ジェイミー・マレー

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Jamie Murray Australian Open 2011.JPG
ジェイミー・マレー
基本情報
ラテン文字名 Jamie Murray
フルネーム James Robert Murray
愛称 ジェイミー
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身地 同・ダンブレーン
生年月日 1986年2月13日(28歳)
身長 190cm
体重 84kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2004年
ツアー通算 7勝
シングルス 0勝
ダブルス 7勝
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2011)
全仏 2回戦(2011)
全英 3回戦(2007・08)
全米 2回戦(2007)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 2回戦(2008・09)
全仏 ベスト4(2011)
全英 優勝(2007)
全米 準優勝(2008)
優勝回数 1(英1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 834位(2006年5月22日)
ダブルス 23位(2011年10月10日)
2011年12月14日現在

ジェイミー・マレーJamie Murray /ˈdʒeɪmi ˈmʌri/, 1986年2月13日 - )は、スコットランド・ダンブレーン出身の男子プロテニス選手。フルネームは James Robert Murray (ジェームズ・ロバート・マレー)という。アンディ・マレーの1歳年上の兄で、ダブルスのスペシャリストとして活動している。2007年ウィンブルドン混合ダブルスで、エレナ・ヤンコビッチセルビア)とコンビを組んで優勝した。2008年全米オープン混合ダブルスでリーゼル・フーバーアメリカ)と組んだ準優勝もある。左利きの選手。

ジェイミーは普段からシングルスにはほとんど出場せず、4大大会の男子シングルスには1度も出場記録がない。これまでにATPツアーでダブルス7勝を挙げている。彼は様々なダブルス・パートナーと組んで好成績を出しており、弟のアンディと兄弟ペアを組む時もある。趣味のゴルフではハンデキャップ3の力量を持っている。

来歴[編集]

マレー家の兄弟2人は、スコットランドのナショナル・コーチを務めていた母親の手ほどきでテニスを始めた。一緒にラケットを握った時、兄ジェイミーは4歳、弟アンディは3歳だった。ジェイミーの公式サイトによれば、少年時代に家族でウィンブルドン選手権を観戦した頃「自分はできる限り多くの試合を見ようとしたが、アンディはできる限り(選手たちの)サインをねだることに夢中だった」という。ジュニア選手のトーナメントでは、2004年全米オープンの男子ジュニアダブルス部門でアンディと組んだベスト4がある。同年に18歳でプロ入り。最初期は男子ツアー最下層の大会群(フューチャーズ)でシングルス戦もこなしたが、2006年4月以後はダブルスのみに専念するようになった。

2007年、ジェイミー・マレーはエリック・ブトラックアメリカ)と組んで男子ツアー大会のダブルスに3勝を挙げ、ウィンブルドン混合ダブルスでエレナ・ヤンコビッチとコンビを組んで優勝した。J・マレーとヤンコビッチは、決勝でヨナス・ビョークマンスウェーデン)&アリシア・モリクオーストラリア)組を 6-4, 3-6, 6-1 で破って栄冠を獲得した。イギリス人選手がウィンブルドンを制覇したのは、1987年の混合ダブルスを制したジェレミー・ベイツ&ジョー・デュリー組(この組は2人ともイギリスペア)以来20年ぶりの快挙であった。

2011年楽天ジャパンオープンでのマレー兄弟

2008年は、2月のアメリカフロリダ州デルレイビーチ大会でマックス・ミルヌイベラルーシ)と組んだ優勝がある。8月の北京五輪には、イギリス代表選手としてジェイミーとアンディの兄弟ペアが男子ダブルスに出場し、2人は2回戦でフランス代表のアルノー・クレマン&ミカエル・ロドラ組に 1-6, 3-6 で敗れた。オリンピック終了後、ジェイミーは全米オープン混合ダブルスでリーゼル・フーバーと組み、自身2度目の4大大会混合ダブルス決勝に進出した。ここではリーンダー・パエスインド)&カーラ・ブラックジンバブエ)組に 6-7, 4-6 で敗れ、混合ダブルス2冠のチャンスを逃している。

2010年11月のバレンシア大会でジェイミーは、弟のアンディと組んだダブルスの決勝でマヘシュ・ブパシ&マックス・ミルヌイ組を 7–6(8), 5–7, [10–7] で破った。2011年の楽天ジャパンオープンでもアンディと組み優勝し、ダブルスツアー7勝目を挙げた。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

ダブルス: 12回 (7勝5敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2006年7月30日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード アメリカ合衆国の旗 エリック・ブトラック アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
2–6, 4–6
準優勝 2. 2006年10月1日 タイ王国の旗 バンコク ハード (室内) イギリスの旗 アンディ・マレー イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
イスラエルの旗 アンディ・ラム
2–6, 6–2, [4–10]
優勝 1. 2007年2月18日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード アメリカ合衆国の旗 エリック・ブトラック 南アフリカ共和国の旗 クリス・ハガード
ドイツの旗 ライナー・シュットラー
7–5, 7–6(8–6)
優勝 2. 2007年2月25日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 エリック・ブトラック オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー
オーストリアの旗 ユリアン・ノール
7–5, 6–3
優勝 3. 2007年6月23日 イギリスの旗 ノッティンガム アメリカ合衆国の旗 エリック・ブトラック イギリスの旗 ジョシュア・グドール
イギリスの旗 ロス・ハッチンス
4–6, 6–3, [10–5]
優勝 4. 2008年2月17日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ ハード ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
6–4, 3–6, [10–6]
準優勝 3. 2008年4月21日 ポルトガルの旗 エストリル クレー ジンバブエの旗 ケビン・ウリエット 南アフリカ共和国の旗 ジェフ・クッツェー
南アフリカ共和国の旗 ウェスリー・ムーディ
2–6, 6–4, [8–10]
準優勝 4. 2008年6月16日 イギリスの旗 ノッティンガム 南アフリカ共和国の旗 ジェフ・クッツェー ブラジルの旗 ブルーノ・ソアレス
ジンバブエの旗 ケビン・ウリエット
2–6, 6–7(5–7)
優勝 5. 2010年11月7日 スペインの旗 バレンシア ハード (室内) イギリスの旗 アンディ・マレー インドの旗 マヘシュ・ブパシ
ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
7–6(10–8), 5–7, [10–7]
優勝 6. 2011年9月25日 フランスの旗 メス ハード (室内) ブラジルの旗 アンドレ・サ チェコの旗 ルーカス・ドロウヒー
ブラジルの旗 マルセロ・メロ
6–4, 7–6(9–7)
優勝 7. 2011年10月9日 日本の旗 東京 ハード イギリスの旗 アンディ・マレー チェコの旗 フランティセク・チェルマク
スロバキアの旗 フィリップ・ポラセク
6–1, 6–4
準優勝 5. 2012年2月5日 フランスの旗 モンペリエ ハード (室内) オーストラリアの旗 ポール・ハンリー フランスの旗 ニコラ・マユ
フランスの旗 エドゥアール・ロジェ=バセラン
4–6, 6–7(4)

外部リンク[編集]