ノート:フォッケウルフ Ta152

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生産機数について[編集]

  • 本文中にH型の生産機数が67機とございますが、各型全体の合計で67機と思います、戦局を挽回できないほどとにかく少なかった。少し古い資料ではありますが、かと言って新資料がその後出た様子もありませんし、よろしく出典お願いします。各型合計で67機としている資料=出典「ドイツ軍用機の全貌(執筆者岩井由紀)1965年刊。papamaruchan22 2010年3月2日 (火) 11:36 (UTC)[返信]

究極のレシプロ戦闘機、について[編集]

Ta152は、少なくとも日本においては「究極のレシプロ戦闘機」と良く言われます。・・・・・・主に三次資料でですが。まあ、実際良く言われておりますので、出典を貼付して冒頭にちょちょいと書いておけば良いと思うのですが、つまり現状くらいで良さそうなものなのですが、この辺り、如何でしょう。言われているものは言われているんで、言われている文献を示しつつ言われていると書いて置くしか仕方ないんです。

ですが・・・もしそれを裏打ちする資料が出てくるなら「日本では究極のレシプロ戦闘機と呼ばれる」・・・になってしまうかもしれませんけどね。外国では評価されていない可能性もありますから。実際の所、どうなのでしょうか?我々は多くが日本人であり多くの場合日本語文献を参照するのですが、どうしても枢軸機贔屓、有りますからねえ。--Hman会話2013年2月17日 (日) 18:47 (UTC)[返信]

IPの方へ。「日本に限る」とした出典をお示しください。とりあえず本ノートで、お返事をお待ちしております。--Hman会話2013年2月18日 (月) 09:44 (UTC)[返信]

あども。確かにTa152は良好な性能を持っていますが、大戦末期の各国最新鋭戦闘機と比較して飛び抜けているということはないようです。アルフレッド・プライスは『最後のドイツ空軍』(朝日ソノラマ、1993年)の421頁において「大戦終結直前に生産型が完成しはじめた米軍のP-51H<マスタング>と英軍のスーパーマリン<スパイトフル>の両者と対等だった」と記述しています。『世界の傑作機No.78 フォッケウルフ Fw190』文林堂、1999年の資料では91頁に評価が載ってまして、イギリス海軍のエリック・ブラウンは鹵獲されたドイツ機20機以上を操縦し、その経験によれば「高度30,000ft(10,700m)を超えるとTa152は速度,上昇性能,運動性の上でスピットファイアXIXより優れているが,横転性能はFw190Aより低下している。操縦のためにはA型より強い力が必要であり,安定性があまりよくないこともあって操縦に疲れた」ということですね。どうも評価は互角またはやや上というようです。ほいでまたこの本の30頁では「究極の成層圏戦闘機」と見出しがついてTa152を評してるわけですが。んでまあウィキペディアを参考にするなとゆうのもありますが、en:North American P-51 variantsのP-51Hは2,218馬力のエンジンを積んで784km/hで飛んでます。スーパーマリン スパイトフルは2,375馬力で770km/hであると。日本でもキ83が戦後の米軍試験では762km/hで飛んでます。要するに兵器は常に技術的な矛と盾の相克の関係にあって、一方にだけかけ離れた性能のものがあらわれることはありません。ほいでどうするかということですが、Wikipedia:大言壮語をしないに基づいて、究極という表現は止した方がいいんじゃないかなーというのが私の意見です。どっちかというと究極という表現は、レシプロ戦闘機の限界点に近づいたという意味で究極なんではないかと思いますし、文献に載っていても百科事典的に採用すべきでない内容もあります。ただIP氏の指摘する内容が正しいとも思いませんけどね。--林さん会話2013年2月18日 (月) 12:45 (UTC)[返信]

林さん、毎度のご教示恐れ入ります(三式戦では非常にお世話になりました)。私はTa152が究極であろうがなかろうがどうでもいいです、念のため。ただ、記事としてどんなかたちを取るかで。事実「究極のレシプロ戦闘機と言われることもある」点については記述を維持したいです(この文句につきましては、林さんも、究極って何やねんって所はともかく、少なからざる文献でお目になされた事と想像します)。これはウィキペディアあるいはその編集者がそう主張するのではなく(Wikipedia:大言壮語をしないはそれを禁止しています)、時として文献においてそう紹介される場合があると言う事実を紹介するだけの意味で。ウィキペディアは「事実」や「真実」の追求場所ではないですから。
「究極の成層圏戦闘機」については初めて聞きました。いやいや、勉強になります。その他ご提示頂けました情報につきましては、お時間がございます時に本文に反映して頂けませんでしょうか。何せ、限られた時間と予算をもって私一人で当たれる文献などしれたものでございまして・・・。
ちなみにちょっと2ちゃんねるの方で話してみたんですけど、そもそも、WWIIに実戦投入されたものに限定するのか、試作機はどうなのか、戦後はどうなのか、Me209の初代は「戦闘機」なのかとか、色々疑問が(笑)。ただ、「究極のレシプロ戦闘機」、日本独自のネタではなく、権威のほどはさておき、海外でも言われている場合はある事を、教えて頂きました(urlですけどね)。ちょっと不可能くさいですが、もし可能なら「究極のレシプロ戦闘機」と言う節を作って、そこでこのネタを総括的に論じることができればそれこそ究極の形なのでしょうけどね。--Hman会話2013年2月18日 (月) 13:56 (UTC)[返信]
あ、ちなみに。refの中身は可変IPの人対応として応急的に書きましただけのもので、私はこのref、本当は要らないと思っています。1冊ででも2冊ででも、事実「究極のレシプロ戦闘機」と表現されていれば、「そう言われる場合がある」とだけ書いて置けば十分と思います。まあ、編注と明記しつつ、「ただし何を持って究極とするのかは、また、誰がそう評しだしたのかは、項目末に挙げた参考文献の範囲では不明である」くらいは、いいかもしれませんけど。この辺りは如何でしょう?--Hman会話2013年2月18日 (月) 14:27 (UTC)[返信]
林さんが上げられた以外で思いつくとしたら、F8Fとかもありますがいずれの機体であっても「究極」は表現として首をひねるところはあります(「必要な時に必要な数」って見地だと主力機として大量に生産されたものではなかろうかとも思いますし)。ソースがあるので困ったところですが、個人的にはultimateは究極と訳される傾向にあるものの、この場合は極致とか到達点とした方が妥当なんじゃないかなって考えます。印象としてはレシプロ戦闘機の最高クラスの最終形って感じですし、別に複数存在しても争うようなことじゃないだろうと。要は、「究極」って語感が、競合しえない究極の一品というイメージを持たれてしまって誤解や争いの元になるんじゃないかなと思います。--open-box会話2013年2月18日 (月) 15:38 (UTC)[返信]
うーん、世代もあると思いますが、ソースが有る無しじゃないんですね。事実、「究極のレシプロ戦闘機」と、色々な文献(多くは三次資料のはずです)で言われてきた。「零戦無敵伝説」ほどじゃないですけど。まあ、言われてきた事は恐らく動かしがたい事実だし、無視もできない。我々がいくら「究極とは何ぞや」「そこまで傑出しているか?」と言ってみても仕方がないんです。なんかもう、歴史を紹介する感じ?・・・ですから、結局はこの文句は書くんですが、読者がミスリードを起こさない様に、書かないといけません。読者が、「へー究極のレシプロ戦闘機なんだ」と無批判に信じない様に、です。あくまで「そう言われたりもする」程度であると伝わる感じで。この点でいじれる様でしたら、どんどんいじってみて頂ければと思います。なんか、「世界四大美人」とかそんなんじゃないんですかねえこれは。事実どれくらい美人であったのか検証するのはナンセンスでしょう?と。
更に、林さんにより「究極の成層圏戦闘機」まで出て来てしまいました。ただしこれは現物を見ていないので、誰がそう評したのかわかりません。編集部が勝手にアオリを入れた形なら恐らくスルーなんでしょうけどね。世界の傑作機No.78、読んでみたいですね。探してみます。Fw190にも使えそうですし。--Hman会話2013年2月18日 (月) 16:56 (UTC)[返信]
残念ながら林さんはお忙しい様で、余りご無理を申し上げる訳にも参りません。私の方で参照ができましたので、少々書き足してみます。なお、「究極の成層圏戦闘機」については、欄外のアオリなどではなく、文責は執筆者に帰する部分と判断し、盛り込む方向で考えております。しかしもとより私は軍関係は二戦級の人間です。現在の版は私が大部を書いている事は確かですが、これは記事が無いよりはマシと言う応急のもの、何れまた数年後に、それこそ書斎に世界の傑作機や航空ファンが平積みに成っている・・・であろう林さんの様な一線級の方々の手により、質量共に私の持ち出したものに10倍する文献をもとに、徹底的に、なんでしたら原型など残らない感じでリライトして頂ける、これが、何より読者のためであります(WPは読者より好ましい記事・情報を届けるために存在しているはずです)。一連の他の記事につきましても、とりあえず時間があったので私がある程度手を入れさせて頂きましたが、長期的なリライトの程、ご検討頂けましたら、幸いです。--Hman会話2013年2月22日 (金) 18:46 (UTC)[返信]

昨日の編集合戦ではIP氏の『「Ta152が最優秀レシプロ戦闘機」と悦に入っており、P-51HやスパイトフルといったTa152と同世代の戦闘機がもっと高性能だったことは全くご存じ無い様子である。』などという文言を入れるわけにもいかずリバートしましたが、しかし、「究極の戦闘機云々」やカタログスペックを比べて評価することは避けたほうがいいのではないでしょうか?実機テストの結果なら必要だとはおもいますが。--ぱたごん会話) 2013年2月18日 (月) 17:14 (UTC)「本格的」という表現もいかがなものかとおもいます。そういった孔雀語を使わなくても説明できるでしょう。--ぱたごん会話2013年2月18日 (月) 17:20 (UTC)[返信]

私も上述の通り、ref内については本来、不要と思っています。「本格的」と言うのはFw190D-9との比較になるんです。あちらがあまり、本格的ではなかった。高々度性能の向上のためただエンジンを載せ替えただけで、与圧キャビンも無い。タンク自身も繋ぎだと言っている。そこに登場した、今度は本格的な高々度戦闘機と言うことで、まあ、こんなもんかな、と。なんでしたら「より本格的な」であれば、違和感も薄れるかもしれません。というわけでなんだかんだ、ちょっと修正してみました。refはばっさりカットで。冒頭は、いつでも、どんな記事でも、難しいものです。--Hman会話2013年2月18日 (月) 17:30 (UTC)[返信]
まあ、ともかく「悦に入っており」などという文言を許すわけにはいきません、改稿ご苦労様でした。--ぱたごん会話2013年2月18日 (月) 17:39 (UTC)[返信]
こちらこそ、色々お手数をおかけ致しました。ありがとうございました(早く楽隠居したいのですが、なかなか難しいものです。もう1本だけupしたらもうアクセスしまいと思っているのですが、その1本が仕上がらない・・・)。--Hman会話2013年2月18日 (月) 18:28 (UTC)[返信]



文献除去提案[編集]

大変僭越ながら、鈴木五郎(1979)『フォッケウルフ戦闘機』に根ざした記述の除去を提案します。本文をご覧になられればお解りと思いますが、いくらなんでも他の文献との矛盾が多すぎ、他に書いていないことが多く書かれていると申しますか・・・。1979年当時は相応の資料足り得たのでしょうが、2013年現在、研究も進んでおりますれば・・・。特に反対が無ければ一週間後を目処に除去したいと思います。如何でしょうか。強い反対がある様でしたら、現在の記述の維持、つまり「他はこう言っているが、鈴木はこう言っている」の維持もやむを得ないですが(両論併記の観点から)。

なお、他のコミュニティでこの件について記事を示して相談してみましたところ、「かつて日本では鈴木五郎が○○と著した文献が流通していたが、調査研究の進んだ現在では××と言うことになっている」などと書き換えてはどうか?とのご意見を賜りました。ですがより冗長になってしまう点、何より私にそれをうまくまとめる筆力が無い点を考慮しますと、ちょっと私の方では行えそうにありません。もし編集者諸兄の方で可能でしたら、こちらの手法についてもご検討の上でご意見を賜れますと幸いです。--Hman会話2013年3月21日 (木) 22:02 (UTC)[返信]

どちらでも良いです。記事自体がそこまで大きくないのでもう少し気長に出典の補強を待ってからでも良いでしょうし、両論併記はWP:RSに記載されており、まとめることが可能なのであればそのほうが望ましいと思います。しかし、冗長になるだろうという見方も同意できます。また、当方が手をつけたりしたら、繁雑になちがちな解説はばっさり簡潔化することでしょうから、反対のしようもありません。--sabuell会話2013年3月23日 (土) 02:45 (UTC)[返信]
古い文献で、現在見たら疑問点のある文献は削って良いとおもいますよ。たとえば1979年の医学書など、それが例え東大教授が書いたものであれ、2013年では使えないものは多いわけです。べつに1979年の時点では間違っているとされたわけではない。1979年にwikipediaがあれば真っ先に採用される文献でしょう。しかし、時代がたち2013年になると使える文献ではない。というようなことはどの分野でも起こりえる事でしょう。1979年時点での鈴木五郎氏の見解が何かしらの影響を与えたことを記す必要があるとか、戦争研究史学のなかで触れる必要があるとかならばそれに関してはふれてもいいでしょう。取捨選択・文案はHmanさんにおまかせするのがいいでしょう。--ぱたごん会話2013年3月23日 (土) 03:14 (UTC)[返信]

あども。ちょいと鈴木五郎氏の著作を調べてみました。その結果がコレ[1]ですね。それでレビューを見ますとHmanさんと同様の欠点が挙げられています。レビューを全面的に信じるというのもアレですが。他の著作と比較しておかしければ除去するのは妥当と思いますね。--林さん会話2013年3月23日 (土) 03:51 (UTC)[返信]

報告 皆様、ご意見のほど、ありがとうございます。鈴木文献についての言及はほぼ除去させて頂きました。なお将来の検討・改稿に備えて、除去した部分5項目をフォッケウルフ Ta152 2013年3月23日 (土) 10:31‎ (UTC) の版より、以下に転記させて頂きます。

Ta152B
鈴木五郎著『フォッケウルフ戦闘機』1979年 サンケイ出版 184項によれば、エンジンの過給器を2段3速に改良しGM1ブースターを装備したユモ213E-1に変更したタイプ。1944年の中頃から生産を開始したが生産機の数は不明とされている。
Ta152C
鈴木五郎著『フォッケウルフ戦闘機』1979年 サンケイ出版 185項によれば機体はBシリーズよりもやや大きく、Hシリーズより少し遅れて登場して、50機近く生産されたとされている。
Ta152H-0
鈴木五郎著『フォッケウルフ戦闘機』1979年 サンケイ出版 185項によれば、ユモ213Eあるいはユモ213Fが間に合わずにユモ213Aが搭載されていたといい、また「高々度戦闘機」を意味するHoenjagerの頭文字を取ってH型と名付けられたなどとしている<ref>この記述は文庫版で確認した。</ref>。
Ta152E
鈴木五郎著『フォッケウルフ戦闘機』1979年 サンケイ出版 185項によれば、Cシリーズの機体にカメラをコックピット後方に下に垂直に取り付けて、エンジンをユモ213F-1またはユモ213F-2に変更した写真偵察機型。1945年3月から生産を開始したが、少数が完成しただけで実戦には参加できなかったとされている。
Ta152F
鈴木五郎著『フォッケウルフ戦闘機』1979年 サンケイ出版 185項によれば、Ta152Eと同型の写真偵察機型で、エンジンをユモ213Eとしたタイプとされているが、項目末に列挙する他の文献では、この型には触れられていない。

以上です--Hman会話2013年3月30日 (土) 01:19 (UTC)[返信]


緒元について[編集]

緒元の全備重量と自重量について質問があります。

つまり全備重量-(引き算)自重量は 燃料・乗員・オイル・弾薬の重量ですね? さて、緒元を見るとTa152H-1の全備重量-自重量は1300kg 自重量の1/3です。 ところがTa152C-1/R11の全備重量-自重量は150kgしかありません。 操縦士の体重が60kgとして、燃料・弾薬を90kgしか積んでない計算になります。 これって明らかに変ですよね?--ぱたごん会話2013年9月11日 (水) 14:51 (UTC)[返信]

    • 確かに仰る通りですね。数値的には、そこをタイプした私が、4と5を打ち間違った可能性が高そうです。時間が出来ました折に改めて確認させて頂きます。ご報告に感謝申し上げます。--Hman会話2013年9月11日 (水) 15:31 (UTC)[返信]

「タンク」という俗称[編集]

タンク (曖昧さ回避)にフォッケウルフ Ta152の俗称として「タンク」の名が使われるとの記述があったのですが、本文中にその記載がないため記述を変更しました。--Meniv会話2013年9月21日 (土) 05:31 (UTC)[返信]

私も大概で文献を漁りましたが、日本で一般的とは到底言い難いですね。私の見た範囲では見かけなかった様な気さえします。除去は適切でしょう。--Hman会話2013年9月21日 (土) 07:45 (UTC)[返信]