DFS 230 (滑空機)

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DFS230

Bundesarchiv Bild 101I-568-1530-13, Italien, Lastensegler DFS 230 bei Landung.jpg

  • 用途:輸送用グライダー
  • 設計者:ハンス・ヤコブス
  • 製造者:ゴーター鉄道貨車製造会社
  • 運用者:ドイツ空軍
  • 初飛行:1937年
  • 運用開始:1938年

DFS 230 は8人の完全武装兵士とその装備を輸送することができる軍用グライダーである。 第二次世界大戦におけるドイツ空軍空挺作戦に投入された。

沿革[編集]

ドイツ滑空機研究所ハンス・ヤコブス (Hans Jacobs) を中心にイギリスのゼネラル・エアクラフト ホットスパー グライダーを参考に開発された。1936年10月に最初のモックアップが完成して、1937年までにはプロトタイプが完成、ハンナ・ライチュの試験飛行が成功した後に生産発注がなされた。これが DFS 230 A-1 である。

本機の胴体は断面が正方形の鋼管羽布張りで、主翼の形状は台形、翼端はアールが取られていた。翼前面は合板仕上げ、後部は羽布張りである。滑走時の車輪は離陸後に切り離され、木製の橇で着陸した。

最初に実戦使用されたのは1941年5月10日に実施された、ベルギー軍の守備するエバン・エマール要塞の攻略戦である。このときは7機の本機に分乗した突撃工兵が音もなく飛来して急襲し、ベルギー軍の要塞守備隊は大きな抵抗をすることなく要塞を明け渡した。

ドイツ軍によるこの種の空挺作戦の最大のものは翌年の1942年5月20日から実施された地中海に浮かぶイギリス軍が防衛するクレタ島の攻略である。落下傘降下、グライダー降下及び船舶による敵前強行上陸を組み合わせた攻撃は成功したものの、ドイツ軍の精鋭たる降下猟兵が大きな損害を被ったため、以後二度とこの種の大規模な空挺作戦が行われることはなかった。

DFS 230 A-1 に続く、DFS 230 B-1 は着陸距離を短縮するためにドラッグシュートと防衛兵器を固定する装置のほかは DFS 230 A-1 と変わらなかった。これら DFS 230 はアフリカ戦線や東部戦線で補給物資の輸送にも使用された。本機が使用された特に有名な作戦は、イタリアアブルッツォ州グラン・サッソの山頂に所在するホテルに軟禁されていたムッソリーニの救出である。この作戦では山頂の狭い場所に着陸するために胴体前部に3個の逆推力ロケットを装備したDFS 230 C-1 が12機使用された。

総計1500機以上がゴーター鉄道貨車製造会社 (Gothaer Wagonfabrik) で製造され、曳航機は主にユンカース Ju 52/3m あるいは、ドルニエ Do 17ハインケル He 111メッサーシュミット Bf 110 が使用された。

派生型[編集]

演習で使用されるDFS 230
  • DFS 230 A-1 - 初期生産型。
  • DFS 230 A-2 - 操縦桿が2つあるA-1型。
  • DFS 230 B-1 - 着陸距離を短縮するドラッグシュートを追加。防御用武装を装備
  • DFS 230 B-2 - 操縦桿が2つあるB-1型。
  • DFS 230 C-1 - 後期生産型。逆推力ロケット3個を機首に装備。
  • DFS 230 D-1 - 制動用逆推力ロケットを発展させたC-1型。プロトタイプが1つ有(DFS 230 V6)
  • DFS 230 F-1 - 15人運搬可能なバージョン。プロトタイプが1つ有(DFS 230 V7, DV+AV)

性能[編集]

出典: 英語版記事より

諸元

  • 乗員: 2人
  • 定員: 10人
  • 全長: 11.3m (37ft)
  • 全高: 2.8m (9ft4in)
  • 翼幅: 21.1m(69ft1in)
  • 最大離陸重量: 2100kg (4630lb)

性能


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外部リンク[編集]

関連項目[編集]