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エーリッヒ・リベック |
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| 名前 |
| 愛称 |
Sir Erich(エリック卿) |
| カタカナ |
エーリッヒ・リベック |
| ラテン文字 |
Eric Ribbeck |
| 基本情報 |
| 国籍 |
ドイツ |
| 生年月日 |
1937年6月13日(75歳) |
| 出身地 |
ヴッパータール |
| 選手情報 |
| ポジション |
DF |
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| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
エーリッヒ・リベック(Eric Ribbeck、1937年6月13日 - )は、ドイツ、ノルトライン=ヴェストファーレン州ヴッパータール出身のサッカー指導者。
略歴 [編集]
選手時代はDFとして、オーバーリーガに所属するヴッパーターラーSVボルシアやSCBヴィクトリア・ケルンでプレーをした。
現役引退後は指導者の道へ進み、1965年にボルシア・メンヒェングラートバッハのアシスタントコーチに就任しヘネス・バイスバイラーに師事。1973年からは1.FCカイザースラウテルンの監督を務め、1976年のDFBポカールで準優勝に導く。
1978年からは西ドイツ代表のアシスタントコーチに就任し、ユップ・デアヴァル監督を補佐。1984年のUEFA欧州選手権1984敗退の責任を問われ、デアヴァルが解任されると次期監督候補と目されたが、若いフランツ・ベッケンバウアーの前に敗れた。
その後はバイエルン・ミュンヘンを始めとしたドイツ国内の有力クラブの監督を歴任。1988年にバイエル・レバークーゼンを率いてUEFAカップ優勝に導いた。
1998年9月9日、ベルティ・フォクツの後任としてドイツ代表監督に就任。 2000年に行われたUEFA欧州選手権20001次リーグでは初戦のルーマニア戦を1-1で引き分けたものの、第2戦のイングランド戦を0-1で落とし同国を相手に15年ぶりの敗戦を喫する。最終戦のポルトガル戦では控え選手主体のポルトガルを相手に0-3と完敗を喫し0勝1分2敗で敗退。1938年以来の主要国際大会においてドイツサッカー史上に残る惨敗を喫したことで国民の非難を浴び、監督を辞任した。ドイツ代表監督としての通算成績は10勝6分け8敗。
所属クラブ [編集]
指導歴 [編集]
外部リンク [編集]