トーマス・ドル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トーマス・ドル Football pictogram.svg
Thomas Doll 2007.jpg
名前
ラテン文字 Thomas Doll
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1966年4月9日(48歳)
出身地 マールヒン
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1986
1986-1990
1990-1991
1991-1994
1994-1996
1996-1998
1998-2001
東ドイツの旗ハンザ・ロストック
東ドイツの旗ディナモ・ベルリン
ドイツの旗ハンブルガーSV
イタリアの旗SSラツィオ
ドイツの旗フランクフルト
イタリアの旗ASバーリ
ドイツの旗ハンブルガーSV
47 (4)
99 (39)
33 (4)
64 (9)
28 (2)
45 (4)
41 (0)
代表歴
1986-1990
1990-1993
東ドイツの旗 東ドイツ
ドイツの旗 ドイツ
29 (7)
18 (1)
監督歴
2002-2004
2004-2007
2007-2008
2009-2010
2011-2012
ドイツの旗ハンブルガーSV II
ドイツの旗ハンブルガーSV
ドイツの旗ボルシア・ドルトムント
トルコの旗ゲンチレルビルリイ
サウジアラビアの旗アル・ヒラル
1. 国内リーグ戦に限る。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

トーマス・ドルThomas Doll1966年4月9日 -)は、ドイツ(旧東ドイツ)出身の元サッカー選手サッカー指導者。選手時代のポジションはMF(攻撃的MF)。

経歴[編集]

地元のBSG ロコモティブ・マールヒンでサッカーを始め、ハンザ・ロストックの下部組織を経て1983年にトップチームへ昇格した。1986年からはシュタージが支援するディナモ・ベルリンに移籍。ディナモでは1987年と1988年にリーグ優勝を経験した。

ドイツ統一後、ドルは東ドイツ出身者の中で最も優秀な選手の一人として各クラブから勧誘を受け、1990年にブンデスリーガハンブルガーSVへ移籍した。

翌1991年には当時の記録となる1500万ドイツマルクの移籍金でイタリアのSSラツィオへ移籍し注目を集めた。ラツィオで3シーズン在籍した。1994年にはアイントラハト・フランクフルトへ移籍したが、怪我の影響もあってリーグ戦28試合出場に留まった。そしてASバーリを経て、1998年に古巣のハンブルガーSVへ復帰し2001年に現役を引退した。

代表レベルでは東ドイツ代表として29試合出場7得点、ドイツ代表として1992年のUEFA欧州選手権1992に出場するなど18試合出場1得点を記録し、1993年に代表から退いた。

引退後はハンブルガーSV・サテライトチームの監督を務め、2004年にトップチームの監督に昇格した。ハンブルクでは就任初年度にクラブを降格から救い、UEFAインタートトカップでも勝利を収めた。 翌2005-06シーズンにはリーグ戦3位に導きUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得するなどの成功を収めた。 しかし2006-07シーズンはUEFAチャンピオンズリーグでは1次リーグ敗退に終わり、リーグ戦でも下位に低迷した。そして2007年2月1日に辞任した。

2007年3月からはボルシア・ドルトムントの監督に就任。2006-07シーズンのリーグ戦では9位に導いたが、2007-08シーズンは成績が低迷し、13位でシーズンを終えると2008年5月19日に監督を辞任した[1]

脚注[編集]

外部リンク[編集]