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北川 えり(きたがわ えり、本名:西川 由美(にしかわ ゆみ)、1975年6月11日 - )は、静岡県駿東郡長泉町出身のタレント。所属事務所はホリエージェンシー。
[編集] 来歴
[編集] 高校から短大卒業、就職まで
日本大学三島高等学校から日本大学短期大学部生活文化学科へ進学。在学中に教職課程を履修し、中学校教諭二種免許状(家庭科)を取得する。教育実習の際、生徒から「上履きの先に鏡をくっつけて階段の下で待っている」というイタズラを受けたことから、「教師という仕事はまだちょっと早い」「教職につくならもっと人生経験を積んで、オバサンになってからにしよう」と思い、教職以外の道へ進むことを考えるようになった[1]。車好きであり、「人に教える」という面では実習で得た経験も役立つことから、静岡県の自動車教習所に就職し、教習指導員として5年間勤務した。
[編集] イメージガールから「ワンダフル」出演へ
教習所勤務時代、「男性的な仕事をしていたので、このまま気持ちまでオヤジになったらどうしよう」という危機感から、OLを対象にした写真の撮られ方や爪の手入れの仕方、歩き方、話し方などを教えていた教室に「女を磨く」ために通い始める。その習い事教室で、元モデルの講師から「上京してモデルをやらないか」と声をかけられ、ホリ・エージェンシーのオーディションを受けた。何のオーディションか知らないまま面接に臨み、「レースクイーン」の募集だと知って「水着は嫌だ」と断わったものの、「イメージガールはレースクイーンと違って水着を着なくていい」と説得され、2000年度の「スーパー耐久レース」の「イメージガール」として全国を回った。教習所指導員としても勤務しており、平日は教習所で生徒を教え、休日や週末はイメージガールという兼業生活を送っていた。そのような中、TBSのTV番組「ワンダフル」出演の話が舞い込んだため、自動車教習所を辞めてタレント活動に専念することになった[2]。「ワンダフル」出演者では最年長の26歳であったが、「カーステ刑事」コーナーでは、「カラー北川」として登場したり、竹下玲奈、松里ともかと共に写真集を出すなど人気を博した。
[編集] 更なる活躍
2002年には、フジテレビF1ナビゲーターを務めた。最終戦日本グランプリでは、初入賞となった佐藤琢磨を熱心に応援するあまり、中継中に絶叫し、F1ファンに強烈な印象を残した。2004年には、お茶の水女子大学聴講生として中国語講座を受講。NHK中国語会話やTBS私的チャイナビに出演した。テレビ朝日の番組「ぷっ」すまに出演した際は、自動車のドライビングテクニックを披露した。現在は自転車に関する活動が中心になっており、片山右京が監督するサイクルレースチーム「チーム・エレファント」の一員となっている。
[編集] 人物
各種自動車免許(大特2種とけん引2種以外全て)、中学校教諭2種免許状(家庭科)、中国語検定三級、4級小型船舶操縦士免許、着付師など、様々な資格を持っている。本人のキャッチコピーは「ロハスな生活で毎日楽しく、健康美人を目指す」である。芸能界デビューが遅かったことについては、「デビューが遅い代わりに、私には一般的な社会人としての経験や常識がある。資格・免許もある。自分のキャリアを支えていくための材料を持っている」と述べている[3]。
[編集] 出演
[編集] テレビ
[編集] ラジオ
[編集] 映画
[編集] 広告
[編集] 作品
[編集] 写真集
- 「henshin」(2002年7月発売・ワニブックス)
[編集] DVD・ビデオ
- 「えりごのみ」(2001年4月18日発売・ポニーキャニオン)
- 「白日夢」(2003年7月16日発売・ポニーキャニオン)
[編集] 外部リンク
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ワンギャル |
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1期生(1997年9月 - 1998年10月)
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2期生(1998年10月 - 1999年9月)
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3期生(1999年10月 - 2000年9月)
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4期生(2000年10月 - 2001年9月)
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5期生(2001年10月 - 2002年9月)
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