パット・ネシェック

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パット・ネシェック
Pat Neshek
セントルイス・カージナルス #41
Pat neshek2012.JPG
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ウィスコンシン州マディソン
生年月日 1980年9月4日(33歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 ドラフト6巡目(全体182位)でミネソタ・ツインズから指名
初出場 2006年7月7日 テキサス・レンジャーズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

パトリック・J・ネシェックPatrick J. Neshek, 1980年9月4日 - )は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ウィスコンシン州マディソン出身のプロ野球選手投手)。右投両打。現在はMLBセントルイス・カージナルスに所属。

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

パークセンター高校時代には州の代表チームに選ばれた。 1999年のMLBドラフトミネソタ・ツインズから45順目(全体1337位)で指名を受けるが低評価のためプロ入りせずバトラー大学へ進学。 大学では1試合18奪三振(2001年4月15日)、シーズン118奪三振(2001年)、通算280奪三振を残しチームの3つの奪三振記録を更新。

ツインズ時代[編集]

2002年のMLBドラフトでは6巡目(全体182位)でミネソタ・ツインズから指名され、6月20日に契約。 ツインズのマイナーリーグでは4年間を過ごし、通算でリリーフとして206試合に登板し293.1イニング367奪三振16勝12敗防御率2.18だった。 また2005年シーズンはツインズのマイナー傘下チームで最も多くのセーブをあげた。

2006年7月6日対テキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビュー、2イニングを投げて被安打1、無失点だった。 その後、7月30日の対デトロイト・タイガース戦で打者1人、僅か5球で初勝利を手にする。

2007年は4月に2勝0敗防御率2.25、5月は13.2イニングを投げて被安打6、防御率0.66と好成績を残し、 2007年のMLBオールスターゲームの最終選出候補者に選ばれる。(他の候補者はジェレミー・ボンダーマンケルビム・エスコバー岡島秀樹ロイ・ハラデイで最終的に岡島が選出) 肩の疲れから9月16日に最終登板しシーズンを終え、シーズン通算で7勝2敗防御率2.94という成績を残す。

2008年は5月の登板を最後に故障者リスト入りし、11月11日にトミー・ジョン手術を受けることが発表され、18日に手術を受けた。

2009年は手術の影響もあって全休。

2010年は4月に4.1イニングを投げた後、中指の炎症で4月15日に故障者リスト入り。 しかし、別の機関のMRI検査で指ではなく手のひらの炎症と明らかになる。 この事に対してネシェックは謝った診断を下された事で復帰が遅れることに自身のFacebookで怒りを顕にし、ロン・ガーデンハイアー監督もツインズ首脳陣とメディカル・スタッフを公の場で批難した。 その後、故障者リストから復帰後はAAA級ロチェスター・レッドウイングスで調整し、9月6日にメジャーへ昇格[1]。結局、シーズン成績は9イニングを投げて0勝1敗防御率5.00、奪三振9、四球8。

パドレス時代[編集]

2011年3月20日にウェーバーでサンディエゴ・パドレスに移籍[2]。8月21日にDFAとなった[3]。パドレスでは25試合で防御率4.01という成績だった。シーズン終了後の9月29日にフリーエージェントとなった。

オリオールズ時代[編集]

2012年1月30日にボルティモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ[4]。スプリングトレーニングにも招待選手として参加した。

アスレチックス時代[編集]

2012年8月3日に金銭トレードでオークランド・アスレチックスへ移籍[5]。11月28日に1年契約で再契約した[6]

2013年11月5日にFAとなった。

カージナルス時代[編集]

2014年2月6日にセントルイス・カージナルスとマイナー契約を結んだ[7]。3月30日にカージナルスとメジャー契約を結んだ[8]

投球スタイル[編集]

独特なサイドスローが特徴。ショートを守っている時に負った怪我が原因でこの投球フォームに変わったが、傷が癒えた後も投球フォームが戻ることはなかった。 その投球フォームについてはベースボール・トゥナイトでも検証され、腕に余計な負担がかかる恐れがあるが、右打者にとっては球の出どころの見極めが非常に難しいという見解がなされた。

人物[編集]

ネシェックはプロの選手にしては珍しく自分で自身の公式サイトを制作し管理し、自身の趣味であるサインのコレクション(主に野球アイス・ホッケー)を公開したりしている。

2012年10月7日に息子が誕生したが23時間後に命を失い、そのことを自身のツイッターアカウントで報告した [9][10]

脚注[編集]

  1. ^ Twins to recall Neshek and Perkins from Triple-A Rochester”. MLB.com Twins Press Release (2010年9月6日). 2014年2月7日閲覧。
  2. ^ Padres claim RHP Pat Neshek off waivers from the Minnesota Twins”. MLB.com Padres Press Release (2011年3月20日). 2014年2月7日閲覧。
  3. ^ Padres reinstate RHP Ernesto Frieri from 15-day DL”. MLB.com Padres Press Release (2011年8月21日). 2014年2月7日閲覧。
  4. ^ Orioles sign RHPs Armando Galarraga and Pat Neshek and CA Ronny Paulino as non-roster invitees”. MLB.com Orioles Press Release (2012年1月30日). 2014年2月7日閲覧。
  5. ^ Jane Lee (2012年8月3日). “A's trade for reliever Neshek”. MLB.com. 2014年2月7日閲覧。
  6. ^ A’s Agree to Terms with RHP Pat Neshek on One-Year Contract”. MLB.com Athletics Press Release (2012年11月28日). 2014年2月7日閲覧。
  7. ^ Cardinals sign Pat Neshek to a Minor League contract”. MLB.com Cardinals Press Release (2014年2月6日). 2014年2月7日閲覧。
  8. ^ Cardinals set 2014 Opening Day roster”. MLB.com Cardinals Press Release (2014年3月30日). 2014年3月31日閲覧。
  9. ^ https://twitter.com/PatNeshek/status/253708072185384960
  10. ^ http://itsybitsysteps.com/oakland-a-pitcher-pat-nesheks-baby-dies-23-hours-after-birth/

外部リンク[編集]