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| addiction_liability = 低・穏やか<ref name="NHM-PCP and ketamine">{{cite book | author = Malenka RC, Nestler EJ, Hyman SE | editor = Sydor A, Brown RY | title = Molecular Neuropharmacology: A Foundation for Clinical Neuroscience | year = 2009 | publisher = McGraw-Hill Medical | location = New York | isbn = 9780071481274 | pages = 374–375 | edition = 2nd | chapter = Chapter 15: Reinforcement and Addictive Disorders | quote= Phencyclidine (PCP or angel dust) and ketamine (also known as special K) are structurally related drugs... their reinforcing properties and risks related to compulsive abuse}}</ref>
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<!--Pharmacokinetic data-->
<!--Pharmacokinetic data-->
| metabolism = 主にCYP3A4による肝臓<ref>{{Cite journal |last1= Hijazi |first1= Y |last2= Boulieu |first2= R |title= Contribution of CYP3A4, CYP2B6, and CYP2C9 isoforms to N-demethylation of ketamine in human liver microsomes |journal= [[Drug Metabolism and Disposition]] |volume= 30 |issue= 7 |pages= 853–8 |date= July 2002 |pmid= 12065445 |doi= 10.1124/dmd.30.7.853}}</ref>
| metabolism = 主に[[CYP3A4]]による[[肝臓]]<ref>{{Cite journal |last1= Hijazi |first1= Y |last2= Boulieu |first2= R |title= Contribution of CYP3A4, CYP2B6, and CYP2C9 isoforms to N-demethylation of ketamine in human liver microsomes |journal= [[Drug Metabolism and Disposition]] |volume= 30 |issue= 7 |pages= 853–8 |date= July 2002 |pmid= 12065445 |doi= 10.1124/dmd.30.7.853}}</ref>
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'''ケタミン'''({{lang-en-short|Ketamine}})は、{{仮リンク|アリルシクロヘキシルアミン系|en|Arylcyclohexylamine|preserve=1}}の[[解離性麻酔薬]]である。[[1962年]]に米国の{{仮リンク|パーク・デービス社|en|Parke-Davis}}によって[[フェンサイクリジン]]({{en|PCP}})の代用物として[[化学合成]]された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65">[[レスター・グリンスプーン]]、ジェームズ・B. バカラー 『サイケデリック・ドラッグ-向精神物質の科学と文化』 杵渕幸子訳、妙木浩之訳、工作舎、2000年。ISBN 978-4875023210。65頁。(原著 ''Psychedelic Drugs Reconsidered'', 1979)</ref>。日本では[[第一三共]]から[[麻酔薬]]'''ケタラール'''が[[静脈注射]]・[[筋肉注射]]剤として販売されている。[[薬機法]]における[[劇薬]]および[[処方箋医薬品]]に指定されている。2007年より[[麻薬及び向精神薬取締法]]における[[麻薬]]に指定されている。2012年の[[WHO]]薬物専門委員会は、深刻な[[薬物乱用|乱用]]がある国においても、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとした<ref name="who.int.dep35"/>。そのため、[[向精神薬に関する条約]]による規制はない。ケタミンは[[WHO必須医薬品モデル・リスト]]に加えられている。特に[[獣医師]]や大型動物を実験に用いる研究機関では常備薬である。海外では{{仮リンク|速攻型抗うつ薬|en|Rapid-acting_antidepressant}}として知られ、麻酔用量よりも少量の単回[[静脈内注射]]により、約2時間以内の急速な抗うつ効果が得られ、それは約1〜2週間持続する。しかし、安全性は確立していない。血中濃度と脳中濃度が消失した後に脳細胞が[[アポトーシス]]する<ref name="pmid19126600" />。
'''ケタミン'''({{lang-en|''Ketamine''}})は、[[アリルシクロヘキシルアミン系]]の[[解離性麻酔薬]]である。日本では、[[第一三共株式会社]]から[[麻酔薬]]の'''ケタラール'''として販売され、[[静脈注射]]および[[筋肉注射]]剤がある。[[医薬品医療機器等法]]の[[処方箋医薬品]]・[[劇薬]]に指定されている。


==用途==
[[フェンサイクリジン]](PCP)の代用物として合成された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65"/>。解離性麻酔薬であるため他の一般的な麻酔薬と比較し、低用量帯では呼吸を抑制しない大きな利点がある。ケタミンは世界保健機関(WHO)による[[WHO必須医薬品モデル・リスト|必須医薬品の一覧]]に加えられている。麻酔薬として、特に[[獣医師]]や大型動物を実験に用いる研究機関では常備薬である。
===全身麻酔===
{{main|全身麻酔}}
麻酔薬としての用量は 1〜2mg/kg である。最初の30分間は 0.1mg/kg/min で静脈内投与<ref name="ketamine_if" />。15%前後の者は麻酔からの覚醒時に 夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態 などの[[離脱症状]]が現れる。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある<ref name="ketamine_if" />。


多くの麻酔薬は血圧を下げる作用があるものの、ケタミンは血圧を上げることが多い。そのため、[[プロポフォール]]や[[フェンタニル]]などの血圧を下げる麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール・ケタミン・フェンタニルを使用する麻酔は '''PKF麻酔''' と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。
乱用薬物でもあるため、日本では2007年より[[麻薬及び向精神薬取締法]]の麻薬に指定されている。2012年の世界保健機関薬物専門委員会は、深刻な乱用がある国でも、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとしている<ref name="who.int.dep35"/>。そのため、[[向精神薬に関する条約]]による規制はない。


ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射がやりにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から[[麻酔銃]]の麻酔としても用いられてきた。
既存の治療に反応しない治療抵抗性うつ病に対し、投与から2時間での迅速な効果や<ref name="pmid16894061"/>、自殺念慮の軽減作用が示されている<ref name="pmid25169854">{{cite journal|last1=Ballard|first1=Elizabeth D.|last2=Ionescu|first2=Dawn F.|last3=Vande Voort|first3=Jennifer L.|last4=Niciu|first4=Mark J.|last5=Richards|first5=Erica M.|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Brutsché|first7=Nancy E.|last8=Ameli|first8=Rezvan|last9=Furey|first9=Maura L.|last10=Zarate|first10=Carlos A.|title=Improvement in suicidal ideation after ketamine infusion: Relationship to reductions in depression and anxiety|journal=Journal of Psychiatric Research|volume=58|pages=161–166|year=2014|pmid=25169854|doi=10.1016/j.jpsychires.2014.07.027}}</ref>。。アメリカの臨床現場でうつ病に対して[[適応外使用]]されている<ref name="ND2015jp"/>。イギリスでは2014年に、難治性のうつ病に対する使用が承認された<ref name="Trust2014May"/>。伴って製薬会社は、ケタミン様薬物の臨床試験を進めている<ref name="ND2015jp"/>。しかしながら、長期的な安全性はまだ不明である。


他の解離性麻酔薬と同じように[[大脳皮質]]などを抑制し、[[大脳辺縁系]]に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しない。過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こる。動物実験では、中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている<ref name="ketamine_if">{{cite web |title=医薬品インタビューフォーム(2012年6月改訂 第9版)ケタラール |url=https://www.medicallibrary-dsc.info/di/lq9pde0000001fyw-att/if_kta_1207_09.pdf |format=pdf |date=2012-6 |publisher=[[第一三共株式会社]] |accessdate=2016-7-28}}</ref>。
==開発==
1962年、[[アメリカ合衆国]]の製薬会社パーク・デービス社によって、同社が開発した麻酔薬の[[フェンサイクリジン]] (PCP) の代用物として合成された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65">[[レスター・グリンスプーン]]、ジェームズ・B. バカラー 『サイケデリック・ドラッグ-向精神物質の科学と文化』 杵渕幸子訳、妙木浩之訳、工作舎、2000年。ISBN 978-4875023210。65頁。(原著 ''Psychedelic Drugs Reconsidered'', 1979)</ref>。


内臓に対する効果よりも体の浅層における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も[[鎮痛]]作用は持続している。[[副作用]]として[[悪夢]]を引き起こすことが多いことが知られている。[[嘔吐中枢]]の[[化学受容器引き金帯]]を刺激し、[[嘔吐]]を誘発する。
==化学特性==
常温[[常圧]]においては固体で、白い粉末状の物質。[[融点]]は314.74度で、融解性である。[[ギ酸]]に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、[[無水酢酸]]や[[ジエチルエーテル]]には殆ど溶けない。[[水素イオン指数|pH]]は3.5~5.5で、水溶液は酸性。


気管支拡張作用のため、[[気管支喘息]]を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、[[脳血管障害]]、[[虚血性心疾患]]、[[高血圧]]の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能。呼吸抑制作用は少ないが分泌物が多くなるため注意が必要。ただし、大量では呼吸抑制が現れる。頭蓋内圧が上昇する<ref name="ketamine_if" />。脳血流量が増加する<ref name="ketamine_if" />。


脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や[[緑内障]]患者には使用されにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇は[[ベンゾジアゼピン]]の併用で少なくなるともいわれる。
==代謝==
[[半減期_(薬学)|半減期]]はおよそ3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、代謝産物にも作用がある。


ワインドアップ現象(中枢感作症候群)を抑制するため、[[神経因性疼痛]]などの慢性疼痛の治療でその効果は見直されている。
==作用機序==
ケタミンは[[イオンチャネル|開口チャネル]]および[[アロステリック]]部位の両方に結合し、NMDA受容体を阻害すると考えられている<ref name="pmid9105235">{{cite journal |author=Orser BA, ''et al''. |title=Multiple mechanisms of ketamine blockade of N-methyl-D-aspartate receptors. |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |year=1997 |volume=86 |issue=4 |pages=903-17 |url=http://journals.lww.com/anesthesiology/Fulltext/1997/04000/Multiple_Mechanisms_of_Ketamine_Blockade_of.21.aspx |doi=10.1097/00000542-199704000-00021 |pmid=9105235}}</ref>。[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]拮抗薬であり、中枢神経系のシナプス後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、興奮性神経伝達をブロックする。


===うつ病===
S(+)とR(-)立体異性体は、NMDA受容体への異なる結合親和性を有する。それぞれ、[[IC50|''K''<sub>i</sub>]]=3,200nMと''K''<sub>i</sub>=1,100nMである<ref name="pmid8942324">{{cite journal |author=Hirota K, ''et al''. |title=Ketamine: Its mechanism(s) of action and unusual clinical uses |journal=[[:en:British Journal of Anaesthesia]]. |date=1996-10 |volume=77 |issue=4 |pages=441-4 |url= http://bja.oxfordjournals.org/content/77/4/441.long |doi=10.1093/bja/77.4.441 |pmid=8942324}}</ref>。[[ドーパミン受容体#D2様受容体ファミリー(抑制性)|ドーパミンD<sub>2</sub>(High)受容体]]への結合親和性は、''K''<sub>i</sub>=55nMである<ref name="pmid15852061">{{cite journal |author=Seeman P, Ko F, Tallerico T. |title=Dopamine receptor contribution to the action of PCP, LSD and ketamine psychotomimetics. |journal=[[:en:Molecular Psychiatry]]. |volume=10 |issue=9 |pages=877-83 |date=2005-9 |url=http://www.nature.com/mp/journal/v10/n9/full/4001682a.html |doi=10.1038/sj.mp.4001682 |pmid=15852061}}</ref>。
2006年、{{仮リンク|アメリカ国立精神衛生研究所|en|National Institute of Mental Health}}の[[ランダム化比較試験]](RCT)で、{{仮リンク|治療抵抗性うつ病|en|Treatment-resistant depression}}に対する迅速かつ堅牢な効果が示された。投与から2時間以内に効果が現われ、1週間有意であった。29%が翌日には[[寛解]]を満たした<ref name="pmid16894061">{{cite journal|last1=Zarate|first1=Carlos A.|last2=Singh|first2=Jaskaran B.|last3=Carlson|first3=Paul J.|last4=Brutsche|first4=Nancy E.|last5=Ameli|first5=Rezvan|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Charney|first7=Dennis S.|last8=Manji|first8=Husseini K.|title=A Randomized Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Major Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=63|issue=8|pages=856|year=2006|pmid=16894061|doi=10.1001/archpsyc.63.8.856|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=668195}}</ref>。


2012年に利用できる30種類もの[[抗うつ薬]]はどれも6週間後に控えめな効果を示すだけであるが、ケタミンの急速な抗うつ作用の結果は、抗うつ反応の目標を移動させる<ref name="pmid23052292">{{cite journal|last=Insel|first=T. R.|authorlink=トーマス・インセル|title=Next-Generation Treatments for Mental Disorders|journal=Science Translational Medicine|volume=4|issue=155|pages=155ps19–155ps19|year=2012|month=October|pmid=23052292|doi=10.1126/scitranslmed.3004873}}</ref>。抗うつ作用の発見は偶然であり、正常な被験者に対し[[精神病]]をモデル化する目的で用いられたケタミンの研究は、急速な気分の改善が誘導されたことを見出し、後のうつ病に対する研究につながった<ref name="pmid25391924">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Help luck along to find psychiatric medicines|journal=Nature|volume=515|issue=7526|pages=165–165|year=2014|pmid=25391924|doi=10.1038/515165a|url=http://www.nature.com/news/help-luck-along-to-find-psychiatric-medicines-1.16311}}</ref>。
ケタミンはNMDA受容体に対する拮抗薬として働くだけでなく、[[モノアミン輸送体]]を阻害する<ref>M.Nishimura, K.Sato et al."Ketamine Inhibits Monoamine transporters expressed in Human Embryonic Kidney 293 cells" Anesthesiology 1998; 88:768-774 PMID 9523822</ref>。そのことによる[[カテコールアミン]]遊離作用がある。そのため、[[交感神経]]を刺激し、[[気管支拡張薬|気管支拡張]]作用、頻脈、昇圧作用を示す。


イギリスでは2014年4月に、治療抵抗性うつ病と[[双極性障害]]の患者に対する、3週間のケタミン 0.5mg/kg [[点滴静脈注射|静注]]による{{仮リンク|オープンラベル試験|en|Open-label trial}}が公表された。{{仮リンク|ケタミン#膀胱炎|label=膀胱炎|en|ketamine#Urinary tract effects}}の副作用が多かった<ref name="NHS2014april">{{cite news |author= |title=Ketamine tested as severe depression treatment |url=http://www.nhs.uk/news/2014/04April/Pages/Ketamine-tested-as-severe-depression-treatment.aspx |date= |newspaper=NHS Choices |accessdate=2015-11-01}}</ref>。同年5月、ケタミン専門の[[診療所]]で治療抵抗性うつ病の治療にケタミンを使用することが専門委員会で承認された<ref name="Trust2014May">{{cite web |author= |title=Ketamine Update |url=http://www.slam.nhs.uk/patients-and-carers/patient-information/nice-medicines-guidance/ketamine-update |date=14 of May 2014 |publisher=South London and Maudsley NHS Foundation Trust |accessdate=2015-11-01}}</ref>。
==依存性==
耐性は形成される<ref name="who.int.dep35"/>。[[離脱]]症状を起こすという証拠はない<ref name="who.int.dep35">{{Cite report|author=世界保健機関|authorlink=世界保健機関|title=WHO Expert Committee on Drug Dependence: thirty-fifth report / WHO Technical Report Series 973 |publisher=World Health Organization|date=2012|url=http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/77747/1/WHO_trs_973_eng.pdf|format=pdf|isbn=978-92-4-120973-1|pages=8-9}}</ref>。


自殺念慮の軽減作用も示されているが、長期的な安全性は未だ不明である<ref name="pmid25169854">{{cite journal |authors=Ballard Elizabeth D, et al. |title=Improvement in suicidal ideation after ketamine infusion: Relationship to reductions in depression and anxiety. |journal=Journal of Psychiatric Research. |volume=58 |pages=161–6 |year=2014 |doi=10.1016/j.jpsychires.2014.07.027 |pmid=25169854}}</ref>。ケタミンは、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]を遮断する機序によって抗うつ作用を発揮しているとみなされてるが、そうした作用を持つ他の薬剤は抗うつ薬ではない<ref name="NIMHKetamine2014">{{cite web |author=Thomas Insel |authorlink=トーマス・インセル |title=Director’s Blog: Ketamine |url=http://www.nimh.nih.gov/about/director/2014/ketamine.shtml |date=October 1, 2014 |publisher=National Institute of Mental Health (NIMH) |accessdate=2015-11-01}}</ref>。近年では[[ミクログリア]]活性化の抑制による抗炎症作用が抗うつ作用に寄与すると示唆されている。{{main|[[#神経学的作用]]}}
医薬品インタビューフォームには、15%前後の者は麻酔からの覚醒時に「夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態」などの離脱症状が現れる。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある<ref name="ketamine_if" />。


臨床的なうつ症状の有無にかかわらず、ケタミンは自殺願望に対して特異的に作用するらしいことが明らかとなった。アメリカの臨床現場ではうつ病に対して[[適応外使用]]されており、製薬会社はケタミン類似薬物の臨床試験を進めている。[[全身麻酔|麻酔導入薬]]・[[鎮静剤]]である[[ミダゾラム]]の有効性はケタミンよりも低かった<ref name="ND2015jp">{{Cite journal |和書|author=Sara Reardon、(翻訳)船田晶子|date=2015|title=うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン|url=http://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n4/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E8%87%A8%E5%BA%8A%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%8C%E9%80%B2%E3%82%80%E3%82%B1%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3/61976|format=pdf|journal=Natureダイジェスト|volume=12|issue=4|doi=10.1038/ndigest.2015.150414}}</ref><ref name="doi10.1038/517130a">{{cite journal |author=Sara Reardon. |title=Rave drug holds promise for treating depression fast |journal=[[:en:Nature]] |volume=517 |issue= |page=130-1 |date=2015-01-08 |url=http://www.nature.com/news/rave-drug-holds-promise-for-treating-depression-fast-1.16664 |doi=10.1038/517130a}}</ref>。
==乱用==
[[幻覚剤]]として知られる。不正な密輸入および若者の間での乱用が問題となった。


===双極性障害===
ヒトがこの粉末を鼻孔吸入、もしくは経口摂取、[[静脈注射]]した場合、臨死体験などの幻覚作用があり、悪夢を見るという副作用もある。一時期は、”K”とか”スペシャルK”などという隠語で呼ばれ、[[トランス]]系の音楽を流すクラブで多く流通したこともある。だが、ケタミンは本来の用途が麻酔薬であるため、LSDとは反対に精神状態は沈静化するので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。
治療抵抗性の[[双極性障害#うつ状態(大うつ病エピソード)|双極性うつ病]]に対し、堅牢かつ迅速な抗うつ作用が示された<ref name="pmid20679587">{{cite journal|last1=Diazgranados|first1=Nancy|last2=Ibrahim|first2=Lobna|last3=Brutsche|first3=Nancy E.|last4=Newberg|first4=Andrew|last5=Kronstein|first5=Phillip|last6=Khalife|first6=Sami|last7=Kammerer|first7=William A.|last8=Quezado|first8=Zenaide|last9=Luckenbaugh|first9=David A.|last10=Salvadore|first10=Giacomo|last11=Machado-Vieira|first11=Rodrigo|last12=Manji|first12=Husseini K.|last13=Zarate|first13=Carlos A.|title=A Randomized Add-on Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Bipolar Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=8|pages=793|year=2010|pmid=20679587|pmc=3000408|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.90|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210856}}</ref>。


===強迫性障害===
催眠状態を誘発し、鎮痛や鎮静と記憶喪失が得られる<ref name="pmid21256625">{{cite journal |author=Green SM, ''et al''. |title=Clinical Practice Guideline for Emergency Department Ketamine Dissociative Sedation: 2011 Update |journal=[[:en:Annals of Emergency Medicine]]. |year=2011 |volume=57 |issue=5 |pages=449-61 |url=http://www.annemergmed.com/article/S0196-0644%2810%2901827-5/fulltext |doi=10.1016/j.annemergmed.2010.11.030 |pmid=21256625}}</ref>。
[[強迫性障害]](OCD)に対し、少なくとも1週間持続する迅速な抗強迫効果により、強迫観念が大幅に改善された<ref name="pmid23783065">{{cite journal|last1=Rodriguez|first1=Carolyn I|last2=Kegeles|first2=Lawrence S|last3=Levinson|first3=Amanda|last4=Feng|first4=Tianshu|last5=Marcus|first5=Sue M|last6=Vermes|first6=Donna|last7=Flood|first7=Pamela|last8=Simpson|first8=Helen B|title=Randomized Controlled Crossover Trial of Ketamine in Obsessive-Compulsive Disorder: Proof-of-Concept|journal=Neuropsychopharmacology|volume=38|issue=12|pages=2475–2483|year=2013|pmid=23783065|pmc=3799067|doi=10.1038/npp.2013.150|url=http://www.nature.com/npp/journal/v38/n12/full/npp2013150a.html}}</ref>。


===PTSD===
平均して1ヶ月に20日以上の頻繁な使用者は、[[抑うつ]]状態が増加し、[[記憶力]](短期記憶と視覚的な記憶)が低下した。平均して1ヶ月に3.25日の稀な使用者と、過去の使用者は「記憶・注意・幸福度」が対照群と差がなかった。頻繁な使用者、稀な使用者、使用を控えている者、全てが試験で[[妄想]]症状の得点が対照群よりも高かった<ref name="pmid19919593">{{Cite journal |author=Morgan CJA, ''et al''. |title= Consequences of chronic ketamine self-administration upon neurocognitive function and psychological wellbeing: A 1-year longitudinal study. |journal=[[:en:Addiction (journal)|Addiction]]. |year=2009 |volume=105 |issue=1 |pages=121-33 |doi=10.1111/j.1360-0443.2009.02761.x |pmid=19919593}}</ref>。
慢性的な[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の抑うつ症状に対しケタミンは重症度を急速かつ大幅に減少させた<ref name="pmid24740528">{{cite journal|last1=Feder|first1=Adriana|last2=Parides|first2=Michael K.|last3=Murrough|first3=James W.|last4=Perez|first4=Andrew M.|last5=Morgan|first5=Julia E.|last6=Saxena|first6=Shireen|last7=Kirkwood|first7=Katherine|last8=aan het Rot|first8=Marije|last9=Lapidus|first9=Kyle A. B.|last10=Wan|first10=Le-Ben|last11=Iosifescu|first11=Dan|last12=Charney|first12=Dennis S.|title=Efficacy of Intravenous Ketamine for Treatment of Chronic Posttraumatic Stress Disorder|journal=JAMA Psychiatry|volume=71|issue=6|pages=681|year=2014|pmid=24740528|doi=10.1001/jamapsychiatry.2014.62|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleID=1860851}}</ref>。


===嗜好===
==統合失調症モデル==
{{main|[[:en:Recreational_use_of_ketamine|ケタミンの嗜好用途<small>(英語版)</small>]]}}
[[統合失調症]]様の[[実験動物#モデル動物|モデル動物]]を作成する際に用いられる。


[[催眠]]状態を誘発し、鎮痛や鎮静、[[記憶喪失]]が得られる<ref name="pmid21256625">{{cite journal |author=Green SM, ''et al''. |title=Clinical Practice Guideline for Emergency Department Ketamine Dissociative Sedation: 2011 Update |journal=[[:en:Annals of Emergency Medicine]]. |year=2011 |volume=57 |issue=5 |pages=449-61 |url=http://www.annemergmed.com/article/S0196-0644%2810%2901827-5/fulltext |doi=10.1016/j.annemergmed.2010.11.030 |pmid=21256625}}</ref>。[[幻覚剤]]として知られ、不正な密輸入および若者の間での[[薬物乱用|乱用]]が問題となった。
==医療用途==
日本では、[[麻薬及び向精神薬取締法]]の[[麻薬]]に指定されたことにより、使用は大きく制限されている。海外ではその限りではない。


ヒトがケタミンの粉末を[[投与経路#その他の非経口投与|経鼻吸入]]{{enlink|Nasal_administration|英語版}}・[[静脈注射]]・[[投与経路#経口|経口摂取]]した場合、[[臨死体験]]などの[[幻覚]]や[[悪夢]]を見ることがあり、それらは '''Kホール''' と呼ばれる。一時期ケタミンは '''K''' とか '''スペシャルK''' などの[[隠語]]で呼ばれ、[[トランス]]系の音楽を流す[[ナイトクラブ|クラブ]]で多く流通していた。だが、ケタミンは本来の用途が麻酔であるため、[[LSD_(薬物)|LSD]]とは反対に精神状態は沈静化するので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。
===健常者への作用===
健常人を被験者とした、[[対照実験|プラセボ対照]]の[[二重盲検法]]による[[ランダム化比較試験]](RCT)において、0.5mg/kg用量の[[投与経路#注射器または注入ポンプによる非経口投与|静脈内投与]]が統合失調症(陽性症状と陰性症状)と同様の行動を発現させた。「[[知覚]]変化・[[警戒性]]低下・[[流暢性|言語流暢性]]低下・[[知能|能力]]低下・[[解離性障害|解離]]類似症状・[[言語障害]]・[[行動障害]]・[[認知障害]]」などの[[精神病|内因性精神病]]を誘発させることが示された<ref name="pmid8122957">{{cite journal |author=Krystal JH, ''et al''. |title=Subanesthetic effects of the noncompetitive NMDA antagonist, ketamine, in humans. Psychotomimetic, perceptual, cognitive, and neuroendocrine responses. |journal=[[:en:JAMA Psychiatry]]. |volume=51 |issue=3 |pages=199-214 |date=1994-3 |url=http://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/496531 |doi=10.1001/archpsyc.1994.03950030035004 |pmid=8122957}}</ref>。


===麻酔・鎮痛===
====依存性====
{{main|[[:en:Recreational_use_of_ketamine#Dependence|ケタミンの嗜好用途#依存性<small>(英語版)</small>]]}}
麻酔薬としての用量は1〜2mg/kgである<ref name="ketamine_if" />。
[[耐性_(薬理学)|耐性]]は形成される。[[離脱症状]]を起こすという証拠はない<ref name="who.int.dep35">{{Cite report|author=世界保健機関|authorlink=世界保健機関|title=WHO Expert Committee on Drug Dependence: thirty-fifth report / WHO Technical Report Series 973 |publisher=World Health Organization|date=2012|url=http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/77747/1/WHO_trs_973_eng.pdf|format=pdf|isbn=978-92-4-120973-1|pages=8-9}}</ref>。


===薬物依存症治療===
一部の新生児専門家は、潜在的に脳発育への有害な作用があるかもしれないと考えており、ヒト新生児へ麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない。発育の初期段階における神経変性の変化は、ケタミンと同じ作用機序のNMDA拮抗剤で示されている<ref name="pmid19276968">{{cite journal |author=Patel P. |title= Update on neonatal anesthetic neurotoxicity: Insight into molecular mechanisms and relevance to humans |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |date=2009-4 |volume=110 |issue=4 |pages=703-8 |doi=10.1097/ALN.0b013e31819c42a4 |pmc=2737718 |pmid=19276968}}</ref>。
ロシアで薬物乱用の専門治療を行う[[精神科医]]のエフゲニー・クルピツキーは、20年間にわたり麻酔薬ケタミンを幻覚剤として利用する[[アルコール依存症]]の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった<ref>ジョン・ホーガン 『科学を捨て、神秘へと向かう理性』 [[竹内薫]]訳、徳間書店、2004年11月。ISBN 978-4198619503。210頁。(原著 Rational mysticism, 2003) </ref>などのいくつかの報告<ref>E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/kpt10yrs.php Ketamine Psychedelic Therapy (KPT): A Review of the Results of Ten Years of Research] ''J Psychoactive Drugs.'' 1997 Apr-Jun;29(2), pp165-83. Review.</ref>がある。また、ケタミンは[[ヘロイン#依存症の治療|ヘロイン依存症患者]]に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた<ref>
Krupitsky EM, Burakov AM, Dunaevsky IV et al. "Single versus repeated sessions of ketamine-assisted psychotherapy for people with heroin dependence" ''J Psychoactive Drugs'' 39(1), 2007 Mar, pp13-9. PMID 17523581</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/ketamine-psychotherapy-heroin.pdf Ketamine psychotherapy for heroin addiction: immediate effects and two-year follow-up] (PDF),''Journal of Substance Abuse Treatment''23, 2002, pp273-283</ref>。[[アヘン]]の禁断症状を減衰させるという報告もある<ref>Jovaisa T, Laurinenas G, Vosylius S, Sipylaite J, Badaras R, Ivaskevicius J (2006). "Effects of ketamine on precipitated opiate withdrawal". Medicina (Kaunas) 42 (8): pp625-34. PMID 16963828</ref>。[[モルヒネ]]の[[耐性_(薬理学)|耐性形成]]を抑制し[[離脱|退薬]]発現を抑制することが報告されている{{要出典|date=2016年9月}}。


==副作用==
多くの麻酔薬では血圧を下げる併用があるが、ケタミンでは血圧を上げることが多い。そのため、[[プロポフォール]]や[[フェンタニル]]などの血圧を下げる麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール、ケタミン、フェンタニルを使用する麻酔は、PKF麻酔と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。
ケタミンは殆どの国で[[違法薬物]]とされ、発達期の脳における[[神経幹細胞|神経幹細胞(神経前駆細胞)]]からの[[神経発生|神経発生(神経新生)]]を変化させることができる。それは、脳の構造および機能を変化させ、[[神経発達症|正常な発達を妨げる]]可能性があり、[[妊婦]]・[[未熟児]]・[[新生児]]のケタミン使用に関連する新たな[[合併症]]として同定された<ref name="pmid23566897">{{cite journal |authors=Chaoxuan Dong, ''et al''. |title=Developmental neurotoxicity of ketamine in pediatric clinical use. |journal=Toxicol Lett. |volume=220 |issue=1 |pages=53-60 |date=2013-6-20 |url=https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0378427413001446 |doi=10.1016/j.toxlet.2013.03.030 |pmid=23566897}}</ref>。一部の新生児専門家は、脳発達への潜在的な有害作用を考えており、ヒト新生児への麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない<ref name="pmid19276968">{{cite journal |author=Patel P. |title= Update on neonatal anesthetic neurotoxicity: Insight into molecular mechanisms and relevance to humans |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |date=2009-4 |volume=110 |issue=4 |pages=703-8 |doi=10.1097/ALN.0b013e31819c42a4 |pmc=2737718 |pmid=19276968}}</ref>。


===精神病誘発作用===
ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射がやりにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から[[麻酔銃]]の麻酔としても用いられてきた。
ケタミンや[[フェンサイクリジン]](PCP)は[[アンフェタミン]]([[覚醒剤]])とは異なり、動物や健常人において急性投与で[[精神病]]を誘発する。{{仮リンク|薬物誘発性精神病|en|Substance-induced_psychosis}}(DIP)の症状は[[統合失調症]](SZ)の症状と違いがなく区別は困難である。DIPとSZの区別が曖昧なため、DIP動物はSZ[[実験動物#モデル動物|モデル動物]]として頻用されている。症状は同じだがDIPは[[後天性]]でSZは[[遺伝子疾患|遺伝性]]という点で異なる<ref name="pmid28243163">{{cite journal |authors=Suji Ham, ''et al''. |title=Drug Abuse and Psychosis: New Insights into Drug-induced Psychosis. |journal=Exp Neurobiol. |volume=26 |issue=1 |pages=11-24 |date=2017-2-7 |url=https://en-journal.org/DOIx.php?id=10.5607/en.2017.26.1.11 |doi=10.5607/en.2017.26.1.11 |pmc=5326711 |pmid=28243163}}</ref>。


平均して1ヶ月間に20日以上の頻繁な使用者は[[抑うつ]]状態が増加し、[[記憶力]]([[記憶#短期記憶|短期記憶]]と[[ワーキングメモリ|視覚的な記憶]])が低下した。平均して1ヶ月間に3.25日の稀な使用者と、過去の使用者は [[記憶]]・[[注意]]・[[幸福]]度 が対照群と差がなかった。頻繁な使用者・稀な使用者・過去の使用者 の全てが対照群よりも[[妄想]]症状のスコアが高かった<ref name="pmid19919593">{{Cite journal |author=Morgan CJA, ''et al''. |title= Consequences of chronic ketamine self-administration upon neurocognitive function and psychological wellbeing: A 1-year longitudinal study. |journal=[[:en:Addiction (journal)|Addiction]]. |year=2009 |volume=105 |issue=1 |pages=121-33 |doi=10.1111/j.1360-0443.2009.02761.x |pmid=19919593}}</ref>。
ワインドアップ現象(中枢感作症候群)を抑制するため、[[神経因性疼痛]]などの慢性疼痛の治療でその効果は見直されている。


健常人を被験者とした、[[対照実験|プラセボ対照]]の[[二重盲検法]]による[[ランダム化比較試験]] (RCT) において、40分間の 0.5mg/kg [[投与経路#注射器または注入ポンプによる非経口投与|静脈内投与]]が[[統合失調症]](陽性症状と陰性症状)と同様の行動を発現させた。[[知覚]]変化・{{仮リンク|警戒性|en|Vigilance_(psychology)}}の低下・言語[[流暢性]]の低下・[[知能|能力]]の低下・[[解離性障害|解離]]類似症状・[[言語障害]]・[[行動障害]]・[[認知障害]] などの[[精神病|内因性精神病]]を誘発させることが示された。0.1mg/kg 用量は精神状態の変化が少なかった<ref name="pmid8122957">{{cite journal |author=Krystal JH, ''et al''. |title=Subanesthetic effects of the noncompetitive NMDA antagonist, ketamine, in humans. Psychotomimetic, perceptual, cognitive, and neuroendocrine responses. |journal=[[:en:JAMA Psychiatry]]. |volume=51 |issue=3 |pages=199-214 |date=1994-3 |url=http://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/496531 |doi=10.1001/archpsyc.1994.03950030035004 |pmid=8122957}}</ref>。麻酔用量は最初の30分間が 0.1mg/kg/min [[点滴静脈注射|静注]]である<ref name="ketamine_if" />。
他の解離性麻酔薬と同じように大脳皮質などを抑制し、大脳辺縁系に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しない。過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こる。動物実験では、中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている<ref name="ketamine_if">{{cite web |title=医薬品インタビューフォーム(2012年6月改訂 第9版)ケタラール |url=https://www.medicallibrary-dsc.info/di/lq9pde0000001fyw-att/if_kta_1207_09.pdf |format=pdf |date=2012-6 |publisher=[[第一三共株式会社]] |accessdate=2016-7-28}}</ref>。


===神経学的作用===
内臓に対する効果よりも体の浅層における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も[[鎮痛]]作用は持続している。[[副作用]]として[[悪夢]]を引き起こすことが多いことが知られている。[[嘔吐中枢]]の[[化学受容器引き金帯]]を刺激し、[[嘔吐]]を誘発する。
====動物研究====
; 霊長類
[[青年期]]の[[カニクイザル]]へ6ヵ月間のケタミン 1mg/kg [[投与経路#注射器または注入ポンプによる非経口投与|静注]]は、[[前頭前皮質]]の[[細胞#細胞の死|細胞死]]([[アポトーシス]])を増加させ、{{仮リンク|自発運動活性|en|Locomotor activity}}を減少させた。そのような自発運動活性の減少は、1ヵ月間投与した群にはみられなかった。サルにおける嗜好用量のケタミン投与は、[[神経毒性]]による脳機能の永久的および不可逆的な[[微細脳障害|欠損]]を引き起こすことが示唆された<ref name="pmid23145560">{{cite journal |authors=Lin Sun, et al. |title=Chronic ketamine exposure induces permanent impairment of brain functions in adolescent cynomolgus monkeys. |journal=Addict Biol. |volume=19 |issue=2 |pages=185-94 |date=2014-5 |url=https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/adb.12004/abstract |doi=10.1111/adb.12004 |pmid=23145560}}</ref>。


5-6日齢の[[アカゲザル]]6匹にケタミン[[静脈麻酔薬|静脈麻酔]]を24時間維持した。7ヵ月齢で離乳させ、[[アメリカ食品医薬品局#組織|国立毒性研究センター]]で認知機能タスク(OTB)の訓練が開始された。約10ヵ月齢から始まり以後10ヵ月間、ケタミン曝露群よりも対照群の訓練スコアが有意に高く、優れていた。現在サルは3歳半を過ぎ、ケタミン曝露群のOTB成績が悪く、タスクの応答速度と正確性の欠如として[[認知障害]]が継続して現れている。[[霊長類]]における脳発達が繊細な時期のケタミン24時間麻酔一回が、非常に長期的な脳機能の欠損をもたらした。脳発達の[[臨界期仮説|臨界期]]に全身麻酔することは、その後の機能的欠損をもたらす可能性がある<ref name="pmid21241795">{{cite journal |vauthors=Paule MG, Li M, Allen RR, et al. |title=Ketamine anesthesia during the first week of life can cause long-lasting cognitive deficits in rhesus monkeys |journal=Neurotoxicol Teratol |volume=33 |issue=2 |pages=220–30 |year=2011 |pmid=21241795 |pmc=3071878 |doi=10.1016/j.ntt.2011.01.001 |url=}}</ref>。
気管支拡張作用のため、[[気管支喘息]]を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、[[脳血管障害]]、[[虚血性心疾患]]、[[高血圧]]の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能。呼吸抑制作用は少ないが分泌物が多くなるため注意が必要。ただし、大量では呼吸抑制が現れる。頭蓋内圧が上昇する<ref name="ketamine_if" />。脳血流量が増加する<ref name="ketamine_if" />。


5-6日齢のアカゲザルへケタミンを 3・9・24時間 静脈内投与し、6時間の退薬期間後に脳組織を検査した。その結果、3時間投与は有意な神経毒性を生じなかった。9・24時間投与は、[[前頭皮質]]の2層と3層で神経細胞死が有意に増加していた。一般的な小児の[[全身麻酔]]に近い3時間投与は、神経細胞死で判断した有害作用は示されなかったが、9時間以上の投与は神経毒性であった<ref name="pmid19580862">{{cite journal |vauthors=Zou X, Patterson TA, Divine RL, et al. |title=Prolonged exposure to ketamine increases neurodegeneration in the developing monkey brain |journal=Int. J. Dev. Neurosci. |volume=27 |issue=7 |pages=727–31 |year=2009 |pmid=19580862 |doi=10.1016/j.ijdevneu.2009.06.010 |url=}}</ref>。
脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や[[緑内障]]患者には使用されにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇は[[ベンゾジアゼピン]]の併用で少なくなるともいわれる。


ケタミンが[[発達段階|発達期]]における非ヒト霊長類の脳細胞死を引き起こすか否か研究された。胎児期122日(GD122)・出生後5日(PND5)・35日(PND35)・[[陰性対照|対照群]](各N=3)のアカゲザルに3時間または24時間ケタミンを[[点滴静脈注射|経静脈投与]]し、6時間の離脱期間後に脳組織を[[電子顕微鏡]]で検査した。24時間のケタミン静注は、GD122とPND5において[[アポトーシス]]及び[[ネクローシス]]により神経細胞死を引き起こした可能性が高い。発達前期のGD122とPND5は、後期のPND35よりもケタミン誘導性の脳細胞死に感受性が高い様である。しかし、3時間のケタミン静注ではPND5のサルにおいても神経細胞死を引き起こさなかった<ref name="pmid17426105">{{cite journal |authors=William Slikker Jr, et al. |title=Ketamine-induced neuronal cell death in the perinatal rhesus monkey. |journal=Toxicol Sci (Oxford University Press). |volume=98 |issue=1 |pages=145-58 |date=2007-7 |url=https://academic.oup.com/toxsci/article-lookup/doi/10.1093/toxsci/kfm084 |doi=10.1093/toxsci/kfm084 |pmid=17426105}}</ref>。
===抗うつ作用===
抗うつ作用の発見は偶然であり、正常な被験者に対し[[精神病]]をモデル化する目的で用いられたケタミンの研究は、急速な気分の改善が誘導されたことを見出し、後のうつ病に対する研究につながった<ref name="pmid25391924">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Help luck along to find psychiatric medicines|journal=Nature|volume=515|issue=7526|pages=165–165|year=2014|pmid=25391924|doi=10.1038/515165a|url=http://www.nature.com/news/help-luck-along-to-find-psychiatric-medicines-1.16311}}</ref>。2012年に利用できる30種類もの[[抗うつ薬]]はどれも6週間後に控えめな効果を示すだけであるが、ケタミンの急速な抗うつ作用という結果は、抗うつ反応の目標を移動させる<ref name="pmid23052292">{{cite journal|last=Insel|first=T. R.|authorlink=トーマス・インセル|title=Next-Generation Treatments for Mental Disorders|journal=Science Translational Medicine|volume=4|issue=155|pages=155ps19–155ps19|year=2012|month=October|pmid=23052292|doi=10.1126/scitranslmed.3004873}}</ref>。ケタミンは、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]を遮断する機序によって抗うつ作用を発揮しているとみなされてるが、そうした作用を持つ他の薬剤は抗うつ薬ではない<ref name="NIMHKetamine2014">{{cite web |author=Thomas Insel |authorlink=トーマス・インセル |title=Director’s Blog: Ketamine |url=http://www.nimh.nih.gov/about/director/2014/ketamine.shtml |date=October 1, 2014 |publisher=National Institute of Mental Health (NIMH) |accessdate=2015-11-01}}</ref>。


; 齧歯類
2006年の{{仮リンク|アメリカ国立精神衛生研究所|en|National Institute of Mental Health}}の[[ランダム化比較試験]]では、治療抵抗性うつ病に対して効果が見られており、迅速かつ堅牢な効果であり、投与から2時間で効果が現われ、29%が翌日には[[寛解]]を満たすことが臨床試験で示された<ref name="pmid16894061">{{cite journal|last1=Zarate|first1=Carlos A.|last2=Singh|first2=Jaskaran B.|last3=Carlson|first3=Paul J.|last4=Brutsche|first4=Nancy E.|last5=Ameli|first5=Rezvan|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Charney|first7=Dennis S.|last8=Manji|first8=Husseini K.|title=A Randomized Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Major Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=63|issue=8|pages=856|year=2006|pmid=16894061|doi=10.1001/archpsyc.63.8.856|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=668195}}</ref>。その作用は7~10日間持続する。
雄性62ヵ月齢[[C57BL/6|マウス]]へ6ヵ月間ケタミン(60mg/kg/day, [[投与経路#注射器または注入ポンプによる非経口投与|ip]])投与後に[[空間認識能力|空間認識]]記憶の欠損および不安様行動を誘発することが示された<ref group="注">30mg/kg用量群では認められなかった。</ref>。ケタミンの単回投与は[[TNF-α]]濃度を増加させたが、複数回および長期投与はそれを有意に減少させた。[[海馬]]の炎症性サイトカインである [[IL-6]]・[[IL-1|IL-1β]]・[[TNF-α]] の変化がケタミン麻酔下の行動変化や神経毒性に関与している可能性が示された<ref name="pmid28373844">{{cite journal |vauthors=Li Y, Shen R, Wen G, et al. |title=Effects of Ketamine on Levels of Inflammatory Cytokines IL-6, IL-1β, and TNF-α in the Hippocampus of Mice Following Acute or Chronic Administration |journal=Front Pharmacol |volume=8 |issue= |pages=139 |year=2017 |pmid=28373844 |pmc=5357631 |doi=10.3389/fphar.2017.00139 |url=}}</ref>。


うつ病様[[ラット]](雄性・50日齢)へ7日間ケタミン(10mg/kg/day, ip)投与の抗うつ効果は、海馬における[[ミクログリア]]活性化の抑制、および炎症促進性[[サイトカイン]]の阻害を伴う。[[中枢神経系]](CNS)における[[抗炎症薬|抗炎症作用]]が、ケタミンの抗うつ効果の根底[[作用機序|メカニズム]]の一つである可能性が示された<ref name="doi:10.4172/Neuropsychiatry.1000183">{{cite web |url=http://www.openaccessjournals.com/peer-review/the-effect-of-ketamine-on-microglia-and-proinflammatory-cytokines-in-the-hippocampus-of-depressionlike-rat.html |accessdate=2017-04-17 |title=The effect of ketamine on microglia and proinflammatory cytokines in the hippocampus of depression-like rat |date=2017}}</ref>。
治療抵抗性の双極性うつ病でも、堅牢かつ迅速な抗うつ作用が見られている<ref name="pmid20679587">{{cite journal|last1=Diazgranados|first1=Nancy|last2=Ibrahim|first2=Lobna|last3=Brutsche|first3=Nancy E.|last4=Newberg|first4=Andrew|last5=Kronstein|first5=Phillip|last6=Khalife|first6=Sami|last7=Kammerer|first7=William A.|last8=Quezado|first8=Zenaide|last9=Luckenbaugh|first9=David A.|last10=Salvadore|first10=Giacomo|last11=Machado-Vieira|first11=Rodrigo|last12=Manji|first12=Husseini K.|last13=Zarate|first13=Carlos A.|title=A Randomized Add-on Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Bipolar Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=8|pages=793|year=2010|pmid=20679587|pmc=3000408|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.90|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210856}}</ref>。慢性的な[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の抑うつ症状に対して、ケタミンは症状の重症度を大幅かつ急速に減少させた<ref name="pmid24740528">{{cite journal|last1=Feder|first1=Adriana|last2=Parides|first2=Michael K.|last3=Murrough|first3=James W.|last4=Perez|first4=Andrew M.|last5=Morgan|first5=Julia E.|last6=Saxena|first6=Shireen|last7=Kirkwood|first7=Katherine|last8=aan het Rot|first8=Marije|last9=Lapidus|first9=Kyle A. B.|last10=Wan|first10=Le-Ben|last11=Iosifescu|first11=Dan|last12=Charney|first12=Dennis S.|title=Efficacy of Intravenous Ketamine for Treatment of Chronic Posttraumatic Stress Disorder|journal=JAMA Psychiatry|volume=71|issue=6|pages=681|year=2014|pmid=24740528|doi=10.1001/jamapsychiatry.2014.62|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleID=1860851}}</ref>。[[強迫性障害]]においても、少なくとも1週間持続する迅速な抗強迫効果により、強迫観念が大幅に改善された<ref name="pmid23783065">{{cite journal|last1=Rodriguez|first1=Carolyn I|last2=Kegeles|first2=Lawrence S|last3=Levinson|first3=Amanda|last4=Feng|first4=Tianshu|last5=Marcus|first5=Sue M|last6=Vermes|first6=Donna|last7=Flood|first7=Pamela|last8=Simpson|first8=Helen B|title=Randomized Controlled Crossover Trial of Ketamine in Obsessive-Compulsive Disorder: Proof-of-Concept|journal=Neuropsychopharmacology|volume=38|issue=12|pages=2475–2483|year=2013|pmid=23783065|pmc=3799067|doi=10.1038/npp.2013.150|url=http://www.nature.com/npp/journal/v38/n12/full/npp2013150a.html}}</ref>


雄性8週齢マウスへのケタミン(10mg/kg, ip)急性投与は、{{仮リンク|強制水泳試験|en|forced swimming test}}において[[抗うつ薬]]様の効果を引き起こし、反復投与後の8日間持続した。成体動物へのケタミン反復投与が海馬の神経発生を増加させた。ケタミン反復投与は、急性投与よりも行動の変化が大きく、[[ストレッサー]]によって影響を受ける典型的な[[神経化学]]や[[ホルモン]]的因子ではなく、[[シナプス#可塑性|神経可塑性]]および抗炎症作用による抗うつ効果であることが示された<ref name="pmid27106168">{{cite journal |vauthors=Clarke M, Razmjou S, Prowse N, et al. |title=Ketamine modulates hippocampal neurogenesis and pro-inflammatory cytokines but not stressor induced neurochemical changes |journal=Neuropharmacology |volume=112 |issue=Pt A |pages=210–220 |year=2017 |pmid=27106168 |doi=10.1016/j.neuropharm.2016.04.021 |url=}}</ref>。
アメリカではケタミンをうつ病に対して[[適応外使用]]で用いることも増えている<ref name="ND2015jp">{{Cite journal |和書|author=Sara Reardon、(翻訳)船田晶子|date=2015|title=うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン|url=http://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n4/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E8%87%A8%E5%BA%8A%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%8C%E9%80%B2%E3%82%80%E3%82%B1%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3/61976|format=pdf|journal=Natureダイジェスト|volume=12|issue=4|doi=10.1038/ndigest.2015.150414}}</ref>。臨床的なうつ症状の有無にかかわらず、ケタミンは[[自殺願望]]に対して[[特異的]]に作用するらしいことが明らかとなった。[[全身麻酔|麻酔導入薬]]・[[鎮静剤]]である[[ミダゾラム]]の有効性はケタミンよりも低かった<ref name="ND2015jp" /><ref name="doi10.1038/517130a">{{cite journal |author=Sara Reardon. |title=Rave drug holds promise for treating depression fast |journal=[[:en:Nature]] |volume=517 |issue= |page=130-1 |date=2015-01-08 |url=http://www.nature.com/news/rave-drug-holds-promise-for-treating-depression-fast-1.16664 |doi=10.1038/517130a}}</ref>。


7日齢ラットへケタミン 40mg/kg を1時間毎に4回注射した。その結果、[[神経幹細胞]](NSC)の[[細胞分裂|増殖]]が著しく阻害され、[[アストロサイト]]への[[細胞分化|分化]]が減少し、[[神経細胞]]への分化が著明に増強されていた。その撹乱作用は、少なくとも1週間持続し、2週間後に消失した。2カ月齢における海馬依存性の[[空間認識能力|空間認識]]記憶課題で障害が発生した。海馬の[[神経発生]]や[[身体疾患による精神障害#認知機能|認知機能]]が長期間障害される可能性を示唆し、新生児期のケタミン曝露によって誘発された成人期の[[認知障害|神経認知機能障害]]の説明となりうる<ref name="pmid26966008">{{cite journal |vauthors=Huang H, Liu CM, Sun J, et al. |title=Ketamine Affects the Neurogenesis of the Hippocampal Dentate Gyrus in 7-Day-Old Rats |journal=Neurotox Res |volume=30 |issue=2 |pages=185–98 |year=2016 |pmid=26966008 |doi=10.1007/s12640-016-9615-7 |url=https://link.springer.com/article/10.1007/s12640-016-9615-7}}</ref>。{{see also|神経細胞#増殖と成長}}
イギリスでは、2014年4月に、治療抵抗性の双極性障害のうつ病を含むうつ病に対する試験を公表し<ref name="NHS2014april">{{cite news |author= |title=Ketamine tested as severe depression treatment |url=http://www.nhs.uk/news/2014/04April/Pages/Ketamine-tested-as-severe-depression-treatment.aspx |date= |newspaper=NHS Choices |accessdate=2015-11-01}}</ref>、2014年5月に、専門診療所において難治性のうつ病に対してケタミンを使用することを専門委員会が承認している<ref name="Trust2014May">{{cite web |author= |title=Ketamine Update |url=http://www.slam.nhs.uk/patients-and-carers/patient-information/nice-medicines-guidance/ketamine-update |date=14 of May 2014 |publisher=South London and Maudsley NHS Foundation Trust |accessdate=2015-11-01}}</ref>。


7日齢ラットへケタミン 5, 10, 20mg/kg を単回または2時間毎に皮下投与し、最終投与の6時間後に神経毒性を検査した。その結果 5, 10mg/kg を1・3・6回投与したラットの前頭皮質2層と3層は、有意な神経毒性が検出されなかった。しかし 20mg/kg を6回投与したラットは、前頭皮質で有意な異常が観察された。電子顕微鏡による観察で、典型的な[[アポトーシス#特徴|核凝縮と断片化]]が、アポトーシス特性の増強を示した。細胞死の増加は、他の脳領域においても明らかであった。血漿および脳内のケタミン濃度がほぼゼロまで減少した後にアポトーシスが発現した。発達期におけるケタミン投与が、用量および曝露時間に依存して神経細胞死を増加させることが実証された。ケタミン誘導性の[[細胞毒性#細胞死|細胞死]]は自然なアポトーシスであり、[[NMDA受容体#構造|NMDA受容体サブユニット]][[mRNA]]発現の増強と密接に関連しているようであった<ref name="pmid19126600">{{cite journal |vauthors=Zou X, Patterson TA, Sadovova N, et al. |title=Potential neurotoxicity of ketamine in the developing rat brain |journal=Toxicol. Sci. |volume=108 |issue=1 |pages=149–58 |year=2009 |pmid=19126600 |pmc=2721655 |doi=10.1093/toxsci/kfn270 |url=}}</ref>。
====類似薬の開発====
{{see also|オルニーの病変}}
[[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]社の構造的異型の[[エスケタミン]]を含有する点鼻薬は、2013年に、[[アメリカ食品医薬品局]](FDA)による「画期的な治療薬」の指定を受け、2015年の早期に研究結果を発表する予定である<ref name="ND2015jp"/>。アメリカのノーレクス社は、2014年12月に、ケタミン様薬剤GLYX-13の臨床試験の結果を発表した。それによると、同社のは、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかった<ref name="ND2015jp"/>。スイスのロシュ社も、グルタミン酸経路を標的とするdecoglurantの臨床試験の結果を、2015年春に公表する予定とされる<ref name="ND2015jp"/>。一方で精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許された高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている<ref name="ND2015jp"/>。


====試験管内研究====
===薬物依存症の治療===
ケタミン(100µM)は[[神経幹細胞]](NSC)の[[細胞分裂|増殖]]を有意に阻害し、[[アストロサイト]]への[[細胞分化|分化]]を促進、および神経細胞への分化を抑制した。ケタミン曝露後にアポトーシスレベルが増加した。[[ミノサイクリン]]前処理は、アポトーシスレベルを低下させ細胞生存率を大幅に増強し、ケタミン誘導性の細胞分化の変化を逆転した。{{仮リンク|GSK3B|label=CSK-3β|en|GSK3B}}および[[PI3キナーゼ|PI3キナーゼ-Akt経路]]がミノサイクリの神経保護効果に関与していると示唆された<ref name="pmid28066173">{{cite journal |vauthors=Lu Y, Lei S, Wang N, et al. |title=Protective Effect of Minocycline Against Ketamine-Induced Injury in Neural Stem Cell: Involvement of PI3K/Akt and Gsk-3 Beta Pathway |journal=Front Mol Neurosci |volume=9 |issue= |pages=135 |year=2016 |pmid=28066173 |pmc=5167749 |doi=10.3389/fnmol.2016.00135 |url=}}</ref>。
ロシアで薬物乱用の専門治療を行う[[精神科医]]のエフゲニー・クルピツキーは、20年間にわたり麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用する[[アルコール依存症]]の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間[[禁酒]]を継続し、対象群では24%であった<ref>ジョン・ホーガン 『科学を捨て、神秘へと向かう理性』 [[竹内薫]]訳、徳間書店、2004年11月。ISBN 978-4198619503。210頁。(原著 Rational mysticism, 2003) </ref>などのいくつかの報告<ref>E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/kpt10yrs.php Ketamine Psychedelic Therapy (KPT): A Review of the Results of Ten Years of Research] ''J Psychoactive Drugs.'' 1997 Apr-Jun;29(2), pp165-83. Review.</ref>がある。また、ケタミンは[[ヘロイン]]の依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた<ref>Krupitsky EM, Burakov AM, Dunaevsky IV et al. "Single versus repeated sessions of ketamine-assisted psychotherapy for people with heroin dependence" ''J Psychoactive Drugs'' 39(1), 2007 Mar, pp13-9. PMID 17523581</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/ketamine-psychotherapy-heroin.pdf Ketamine psychotherapy for heroin addiction: immediate effects and two-year follow-up] (PDF),''Journal of Substance Abuse Treatment''23, 2002, pp273-283</ref>。[[アヘン]]の禁断症状を減衰させるという報告もある<ref>Jovaisa T, Laurinenas G, Vosylius S, Sipylaite J, Badaras R, Ivaskevicius J (2006). "Effects of ketamine on precipitated opiate withdrawal". Medicina (Kaunas) 42 (8): pp625-34. PMID 16963828</ref>。

[[初代培養]]ミクログリアにおける[[リポ多糖]](LPS)誘発性の[[一酸化窒素]](NO)および[[IL-1|IL-1β]]放出をケタミン(100, 250µM)が濃度依存的に阻害した。より高濃度(500µM)を除き、ケタミン(100, 250µM)はミクログリアにおけるLPS誘発性の[[TNF-α]]産生を有意に阻害しなかった。ケタミンのミクログリア抑制作用は、部分的に[[分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ#ERK1/2(古典的MAPK)|ERK1/2]]の[[リン酸化]]阻害に起因すると示唆された<ref name="pmid19343193">{{cite journal |vauthors=Chang Y, Lee JJ, Hsieh CY, Hsiao G, Chou DS, Sheu JR |title=Inhibitory effects of ketamine on lipopolysaccharide-induced microglial activation |journal=Mediators Inflamm. |volume=2009 |issue= |pages=705379 |year=2009 |pmid=19343193 |pmc=2662525 |doi=10.1155/2009/705379 |url=}}</ref>。

[[培養]]した[[γ-アミノ酪酸|GABA]]作動性神経細胞を超高濃度(20µg/mL以上)のケタミンに短期間曝露させたところ、分化した細胞が有意に損失した。細胞死を誘導しない高濃度(10µg/mL)のケタミンへの短期間曝露は、分化した神経細胞の[[樹状突起]]に後退や剪定など長期的な変化が誘導された。低濃度(0.01µg/mL)で24時間以上の慢性曝露は、樹状突起の構造を維持できない可能性があると示された。これらの結果から、細胞の生存に影響を与えない麻酔よりも低濃度のケタミンへの慢性曝露は神経細胞の形態を損なうことがあり、[[神経回路形成|神経回路]]の機能不全を引き起こす可能性を高める<ref name="pmid17418473">{{cite journal |author=Laszlo Vutskitsa, et al. |title=Low concentrations of ketamine initiate dendritic atrophy of differentiated GABAergic neurons in culture. |journal=Toxicology. |volume=234 |issue=3 |pages=216-26 |date=2007-5-20 |url=https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0300-483X(07)00113-8 |doi=10.1016/j.tox.2007.03.004 |pmid=17418473}}</ref>。

==薬理学==
===薬力学===
ケタミンは[[イオンチャネル|開口チャネル]]および[[アロステリック]]部位の両方に結合し、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]を[[アンタゴニスト|阻害]]すると考えられている<ref name="pmid9105235">{{cite journal |author=Orser BA, ''et al''. |title=Multiple mechanisms of ketamine blockade of N-methyl-D-aspartate receptors. |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |year=1997 |volume=86 |issue=4 |pages=903-17 |url=http://journals.lww.com/anesthesiology/Fulltext/1997/04000/Multiple_Mechanisms_of_Ketamine_Blockade_of.21.aspx |doi=10.1097/00000542-199704000-00021 |pmid=9105235}}</ref>。[[中枢神経系]]の[[シナプス]]後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、[[興奮]]性[[シグナル伝達|神経伝達]]をブロックする。

* NMDA受容体 [[IC50|''K''<sub>i</sub>]]=3,200[[モル濃度|nM]] S(+)体 <ref name="pmid8942324">{{cite journal |author=Hirota K, ''et al''. |title=Ketamine: Its mechanism(s) of action and unusual clinical uses |journal=[[:en:British Journal of Anaesthesia]]. |date=1996-10 |volume=77 |issue=4 |pages=441-4 |url= http://bja.oxfordjournals.org/content/77/4/441.long |doi=10.1093/bja/77.4.441 |pmid=8942324}}</ref>
* NMDA受容体 ''K''<sub>i</sub>=1,100nM R(-)体 <ref name="pmid8942324" />
* [[ドーパミン受容体#D2様受容体ファミリー(抑制性)|ドーパミンD<sub>2</sub> high 受容体]] ''K''<sub>i</sub>=55nM <ref name="pmid15852061">{{cite journal |author=Seeman P, Ko F, Tallerico T. |title=Dopamine receptor contribution to the action of PCP, LSD and ketamine psychotomimetics. |journal=[[:en:Molecular Psychiatry]]. |volume=10 |issue=9 |pages=877-83 |date=2005-9 |url=http://www.nature.com/mp/journal/v10/n9/full/4001682a.html |doi=10.1038/sj.mp.4001682 |pmid=15852061}}</ref>
* {{仮リンク|ドーパミントランスポーター|en|Dopamine transporter}} ''K''<sub>i</sub>=62.9µM <ref name="pmid9523822" />
* {{仮リンク|ノルエピネフリントランスポーター|en|Norepinephrine transporter}} ''K''<sub>i</sub>=66.8[[モル濃度|µM]] <ref name="pmid9523822">{{cite journal |vauthors=Nishimura M, Sato K, Okada T, et al. |title=Ketamine inhibits monoamine transporters expressed in human embryonic kidney 293 cells |journal=Anesthesiology |volume=88 |issue=3 |pages=768–74 |year=1998 |pmid=9523822 |doi= |url=}}</ref>
* {{仮リンク|セロトニントランスポーター|en|Serotonin transporter}} ''K''<sub>i</sub>=162µM <ref name="pmid9523822" />

ケタミンは[[モノアミン]][[輸送体|トランスポーター]]{{enlink|Monoamine transporter|英語版}}を用量依存的に阻害し、[[モノアミン神経伝達物質|モノアミン神経伝達]]を増強することにより[[精神刺激薬|精神刺激作用]]および[[交感神経作動薬|交感神経作用]]に寄与し得ると示唆された<ref name="pmid9523822" />。

===薬物動態===
[[半減期_(薬学)|半減期]]は約3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、[[プロドラッグ|代謝産物]]にも作用がある。

===化学特性===
常温[[常圧]]においては固体で、白い粉末状の物質。[[融点]]は314.74度で、融解性である。[[ギ酸]]に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、[[無水酢酸]]や[[ジエチルエーテル]]には殆ど溶けない。[[水素イオン指数|pH]]は3.5~5.5で、水溶液は酸性。


==類似薬の開発==
[[モルヒネ]]の耐性形成を抑制し、退薬発現を抑制することが報告されている{{要出典|date=2016年9月}}。
[[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]社の構造的異型の{{仮リンク|エスケタミン|en|Esketamine}}を含有する[[外用薬#点鼻薬|点鼻薬]]は、2013年に、[[アメリカ食品医薬品局]](FDA)による「{{仮リンク|画期的治療薬|en|Breakthrough_therapy}}」の指定を受け、2015年の早期に研究結果を発表する予定である<ref name="ND2015jp"/>。アメリカのノーレクス社<ref group="注">現{{仮リンク|アラガン|en|Allergan}}</ref>は、2014年12月に、ケタミン様薬剤{{仮リンク|GLYX-13|en|Rapastinel}}の臨床試験の結果を発表した。それによると同社の薬剤は、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかった<ref name="ND2015jp"/>。スイスの[[ロシュ]]社も、グルタミン酸経路を標的とする{{仮リンク|RG1578|en|Decoglurant}}の臨床試験の結果を、2015年春に公表する予定とされる<ref name="ND2015jp"/>。一方で精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許された高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている<ref name="ND2015jp"/>。


==動物麻酔の代替品==
==動物麻酔の代替品==
日本では[[麻酔銃]]に必須だったが、ケタミンが麻薬及び向精神薬取締法の麻薬に指定されたことにより、動物の捕獲に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な薬品は見つかっていない。
日本では[[麻酔銃]]に必須だったが、ケタミンが[[麻薬及び向精神薬取締法]]の麻薬に指定されたことにより、動物の捕獲に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な薬品は見つかっていない。
*[[プロポフォール]]による導入と[[イソフルラン]]による維持の組み合わせ。
*[[プロポフォール]]による導入と[[イソフルラン]]による維持の組み合わせ。
*塩酸[[チレタミン]]と塩酸{{仮リンク|ゾラゼパム|en|Zolazepam}}混合薬
*塩酸[[チレタミン]]と塩酸{{仮リンク|ゾラゼパム|en|Zolazepam}}混合薬
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野犬捕獲等、野外で使用される塩酸ケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、塩酸ケタミンと[[メデトミジン|塩酸メデトミジン]]の混合注射と同等の効果が、[[キシラジン|塩酸キシラジン]]、塩酸メデトミジン、[[ミダゾラム]]の任意の2種類の組み合わせで得られたという報告がある<ref>松本広典ほか「公衆衛生獣医師領域における塩酸ケタミンの麻薬指定に伴う代替薬品の検討」『獣医畜産新報』1030号、2007年、402-406頁。</ref>。
野犬捕獲等、野外で使用される塩酸ケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、塩酸ケタミンと[[メデトミジン|塩酸メデトミジン]]の混合注射と同等の効果が、[[キシラジン|塩酸キシラジン]]、塩酸メデトミジン、[[ミダゾラム]]の任意の2種類の組み合わせで得られたという報告がある<ref>松本広典ほか「公衆衛生獣医師領域における塩酸ケタミンの麻薬指定に伴う代替薬品の検討」『獣医畜産新報』1030号、2007年、402-406頁。</ref>。


アメリカではスケジュールIIIであるため、獣医師や保護官などは麻薬免許無しでも取り扱えるので、問題化していない。
アメリカでは[[規制物質法#スケジュールIII薬物|スケジュールIII]]であるため、[[獣医師]][[自然保護官|保護官]]などは[[麻薬取扱者|麻薬免許]]無しでも取り扱えるので、問題化していない。


==出典==
==脚注==
===注釈===
{{Reflist|2}}
{{Reflist|group="注"}}
===出典===
{{Refbegin}}{{Reflist|2}}{{Refend}}


==関連項目==
==関連項目==
*[[静脈麻酔薬]]
*[[メトキセタミン]]デザイナードラッグ
*[[メトキセタミン]]:アリルシクロヘキシルアミン系、[[デザイナードラッグ]]
*[[亜酸化窒素]](N<sub>2</sub>O)
*[[ラニセミン]] アストラゼネカが抗うつ薬として開発
*[[ラニセミン]]:NMDA受容体アンタゴニスト、[[アストラゼネカ]]が抗うつ薬として開発
*[[メマンチン]]:NMDA受容体アンタゴニスト
*[[解離 (心理学)]]
*[[亜酸化窒素]](N<sub>2</sub>O)
*[[解離性障害]]


==外部リンク==
==外部リンク==
*[https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/430573_1119400A1031_3_09 添付文書 ケタラール静注用50mg/ケタラール静注用200mg 2014年8月改訂(第11版)] [[第一三共#グループ会社一覧|第一三共プロファーマ株式会社]]
* [http://www.rxlist.com/ketamine-hydrochloride-drug.htm Ketamine on RxList]
* [http://www.justice.gov/dea/druginfo/drug_data_sheets/Ketamine.pdf DEA: Ketamine Fact Sheet]
*[http://www.rxlist.com/ketamine-hydrochloride-drug.htm Ketamine on RxList]
*[http://www.justice.gov/dea/druginfo/drug_data_sheets/Ketamine.pdf DEA: Ketamine Fact Sheet]


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2017年4月30日 (日) 06:02時点における版

ケタミン
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
Drugs.com 患者向け情報(英語)
Consumer Drug Information
ライセンス US FDA:リンク
胎児危険度分類
法的規制
嗜癖傾向 低・穏やか[1]
投与経路 経静脈、筋肉内、吸引、経口、局所
薬物動態データ
代謝主にCYP3A4による肝臓[2]
作用発現経静脈・筋肉内:5分以内
経口:30分以内
半減期2.5-3時間
作用持続時間1時間以内
排泄腎臓(>90%)、尿
識別
CAS番号
6740-88-1 チェック
ATCコード N01AX03 (WHO)
PubChem CID: 3821
IUPHAR/BPS 4233
DrugBank DB01221 チェック
ChemSpider 3689 チェック
UNII 690G0D6V8H チェック
KEGG D08098  チェック
ChEBI CHEBI:6121 チェック
ChEMBL CHEMBL742 チェック
化学的データ
化学式C13H16ClNO
分子量237.725 g/mol
物理的データ
融点262 °C (504 °F)
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ケタミン: Ketamine)は、アリルシクロヘキシルアミン系英語版解離性麻酔薬である。1962年に米国のパーク・デービス社英語版によってフェンサイクリジン(PCP)の代用物として化学合成された[3]。日本では第一三共から麻酔薬ケタラール静脈注射筋肉注射剤として販売されている。薬機法における劇薬および処方箋医薬品に指定されている。2007年より麻薬及び向精神薬取締法における麻薬に指定されている。2012年のWHO薬物専門委員会は、深刻な乱用がある国においても、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとした[4]。そのため、向精神薬に関する条約による規制はない。ケタミンはWHO必須医薬品モデル・リストに加えられている。特に獣医師や大型動物を実験に用いる研究機関では常備薬である。海外では速攻型抗うつ薬英語版として知られ、麻酔用量よりも少量の単回静脈内注射により、約2時間以内の急速な抗うつ効果が得られ、それは約1〜2週間持続する。しかし、安全性は確立していない。血中濃度と脳中濃度が消失した後に脳細胞がアポトーシスする[5]

用途

全身麻酔

麻酔薬としての用量は 1〜2mg/kg である。最初の30分間は 0.1mg/kg/min で静脈内投与[6]。15%前後の者は麻酔からの覚醒時に 夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態 などの離脱症状が現れる。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある[6]

多くの麻酔薬は血圧を下げる作用があるものの、ケタミンは血圧を上げることが多い。そのため、プロポフォールフェンタニルなどの血圧を下げる麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール・ケタミン・フェンタニルを使用する麻酔は PKF麻酔 と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。

ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射がやりにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から麻酔銃の麻酔としても用いられてきた。

他の解離性麻酔薬と同じように大脳皮質などを抑制し、大脳辺縁系に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しない。過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こる。動物実験では、中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている[6]

内臓に対する効果よりも体の浅層における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も鎮痛作用は持続している。副作用として悪夢を引き起こすことが多いことが知られている。嘔吐中枢化学受容器引き金帯を刺激し、嘔吐を誘発する。

気管支拡張作用のため、気管支喘息を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、脳血管障害虚血性心疾患高血圧の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能。呼吸抑制作用は少ないが分泌物が多くなるため注意が必要。ただし、大量では呼吸抑制が現れる。頭蓋内圧が上昇する[6]。脳血流量が増加する[6]

脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や緑内障患者には使用されにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇はベンゾジアゼピンの併用で少なくなるともいわれる。

ワインドアップ現象(中枢感作症候群)を抑制するため、神経因性疼痛などの慢性疼痛の治療でその効果は見直されている。

うつ病

2006年、アメリカ国立精神衛生研究所英語版ランダム化比較試験(RCT)で、治療抵抗性うつ病英語版に対する迅速かつ堅牢な効果が示された。投与から2時間以内に効果が現われ、1週間有意であった。29%が翌日には寛解を満たした[7]

2012年に利用できる30種類もの抗うつ薬はどれも6週間後に控えめな効果を示すだけであるが、ケタミンの急速な抗うつ作用の結果は、抗うつ反応の目標を移動させる[8]。抗うつ作用の発見は偶然であり、正常な被験者に対し精神病をモデル化する目的で用いられたケタミンの研究は、急速な気分の改善が誘導されたことを見出し、後のうつ病に対する研究につながった[9]

イギリスでは2014年4月に、治療抵抗性うつ病と双極性障害の患者に対する、3週間のケタミン 0.5mg/kg 静注によるオープンラベル試験英語版が公表された。膀胱炎の副作用が多かった[10]。同年5月、ケタミン専門の診療所で治療抵抗性うつ病の治療にケタミンを使用することが専門委員会で承認された[11]

自殺念慮の軽減作用も示されているが、長期的な安全性は未だ不明である[12]。ケタミンは、NMDA受容体を遮断する機序によって抗うつ作用を発揮しているとみなされてるが、そうした作用を持つ他の薬剤は抗うつ薬ではない[13]。近年ではミクログリア活性化の抑制による抗炎症作用が抗うつ作用に寄与すると示唆されている。

臨床的なうつ症状の有無にかかわらず、ケタミンは自殺願望に対して特異的に作用するらしいことが明らかとなった。アメリカの臨床現場ではうつ病に対して適応外使用されており、製薬会社はケタミン類似薬物の臨床試験を進めている。麻酔導入薬鎮静剤であるミダゾラムの有効性はケタミンよりも低かった[14][15]

双極性障害

治療抵抗性の双極性うつ病に対し、堅牢かつ迅速な抗うつ作用が示された[16]

強迫性障害

強迫性障害(OCD)に対し、少なくとも1週間持続する迅速な抗強迫効果により、強迫観念が大幅に改善された[17]

PTSD

慢性的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)の抑うつ症状に対しケタミンは重症度を急速かつ大幅に減少させた[18]

嗜好

催眠状態を誘発し、鎮痛や鎮静、記憶喪失が得られる[19]幻覚剤として知られ、不正な密輸入および若者の間での乱用が問題となった。

ヒトがケタミンの粉末を経鼻吸入 (英語版静脈注射経口摂取した場合、臨死体験などの幻覚悪夢を見ることがあり、それらは Kホール と呼ばれる。一時期ケタミンは K とか スペシャルK などの隠語で呼ばれ、トランス系の音楽を流すクラブで多く流通していた。だが、ケタミンは本来の用途が麻酔であるため、LSDとは反対に精神状態は沈静化するので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。

依存性

耐性は形成される。離脱症状を起こすという証拠はない[4]

薬物依存症治療

ロシアで薬物乱用の専門治療を行う精神科医のエフゲニー・クルピツキーは、20年間にわたり麻酔薬ケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった[20]などのいくつかの報告[21][22]がある。また、ケタミンはヘロイン依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた[23][24]アヘンの禁断症状を減衰させるという報告もある[25]モルヒネ耐性形成を抑制し退薬発現を抑制することが報告されている[要出典]

副作用

ケタミンは殆どの国で違法薬物とされ、発達期の脳における神経幹細胞(神経前駆細胞)からの神経発生(神経新生)を変化させることができる。それは、脳の構造および機能を変化させ、正常な発達を妨げる可能性があり、妊婦未熟児新生児のケタミン使用に関連する新たな合併症として同定された[26]。一部の新生児専門家は、脳発達への潜在的な有害作用を考えており、ヒト新生児への麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない[27]

精神病誘発作用

ケタミンやフェンサイクリジン(PCP)はアンフェタミン覚醒剤)とは異なり、動物や健常人において急性投与で精神病を誘発する。薬物誘発性精神病英語版(DIP)の症状は統合失調症(SZ)の症状と違いがなく区別は困難である。DIPとSZの区別が曖昧なため、DIP動物はSZモデル動物として頻用されている。症状は同じだがDIPは後天性でSZは遺伝性という点で異なる[28]

平均して1ヶ月間に20日以上の頻繁な使用者は抑うつ状態が増加し、記憶力短期記憶視覚的な記憶)が低下した。平均して1ヶ月間に3.25日の稀な使用者と、過去の使用者は 記憶注意幸福度 が対照群と差がなかった。頻繁な使用者・稀な使用者・過去の使用者 の全てが対照群よりも妄想症状のスコアが高かった[29]

健常人を被験者とした、プラセボ対照二重盲検法によるランダム化比較試験 (RCT) において、40分間の 0.5mg/kg 静脈内投与統合失調症(陽性症状と陰性症状)と同様の行動を発現させた。知覚変化・警戒性英語版の低下・言語流暢性の低下・能力の低下・解離類似症状・言語障害行動障害認知障害 などの内因性精神病を誘発させることが示された。0.1mg/kg 用量は精神状態の変化が少なかった[30]。麻酔用量は最初の30分間が 0.1mg/kg/min 静注である[6]

神経学的作用

動物研究

霊長類

青年期カニクイザルへ6ヵ月間のケタミン 1mg/kg 静注は、前頭前皮質細胞死アポトーシス)を増加させ、自発運動活性英語版を減少させた。そのような自発運動活性の減少は、1ヵ月間投与した群にはみられなかった。サルにおける嗜好用量のケタミン投与は、神経毒性による脳機能の永久的および不可逆的な欠損を引き起こすことが示唆された[31]

5-6日齢のアカゲザル6匹にケタミン静脈麻酔を24時間維持した。7ヵ月齢で離乳させ、国立毒性研究センターで認知機能タスク(OTB)の訓練が開始された。約10ヵ月齢から始まり以後10ヵ月間、ケタミン曝露群よりも対照群の訓練スコアが有意に高く、優れていた。現在サルは3歳半を過ぎ、ケタミン曝露群のOTB成績が悪く、タスクの応答速度と正確性の欠如として認知障害が継続して現れている。霊長類における脳発達が繊細な時期のケタミン24時間麻酔一回が、非常に長期的な脳機能の欠損をもたらした。脳発達の臨界期に全身麻酔することは、その後の機能的欠損をもたらす可能性がある[32]

5-6日齢のアカゲザルへケタミンを 3・9・24時間 静脈内投与し、6時間の退薬期間後に脳組織を検査した。その結果、3時間投与は有意な神経毒性を生じなかった。9・24時間投与は、前頭皮質の2層と3層で神経細胞死が有意に増加していた。一般的な小児の全身麻酔に近い3時間投与は、神経細胞死で判断した有害作用は示されなかったが、9時間以上の投与は神経毒性であった[33]

ケタミンが発達期における非ヒト霊長類の脳細胞死を引き起こすか否か研究された。胎児期122日(GD122)・出生後5日(PND5)・35日(PND35)・対照群(各N=3)のアカゲザルに3時間または24時間ケタミンを経静脈投与し、6時間の離脱期間後に脳組織を電子顕微鏡で検査した。24時間のケタミン静注は、GD122とPND5においてアポトーシス及びネクローシスにより神経細胞死を引き起こした可能性が高い。発達前期のGD122とPND5は、後期のPND35よりもケタミン誘導性の脳細胞死に感受性が高い様である。しかし、3時間のケタミン静注ではPND5のサルにおいても神経細胞死を引き起こさなかった[34]

齧歯類

雄性62ヵ月齢マウスへ6ヵ月間ケタミン(60mg/kg/day, ip)投与後に空間認識記憶の欠損および不安様行動を誘発することが示された[注 1]。ケタミンの単回投与はTNF-α濃度を増加させたが、複数回および長期投与はそれを有意に減少させた。海馬の炎症性サイトカインである IL-6IL-1βTNF-α の変化がケタミン麻酔下の行動変化や神経毒性に関与している可能性が示された[35]

うつ病様ラット(雄性・50日齢)へ7日間ケタミン(10mg/kg/day, ip)投与の抗うつ効果は、海馬におけるミクログリア活性化の抑制、および炎症促進性サイトカインの阻害を伴う。中枢神経系(CNS)における抗炎症作用が、ケタミンの抗うつ効果の根底メカニズムの一つである可能性が示された[36]

雄性8週齢マウスへのケタミン(10mg/kg, ip)急性投与は、強制水泳試験英語版において抗うつ薬様の効果を引き起こし、反復投与後の8日間持続した。成体動物へのケタミン反復投与が海馬の神経発生を増加させた。ケタミン反復投与は、急性投与よりも行動の変化が大きく、ストレッサーによって影響を受ける典型的な神経化学ホルモン的因子ではなく、神経可塑性および抗炎症作用による抗うつ効果であることが示された[37]

7日齢ラットへケタミン 40mg/kg を1時間毎に4回注射した。その結果、神経幹細胞(NSC)の増殖が著しく阻害され、アストロサイトへの分化が減少し、神経細胞への分化が著明に増強されていた。その撹乱作用は、少なくとも1週間持続し、2週間後に消失した。2カ月齢における海馬依存性の空間認識記憶課題で障害が発生した。海馬の神経発生認知機能が長期間障害される可能性を示唆し、新生児期のケタミン曝露によって誘発された成人期の神経認知機能障害の説明となりうる[38]

7日齢ラットへケタミン 5, 10, 20mg/kg を単回または2時間毎に皮下投与し、最終投与の6時間後に神経毒性を検査した。その結果 5, 10mg/kg を1・3・6回投与したラットの前頭皮質2層と3層は、有意な神経毒性が検出されなかった。しかし 20mg/kg を6回投与したラットは、前頭皮質で有意な異常が観察された。電子顕微鏡による観察で、典型的な核凝縮と断片化が、アポトーシス特性の増強を示した。細胞死の増加は、他の脳領域においても明らかであった。血漿および脳内のケタミン濃度がほぼゼロまで減少した後にアポトーシスが発現した。発達期におけるケタミン投与が、用量および曝露時間に依存して神経細胞死を増加させることが実証された。ケタミン誘導性の細胞死は自然なアポトーシスであり、NMDA受容体サブユニットmRNA発現の増強と密接に関連しているようであった[5]

試験管内研究

ケタミン(100µM)は神経幹細胞(NSC)の増殖を有意に阻害し、アストロサイトへの分化を促進、および神経細胞への分化を抑制した。ケタミン曝露後にアポトーシスレベルが増加した。ミノサイクリン前処理は、アポトーシスレベルを低下させ細胞生存率を大幅に増強し、ケタミン誘導性の細胞分化の変化を逆転した。CSK-3βおよびPI3キナーゼ-Akt経路がミノサイクリの神経保護効果に関与していると示唆された[39]

初代培養ミクログリアにおけるリポ多糖(LPS)誘発性の一酸化窒素(NO)およびIL-1β放出をケタミン(100, 250µM)が濃度依存的に阻害した。より高濃度(500µM)を除き、ケタミン(100, 250µM)はミクログリアにおけるLPS誘発性のTNF-α産生を有意に阻害しなかった。ケタミンのミクログリア抑制作用は、部分的にERK1/2リン酸化阻害に起因すると示唆された[40]

培養したGABA作動性神経細胞を超高濃度(20µg/mL以上)のケタミンに短期間曝露させたところ、分化した細胞が有意に損失した。細胞死を誘導しない高濃度(10µg/mL)のケタミンへの短期間曝露は、分化した神経細胞の樹状突起に後退や剪定など長期的な変化が誘導された。低濃度(0.01µg/mL)で24時間以上の慢性曝露は、樹状突起の構造を維持できない可能性があると示された。これらの結果から、細胞の生存に影響を与えない麻酔よりも低濃度のケタミンへの慢性曝露は神経細胞の形態を損なうことがあり、神経回路の機能不全を引き起こす可能性を高める[41]

薬理学

薬力学

ケタミンは開口チャネルおよびアロステリック部位の両方に結合し、NMDA受容体阻害すると考えられている[42]中枢神経系シナプス後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、興奮神経伝達をブロックする。

ケタミンはモノアミントランスポーター (英語版を用量依存的に阻害し、モノアミン神経伝達を増強することにより精神刺激作用および交感神経作用に寄与し得ると示唆された[45]

薬物動態

半減期は約3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、代謝産物にも作用がある。

化学特性

常温常圧においては固体で、白い粉末状の物質。融点は314.74度で、融解性である。ギ酸に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、無水酢酸ジエチルエーテルには殆ど溶けない。pHは3.5~5.5で、水溶液は酸性。

類似薬の開発

ジョンソン・エンド・ジョンソン社の構造的異型のエスケタミンを含有する点鼻薬は、2013年に、アメリカ食品医薬品局(FDA)による「画期的治療薬」の指定を受け、2015年の早期に研究結果を発表する予定である[14]。アメリカのノーレクス社[注 2]は、2014年12月に、ケタミン様薬剤GLYX-13英語版の臨床試験の結果を発表した。それによると同社の薬剤は、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかった[14]。スイスのロシュ社も、グルタミン酸経路を標的とするRG1578英語版の臨床試験の結果を、2015年春に公表する予定とされる[14]。一方で精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許された高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている[14]

動物用麻酔の代替品

日本では麻酔銃に必須だったが、ケタミンが麻薬及び向精神薬取締法の麻薬に指定されたことにより、動物の捕獲に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な薬品は見つかっていない。

野犬捕獲等、野外で使用される塩酸ケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、塩酸ケタミンと塩酸メデトミジンの混合注射と同等の効果が、塩酸キシラジン、塩酸メデトミジン、ミダゾラムの任意の2種類の組み合わせで得られたという報告がある[46]

アメリカではスケジュールIIIであるため、獣医師保護官などは麻薬免許無しでも取り扱えるので、問題化していない。

脚注

注釈

  1. ^ 30mg/kg用量群では認められなかった。
  2. ^ アラガン

出典

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関連項目

外部リンク