[編集] 概説
全入とはあくまでも全大学の定員数を統計した上での問題であり、誰もが志望する大学・学部に入れる、浪人生が存在しなくなるというわけでは決してない。この問題は2009年問題もしくは2007年問題とも呼ばれたが、少なくとも2007年度入試では発生しないことが明らかになり、数年後へ先延ばしになるであろうという状況となっている。2011年現在、その問題が発生したかどうかは不明である。
しかし、実際には2000年頃から既に入る大学・学部さえ選ばなければ、経済問題などを除く入学選抜のみの点では誰でも入学できる状況になっている。
高等教育の場である大学自体が市場原理によって淘汰される時代に入ったため、大学崩壊や大学のレジャーランド化が叫ばれるなか、高等教育の場としてのあり方、教育研究の新しいあり方をいかにして各大学が発展させ、生徒の質・量を確保するかが問われている。また、経営難による収支を改善するために、マスプロ教育をせざるを得ない状況にある。
[編集] 受験生獲得競争
その過程で、受験生に対して様々な、時として過剰とも言える宣伝やサービスが行われるようになった。例としては、高校3年生を対象に就職率や就職先企業の実績、在学中に取得可能な公的資格などの広告や宣伝、オープンキャンパス(大学内の見学や学部などの説明、模擬授業、在籍学生や大学職員との交流イベント)、AO入試の実施などである。
大学によっては、オープンキャンパスで周辺主要都市からキャンパスへの無料送迎バスの運行や交通費の補助をしたり、学内食堂の無料券の配布、記念品の配布などが行われることもある。さらに、入試の成績優秀者に対して、入学金や授業料の全額または一部免除を行う大学も増えている。これには、併願受験を行う受験生を囲い込むという側面もある。
私立大学における経営収入の大部分を占める授業料を免除してまで学生を確保する動きがはじまったことは、大学全入時代の大学間競争が教育研究面での戦いだけでなく、財務状況、経営体力の争いであることを示している。よって、学生数を膨張させるマスプロ大学化が進んでいる。
一方、浪人生、ひいては受験生全体の数の減少を受け、予備校においても現役生を視野に入れた経営を行うようになっている。三大予備校の他、東進ハイスクールは現役生中心の授業を行い業績を伸ばしにかかる一方、地方の中小予備校は生徒集めに苦しい状況となっている。
また、専門学校も大学より容易に入学できるという利点が大学全入時代の定員割れを起こしている大学の存在によってその利点が失われつつあり、存在目的である職業教育も大学が力を入れつつあるという苦しい状況となっている[1][2]。
近年では学生のダブルスクール現象が見られ、希望する職業を目指すため専門的な知識・技術を専門学校で学んだり、就職できなかった既卒者や大学を中退して専門学校に再入学するケースも増加しており、ダブルスクール族は今後も増えると見込まれている。[3]
[編集] メリット・デメリット
[編集] メリット
- 受験生の立場から見れば、(超難関校や医学部を除けば)ある程度は希望に沿った大学や学部に入学しやすくなる。
[編集] デメリット
- 研究者も含め大学関係者は、大学間競争の激化により収入が減少したり失職する可能性が生じる。
- 大学進学率が統計上は上昇し、大学卒業者の割合が増加してもあまり勉強しない学生が多いので、我が国における国民全体の知的水準が下がり、学歴のインフレーション状態に陥り、かつ我が国の国民がクリティカルシンキングできなくなる可能性が考えられる。
- 大学間の競争が激しくなっても、単位取得や卒業を厳格にすると志願者が減少するため、教育サービスの質が下がる。しかし、東京理科大学のように単位取得要件や卒業要件をあえて厳格にすることによって理科大生に対する勉学を外発的に動機づけることにより就職状況や大学院進学率を向上させるという戦略を取る大学もある。
[編集] 原因
主な原因として、日本における教育の大衆化の進展、1990年代以降の法的規制緩和による大学の新設ラッシュ、定員増加、少子化などが挙げられる。
1980年代後半から1990年代前半、バブル期に18歳人口がピークを迎えたことや大学不合格者が増加したことにより、各大学に臨時定員増加が認められた。これは後に18歳人口が減少することを前提とした、あくまで一時的な措置であったが、政治家や私学関係者の働き掛けにより、国立大学は元に戻すが、公立大学と私立大学は臨時増加分の半分を維持してよいこととされた。
2000年代に入り、小泉純一郎政権時代の規制緩和が大学にも及ぶことになり、それまでは学校法人審議会による厳しい審査が必要であった大学・学部新設の一部に届出制が導入された。これが大学の新設ラッシュを引き起こし、1992年から2006年までの間に大学は約70校新設され、短大からの四年制移行もあわせると184校増加した。大学全体の定員が増加する一方で少子化は急激に進み、大学全入が現実味を帯びる状況となった。
[編集] 定員割れの増加
「定員割れ#私立大学・短期大学の定員割れ」も参照
大学全入時代を迎えるなかにあって、一部の難関大学や有名大学への受験・人気が集中していることにより地方大学や新興大学は受験生・生徒集めに苦戦している。日本私立学校振興・共済事業団が毎年行っている調査では、近年私立大学で定員割れを起こしている学部・学科等を持つ大学は全体の4割を超えることが続いており、2007年度の調査では私立短大の定員割れ率が初の6割超となった(つまり半数以上が定員を満たしていない)。また、最近では、地方国公立大学でも一部の学科、専攻などで二次募集を行うケースが発生している。
実際に、定員割れによる経営問題や他の問題点を抱えた新興大学は多く、2003年には立志舘大学が定員割れで閉学(完成年度前)、キャンパスは呉大学(現:広島文化学園大学)に吸収された。 2005年6月には萩国際大学(現・山口福祉文化大学)が定員割れが原因としては初の民事再生法適用を申請した。 これらの事例より、「大学の閉鎖」という事態が現実のものとなった。 なお、現時点では上記のように完成年度を迎えていないもの、民事再生法適用して生まれ変わった大学はあるものの、 完成年度を迎えている正規の四年制大学が完全に閉鎖した事例はない。
その後も学生の募集を中止する大学は続出し、2007年には東和大学が募集停止、また三重中京大学、聖トマス大学、神戸ファッション造形大学、愛知新城大谷大学、LEC東京リーガルマインド大学の5大学が2010年度より学生の募集を停止をした(いずれも募集停止後の数年後に閉学予定)。
2006年8月11日付の読売新聞社説「私立大学乱立」によれば、志願者は難関校(都心部)へ集中する一方で、地方の中小規模の新興大学の経営悪化が目立ち、生き残りには、大学の個性のアピール、教育内容の充実、就職支援などによって「ブランド力」を身につける以外にないと記している。
[編集] 入学試験の多様化
このような状況のなか、大学では学生確保のため、AO入試など推薦入試枠の拡大、入試地方会場の設置、独自の学部の設置、受験機会(回数)の増加など、様々な対策を行っている。
一方、定員割れを引き起こしている全入大学で新たに生じた珍現象として、いかに平易な入試問題であっても対応できない受験生が発生し、大学側の困惑を引き起こしている。程度によっては、およそ大学で学ぶに値しない(高校入試問題ですら解けない)受験生が出現し、入試の合否判定会議が紛糾する事態を迎えている。「解答用紙に名前さえ書いてもらえたら何とかします」という大学もある。(2007年5月23日 読売新聞中部版)
また、受験生の目に留まるように、以前では考えられなかった対策も現れてきている。有名なものとしては、
- 「カメラ付き携帯電話で撮影した映像を課題として大学に送信するケータイ入試」(大阪電気通信大学[4][5])
- 「日本中全ての全日制高校を推薦指定校にする」(北陸大学[6][7])
- これは指定校推薦の原義に矛盾している。
- 「大学職員による高校への出張面接」(富士常葉大学[8])などがある。これらについては、奇を衒ったものである、学生の質を落とすものであるなど批判もある。
[編集] 大学の合併
大学の合併という現象も起こっている。
2002年の大阪国際大学による大阪国際女子大学の吸収を発端に、2008年には東海大学が北海道東海大学と九州東海大学を吸収した他、慶應義塾大学と共立薬科大学が合併。共立薬科大学が、慶應義塾大学薬学部となった。歴史ある共立薬科大学の、他大学との合併という選択は大学関係者に大きな驚きを与えた[9]。
2009年4月には、関西学院大学と聖和大学が合併。聖和大学が関西学院大学教育学部となった。
また、聖母大学を運営する学校法人聖母学園と上智大学を運営する学校法人上智学院との間で法人合併契約が締結、2011年(平成23年) 3月31日を以って学校法人聖母学園は解散、2010年4月1日に上智大学に総合人間科学部看護学科と総合人間科学研究科看護学専攻が設置される[10]。
[編集] 高等学校の系列化
有名大学の高等学校との系列化も行われている。
学校法人立命館による高等学校の系列化が知られるが、立命館以外でもこのような系列化が行われるようになった。
2007年には京都成安中学校・高等学校が京都産業大学の系列となり、京都産業大学附属中学校・高等学校となった。
2008年には龍谷大学が平安中学校・高等学校を系列化し、龍谷大学付属平安中学校・高等学校となった他、関西大学が北陽高等学校を系列化し、関西大学北陽高等学校となった。
2009年には摂陵中学校・高等学校が早稲田大学の系列となり、早稲田摂陵中学校・高等学校となった。
2010年4月には中央大学は神奈川県横浜市にある横浜山手女子中学校・高等学校を系列化し、中央大学横浜山手中学校・高等学校とした他、福岡大学は福岡県福岡市にある九州女子高等学校を附属校化し、福岡大学附属若葉高等学校とした。
また、学校法人関西学院と学校法人千里国際学園が合併、千里国際学園中等部・高等部を関西学院千里国際中等部・高等部とした。
また2010年には泰星中学校・高等学校を運営する学校法人泰星学園と学校法人上智学院が提携、泰星高等学校に20名の上智大学への特別推薦枠が設定され、2011年には上智福岡中学高等学校に改名予定である[11]。
[編集] 留学生の受け入れ
主に定員割れになった大学では留学生の獲得を行おうとしているところがある[12]。 しかし、留学とは名ばかりで、一部において授業に出席せずに働き、偽装留学する人たちが問題になっている。
[編集] 国公立大学への影響
国公立大学に関して言えばむしろ国立大学法人・公立大学法人化に伴う再編により絶対数は減少傾向にあるが、これは前述の私立大学の合併とはやや事情が異なる。一般に同等の教育やサービスが受けられるならば、授業料等の安い国公立大学が選ばれやすく、国公立大学への影響は少ないと見られている。実際定員割れを起こしているのはほとんどが私立大学である。
[編集] 入学率の推移
入学率は、1990年には62.1%であったが、2000年には81.7%になった。大学全入時代に突入したといわれる2009年は89.7%であり、2010年が89.5%、2011年が89.6%であった[13]。
[編集] 脚注
- ^ “大学全入時代 生き残りへ危機感募らせる専門学校”. 産経新聞. (2007年10月27日) 2007-01-279..閲覧。
- ^ 原田朱美 (2009年1月5日). “専門学校化する大学”. 新・学歴社会 (朝日新聞) 2009年1月29日閲覧。
- ^ “当世学生 二足のわらじ 厳しい就職 学外で専門技術”. 東京新聞. (2010年3月6日)
- ^ “アドミッションオフィス入学試験 (2)ケータイ入学試験”. 2009年入試制度. 大阪電気通信大学 (2008年). 2008年8月10日閲覧。
- ^ “(2) ケータイで「答案」送信”. 読売新聞. (2007年1月5日) 2008年8月10日閲覧。
- ^ “【北陸大学】秘伝のタレ”. 北陸大学 (2007年). 2008年8月10日閲覧。
- ^ “(6) 全高校を推薦指定校に”. 読売新聞. (2007年1月11日) 2008年8月10日閲覧。
- ^ “(8) 人材待つより「出前面接」”. 読売新聞. (2007年1月13日) 2008年8月10日閲覧。
- ^ “(4)生き残り”. 入試最前線'07. (2007年2月19日) 2010年3月31日閲覧。
- ^ 聖母学園との法人合併契約の締結について
- ^ 上智大学との教育提携締結と学校名変更等のお知らせ
- ^ 留学生獲得に奮闘 小規模校・大規模校 あの手この手
- ^ [1]
[編集] 参考文献
- 中井浩一 『大学入試の戦後史--受験地獄から全入時代へ』 中央公論新社、2007年4月。ISBN 4121502434
- 梶田叡一 『新しい大学教育を創る--全入時代の大学とは』 有斐閣、2000年4月。ISBN 4641280339
- 石渡嶺司 『最高学府はバカだらけ--全入時代の大学「崖っぷち」事情』 光文社、2007年9月。ISBN 4334034195
- 有本章、山本真一他 『大学改革の現在(講座「21世紀の大学・高等教育を考える」)』 東信堂、2003年9月。ISBN 4887135017
- 絹川正吉、舘昭他 『学士課程教育の改革(講座「21世紀の大学・高等教育を考える」)』 東信堂、2004年1月。ISBN 488713536X
[編集] 外部リンク
- 「大学全入時代」(読売新聞)
- 「全入時代」(朝日新聞)
- 「『大学全入時代』とは何か」(京都新聞)