フォッケウルフ Ta152
Ta 152は、第二次世界大戦末期にドイツの航空機メーカー フォッケウルフによって製造された高高度戦闘機。同社の戦闘機 Fw 190D-9 を発展させたものである。フォッケウルフ製の航空機でありながら機種コードが Fw でないのは、1943年10月、ドイツ航空省 (RLM) が「新たな戦闘機には主任設計者の名称を含める」と定めたことによる。[1]その結果、主任設計者クルト・タンクの名字 (Tank) から Ta となった。(同様な例として、エリック・バッヘム博士のBa等がある。)
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[編集] 開発経緯
高度6000メートル以上で急激に性能が低下するFw190Aを液冷エンジン化することで高高度に対応したFw 190 D-9 タイプ(ドーラ9)は戦闘機として一応の成功を収めたものの、搭載するエンジンは本来高高度用ではなく、真の意味での高高度戦闘機と呼べるものではなかった。そこで、フォッケウルフの設計者クルト・タンクは高高度での戦闘能力向上をはじめとした能力全般の向上を図った機体の開発に取り組んだ。その結果誕生したのがTa 152である。この機は高度 12,500 m で 760 km/h の最高速度を目標とし、「究極のレシプロ戦闘機」として、大きな期待がかけられた。
本機の特徴は、空冷エンジン装備のFw-190Aに水冷エンジンを換装したFw-190 D-9をベースにさらに高高度飛行に対応したもので、D-9との主な違いは、高高度用エンジンへの換装、与圧コックピット、主翼の大アスペクトレシオ化、さらに、武装強化策として、Fw-190シリーズでは初のプロペラ軸内機銃の装備などである。
これらの追加装備によって機体の全備重量はD-9から1トン近くも増加したため、主脚も大幅に強化されたが、主脚自体の重量増加に対して、Fw-190の電動式引き込み脚のモーター出力では対応できなくなり、油圧式引き込み脚に変更されている。
また、主翼の大アスペクトレシオ化に伴ってフラップ長(=面積)も増大したため、作動中にフラップに掛かる風圧も大きくなり、Fw190シリーズの電動方式から油圧式に変更された。
一方、Fw-190シリーズの特長である、操縦桿と方向舵・昇降舵とを差動クランク機構を介してロッドでダイレクトに繋いだコントロール機構、水平尾翼の電動式角度調整機構などは、そのまま踏襲されている。 さらに、Fw-190では、方向舵のみをコントロールする簡易型の自動操縦機構であったが、本機ではさらに昇降舵、補助翼もコントロールできるようになり、より進化した自動操縦システムが搭載されている。
エンジンにはユンカース・ユモ 213シリーズが採用された。タンクはより高高度・高回転型のダイムラーベンツ・DB 603を希望したが、この期に及んでもメッサーシュミット優先を覆さなかったナチ政権はメッサーシュミット以外の戦闘機には生産工数の少ないユンカース製を指定した。また、ユモ 213でも本来であれば性能向上形が用いられる予定であったが、こちらは戦局の悪化に伴い開発・生産が滞った為に、試作初期の機体はFw190Dシリーズと同じユモ 213Aを搭載したH-0として完成した。
中・低高度用のTa152Cシリーズには、DB603が指定されたが、こちらの量産機はついに1機も完成することはなかった。
もっとも後の評価では、タンク博士の「戦闘機とは競走馬ではなく、軍馬でなくてはならない」という持論からすると、繊細なDB603よりも、ユモ 213で完成されたことは結果的に正しかったともされる。
本機にまつわる逸話として次のようなものがある。タンク自らが操縦桿を握って飛行していた時、2 機の P-51 による追撃を受けたが、実弾が未装備だったので、パワー・ブースターを作動させて悠々と逃げ去ったというものである。
戦後、アメリカがイギリス経由で入手した一機(H-0)がスミソニアン博物館のポール・ガーバー施設倉庫に解体状態で保管されている。唯一の現存機だが、未だ復元される様子は無い。
[編集] 実戦
Ta 152 の量産型は 1945年1月から実戦配備され始めたが、最終的な生産数は各型合計でわずか 150 機程であり、結局JG301に配備されたのみであった。(JG11も数機を運用したという説もある。)同時期には既にジェット戦闘機のMe 262 の配備も開始されており、Ta 152 は 離着陸時に無防備となるMe 262を護衛するため 配備基地の低高度防空を主任務とした。
Ta 152 は本来高々度戦闘機であったが、過給器の不調で、本来目指した高空での高速性能は実現できず、実際はD-9程度の性能に留まっていたと言われる。僅かながら実戦に参加した機は、終戦までに少なくとも12機を撃墜した。
また、ヨーゼフ・カイル上級曹長は、 Ta 152 でB-17、P-51、P-47各1機、Yak-9を2機撃墜し、 Ta 152 で唯一のエースとなった。
[編集] タイプ
- Ta152A
- Fw190Aの機体を基に、ユモ213Aを装備した型。同じエンジンを装備したFw190D-9に比べると、重武装であったために飛行性能が劣り、不採用に終わった。
- Ta152B
- エンジンを、過給器改良型のユモ213Eに変更した型。高高度性能がMW50非装備のD-9より僅かに優れる程度で、全体的にD-9に劣り、不採用となった。
- Ta152C-1
- 主翼を切り詰めた中・低高度向けのBシリーズから、エンジンをDB603LまたはDB603LAへと変更することを最大の変更点として試作されていた。しかしエンジンの開発が難航し、量産機は1機も完成しなかったとされている。
- Ta152H-0
- Hシリーズはアスペクト比の高い主翼を持つ、高々度向け機体。本来は量産先行型に与えられるナンバーだが、実際に完成したTa152の量産機のほとんどはこのH-0型である。本来Ta152Hには、ユモ213Eあるいはユモ213Fが予定されていたが、試作の域を出ていなかった為、初期のH-0型ではFw190D-9から引き続きユモ213Aが搭載されていた。H-0は試作機であるものの、その後ユモ213Eに換装して実戦部隊に配備された機体もあった。
- 高々度向け機体といわれながら、その実低高度でも極めて良好な運動性と操縦特性であったと言われている。ただし、スパンの長い主翼のため、Fw190シリーズやTa152Cよりもロール特性は悪化している。
- Ta152H-1
- Hシリーズの本格量産機として計画されていた機体。前述の通り、過給器改良型のユモ213Eを搭載して完成している。しかし、実戦で過給器の脈動が発生することが判明し、生産途中から改良型のユモ213E-1を搭載している。僅かに完成した実機は、JG301/Stab/Ⅱ等で使用されたが、エンジンの信頼性は依然として低く、実戦部隊での稼働率は5割にも満たなかった。 H-1の総生産機数は67機といわれている。
- Ta152R
- H型を改良しての燃料増加航続距離増加実験機。
[編集] データ
Ta 152H-1
- 用途: 高高度戦闘機
- 乗員: 1 名
- 全長: 10.7 m
- 全幅: 14.4 m
- 翼面積: 23.50 m²
- 最大速度: 760 km/h(計画値)
- 巡航速度: 530 km/h
- 航続距離: 1,200 km
- 武装:
- 生産数:(全型合計) 67 機
[編集] 登場作品
- ザ・コクピット
- ストライカーズ1945シリーズ(彩京)
- シューティングゲーム。『1945II』と『1945Plus』で自機のひとつとして登場。敵弾をかき消す効果がある溜め撃ちを装備しているなど、守備的な機体として設定されている。
[編集] 関連項目
[編集] 出典
- ^ 航空情報編「ドイツ軍用機の全貌」47頁1965年酣燈社刊
[編集] 外部リンク
- スミソニアン博物館内ページ(英語)
- [1]Ta152H-0画像