ムツェンスク郡のマクベス夫人 (オペラ)

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ムツェンスク郡のマクベス夫人』(ムツェンスクぐんのマクベスふじん、Леди Макбет Мценского уезда)作品29は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチが作曲した4幕のオペラ。原作はニコライ・レスコフの同名の小説である。

目次

[編集] データ

休憩は第1幕と第2幕の後の2回が多い。

[編集] 作曲の経緯

オペラ『』に続くショスタコーヴィチのオペラ第2作である。作曲者が20代半ばごろの力作で、1930年から1932年まで作曲が進められ、1934年1月22日に初演された。初演当時は大好評を博し、ショスタコーヴィチの作曲家としての地位を揺るぎないものにした。その後もレニングラードやモスクワで2年間で83回も上演を続け、アメリカや西欧諸国でも人気を集めた。

1936年1月、スターリンがオペラを観劇に訪れていたが、内容に激怒して途中で退席した。その2日後の「プラウダ」紙に「音楽のかわりに荒唐無稽」と題した無署名の批評が掲載されて事態は急変し、作曲者の生命にも危険を及ぼしかねない事件となった(プラウダ批判)。以後20年以上にわたり、事実上の上演禁止となってしまった。

この初版原典版はその後長らく忘れ去られていたが、ショスタコーヴィチの遺志を継いで、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチワシントンD.C.で発見したこの初版原典版のスコアを元に、1978年にロンドンフィルハーモニー管弦楽団を指揮して、このオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』の全曲を世界で初めて録音した(EMIによるCDが現存する)。

初演原典版には、音楽による「ポルノフォニー」などの露骨な性描写もかなり含まれている。ちなみに1996年のキーロフ・オペラ来日公演で、指揮者ゲルギエフがこのオペラと改訂された『カテリーナ・イズマイロヴァ』の比較連続公演を行い、話題となった。他にも2006年オランダのアムステルダムの歌劇場でロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏、マリス・ヤンソンス指揮、クーセイ演出による現在演劇風にデフォルメされた、より性暴力と性表現を反映させたDVDの映像も存在する。

2008年5月4、5日に東京歌劇団が初の日本人キャストによる上演をサン・パール荒川大ホールで行った(指揮:珠川秀夫、演出:大島尚志、有志のアマチュアオーケストラによる)。

はじめ、作曲者はワーグナーの『ニーベルングの指環』のような、ロシアの女性をテーマとしたオペラ4部作を計画しており、その第1作がこの作品であった。その壮大なプランについては、

……『マクベス夫人』は『ラインの黄金』にあたるものである。これにつづくオペラの女主人公は、人民の意志派運動の女性となるだろう。……このテーマが、わたしの芸術思索と今後10年間の我が生活のライトモチーフとなる。」

との作曲者自身の証言がある[1]。しかし、上述のような事情でこのプランは中止され、作曲者はオペラ創作自体から遠ざかることになった。その後、ショスタコーヴッチはさまざまなオペラ創作を計画したが、結局『賭博師』(1941年)、『モスクワよ。チョムーリシキよ。』(1957年 - 1958年)の2作しか手をつけておらず、しかも前者は未完、後者はオペレッタであまり高い評価を受けていない。ショスタコーヴィチの完成されたオペラは本作と『鼻』の2作のみである。いかに当局の批判がショスタコーヴィチに言い知れぬトラウマを与えたかが伺われる。

[編集] カテリーナ・イズマイロヴァ

その後、1956年にショスタコーヴィチはこのオペラの改訂に着手し、改訂版の『カテリーナ・イズマイロヴァ』(Катерина Измайлова)作品114は1963年1月8日に初演され絶賛された。改訂された音楽は打楽器などの刺激的なオーケストレーションが避けられている。しかし、新しく書かれた最初の部分の間奏曲などは、『ムツェンスク群のマクベス夫人』より音楽的に優れた効果を発揮している。また、歌詞は卑俗な言葉が上品で刺激の少ない表現にことごとく置き換えられた。演奏時間はほぼ『ムツェンスク群のマクベス夫人』に同じである。
別な作品番号を与えられ題名も異なることから、『ムツェンスク群のマクベス夫人』と『カテリーナ・イズマイロヴァ』は同一作品として見るべきではない、という見解もある[2]

なお、このオペラには映画版も存在する。1時間半にカットされてはいるが、ソプラノのガリーナ・ヴィシネフスカヤのカテリーナとコンスタンティン・シモノフの指揮による音源を用い、俳優によるより性的に描写された演技をプレスコで撮影したものである。

終幕以外、各場面の間に小さな間奏曲が挟まれている。それぞれ機知に富んだ粒ぞろいの名作で、組曲「『カテリーナ・イズマイロヴァ』の5つの間奏曲」作品114aが作られた。

[編集] 登場人物

  • 製粉業商人の妻:カテリーナ・イズマイロヴァ(ソプラノ
  • 愛人、イズマイロヴァ家の使用人:セルゲイ(テノール
  • 製粉業商人でカテリーナの夫:ジノーヴィ(テノール
  • カテリーナの夫ジノーヴィの父:ボリス・イズマイロフ(バス

[編集] 楽器編成

ピッコロフルート2(2番はアルトフルート持ち替え)、オーボエ2、コーラングレE♭管クラリネットクラリネット2、バスクラリネットファゴット2、コントラファゴットホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバティンパニ大太鼓小太鼓シンバルタムタムトライアングルシロフォン拍子木グロッケンシュピールフルクストーンチェレスタハープ2、弦五部(第1ヴァイオリン16-18、第2ヴァイオリン14-16、ヴィオラ12-14、チェロ12-14、コントラバス10-12)

バンダコルネット4、トランペット2、アルトホルン2、テノールホルン2、バリトン2、バス(チューバ)2

[編集] 粗筋

[編集] 第1幕

第1場:イズマイロフ家居間、第2場:同庭先、第3場:カテリーナの寝室

カテリーナは裕福なイズマイロフ家に嫁いだが、意地悪な舅ボリスと、夫ジノーヴィとの愛のない生活に傷心の日々を送っている。製粉所の堤防が壊れたので夫は外出、「亭主が出て行くのに涙一つ流しよらん。貞操を誓わんか。」とねちねちと小言をいい、(製粉所の小麦粉を守るため)「殺鼠剤を用意しろ。」と命じる舅にカテリーナは「お前こそ鼠。」と殺意を抱く。そこへ、新しい下男セルゲイが女中を手ごめにしようとして大騒ぎになる。カテリーナはセルゲイを叱責するが、セルゲイは下心を抱きカテリーナを押し倒す。それを見たボリスは「不倫じゃ。息子に言いつけてやる。」と怒る。その夜遅く、カテリーナのもとにセルゲイが忍び込み強姦する。カテリーナはセルゲイの虜になり、2人は固く抱き合う。

第3場幕開けの孤独を嘆くカテリーナの悲痛なアリアは極めて美しい。後半のレイプ・シーンは、性行為を音楽で描写した有名な場面で、作曲者の非凡な才能がうかがわれる。スターリンが激怒したのもまさにこの点にあった。

[編集] 第2幕

第1場:イズマイロフ家庭先、第2場:カテリーナの寝室

ボリスが夜回りをしながらカテリーナに対する抑えきれない欲望を歌う。そこへ情事を終えたセルゲイが窓から逃げ出す。ボリスはセルゲイを捕まえ、鞭で打ちすえる。驚くカテリーナや下男たちに、ボリスは怒りに打ち震え、息子をすぐ呼びにやらせ、彼の好物であったキノコスープを作れと命じる。切羽詰ったカテリーナはスープに殺鼠剤を入れる。ボリスは苦しみだし、臨終に立ち会った牧師に懺悔するが、カテリーナを恨めしげに指さして死ぬ。カテリーナは嘘泣きをしてキノコによる食中毒とごまかす。再びカテリーナは寝室でセルゲイとの逢瀬を楽しむが、ボリスの亡霊に悩まされる。そこへジノーヴィが帰ってくる。ジノーヴィは不義の現場を押さえ、カテリーナを革のベルトで打ちすえるが、セルゲイにより殺される。

第1場のボリスのグロテスクなアリアと、牧師のシニカルなアリアが面白い。第1場から第2場の間奏曲パッサカリア形式の壮大なもので、舞台外のバンダも加わり、悲劇的要素を強調する。ショスタコーヴィッチのすぐれた管弦楽法が聴きものである。

[編集] 第3幕

第1場:イズマイロフ家納屋の前、第2場:村の警察署、第3場:イズマイロフ家納屋の前(宴会場)

カテリーナとセルゲイの結婚式が自宅で行われる。納屋にジノーヴィの死体を隠し、何食わぬ顔をする2人。だが、酔いどれの農夫が死体を発見し、警察に通報する。2人は結婚式の宴席で逮捕される。

この幕は全体的に短めで、農夫のコミカルな歌やバンダが大活躍する軽快な「怒りの日」のパロデイの間奏曲、警官のユーモラスでグロテスクな合唱と行進曲など、重苦しい劇の中で息抜きの役割を持つ。なお、この幕を交響曲スケルツォに相当するとする意見もある。

[編集] 第4幕

第1場:シベリア街道 湖のほとり

カテリーナとセルゲイは刑に服し、シベリアに流される。2人と流刑者たちはとある村の湖のほとりで休憩する。すべてを失ったカテリーナにとって、ただ一つの頼みは愛するセルゲイの存在であった。だがセルゲイは心変わりし、別の女囚ソネートカと関係を持ってしまう。囚人たちに囃され、カテリーナは絶望のあまり、ソネートカを道連れに湖に身を投げる。役人は出発を告げ、囚人たちは物悲しい歌を歌いながら船に乗り舞台を去る。

ここは、ムソルグスキーの影響を受けたロシア色豊かな場面。特に幕切れ近く、絶望したカテリーナが歌うアリアは悲痛そのもので、劇的なクライマックスを作り上げている。

[編集] 備考

タイトルの「マクベス夫人」とは、この作品の主役を、シェイクスピアの悲劇『マクベス』に登場するマクベスの妻(野心家タイプの悪女の一典型とされる)になぞらえた表現である。

[編集] 脚注

  1. ^ L・E・ファーイ著、藤岡啓介・佐々木千恵訳『ショスタコーヴィッチ ある生涯』アルファベータ 2005年
  2. ^ 諸井誠『音楽の現代史』岩波書店〈岩波新書〉、1986年、137頁。

[編集] 外部リンク

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