ある機関助士
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| ある機関助士 |
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|---|---|
| 監督 | 土本典昭 |
| 脚本 | 土本典昭 |
| 製作 | 岩波映画製作所 |
| 製作総指揮 | 土本典昭 |
| 出演者 | 中島鷹雄、小沼慶三 |
| 音楽 | 三木稔 |
| 撮影 | 根岸栄 |
| 配給 | 日本国有鉄道 |
| 公開 | 1963年 |
| 上映時間 | 37分 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
『ある機関助士』(あるきかんじょし)は1963年(昭和38年)の日本国有鉄道(国鉄)企画、岩波映画製作所製作の日本映画。
目次 |
[編集] 概要
1962年(昭和37年)5月3日、国鉄常磐線三河島駅構内で発生した列車脱線多重衝突事故、「三河島事故」の影響から、国鉄が安全性への取り組みを宣伝するために、国鉄によって企画され、岩波映画製作所によって制作された映画である。のちに水俣病のドキュメンタリー映画で大きな業績を残した土本典昭が、記録映画監督としてデビューした作品でもある。
[編集] あらすじ
電化の遅れていた常磐線取手以北。1962年、C62が牽引する上り急行「みちのく」は水戸を3分延着。取手から上野までの電車区間はダイヤ過密ゆえに延着回復が不可能で、一挙に緊迫した運転を強いられる。水戸駅での到着における引継ぎ、水戸機関区での他の機関士との休憩時間。小沼機関助士の鉄道研修所における訓練生の思い出や、蒸気機関車から電気機関車・電車へと移り行く動力近代化と、廃止されることが確実な蒸気機関車とその過酷な勤務を追ったドキュメンタリー作品である。
記録映画、宣伝映画として名高い当作品だが、実際の定期運行された旅客列車での撮影ではなく、撮影のために機関車を運行し、土本監督による台本やセリフなど綿密な企画によって制作された作品である。[1]土本監督や根岸キャメラマンが残した資料は遺族の手で保存され、2009年には東京国立近代美術館フィルムセンターでの展覧会「ドキュメンタリー作家 土本典昭」でも展示された。
[編集] キャスト
- 中島鷹雄機関士:尾久機関区所属
- 小沼慶三機関助士:水戸機関区所属
[編集] スタッフ
- 監督: 土本典昭
- 脚本: 土本典昭
- 製作: 小口禎三
- 撮影: 根岸栄
- 録音: 安田哲男
- 照明: 松橋仁之、山本茂樹
- 演出助手: 泉田昌慶、岩佐寿弥
- 撮影助手: 西山東男、奥村義博
- 録音助手: 岡本光司
- 照明助手: 重田清三
- 製作係: 深井一二
- 進行: 山崎耕一郎
- 音楽: 三木稔
- 解説: 大田正孝
[編集] 受賞歴
- 第18回芸術祭文部大臣賞
- 教育映画祭一般教養映画最高賞
- 日本紹介映画コンクール銀賞
- キネマ旬報短編ベストテン第1位
- 第14回(1963年)日本映画ブルーリボン賞教育文化映画賞
- 第18回(1963年)毎日映画コンクール教育文化映画賞
- ベルリン映画青年文化賞
- 日本産業映画コンクール奨励賞
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 「SL甲組」の肖像第3巻(ネコ・パブリッシング)