空力ブレーキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(ダイブブレーキ から転送)

空力ブレーキ(くうりきブレーキ)とは、学的な力(空気抵抗)を利用する制動方法。空気抵抗は流れに対する物体の投影面積比例すると共に、速度の二乗に比例するため、高速で動く物体のスピードを効率よく落とすために使われる。

目次

[編集] 宇宙機

エアロブレーキングの例: 火星探査機マーズ・リコネッサンス・オービターが火星上空で軌道を変更しているところ(想像図)

宇宙開発分野では、エアロブレーキング (aerobraking, aerodynamic braking)・大気制動空気制動などと、方法としての名称で知られる。

惑星探査機や再突入カプセルでは惑星の大気を抗力として用いることで、惑星との相対速度の差を減らす。空力ブレーキは、地球周回軌道の軌道速度を相殺して再突入するために利用されてきた。空力ブレーキは、衝撃加熱によって宇宙機の運動エネルギーを機体のすぐ前方の大気のエネルギーへと変換するため、効率がよい。空力ブレーキを惑星再突入時に利用するには、機体を空気力学的に最適な形状に加工しなければならず、減速による強力な加速度も耐えなければならない。更には十分な熱遮蔽も必要となる。

世界で初めてエアロブレーキによる軌道制御に成功したのは日本の「ひてん」である。世界で初めてエアロブレーキ時の減速量と加熱量の計測を行い、惑星突入時の制動・軌道制御技術としてのエアロブレーキング(制動だけでなく、制御も行ったので正確にはエアロコントロール)技術を初めて確立した。

マーズ・グローバル・サーベイヤー太陽電池パネルをのように広げて火星大気上層部の希薄な大気を通過し遠地点高度を何度も下げた。この手法では宇宙機にかかる熱や圧力が少ないため、アポロの指令船のような形状ではなく、写真にあるマーズ・リコネッサンス・オービターのような複雑な形状でも問題が起きない。

空力ブレーキはハードSFにも登場する。アーサー・C・クラークの小説『2010年宇宙の旅』では、ロシアと中国の宇宙船が木星の衛星に到達するために、木星大気を使って減速するシーンが描かれている。

[編集] 航空機

航空機では、エアブレーキ (air brake) あるいはスピードブレーキ (speed brake) という装置(動翼 + アクチュエータ)の名称として知られ、減速・降下時や着陸後の減速に使われる。

旅客機グライダーが主翼上面に装備するエアブレーキは特にスポイラー(spoilers, 空気の流れをスポイルする(乱す)もの)と呼ばれる。着陸進入時に降下角を調整するなど、飛行中に使用されるスポイラーはフライトスポイラー (flight spoilers) と呼ばれることがある。左右どちらかの翼上のスポイラーのみを使いロール軸の制御のエルロンを補助/代替することもある。着陸後に使用するときは一般に左右のスポイラー全てを展開し、これはグラウンドスポイラー(ground spoilers, グランドスポイラーとも)と呼ばれることがある。

戦闘機などの軍用機ではスポイラーとはあまり呼ばれず、エアブレーキかスピードブレーキと呼ばれることが多い。戦闘機は速度を低下させる場合にエンジン出力を絞ってスピードを抑制してしまうと、再度加速をする時にエンジンの出力を上げても素早い加速が行えず戦闘時に不利になる為、戦闘時などはエンジン出力を下げないままこのブレーキが使用される。また第二次世界大戦頃によく見られた急降下爆撃機の場合などは、急降下時に飛行禁止速度の超過を防止するために使用される。この類のものはダイブブレーキと呼ばれることがある。軍用機のエアブレーキは、運動性能への影響などの要素を考慮して設置されるため、機種によって装備位置は異なる。スポイラーのような翼上面のものの他、バッカニアF-86のように後部胴体側面に装備するものがいくつかある。F-15では、胴体上面中央にあり、エアブレーキの発生させる乱れた気流が後部に位置する2枚の垂直尾翼にあたらないように設計されている。カナードがグラウンドスポイラー的な役割をするJAS39の例もある。 また航空機には上記のような飛行中に使用するこうしたエアブレーキとは別に、機体後部にドラッグシュートと呼ばれる一種のパラシュートを格納しておき、着地後にこれを展開し減速に利用するものがあるが、これも空力ブレーキの一種である。F-2など一部の戦闘機やスペースシャトルなどが使用しているが、大半のものはドラッグシュートなしでの着陸も可能で、使用しなかったとしても制動距離が若干伸びる程度である。オービタは確実に停止するため常に使用するが、戦闘機では使用しないことも普通である。またオービタもはじめの頃はドラッグシュートが搭載されていなかったため、エアブレーキとホイール(タイヤ)のブレーキによる着陸を行っていた。ドラッグシュートを装備しているのは制動距離を短くする目的以外に、雨天や凍結時など路面の摩擦係数が小さい場合に備えてといった面もある。

[編集] 鉄道

新幹線E954形電車の空気抵抗増加装置

鉄道車両では、旅客や貨物を載せて営業する車両での採用はなく、高速度で走行する試験車両でのみ採用例があり、屋根上に抵抗板を出すかたちである。

東海道新幹線に投入される車両の開発に当たり、風洞実験による開発がなされたものの、時速220km/h程度では効果が期待できなかった事と、構造上の問題から開発は打ち切られていた。しかし、JR東日本が次世代高速車両の開発の為に試作した新幹線高速試験車両E954系E955系に試験の目的で搭載される事になり、通称「ネコミミ」と呼ばれる三角形の抵抗板が装備された(試験末期に撤去されている)。同装備の使用時は騒音を発生させることが懸念され、緊急時のみの使用が想定されていたが、試験の結果空気抵抗によるブレーキ効果が期待できるのは時速340km/h以上である事と、営業最高速度が320km/hと決定した事、その速度であっても確実にブレーキを掛ける事が出来るブレーキの開発の目処が立った事などから、2009年に登場したE5系では採用されない事となった。

また、鉄道総合技術研究所JR東海が山梨実験線で試験を続けているリニアモーターカーマグレブ)のMLX01試験車両にも抵抗板が装備されている。

[編集] オートバイ

オートバイレースでも、空力ブレーキは使われる。オートバイそのものには空力ブレーキという部品はついていないが、操縦者の体を走行風にさらす事で生じる空気抵抗をブレーキとして使うもので、動作が容易であり一般的なテクニックである。

空力ブレーキとして使われるのは、主として上体(頭・胸・腕)と膝である。急制動をかける際に、上体を起こし膝を開いて空気抵抗を増す。また、カーブを曲がる際に、カーブの内側の膝だけを開くことで左右の空気抵抗に故意に差を付け、それを旋回力として利用するということも行われる。

[編集] 自動車

自動車レースでも、空力ブレーキが使われるカテゴリーが存在する。グランドエフェクト効果を利用したシャーシを持つマシンの場合、高速で車体がスピンして真後ろを向いた場合、シャーシに揚力が発生して車体が舞い上がってしまう為、こうした事態を防ぐ為に真後ろなど特定の方向からの風圧に対してダウンフォースを発生させる空力付加物を設けている。

こうした空力付加物を利用した空力ブレーキが最もポピュラーに見られるのがNASCARで、300km/hを超えるスピードでスピンして車体が真後ろを向いた場合に、車体が浮き上がらないようにルーフ後端に可動式の大型フラップが設けられており、多重クラッシュやビッグワン等のアクシデントの際にこのフラップが開くシーンを見ることが出来る。