リンカーン・タウンカー

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リンカーン・タウンカー
(3代目・2007年型)

リンカーン・タウンカーLincoln Town Car)はアメリカフォード・モーター社が1981年から2011年にかけて製造・販売していたセダン型の大型高級車である。

概要[編集]

'タウンカー'の名称は1959年のコンチネンタル・マークIVのトップグレードとして登場したのが初めてで、その後1969年まで使用されたのち、1981年に独立したモデル名となり以降リンカーンブランドの、すなわちフォード社のフラッグシップ・モデルの座を務めた。'タウンカー'とはキャデラックが1956年から使っていたフランス語セダン・ド・ヴィルの英訳にあたり、共に1920年代の乗用車によくみられた運転席部分には屋根やドアがないタイプのショーファーカースタイルのことである。タウンカーの車体サイズはアメリカ製セダンの中でも最大の部類のフルサイズに属する。オイルショック以降、キャディラックやクライスラーなどの競合車種の多くが、ダウンサイジングとFF化を敢行した中、フォードだけは、昔ながらのはしごフレームFRレイアウトを固持した。このシャシフォード・クラウンビクトリアマーキュリー・グランドマーキーと共用のパンサープラットフォーム (Ford Panther platform) と呼ばれるもので、フォードのハイエンド車種で30年以上の長きにわたって使われ続けたが、技術的には決してハイエンドではなく、登場当時ですら旧態化のそしりは免れなかった。重量、ねじり剛性、振動・騒音など、操縦安定性と居住性のすべての面でモノコック構造に対して劣勢となるが、アメリカの保守層(米保険会社の調査では、共和党支持者とほぼ一致するとしている)には根強い人気があり、結果的に、古き良き時代のアメリカ車の乗り味を後世に伝える存在となっていたほか、フレームと車体が別体であることからストレッチリムジン霊柩車の改造には向いており、そのベース車両としての需要は多い。過酷な業務使用などを想定しており、耐久性や補修の容易性を考慮した設計がなされており、北米では60万km以上営業運転に使われることが多い。なおエンジンだけは1990年にライバルに先駆けて従来のOHVからSOHCフォード・モジュラーV8に切り替えている。

一方、欧州車日本車を好む顧客(同様に民主党支持者との表現)には、当時フォード傘下であったジャガーがエンジニアリングを担当したDEWプラットフォーム(Ford DEW platform)のLSなどで応えていた。

この車種の組み立てはフォード・モーターのミシガン州ウィクソム工場で行なわれていたが、2007年にフォードはリストラの一環として、同工場を閉鎖。その後はクラウン・ヴィクトリア、グランド・マーキーを生産していたカナダオンタリオ州セントトーマス工場に移管されたが、そのセントトーマス工場も2011年8月29日に最終車両がラインオフし静かにその幕を閉じた。

日本での販売[編集]

日本では近鉄モータースクインランド・カーズフォーピラーズが正規輸入しており、コンチネンタルマークVIIの取り扱い終了以降、フォード・ジャパン・リミテッド3代目ナビゲーターを導入するまで、唯一のリンカーン・ブランドの車種であった。

初代(1981年~1989年[編集]

初代タウンカー

2代目(1990年~1997年[編集]

2代目タウンカー

3代目(1998年~2011年[編集]

3代目タウンカー
ストレッチリムジン仕様

グレード(トリムレベル)[編集]

  • シグネチャー(Signature)
  • シグネチャー・リミテッド(Signature Limited)
  • デザイナー・シリーズ(Designer Series)
  • シグネチャーL(Signature L)

最高級車らしく、フランスの宝石商のカルティエや、アメリカのファッションデザイナービル・ブラスイタリアのファッションデザイナーのエミリオ・プッチなどと提携し、これらのデザイナーやブランドが内外装のデザインに手を加えた「デザイナー・シリーズ」が存在し後にグレード名として採用された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]