高揚力装置

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トリプルスロッテッドフラップを展開し着陸するボーイング747

高揚力装置(こうようりょくそうち)とは、飛行機揚力を増大させるための装置である。必要時に主翼から展開させるタイプのものが多い。

概要[編集]

飛行機は、巡航時にはより早く目的地に到達するため、その他種々の目的のため、可能な限り高速である事が求められる。しかしながら、離着陸時にはできるだけ低速であることが求められる。より低速で離陸、あるいは着陸できれば、その分滑走距離を短くできる。

黎明期の飛行機は現在から見れば低速であったが、徐々に速度性能が向上し、高速で巡航できるようになった。一方で離着陸時に可能な限り低速である事が求められるため、巡航時と離着陸時の速度性能のギャップが目立つようになった。飛行機の翼に発生する揚力は速度の2乗に比例するため、低速性能を重視すれば高速時の揚力が過剰になり、高速性能を重視すれば低速時の揚力が不足する。普通は飛行機は迎角を調整する事によって揚力を適切に保つが、迎角を大きく取ると今度は失速に陥るため、迎角の調整という方法には限界があった。

そのため、高速性能と低速性能を両立させるため、翼の設計自体は高速向きのものとし、低速時に不足する揚力を補うための装置が高揚力装置である。高揚力装置は以下のような方法を用いて揚力を増大させる。

  • キャンバー(翼の湾曲)を増やす
    • 翼は気流を曲げることによって揚力を得ている。そのためキャンバーが大きければ揚力も大きくなる。初期の飛行機はキャンバーが大きな翼型を採用していたが、高速時には空気抵抗と揚力が過大になる。よって離着陸時など低速時のみキャンバーを増やす。
  • 翼面積を大きくする
    • 翼面積が大きければ、揚力もある程度は大きくなる。ただし翼面積が大きいと高速時には空気抵抗が大きくなる。よって離着陸時など低速時のみ翼面積を増やす。
  • 剥離を抑え、失速を遅らせる
    • より大きな迎角を取れば揚力も大きくなるが、失速という問題が生じる。そのため失速を防止する機構を付加する事で、低速時により大きな迎角を取る事を可能にする(翼型翼平面形の工夫で大迎角時に失速しにくくなる手法も存在するが、高揚力装置とは関係無い。あくまで機械的な動作を伴うものが高揚力装置と呼ばれる)。

フラップ[編集]

前縁のクリューガーフラップ(エンジンより胴体側)とバリアブルキャンバーフラップ(エンジンの外側)、後縁のトリプルスロッテッドフラップを展開して着陸態勢にあるボーイング747
着陸前、展開するボーイング737のトリプルスロテッドフラップ。

翼の前部(前縁)についているものは前縁フラップ、翼の後部(後縁)についているものは後縁フラップ、と呼ばれる。両方を備える機体の場合は組み合わせて使用することが多い。

後縁フラップ[編集]

後縁フラップは、プロペラ推進の小型飛行機からジェット推進の大型旅客機戦闘機に至るまで多くの飛行機に装備されている。角度はふつう何段階かに設定でき、離陸時は中程度の、着陸時は最大の角度にすることが多い。

副次的に抗力が増大するため、着陸時の滑走距離を短縮する作用もある。

操縦士が2名乗務する民間機の場合、通常は副操縦士がフラップの操作を行う。このため、フラップを操作するレバーは操縦席の右席側に取り付けられる。

種類[編集]

後縁フラップには以下のような種類がある:

単純フラップ
主翼後縁を単に下げキャンバーを増加させるもの。構造は簡単であるが、あまり大きな最大揚力係数は得られない。
スプリットフラップ
主翼後縁の下面のみを下げる。これにより後縁の静圧を低くして揚力を増すもの。構造が簡単な割に揚力係数の増加は大きいが、抗力も著しく増えるのが欠点である。
スロッテッドフラップ
隙間フラップや間隙フラップとも呼ばれる。キャンバの増加も行い、主翼とフラップの間に隙間を空けてやることにより、翼上面に翼下面の気流を流し剥離を遅らせる。より効果を高めるよう隙間を2つに増やしたダブルスロッテッドフラップや3つに増やしたトリプルスロッテッドフラップもある。
ザップフラップ
スプリットフラップのように翼下面が動き、さらに可動部分が後ろに下がることにより、キャンバーの増加・主翼面積の増大を狙ったもの。構造が複雑なうえに、フラップ効果も低いことから、現在では使用されていない形式である。
ファウラーフラップ
スプリットフラップのように翼下面が動き、さらに可動部分がスロッテッドフラップのように翼と隙間を空けて後ろに下がることにより、キャンバーの増加・主翼面積の増大・剥離の抑制、のすべての効果を得る。

前縁フラップ[編集]

エアバスA300旅客機のスラット (SLATS) とフラップ (FLAP)

前縁フラップとは、その名の通り主翼の前縁に格納された高揚力装置である。巡航中は主翼前縁に格納されており、離着陸時などの迎角の大きな時に前方に引き出し、気流の早期剥離を防止する事で、揚力係数を高めるものである。

スラット
主翼前縁の一部分を前方に稼動させることで主翼との間にすき間を作るもの。翼下面側の気流の一部を上面に流すことで、上面の層流境界層にエネルギーを供給し、剥離を遅らせるものである。これにより、より高い迎角まで失速せずに揚力を増大させることができる。
自動スラット
小さい迎角ではスラットは空気力によって主翼前縁表面に密着し、大迎角では負圧によって(補助スプリングを付ける場合あり)展開する。中迎角時に浮動し空気抵抗を増やすことから、今日ではあまり用いられない。
固定スラット
スラットが常時展開している方式。低速の機体に用いられる。
機力スラット
操縦者の操作により制御される。ジェット旅客機などに一般的に用いられている。
ドループ前縁
主翼前縁の一部が下方へ折れ曲がるもの。
クルーガーフラップ
クリューガーフラップとも。主翼前縁に折りたたんでいたフラップを前下方へ突き出すことで主翼面積を増加させるもの。
バリアブルキャンバーフラップ
クルーガーフラップの改良形で、繊維強化プラスチックなどでできた外板をたわませることでフラップ自身のキャンバーも増加させつつせり出すもの。

空戦フラップ[編集]

戦闘機においては、戦闘時の旋回性能向上のためにもフラップを利用する。最初はその目的で開発されたものではないフラップを、パイロットが自分で操作していたが、飛行状態に応じて最適なフラップ角を選択する必要があるため、熟練パイロット以外には操作が困難であった。やがて旋回時の使用を前提にした、最適な角度を取る空戦フラップが開発されたが、手動操作では空戦時など切迫した時には操作を行う余裕がなかった。

そこで、空戦フラップの動作を自動化した、自動空戦フラップが開発された。構造そのものはファウラーフラップと同じだが、速度を測るためのピトー管からくる動圧と、Gを計るために水銀を入れた容器とを組み合わせることにより、旋回時に必要なフラップの自動稼働を可能とした。太平洋戦争時の日本海軍機の紫電改烈風に搭載された。

ジェットフラップ[編集]

ジェットエンジンの推力方向を下に傾けることにより上向きの力を発生させるもの。

フラップの操作速度[編集]

高速でフラップを展開すると、フラップ自体の破損のほか、主翼付け根部分に過大な応力を生じ危険であるため速度上限(フラップ操作速度)が設けられる。

フラッペロン[編集]

フラップとエルロンを兼ねたもの。F-16以降に開発された戦闘機ではフラッペロンが使用されていることが多い。最近の旅客機(B777A380等)のエルロンも高揚力を得るためにフラッペロンが採用されている。コンコルドのようにカナードを持たないデルタ翼機の場合は後縁の動翼をフラップとして使用することができないため、フラッペロンとは呼べない。

ブラウン・フラップ[編集]

ブラウンフラップとは離着陸時の低速時の航空機の揚力を増やす目的でイギリスで考案された高揚力装置である。その行程は境界層制御とも呼ばれる。1960年代には一般的だったが複雑な整備が必要なので廃れた。現在は類似の構造が軍用機等で散見されるが普及はしていない。更に、初期の概念が現代的な技術で乱流制御翼としてより効果的な高揚力装置として使用される。

従来のブラウンフラップでは少量のタービンエンジンの圧縮空気を抽出したブリードエアを配管で主翼の後部へ送った。特定の角度のフラップの隙間から高エネルギーの空気を境界層に噴射することで境界層剥離を遅らせることで揚力を増やす。

境界層制御[編集]

(Boundary Layer Control; 境界層制御) 進行方向に対して翼の角度が大きすぎるとき、翼の表面の空気の流れは空気の粘性の影響で運動エネルギーを失い翼に沿いきれずに剥がれてしまい(境界層剥離)、翼表面の圧力が下がらず揚力が発生できなくなってしまう。 これを境界層に運動エネルギーを人工的に与えることにより防ぐ方法が境界層制御である。前述のスロッテッドフラップファウラーフラップも境界層制御をしている。

種類[編集]

種類として以下のものがある。

層流制御 (Laminar Flow Control) 翼
主翼表面に設置された吸い込み穴(スロット)から、翼表面の運動エネルギーを失った層流を吸い込み、離れたところを流れる運動エネルギーを失っていない流れを翼表面に流す方法。アメリカ航空宇宙局X-21A実験機により実現させたが経済的な理由から実用化はされていない。
インターナリーブロウンフラップ (Internally Blown Flap)
エンジンで圧縮した空気を翼上面に吹き出して、吹き出した空気の速度で層流を作り出し境界層に運動エネルギーを与える方法。F-104F-4などのように主エンジンから抽気することもあれば、US-1などのように専用のエンジンを設けるものもある。
エクスターナリーブロウンフラップ (Extarnally Blown Flap)
エンジンからの排気ガスを多重スロッテッドフラップにあて、フラップの隙間から排気の一部を翼上面に流す方法。原理はスロッテッドフラップと同じ。YC-15で用いられ、これを元にしたものがC-17で実用化されている。フラップにジェット排気を直接当てるのでフラップそのものやそれを支持する部分には高い強度と耐熱性が求められる。フラップは出している間だけ排気の中にあり、収容すると排気は通常と変わらない形で噴射されるので、巡航中は排気に対してこれといった影響を与えないという利点がある反面、フラップ出し入れの時はジェット排気の中への出入りとなるので耐衝撃性も必要とされる。
アッパーサーフェスブローイング (Upper Surface Blowing)
エンジンの排気を主翼上面に沿って吹き出し、伸ばしたフラップへ気流を付着させることにより揚力を得る方法。エンジンの排気は周囲の空気の速度に比べ速度が高いのでより大きな揚力を得られる。気体が曲面に沿って流れるコアンダ効果を利用したもの。実用機としてはAn-72で用いられている。また旧西側諸国でもYC-14飛鳥など、これを用いた実験機が製作された。ジェット排気を主翼上面に沿わせるので主翼上面とフラップは高い耐熱性が必要とされる。
ジェットフラップ (Jet Flap)
ジェットエンジンの排気をフラップに直接当て、下向きに曲げることで高揚力を得る方法。エクスターナリーブロウンフラップとの違いはフラップそのものが排気口に設置されているため常時ジェットの中にあることである。このためエンジンやフラップの配置に関する制約が大きく、さらにフラップには他の方法とは比較にならない耐熱性が必要になる。

乱流の利用[編集]

LEX (ストレーキ) (Leading Edge eXtention)
ヴォルテックスジェネレータ

乱流制御翼[編集]

乱流制御翼 Circulation Control Wing (CCW) は航空機の主翼の揚力係数を高める高揚力装置である。CCW技術は60年以上の研究開発の歴史があり、初期の形式はブラウン・フラップと呼ばれていた[1]

CCWは高圧の空気を隙間から噴射するように特別に設計された航空機の主翼の前縁と後縁を流れる空気流の速度を増やす事により作動する。主翼は丸められた後縁に沿って空気を噴射することでコアンダ効果によって揚力を増やす[2]。主翼の上面の空気流の速度が増えると同様に通常の翼型によってもたらされる揚力も増える[3]

脚注[編集]

  1. ^ Circulation Control Wing”. 2007年12月15日閲覧。
  2. ^ Slomski, J.F. (2006年6月5日). “Large Eddy Simulation of a Circulation Control Airfoil. (PDF)”. 2007年12月18日閲覧。
  3. ^ Carpenter, Chris (1996). FlightWise. UK: Airlife Publishing Ltd. 

関連項目[編集]