「労働基準」の版間の差分

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'''労働基準'''(ろうどうきじゅん)とは、労働者を保護するための労働関係に関する最低基準。狭義には、個別的労働関係における最低労働条件を指すが、広義には、集団的労働関係、職業安定、職業能力開発、社会保障、立法、行政機構等に関する基準も含まれる。本項では、主として狭義の労働基準について解説する。労働基準には、各国が法令で定めたもののほか、国際労働機関が条約又は勧告として定めた国際労働基準などがある<ref name="財団法人日本ILO協会1999-講座ILO(国際労働機関)―社会正義の実現をめざして―上巻">{{cite book|和書
'''労働基準'''(ろうどうきじゅん)とは、労働者を保護するための労働関係に関する最低基準。狭義には、労働条件の最低基準を指すが、広義には、集団的労働関係、職業安定、職業能力開発、社会保障、立法、行政機構等に関する基準も含まれる。本項では、主として狭義の労働基準について解説する。労働基準には、各国が法令で定めたもののほか、国際労働機関が条約又は勧告として定めた国際労働基準などがある<ref name="財団法人日本ILO協会1999-講座ILO(国際労働機関)―社会正義の実現をめざして―上巻">{{cite book|和書
|title = 講座ILO(国際労働機関)―社会正義の実現をめざして―上巻
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|author = 財団法人日本ILO協会
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==日本の労働基準==
==日本の労働基準==
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現代の[[日本]]の労働基準は、法令によって、労働者、使用者又は事業者の権利義務として定められ(ただし、[[労働者派遣]]においては、[[労働者派遣法]]の定めるところにより、使用者及び事業者たる派遣元事業者に課せられた義務の一部が派遣先事業者に委譲される)、その履行確保は、労使当事者の努力はもとより、[[強行法規|民事的強行法規性]]、違反者に対する刑事罰、監督機関による[[行政警察活動|行政監督]]<ref name="厚生労働省労働基準局2011-労働法コンメンタール③労働基準法 上">{{cite book|和書
[[日本]]の労働基準は、法令によって、労働者、使用者又は事業者の権利義務として定められ(ただし、[[労働者派遣]]においては、[[労働者派遣法]]の定めるところにより、使用者及び事業者たる派遣元事業者に課せられた義務の一部が派遣先事業者に委譲される)、その履行確保は、労使当事者の努力はもとより、[[強行法規|民事的強行法規性]]、違反者に対する刑事罰、監督機関による[[行政警察活動|行政監督]]<ref name="厚生労働省労働基準局2011-労働法コンメンタール③労働基準法 上">{{cite book|和書
|title = 労働法コンメンタール③ 労働基準法 上
|title = 労働法コンメンタール③ 労働基準法 上
|author = 厚生労働省労働基準局
|author = 厚生労働省労働基準局
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|publisher = 株式会社労務行政
|publisher = 株式会社労務行政
|isbn = 978-4-8452-1262-0
|isbn = 978-4-8452-1262-0
}}</ref>(立入検査、報告徴収、許認可、不利益処分等)により図られている。
}}</ref>(立入検査、報告徴収、許認可、命令等)により図られている。


日本の労働者は、原則として身分・業種の区別無く次に掲げる労働基準を定める法令の適用を受け、一元的な行政監督の対象となるが、例外として、[[公務員]]、[[船員]]等に該当する労働者や、鉱山における保安については法令及び監督機関が別に設けられている。これについては、「適用除外及び特例」の節で述べる。
日本の労働者は、原則として身分・業種の区別無く次に掲げる労働基準を定める法令の適用を受け、一元的な行政監督の対象となるが、例外として、[[公務員]]、[[船員]]等の身分る労働者や、鉱山における保安については法令及び監督機関に特例又は適用除外の制度が設けられている。これについては、「適用除外及び特例」の節で述べる。
===労働基準に関する法令===
===労働基準に関する法令===
日本の労働基準に関する主な法令は、災害保険関係法及び公務員に適用される特例法を除き、次のとおりである。
日本の労働基準に関する主な法令は、災害補償保険関係法及び公務員に適用される特例法を除き、次のとおりである。


*[[民法 (日本)|民法(明治29年法律第89号)]](1896年) - 第3編第2章第8節「雇用」
*[[民法 (日本)|民法(明治29年法律第89号)]](1896年) - 第3編第2章第8節「雇用」
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===保護の適用範囲===
===保護の適用範囲===
労働基準法は、原則として、事業に使用されるすべての労働者について適用されるが、例外として、後述するように、同居の親族、家事使用人、一部の国家公務員等についてはその適用が除外されている。この労働基準法上の労働者性の判断は、契約その他一切の形式に関わりなく、実態により客観的に判断される。即ち、例えば明示的には雇用契約を締結せず、そのかわりに形式上・表面上は[[請負]]、[[業務委託]]等の契約を締結していても、実態として、事業において時間的に拘束され、業務遂行方法に関する具体的指示を受けていること等の諸要件(=使用従属性)が認められる者は、労働基準法上の労働者としての保護を受ける。従って、事業ついてはその法人・個人の別、営利・非営利の別、外国企業・日本企業の別等にかかわらず、労働者についてはパート、アルバイト、研修医、外国人(不法就労外国人を含む。)等に関わらず適用さ
労働基準法は、原則として、事業に使用されるすべての労働者について適用されるが、例外として、後述するように、同居の親族、家事使用人、一部の国家公務員等についてはその適用が除外されている。この労働基準法上の労働者性の判断は、契約その他一切の形式に関わりなく、実態により客観的に判断されるため、例えば明示的には雇用契約を締結せず、そのかわりに形式上・表面上は[[請負]]、[[業務委託]]等の契約交わしていても、実態として、事業に使用されている(=使用従属性があるという実態が認められる者は、労働基準法上の労働者としての保護を受けることとなる。従って、正社員らず、パート、アルバイト、日雇、研修医、外国人(不法就労外国人を含む。)等であっても労働基準法の労働者となる。事業も、そが法人か個人か、営利か否か、外資系企業か否かということは関係ない


使用従属性は、第一に従事する作業が指揮監督下にあるかということ(使用者が業務遂行につき具体的な指揮命令を行うこと、時間的・場所的拘束を行うこと等)、第二に報酬の労務対償性により判断すべきものとされており、その判断基準は労働基準法研究会報告<ref>[http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf 労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)昭和60年12月19日]</ref>及び労働者性検討専門部会報告<ref>[http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0115/6838/roudousyasei0803.pdf 労働基準法研究会労働契約等法制部会 労働者性検討専門部会報告 平成8年3月]</ref>に詳しい(ただし、[[労働組合法]]における「労働者」の意義は労働基準法のそれとは異なる<ref>[[労働組合法]]第3条</ref>ので注意されたい。)。
使用従属性は、第一に従事する作業が指揮監督下にあるかということ(使用者が業務遂行につき具体的な指揮命令を行うこと、時間的・場所的拘束を行うこと等)、第二に報酬の労務対償性により判断すべきものとされており、その判断基準は労働基準法研究会報告<ref>[http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf 労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)昭和60年12月19日]</ref>及び労働者性検討専門部会報告<ref>[http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0115/6838/roudousyasei0803.pdf 労働基準法研究会労働契約等法制部会 労働者性検討専門部会報告 平成8年3月]</ref>に詳しい(ただし、[[労働組合法]]における「労働者」の意義は労働基準法のそれとは異なる<ref>[[労働組合法]]第3条</ref>ので注意されたい。)。
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労働基準法の適用単位は、[[事業場]]である。事業場とは、一定の場所において相関連する組織のもとに業として継続的に行われる作業の一体を意味し、例えば、工場、店舗、支店、営業所などの事業単位を意味する。ただし、新聞社の通信部等規模が著しく小さいものについては直近上位の事業場に一括して取扱い、また、同一場所におけるものでも例えば工場内の診療所、食堂等のように、その管理が全体から明確に区別された部門については、これを独立した一事業場として扱うことにより法がより適切に運用できる場合においては、独立した一事業場として取扱うこととされている<ref>厚生労働省労働基準局 『労働法コンメンタール③ 労働基準法 上』 株式会社労務行政、2011年、111-112頁。ISBN 978-4-8452-1262-0。</ref>。
労働基準法の適用単位は、[[事業場]]である。事業場とは、一定の場所において相関連する組織のもとに業として継続的に行われる作業の一体を意味し、例えば、工場、店舗、支店、営業所などの事業単位を意味する。ただし、新聞社の通信部等規模が著しく小さいものについては直近上位の事業場に一括して取扱い、また、同一場所におけるものでも例えば工場内の診療所、食堂等のように、その管理が全体から明確に区別された部門については、これを独立した一事業場として扱うことにより法がより適切に運用できる場合においては、独立した一事業場として取扱うこととされている<ref>厚生労働省労働基準局 『労働法コンメンタール③ 労働基準法 上』 株式会社労務行政、2011年、111-112頁。ISBN 978-4-8452-1262-0。</ref>。


労働基準法の主たる名宛人は使用者であるが、使用者の範囲には、事業主はもとより、事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者が含まれる<ref name="「使用者」の定義" />一方、労働安全衛生法主たる名宛人である事業者は、個人事業である場合はその事業主、法人事業である場合はその法人であり、営業利益の帰属主体そのものに安全衛生上の義務を課している<ref>昭和47年9月18日発基第91号</ref>。日本においては、このように、労働基準の履行確保義務は第一に労働者を直接使用する事業(使用者ないし事業者)に課されており、労働法制一般は労働と請負とを峻別して構築されているが、他方で、建設業及び造船業に関しては元方事業者(殆どの場合、元請負人がこれに該当する)にも下請会社の労働者に関する安全衛生上の措置義務(特別規制等)を罰則付で負わせたり<ref>労働安全衛生法第31条等</ref>、建設業に関しては元請負人が災害補償を行うこと<ref>労働基準法第87条</ref>としたり等、一部で例外もみられる。この労働法制上の混乱は、戦前の雇用法制において労働者供給請負業を認めていたこと、戦後も労働者供給請負業が建設業界等において広く事実として存在してきたことによるとする説<ref>[http://hamachan.on.coocan.jp/hougakkaishi.html 「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」濱口桂一郎]</ref>がある
労働基準法の主たる名宛人は使用者であるが、使用者の範囲には、事業主はもとより、事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者が含まれる<ref name="「使用者」の定義" />。その一方昭和47年に労働基準法の一部を分離して制定された労働安全衛生法では、使用者を名宛人とはせず、労働者を使用する事業者という概念を用いて主たる名宛人とした。事業者は、個人事業である場合はその事業主、法人事業である場合はその法人を指し、営業利益の帰属主体そのものである<ref>昭和47年9月18日発基第91号</ref>。

===労働者保護規定各論===
このように労働基準の履行義務は第一に労働者を直接使用する事業(使用者ないし事業者)に課され、労働法制一般は労働と請負とを峻別して構築されている。しかし、例外として、一の場所において行う事業の仕事の一部を請負人に請け負わせている事業者のうち最上位にある者には、下請事業者に対して労働安全衛生法の遵守指導等を行う義務を負わせている<ref>労働安全衛生法第29条等</ref>。特に、建設事業又は造船事業における元方事業者には、統括安全衛生管理義務が課され、関係請負人を集めた協議組織の運営や、現場を毎日巡視する等の管理を行わなければならない<ref>労働安全衛生法第30条</ref>。建設事業又は造船事業を自ら行う注文者で最上位にある者は、安全な足場の設置その他の具体的な安全措置の責任を、事業者と共に負うこととされてる<ref>労働安全衛生法第31条</ref>。さらに、建設事業に関しては原則として元請負人が災害補償を行うこととされている<ref>労働基準法第87条。この背景に、戦前の雇用法制において労働者供給請負業を認めていたこと、戦後も労働者供給請負業が建設業界等において広く事実として存在してきたことがあるとする説([http://hamachan.on.coocan.jp/hougakkaishi.html 「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」濱口桂一郎])がある。</ref>。

===労働者保護各論===
====賃金====
====賃金====
[[賃金]]は、原則として、毎月1回以上、定期に、その全額を、[[日本円]]で、直接労働者に支払わなければならない<ref>労働基準法第24条</ref>。したがって、賃金を各月で支払わないこと、支払期日までに支払わないこと、賃金から控除・相殺を行うこと、現物支給をすること、代理人に支払うことなどは原則禁止されている。また、その額は、地域別・産業別に定められた[[最低賃金]]額以上でなければならない<ref>最低賃金法第4条</ref>。
[[賃金]]は、原則として、毎月1回以上、定期に、その全額を、[[日本円]]で、直接労働者に支払わなければならない<ref>労働基準法第24条</ref>。したがって、賃金を各月で支払わないこと、支払期日までに支払わないこと、賃金から控除・相殺を行うこと、現物支給をすること、代理人に支払うことなどは原則禁止されている。また、その額は、地域別・産業別に定められた[[最低賃金]]額以上でなければならない<ref>最低賃金法第4条</ref>。
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労働時間には、実作業時間に従事した時間は言うまでもなく、機械、人間、現場等を監視するだけの時間や、手待ち時間も含まれるが、休憩時間は含まれない。労働時間は、契約、規約にかかわらず、実際に労働した時間を少なくとも分単位の精確さで計算しなければならない。しかし、坑内労働<ref>労働基準法第38条第2項</ref>、事業場外労働<ref>労働基準法第38条の2</ref>、専門業務型裁量労働制<ref>労働基準法第38条の3</ref>、企画業務型裁量労働制<ref>労働基準法第38条の4</ref>に限っては、労働時間を一定の規定の下でみなすこととされている。
労働時間には、実作業時間に従事した時間は言うまでもなく、機械、人間、現場等を監視するだけの時間や、手待ち時間も含まれるが、休憩時間は含まれない。労働時間は、契約、規約にかかわらず、実際に労働した時間を少なくとも分単位の精確さで計算しなければならない。しかし、坑内労働<ref>労働基準法第38条第2項</ref>、事業場外労働<ref>労働基準法第38条の2</ref>、専門業務型裁量労働制<ref>労働基準法第38条の3</ref>、企画業務型裁量労働制<ref>労働基準法第38条の4</ref>に限っては、労働時間を一定の規定の下でみなすこととされている。


労働時間規制の中核は[[時間外労働]]の原則禁止であり、即ち労働時間が原則として1日8時間かつ1週間40時間を超えてはならないという規定である<ref>労働基準法第32条</ref>。1週間の法定労働時間は、昭和22年の労働基準法制定において48時間に始まり<ref>[{{NDLDC|2962580/1}} 官報第6066号 昭和22年4月7日月曜日(国立国会図書館デジタルコレクション)]労働基準法(制定時)第32条</ref>、その後段階的に短縮されてきた。ただし、平成27年末現在、常時10人未満の労働者を使用する商業、接客娯楽業、保健衛生業等については、特例として1週間の法定労働時間が44時間となっている<ref>労働基準法第40条、労働基準法施行規則第25条の2</ref>。なお、一定期間を平均して1週間あたり40時間であることを定めれば特定の日及び週についてそれぞれ8時間、40時間を超えてよいとする変形労働時間制は認められており、とりわけ1ヶ月単位の変形労働時間制<ref>労働基準法第32条の2</ref>(特例対象事業場については平均1週間44時間以下)及び1年単位の変形労働時間制<ref>労働基準法第32条の4</ref>は広く採用されている。法定労働時間及び変形労働時間を超える労働(時間外労働)及び休日労働は、災害等のため又は公務上の臨時の必要のある場合<ref>労働基準法第33条</ref>でない限り、労使が時間外労働協定を締結し、かつ使用者がそれを所轄労働基準監督署長に届出ることで初めて適法に行うことができ<ref>労働基準法第36条第1項</ref>、時間外労働に対しては25%以上(大企業において1ヶ月60時間を超える時間外労働に対しては50%以上)、休日労働に対しては35%以上の割増賃金を支払わなければならない<ref>労働基準法第37条第1項</ref>。時間外労働協定では、一定期間に係る時間外労働時間数の上限を定めなければならないが、この上限値は、限度基準(正式名称:[[労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準]])によって規制されている。限度基準は厚生労働省告示であり、その尊重については努力義務<ref>労働基準法第36条第3項</ref>に留まり少なくとも刑事的には強制性をもたないものの、労使が限度基準違反の時間外労働協定を締結することは非常に稀であり、また、これが締結届出された場合には、監督機関は労使に対し、当該協定を限度基準に適合するものとするよう指導することが出来る<ref>労働基準法第36条第4項</ref>。なお、限度基準は工作物の建設等の事業、自動車の運転の業務、新技術新商品の研究開発の業務等には適用されない<ref>限度基準第5条</ref>が、このうち自動車の運転の業務については、改善基準(正式名称:[[自動車運転者の労働時間等の改善のための基準]])によって特別の規制がなされている。なお、一定の危険有害業務の時間外労働は1日につき2時間以下でなければならない<ref>労働基準法第36条第1項但書</ref>。
労働時間規制の中核は[[時間外労働]]の原則禁止であり、即ち労働時間が原則として1日8時間かつ1週間40時間を超えてはならないという規定である<ref>労働基準法第32条</ref>。1週間の法定労働時間は、昭和22年の労働基準法制定において48時間に始まり<ref>[{{NDLDC|2962580/1}} 官報第6066号 昭和22年4月7日月曜日(国立国会図書館デジタルコレクション)]労働基準法(制定時)第32条</ref>、その後段階的に短縮されてきた。ただし、令和元年末現在、常時10人未満の労働者を使用する商業、接客娯楽業、保健衛生業等については、特例として1週間の法定労働時間が44時間となっている<ref>労働基準法第40条、労働基準法施行規則第25条の2</ref>。なお、一定期間を平均して1週間あたり40時間であることを定めれば特定の日及び週についてそれぞれ8時間、40時間を超えてよいとする変形労働時間制は認められており、とりわけ1ヶ月単位の変形労働時間制<ref>労働基準法第32条の2</ref>(特例対象事業場については平均1週間44時間以下)及び1年単位の変形労働時間制<ref>労働基準法第32条の4</ref>は広く採用されている。法定労働時間及び変形労働時間を超える労働(時間外労働)及び休日労働は、災害等のため又は公務上の臨時の必要のある場合<ref>労働基準法第33条</ref>でない限り、労使が時間外労働協定を締結し、かつ使用者がそれを所轄労働基準監督署長に届出ることで初めて適法に行うことができ<ref>労働基準法第36条第1項</ref>、時間外労働に対しては25%以上(大企業において1ヶ月60時間を超える時間外労働に対しては50%以上)、休日労働に対しては35%以上の割増賃金を支払わなければならない<ref>労働基準法第37条第1項</ref>。時間外労働協定では、一定期間に係る時間外労働時間数の上限を定めなければならないが、この上限値は、限度基準(正式名称:[[労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準]])によって規制されている。限度基準は厚生労働省告示であり、その尊重については努力義務<ref>労働基準法第36条第3項</ref>に留まり少なくとも刑事的には強制性をもたないものの、労使が限度基準違反の時間外労働協定を締結することは非常に稀であり、また、これが締結届出された場合には、監督機関は労使に対し、当該協定を限度基準に適合するものとするよう指導することが出来る<ref>労働基準法第36条第4項</ref>。なお、限度基準は工作物の建設等の事業、自動車の運転の業務、新技術新商品の研究開発の業務等には適用されない<ref>限度基準第5条</ref>が、このうち自動車の運転の業務については、改善基準(正式名称:[[自動車運転者の労働時間等の改善のための基準]])によって特別の規制がなされている。なお、一定の危険有害業務の時間外労働は1日につき2時間以下でなければならない<ref>労働基準法第36条第1項但書</ref>。


また、休憩は、労働時間が6時間を超える場合に45分以上、8時間を超える場合に1時間以上、事業場の労働者全員に対し一斉に与えなければならず、その休憩時間は労働者の自由に利用させなければならない<ref>労働基準法第34条</ref>。
また、休憩は、労働時間が6時間を超える場合に45分以上、8時間を超える場合に1時間以上、事業場の労働者全員に対し一斉に与えなければならず、その休憩時間は労働者の自由に利用させなければならない<ref>労働基準法第34条</ref>。


運輸交通業、商業、金融・広告業、映画・演劇業、通信業、保健衛生業、接客娯楽業及び官公署の事業については、年少者を除き、一斉休憩に関する規定適用除外されており<ref>労働基準法施行規則第31条</ref>運輸交通業及び通信業(郵便、電信及び電話の業務に限る)に従事する労働者のうち一定の者について、休憩に関する規定が適用除外されており<ref>労働基準法施行規則第32条</ref>警察官、消防吏員、常勤の消防団員及び児童自立支援施設で児童と起居をともにする者については休憩の自由利用に関する規定が適用除外され<ref>労働基準法施行規則第33条</ref>。
運輸交通業、商業、金融・広告業、映画・演劇業、通信業、保健衛生業、接客娯楽業及び官公署の事業については、年少者を除き、一斉休憩に関する規定適用されない<ref>労働基準法施行規則第31条</ref>運輸交通業及び通信業(郵便、電信及び電話の業務に限る)に従事する労働者のうち一定の者について、休憩に関する規定が適用されない<ref>労働基準法施行規則第32条</ref>警察官、消防吏員、常勤の消防団員及び児童自立支援施設で児童と起居をともにする者については休憩の自由利用に関する規定が適用されい<ref>労働基準法施行規則第33条</ref>。


また、農業、園芸業、畜産業及び養殖業に使用される労働者、並びに管理監督者及び秘密の事務を取り扱う者については、労働時間規制のうち[[年次有給休暇]]、深夜業、深夜割増賃金についてのみ適用され、時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金休日割増賃金については適用が除外され<ref>労働基準法第41条</ref>。それ以外の労働者については、全面適用されている。なお、農業に係る[[外国人技能実習生]]については、労使協定、労働契約等によって労働基準法上の労働時間規制に準じた取扱を行うよう、[[農林水産省]]が農業事業主に指導を行っている。
また、農業、園芸業、畜産業又は養殖業に使用される労働者、並びに管理監督者及び秘密の事務を取り扱う者については、労働時間規制のうち[[年次有給休暇]]、深夜業、深夜割増賃金に関する規定のみ適用され、時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金及び休日割増賃金に関する規定については適用されい<ref>労働基準法第41条</ref>。なお、農業に係る[[外国人技能実習生]]については、労使協定、労働契約等によって労働基準法上の労働時間規制に準じた取扱を行うよう、[[農林水産省]]が農業事業主に指導を行っている。


なお、労使協定の締結により、事業の種類等にかかわらず一斉休憩の規定の適用を除外することができる<ref>労働基準法第34条第2項</ref>。
なお、事業の種類等にかかわらず、労使協定の締結により、一斉休憩の規定の適用を除外することができる<ref>労働基準法第34条第2項</ref>。


また、労働基準監督署長の個別的な許可にもとづく乳児院、児童養護施設、知的障害児施設、盲聾唖児施設及び肢体不自由児施設に勤務する職員で児童と起居をともにする者について休憩の自由利用の規定の適用除外<ref>労働基準法施行規則第33条</ref>、監視・断続的労働に従事する者の時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金、休日割増賃金の適用除外の制度が存在する<ref>労働基準法第41条第3号</ref>。
また、労働基準監督署長の個別的な許可にもとづく乳児院、児童養護施設、知的障害児施設、盲聾唖児施設及び肢体不自由児施設に勤務する職員で児童と起居をともにする者について休憩の自由利用の規定の適用除外<ref>労働基準法施行規則第33条</ref>、監視・断続的労働に従事する者の時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金、休日割増賃金の適用除外の制度が存在する<ref>労働基準法第41条第3号</ref>。
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====労働契約の開始及び終了====
====労働契約の開始及び終了====
労働契約の締結に際し、使用者は労働者に対して労働条件通知書を交付しなければならない<ref>労働基準法第15条第1項</ref>。また、労働者の就業を妨害することを目的として、あらかじめ第三者と謀り、国籍、信条、社会的身分または労働組合運動に関する通信をしてはならない<ref>労働基準法第22条第4項</ref>。
労働契約の締結に際し、使用者は労働者に対して労働条件通知書を交付しなければならない<ref>労働基準法第15条第1項</ref>。また、労働者の就業を妨害することを目的として、あらかじめ第三者と謀り、国籍、信条、社会的身分または労働組合運動に関する通信をしてはならない<ref>労働基準法第22条第4項</ref>。また、労働者の募集及び採用を行う場合において、性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならず<ref>雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第5条等</ref>、また、予備自衛官又は予備自衛官補である者に対して不利益な取扱はしてはならない<ref>自衛隊法第73条第1項</ref>。

[[解雇]]は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とされる<ref>[[労働契約法]]第16条。ただし同条基づく解雇の当不当は、労働基準監督機関の監督のとはならない。</ref>また、一定の公益通報者に対する解雇も無効とされる<ref>公益通報者保護法第3条</ref>。

業務上の傷病の療養のための休業又は産前産後休業の期間及びそれからの復職後30日間のうちに解雇することは禁止されている<ref>労働基準法第19条、船員法第44条の2</ref>。
労働基準監督機関に対する申告を行った労働者を解雇することは禁止されている<ref name="申告者への不利益取扱の禁止">労働基準法第104条第2項、船員法第112条第2項、鉱山保安法第50条第2項、最低賃金法第34条第2項、じん肺法第43条の2第2項、船員災害防止活動の促進に関する法律第64条第2項、労働安全衛生法第97条第2項、賃金の支払の確保等に関する法律第14条第2項。</ref>。

また、内部通報者等に対する報復的な解雇その他の不利益取扱については個別に禁止し、又は無効としている法律がある<ref>児童福祉法第33条の12第5項、鉱山保安法第27条第3項、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第66条第2項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律附則第6条、雇用保険法第73条、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第49条の3第2項、港湾労働法第44条第2項、消費者安全法第37条、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律第16条第4項及び第22条第4項。</ref>。


その他労働者が一定の地位にあり、又は一定の行為を行ったことに対する解雇その他の不利益取扱についても個別に禁止している法令がある<ref>労働基準法施行規則第6条の2第3項及び第24条の2の4第6項、検察審査会法第42条の2、出入国管理及び難民認定法第19条の2第2項、自衛隊法第73条第2項、運輸安全委員会設置法第30条、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第10条、第16条の9、第18条の2、第20条の2及び第23条の2、国会職員の育児休業等に関する法律第11条及び第17条、国家公務員の育児休業等に関する法律第11条及び第21条、地方公務員の育児休業等に関する法律第9条及び第16条、裁判官の育児休業に関する法律第6条、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則第1条第2項。</ref>。
[[解雇]]は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とされる<ref>[[労働契約法]]第16条</ref>、業務上の傷病の療養のための休業又は産前産後休業の期間及びそれからの復職後30日間のうちに解雇すること<ref>労働基準法第19条</ref>や労働基準監督機関する申告を行った労働者を解雇することは禁止されており<ref name="申告者への不利益取扱の禁止">労働基準法第104条第2項、最低賃金法第34条第2項、じん肺法第43条の2第2項、労働安全衛生法第97条第2項、賃金の支払の確保等に関する法律第14条第2項。</ref>また、一定の公益通報者に対する解雇も無効とされる<ref>公益通報者保護法第3条</ref>。


解雇は、原則として、労働者に対して30日以上前に予告しなければならず、30日以上前に予告しない場合は不足日数分の平均賃金(解雇予告手当を支払わなければならない<ref>労働基準法第20条</ref>。
解雇は、原則として、労働者に対して30日以上前に予告しなければならず、30日以上前に予告しない場合は解雇予告手当を支払わなければならない<ref>労働基準法第20条、船員法第44条の3</ref>。


無期労働契約において、労働者は2週間前(ただし月給制の場合は賃金締日の半月前、年俸制等の場合は3ヶ月前等)に申し出ればいつでも退職することができる<ref>民法第627条</ref>。有期労働契約であっても、労働者はやむをえない事由があれば途中で退職することができ<ref>民法第628条</ref>、やむをえない事由が無くても、1年を経過すれば労働者(一定の高度専門知識等を必要とする業務に従事する者及び満60歳以上の者を除く。)はいつでも退職することができる<ref>労働基準法附則第137条、ただし暫定措置。</ref>。
無期労働契約において、労働者は2週間前(ただし月給制の場合は賃金締日の半月前、年俸制等の場合は3ヶ月前等)に申し出ればいつでも退職することができる<ref>民法第627条</ref>。有期労働契約であっても、労働者はやむをえない事由があれば途中で退職することができ<ref>民法第628条</ref>、やむをえない事由が無くても、1年を経過すれば労働者(一定の高度専門知識等を必要とする業務に従事する者及び満60歳以上の者を除く。)はいつでも退職することができる<ref>労働基準法附則第137条、ただし暫定措置。</ref>。

2020年2月4日 (火) 14:19時点における版

労働基準(ろうどうきじゅん)とは、労働者を保護するための労働関係に関する最低基準。狭義には、労働条件の最低基準を指すが、広義には、集団的労働関係、職業安定、職業能力開発、社会保障、立法、行政機構等に関する基準も含まれる。本項では、主として狭義の労働基準について解説する。労働基準には、各国が法令で定めたもののほか、国際労働機関が条約又は勧告として定めた国際労働基準などがある[1]

日本の労働基準

日本の労働基準は、法令によって、労働者、使用者又は事業者の権利義務として定められ(ただし、労働者派遣においては、労働者派遣法の定めるところにより、使用者及び事業者たる派遣元事業者に課せられた義務の一部が派遣先事業者に委譲される)、その履行確保は、労使当事者の努力はもとより、民事的強行法規性、違反者に対する刑事罰、監督機関による行政監督[2](立入検査、報告徴収、許認可、命令等)により図られている。

日本の労働者は、原則として身分・業種の区別無く次に掲げる労働基準を定める法令の適用を受け、一元的な行政監督の対象となるが、例外として、公務員船員等の身分にある労働者や、鉱山における保安については法令及び監督機関に特例又は適用除外の制度が設けられている。これについては、「適用除外及び特例」の節で述べる。

労働基準に関する法令

日本の労働基準に関する主な法令は、災害補償保険関係法及び公務員に適用される特例法を除き、次のとおりである。

このうち労働基準法は、労働者[3]、使用者[4]賃金[5]等労働条件に関する基本的概念を定義し、他の多くの労働法令がこの定義に準拠しており[6]、また、労働基準監督機関の組織等も規定していることから、労働基準ないし労働条件分野の基本法と言うことができる。

労働基準監督機関[7]が監督を行うのは、このうち、労働基準法、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、家内労働法、労働安全衛生法、作業環境測定法、賃金の支払の確保等に関する法律及び自動車運転者の労働時間等の改善のための基準である。外国人技能実習法の履行確保や外国人技能実習生の保護、援助等については基本的に外国人技能実習機構が行うが、立入検査等の業務を労働基準監督官が行うこともある。また、労働基準監督機関が特別司法警察権を有するのは、更にこのうち労働基準法、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、家内労働法、労働安全衛生法、作業環境測定法及び賃金の支払の確保等に関する法律だけである。専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法は労働契約法中の無期転換ルールの特例を定める法律であるがその手続は都道府県労働局長が行う。

男女雇用機会均等法、育児介護休業法及びパートタイム労働法については、労働基準監督機関ではなく、婦人行政(厚生労働省雇用環境・均等局及び都道府県労働局雇用環境・均等部(室))が行う。

船員法及び船員災害防止活動の促進に関する法律は船員に適用されるもので、船員労務官が監督を行う。鉱山保安法は鉱山に適用されるもので、鉱務監督官が監督を行う。

民法及び労働契約法については監督は行われない。労働時間等の設定の改善に関する特別措置法、過労死等防止対策推進法及び建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律は、理念法ないし努力義務を規定した法律であるため、労働基準監督機関はガイドラインその他の周知・啓発を行うものである。労働災害防止団体法は、労働災害防止のための事業者団体について定めた法律であり、直接労働条件を定める規定は無い。

廃止法令

廃止された主な労働基準関係法令は次のとおりである。

保護の適用範囲

労働基準法は、原則として、事業に使用されるすべての労働者について適用されるが、例外として、後述するように、同居の親族、家事使用人、一部の国家公務員等についてはその適用が除外されている。この労働基準法上の労働者性の判断は、契約その他一切の形式に関わりなく、実態により客観的に判断されるため、例えば明示的には雇用契約を締結せず、そのかわりに形式上・表面上は請負業務委託等の契約書を交わしていても、実態として、事業に使用されている(=使用従属性がある)という実態が認められる者は、労働基準法上の労働者としての保護を受けることとなる。従って、正社員に限らず、パート、アルバイト、日雇、研修医、外国人(不法就労外国人を含む。)等であっても労働基準法の労働者となる。事業も、それが法人か個人か、営利か否か、外資系企業か否かということは関係ない。

使用従属性は、第一に従事する作業が指揮監督下にあるかということ(使用者が業務遂行につき具体的な指揮命令を行うこと、時間的・場所的拘束を行うこと等)、第二に報酬の労務対償性により判断すべきものとされており、その判断基準は労働基準法研究会報告[8]及び労働者性検討専門部会報告[9]に詳しい(ただし、労働組合法における「労働者」の意義は労働基準法のそれとは異なる[10]ので注意されたい。)。

また、作業の指揮監督性が弱いために労働者とまでは言えないものの、報酬の労務対償性が強いとされる家内労働者(いわゆる「内職」)については、家内労働法により、若干ながら労働者に準じた保護が図られている。

労働基準法の適用単位は、事業場である。事業場とは、一定の場所において相関連する組織のもとに業として継続的に行われる作業の一体を意味し、例えば、工場、店舗、支店、営業所などの事業単位を意味する。ただし、新聞社の通信部等規模が著しく小さいものについては直近上位の事業場に一括して取扱い、また、同一場所におけるものでも例えば工場内の診療所、食堂等のように、その管理が全体から明確に区別された部門については、これを独立した一事業場として扱うことにより法がより適切に運用できる場合においては、独立した一事業場として取扱うこととされている[11]

労働基準法の主たる名宛人は使用者であるが、使用者の範囲には、事業主はもとより、事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者が含まれる[4]。その一方で、昭和47年に労働基準法の一部を分離して制定された労働安全衛生法では、使用者を名宛人とはせず、労働者を使用する事業者という概念を用いて主たる名宛人とした。事業者とは、個人事業である場合はその事業主、法人事業である場合はその法人を指し、営業利益の帰属主体そのものである[12]

このように労働基準の履行義務は第一に労働者を直接使用する事業(使用者ないし事業者)に課され、労働法制一般は労働と請負とを峻別して構築されている。しかし、例外として、一の場所において行う事業の仕事の一部を請負人に請け負わせている事業者のうち最上位にある者には、下請事業者に対して労働安全衛生法の遵守指導等を行う義務を負わせている[13]。特に、建設事業又は造船事業における元方事業者には、統括安全衛生管理義務が課され、関係請負人を集めた協議組織の運営や、現場を毎日巡視する等の管理を行わなければならない[14]。建設事業又は造船事業を自ら行う注文者で最上位にある者は、安全な足場の設置その他の具体的な安全措置の責任を、事業者と共に負うこととされてる[15]。さらに、建設事業に関しては原則として元請負人が災害補償を行うこととされている[16]

労働者保護各論

賃金

賃金は、原則として、毎月1回以上、定期に、その全額を、日本円で、直接労働者に支払わなければならない[17]。したがって、賃金を各月で支払わないこと、支払期日までに支払わないこと、賃金から控除・相殺を行うこと、現物支給をすること、代理人に支払うことなどは原則禁止されている。また、その額は、地域別・産業別に定められた最低賃金額以上でなければならない[18]

ただし、所得税、住民税、健康保険料その他のいわゆる公租公課については、賃金から控除することができ、また、弁当代等の公租公課以外のものであっても、賃金控除に関する労使協定を締結すれば、賃金から控除することができる[19]が、事理明白でないものの控除は認められない[20]。 また、就業規則の制裁規程にもとづいて減給を行うことは許されているが、その減給額は1つの行為につき平均賃金の半額以下でなければならない等とされ、言うまでもなく当該減給は労働者の行為に対して合理的かつ相当なものでなければならない[21]

最低賃金については、都道府県労働局長から許可を受ければ、労働能力の低い障害者、試用期間中の者、監視・断続的労働に従事する者等について、最低賃金額よりも低い賃金を支払うことができる特例制度がある[22]

企業倒産による賃金不払については、一定の要件の下で、政府(独立行政法人労働者健康福祉機構等が事務を所掌)がその立替払を行う[23]。また、建設業においては、一定の条件の下、下請負人の賃金不払について元請負人が立替払を行うよう、都道府県知事又は国土交通大臣が勧告を行うことがある[24]

労働時間

日本における労働時間規制は、時間外労働、休憩、休日、年次有給休暇、深夜業、割増賃金(時間外、休日、深夜)等の諸概念を用いて法定され[25]、複数の職場で労働者として業務に従事する者についても各職場での労働時間を通算[26]して法が適用される。

労働時間には、実作業時間に従事した時間は言うまでもなく、機械、人間、現場等を監視するだけの時間や、手待ち時間も含まれるが、休憩時間は含まれない。労働時間は、契約、規約にかかわらず、実際に労働した時間を少なくとも分単位の精確さで計算しなければならない。しかし、坑内労働[27]、事業場外労働[28]、専門業務型裁量労働制[29]、企画業務型裁量労働制[30]に限っては、労働時間を一定の規定の下でみなすこととされている。

労働時間規制の中核は時間外労働の原則禁止であり、即ち労働時間が原則として1日8時間かつ1週間40時間を超えてはならないという規定である[31]。1週間の法定労働時間は、昭和22年の労働基準法制定において48時間に始まり[32]、その後段階的に短縮されてきた。ただし、令和元年末現在、常時10人未満の労働者を使用する商業、接客娯楽業、保健衛生業等については、特例として1週間の法定労働時間が44時間となっている[33]。なお、一定期間を平均して1週間あたり40時間であることを定めれば特定の日及び週についてそれぞれ8時間、40時間を超えてよいとする変形労働時間制は認められており、とりわけ1ヶ月単位の変形労働時間制[34](特例対象事業場については平均1週間44時間以下)及び1年単位の変形労働時間制[35]は広く採用されている。法定労働時間及び変形労働時間を超える労働(時間外労働)及び休日労働は、災害等のため又は公務上の臨時の必要のある場合[36]でない限り、労使が時間外労働協定を締結し、かつ使用者がそれを所轄労働基準監督署長に届出ることで初めて適法に行うことができ[37]、時間外労働に対しては25%以上(大企業において1ヶ月60時間を超える時間外労働に対しては50%以上)、休日労働に対しては35%以上の割増賃金を支払わなければならない[38]。時間外労働協定では、一定期間に係る時間外労働時間数の上限を定めなければならないが、この上限値は、限度基準(正式名称:労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準)によって規制されている。限度基準は厚生労働省告示であり、その尊重については努力義務[39]に留まり少なくとも刑事的には強制性をもたないものの、労使が限度基準違反の時間外労働協定を締結することは非常に稀であり、また、これが締結届出された場合には、監督機関は労使に対し、当該協定を限度基準に適合するものとするよう指導することが出来る[40]。なお、限度基準は工作物の建設等の事業、自動車の運転の業務、新技術新商品の研究開発の業務等には適用されない[41]が、このうち自動車の運転の業務については、改善基準(正式名称:自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)によって特別の規制がなされている。なお、一定の危険有害業務の時間外労働は1日につき2時間以下でなければならない[42]

また、休憩は、労働時間が6時間を超える場合に45分以上、8時間を超える場合に1時間以上、事業場の労働者全員に対し一斉に与えなければならず、その休憩時間は労働者の自由に利用させなければならない[43]

運輸交通業、商業、金融・広告業、映画・演劇業、通信業、保健衛生業、接客娯楽業及び官公署の事業については、年少者を除き、一斉休憩に関する規定は適用されない[44]。運輸交通業及び通信業(郵便、電信及び電話の業務に限る)に従事する労働者のうち一定の者については、休憩に関する規定が適用されない[45]。警察官、消防吏員、常勤の消防団員及び児童自立支援施設で児童と起居をともにする者については休憩の自由利用に関する規定が適用されない[46]

また、農業、園芸業、畜産業又は養殖業に使用される労働者、並びに管理監督者及び秘密の事務を取り扱う者については、労働時間規制のうち年次有給休暇、深夜業、深夜割増賃金に関する規定のみが適用され、時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金及び休日割増賃金に関する規定については適用されない[47]。なお、農業に係る外国人技能実習生については、労使協定、労働契約等によって労働基準法上の労働時間規制に準じた取扱を行うよう、農林水産省が農業事業主に指導を行っている。

なお、事業の種類等にかかわらず、労使協定の締結により、一斉休憩の規定の適用を除外することができる[48]

また、労働基準監督署長の個別的な許可にもとづく乳児院、児童養護施設、知的障害児施設、盲聾唖児施設及び肢体不自由児施設に勤務する職員で児童と起居をともにする者について休憩の自由利用の規定の適用除外[49]、監視・断続的労働に従事する者の時間外労働、休憩、休日、時間外割増賃金、休日割増賃金の適用除外の制度が存在する[50]

改善基準は、労働基準法等法律の委任を受けない労働省告示であるが、路面運送における労働時間及び休息時間に関する条約(国際労働機関第153号,1979年6月27日採択,未批准)、路面運送における労働時間及び休息期間に関する勧告(国際労働機関第161号,1979年6月27日採択)に準拠し、中央労働基準審議会の審議を経て成立したもので、労働基準法に無い「拘束時間」、「休息期間」、「運転時間」等の概念を用いて自動車運転者につき多角的な労働時間規制を敷いている。拘束時間は、労働時間や休憩時間を合わせたもので、即ち使用者による一定の拘束下にある時間を言う。例えばトラック運転手については、拘束時間は1日につき最大16時間、1箇月につき293時間、連続運転時間は1回4時間までとされ、勤務と勤務の間には最低8時間の休息期間が確保されなければならない。改善基準の内容は、貨物自動車運送事業法及び道路運送法の委任を受けた国土交通省告示[51]において準用されており、行政監督は労働基準監督機関と運輸機関(国土交通省自動車局地方運輸局運輸支局)とが独立に、又は合同で行い、違反事実を相互通報[52]している。労働基準監督機関は、所管する改善基準に罰則等の制裁規定がないため改善基準違反に対して是正指導をするに留まるが、貨物自動車運送事業の許可官庁である運輸機関は違反事業者に対して車両使用停止、事業停止等の行政処分を行うことができる[53]。しかし、実際には、改善基準違反は時間外労働協定違反を伴うことが多いことから、労働基準監督機関も併せて労働基準法違反について是正指導することが多い。

奴隷的拘束及び非民主的労働慣行の撤廃

暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制すること(強制労働)は、我が国の労働基準法令で最も重い罰則を以て禁止されている[54]。また、3年(一定の高度専門知識等を必要とする業務に従事する者及び満60歳以上の者については5年)を超える有期労働契約、労働者の労働契約違反や不法行為に対する損害賠償額を予定する契約、前借金の相殺、貯蓄の強制は、労働者の精神の自由を不当に拘束する手段となることから、禁止されている。

また、職業技能の習得を目的としている労働者を、そのために酷使したり、家事等の職業技能の習得に関係のない作業に従事させたりすることは禁止されている[55]。 法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得ること(労働者供給業)は禁止されている[56]。この典型的な例として、業としての人身売買、有料職業紹介、賃金のピンハネ、二重派遣等が挙げられる。法律に基づいて許される場合とは、職業安定法又は船員職業安定法に基づき許可を得た職業紹介行為がこれに該当する。

ただし、労働者派遣については、派遣元事業、派遣先事業、派遣労働者の3者が1つの労働関係を形成していることから、派遣元が「他人」の就業に介入しているとは解されない。

労働者の国籍、信条、社会的身分(人種、門地、民族等)[57]、一酸化炭素中毒症にかかったこと[58]を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件一切について差別的取扱を行うことは禁止されている。また、労働者が女性であることを理由として、賃金について男性との差別的取扱を行うこと[59]、性別を理由として労働者の配置、昇進、降格、教育訓練、福利厚生、退職勧奨、解雇等について差別的取扱を行うこと[60]は禁止されている。

労働契約の開始及び終了

労働契約の締結に際し、使用者は労働者に対して労働条件通知書を交付しなければならない[61]。また、労働者の就業を妨害することを目的として、あらかじめ第三者と謀り、国籍、信条、社会的身分または労働組合運動に関する通信をしてはならない[62]。また、労働者の募集及び採用を行う場合において、性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならず[63]、また、予備自衛官又は予備自衛官補である者に対して不利益な取扱はしてはならない[64]

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とされる[65]。また、一定の公益通報者に対する解雇も無効とされる[66]

業務上の傷病の療養のための休業又は産前産後休業の期間及びそれからの復職後30日間のうちに解雇することは禁止されている[67]。 労働基準監督機関に対する申告を行った労働者を解雇することは禁止されている[68]

また、内部通報者等に対する報復的な解雇その他の不利益取扱については個別に禁止し、又は無効としている法律がある[69]

その他労働者が一定の地位にあり、又は一定の行為を行ったことに対する解雇その他の不利益取扱についても個別に禁止している法令がある[70]

解雇は、原則として、労働者に対して30日以上前に予告しなければならず、30日以上前に予告しない場合は解雇予告手当を支払わなければならない[71]

無期労働契約において、労働者は2週間前(ただし月給制の場合は賃金締日の半月前、年俸制等の場合は3ヶ月前等)に申し出ればいつでも退職することができる[72]。有期労働契約であっても、労働者はやむをえない事由があれば途中で退職することができ[73]、やむをえない事由が無くても、1年を経過すれば労働者(一定の高度専門知識等を必要とする業務に従事する者及び満60歳以上の者を除く。)はいつでも退職することができる[74]

労働契約の締結に際して明示された法定事項(賃金額、法定労働時間等)が事実と相違する場合は、労働者は上述の民法の規定等に拘わらず即時に退職することができ[75]、このとき就職のため引越を行った者で当該即時退職後14日以内に帰郷するものに対しては、使用者はその帰郷のための旅費を負担しなければならない[76]

なお、いかなる事情があろうとも、退職の意を示した労働者に対して労働を強制することは許されないことは言うまでもない[77]

従業員代表制

賃金の控除協定、変形労働時間制協定、時間外労働協定、休日労働協定その他の労働基準法上の諸規制を緩和する特例措置を行う場合において、労使協定の締結が必要とされている。使用者は、この協定について、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(過半数組合)がある場合はその過半数組合と締結しなければならないとの労働組合優遇措置が採用されており、そのような労働組合がない事業場については、事業場の労働者のうちの過半数を代表する者と締結することとされているが、当該代表する者は管理監督者以外の労働者から選出しなければならないと定められている。

安全及び衛生

安全及び衛生に関する労働基準については、主として労働安全衛生法で定められているが、事業附属寄宿舎に係る安全及び衛生については労働基準法、じん肺健康管理等についてはじん肺法、作業環境測定機関等については作業環境測定法で定められている。

労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的として、政府の労働災害防止計画、事業者の安全衛生管理体制、危険及び健康障害の防止措置、機械等及び危険・有害物に関する製造・流通規制、労働者への安全衛生教育、就業制限、健康診断等健康管理、危険有害な作業等に関する免許等について規定している。

なお、労働安全衛生法の規定のうち、特定機械(ボイラー、クレーン、エレベーター、ゴンドラ等)の製造許可、製造等禁止物質(黄燐マッチ、ベンジジン、石綿、ベンゼンゴムのり等)の製造禁止及び流通禁止並びに製造許可物質(ジクロルベンジジン、塩素化ビフェニル(PCB)、ベリリウム等)の製造許可制のように、政令で定める機械や有害物に関する製造及び流通に関する規制に係る規定[78]は、労働法の適用範囲よりも拡大され、何人(なんぴと)にも適用される[79]

災害補償及び政府による保険

業務上の死傷病については使用者に金銭的補償義務[80]があるが、一定規模の農林水産業を除き、事業主は、政府が管掌する労働者災害補償保険に加入しなければならず、災害補償金は一部を除いて労働者災害補償保険から給付されるが、事業主に重大な過失がある労働災害の災害補償に関しては、事業主に対して補償額の全部又は一部に相当する費用徴収がなされる[81]

行政監督

日本の労働基準に関する行政監督の要は、国(中央政府)の機関たる狭義の労働基準監督機関(厚生労働省労働基準局長、都道府県労働局長、所轄労働基準監督署長及びそれらに所属する労働基準監督官)が担っている。労働基準監督官は、労働基準法、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、家内労働法、労働安全衛生法、作業環境測定法、賃金の支払の確保等に関する法律の8の法律については、その違反に関して、行政取締(是正勧告)の権限を行使するのみならず、その違反に係る犯罪に対しては司法警察権をも有する。また、自動車運転者の労働時間等の改善のための基準については、法規命令(告示)であるため罰則はないが、この違反についても是正勧告を行う。このほか、これらの法律の施行や労働災害の防止のために必要な事項については、法律違反でなくとも、行政指導を行う。

労働基準監督官は、国家公務員であり、原則として法文区分又は理工区分の労働基準監督官採用試験に合格した者のうちから任用され(労働基準監督機関令第1条)、労働基準監督署での実地研修・訓練や独立行政法人労働政策研究・研修機構労働大学校等における講義形式の研修・訓練を受ける。労働基準監督官の罷免には、公・労・使からなる労働基準監督官分限審議会の同意を必要とする(労働基準法第97条)。また、女性労働者については、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長及びその指揮の下にある職員も監督を行うことが出来る。

労働基準監督官は、数年から1ヶ月単位の監督計画に基づいて、原則予告せず、多くの場合1人で、事業場へ立入検査(臨検)を行っている。違反その他の問題点が認められた場合は、是正勧告書、指導票等の文書を交付し、それに対する是正・改善を確認して行政指導を完了するが、重大又は悪質な違反行為については刑事訴追のための捜査・送検を行う。また、監督の手法には、立入検査だけでなく、所轄労働基準監督署等に事業主を出頭させて行う「呼出監督」、講演形式で行う「集団指導」などがある。

男女雇用機会均等法、育児・介護休業法については、雇用均等行政(厚生労働省児童・家庭局長、都道府県労働局長、都道府県労働局雇用環境・均等室長及びその所属する職員)が違反等に対する是正指導、公表処分等を行うが、報告徴収・立入検査に関する違反を除き罰則がないため司法警察権は有していない。

この外、労働基準監督機関以外の国又は地方公共団体が、許認可権を握る社会福祉施設、自動車運送業等の事業者に対する監査において労働基準関係法令の遵守状況も併せて調査指導を行うことがあり、諸分野における助成金の支給要件に労働基準関係法令の遵守が盛り込まれていたり、国及び地方公共団体が、安全管理を怠り重大な労働災害を発生させた建設事業者に対して公共工事における指名停止処分を行ったりしており、これらも労働基準関係法令の履行確保に役立っている。

通報制度

労働者は労働基準法等の違反の事実があるときに、家内労働者及び補助者は家内労働法違反の事実があるときに、これを労働基準監督官に申告することができ[82]、労働基準監督官はこれに対する行政上の調査指導を行う。申告した労働者へ解雇その他不利益取扱をした使用者は処罰される[68]。また、申告した家内労働者への不利益取扱をした委託者には是正命令がなされ[83]、当該命令に違反した委託者は処罰される[84]

また、在職中の労働者(※家内労働者は該当しない)が、労働基準関係法令違反(ただし、罰則のあるもの、及び違反に対する処分に対する違反に罰則のあるもののみ)の事実あるいはその事実がいままさに生じようとしている旨を、労務提供先等、処分・勧告等を行う権限を有する行政機関、被害を受ける虞のある者等に通報した場合は、当該労働者は公益通報者保護法による保護を受ける。多くの場合、在職中の労働者の申告は同時に公益通報となる。

また、平成27年4月1日より、行政手続法が改正され、誰であっても、法定の申出書を提出することにより、労働基準関係法令違反に係る労働基準監督機関の行政指導、行政処分等を求めることができるようになった[85]

違反行為に対する措置

労働基準監督官が特別司法警察権を行使することができるのは、労働基準法、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、労働安全衛生法、作業環境測定法、賃金の支払の確保等に関する法律、家内労働法の8法であり、この8法の違反行為については、暴力団、児童労働等特殊な背景をもった事件でない限り、警察ではなく、専門機関である労働基準監督機関が捜査を行っている。これらの罰則の殆どは行政刑法として運用されており、強制労働等の刑事犯、製造禁止物質の製造、労災かくし等重大な違反を除いては、第一に行政指導による是正が期待されることが多い。ただし、重大な労働災害を発生させた違反行為や、繰返し違反行為は刑事犯性質が強いことから、原則として刑事訴追される。また、労働災害については、通常、警察が業務上過失致死傷罪(刑法第211条前段)の捜査も行う。

上述の8法の違反行為に対する公訴時効は、強制労働罪については7年、製造時等検査等の検査機関等の収賄罪等については5年、それ以外の罪については3年である[86]

労働基準関係法令違反は身分犯であり、それは各法令各条項の定めにあるとおり、使用者、事業者、製造者その他の者に限られるが、元方事業者、発注者、荷主その他の他人が労働基準関係法令の違反を共謀、教唆、幇助等した場合は、刑法総則に従って当然それらも処罰されることは言うまでもない。

男女雇用機会均等法は、厚生労働大臣及び都道府県労働局長に対する報告徴収義務に関する違反以外に罰則をもたず[87]、その履行確保は主として行政指導によるが、行政指導に従わない場合は公表の行政処分に付される[88]

適用除外及び特例

同居の親族

同居の親族は、労働基準法[89]及び労働契約法[90]についてはその適用から除外されており、また、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、労働安全衛生法及び賃金の支払の確保等に関する法律については「労働者」の定義から除外されている[91]

他方、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律及び公益通報者保護法については適用される。

なお、家内労働法において定義される「補助者」(家内労働者の同居の親族であって、当該家内労働者の従事する業務を補助する者[92])は、家内労働法の保護を受ける。

家事使用人

家事使用人とは、雇い主の家の家族の指揮命令のもとで家事一般に従事する者がこれに当たるが、個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、当該事業の指揮命令下で家事を行う者は家事使用人に該当しない[93]

家事使用人は、労働基準法[89]についてはその適用から除外されており、また、最低賃金法、じん肺法、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法、労働安全衛生法及び賃金の支払の確保等に関する法律については「労働者」の定義から除外されている[91]

他方、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律、公益通報者保護法及び労働契約法については適用される。

国家公務員

一般職の国家公務員については、労働基準関係法令の適用は全面的に除外され、その代わりに国家公務員法、国家公務員の給与に関する法律、一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律等により別途労働基準が定められている。

特別職の国家公務員のうち裁判所職員、国会議員、防衛省職員についても、労働基準法等は全面的に適用が除外され、別途労働基準が定められている。

地方公務員

地方公務員については、労働基準関係法の大部分について適用されるが、一般職で情報通信業、教育研究業及び官公署の事業に従事する職員ついては、人事委員会等(人事委員会を置かない地方公共団体においては、当該地方公共団体の長)が労働基準監督機関の役割を担っている。なお、義務教育諸学校の教育職員である地方公務員については割増賃金に関する規定の適用が除外されている。

船員

船員については、労働基準法の大部分及び労働安全衛生法の適用が除外されており、適用除外となった部分については船員法により別途労働基準が定められている。

船員法は、船舶所有者船長海員等の身分を定義しており、労働基準法等と比較すると、船舶所有者は事業主、船長は指揮命令を行う者、海員が労働者に概ね相当すると言える。船員法は、船上における労使の秩序に関して、船長による海員の懲戒権を定める等、労働基準法等に比して厳しく具体的な規定を設けている。

鉱山における保安

労働安全衛生法は、鉱山における保安については、労働災害防止計画に関する規定しか適用されず、代わりに鉱山保安法の適用を受け、経済産業省産業保安監督部が監督を行っている。ただし、鉱山事業においても、鉱山における保安以外の安全及び衛生については、(その他の適用除外がないかぎり)労働安全衛生法は全面適用となる。

脚注

  1. ^ 財団法人日本ILO協会『講座ILO(国際労働機関)―社会正義の実現をめざして―上巻』財団法人日本ILO協会、1999年、113-114頁。 
  2. ^ 厚生労働省労働基準局『労働法コンメンタール③ 労働基準法 上』株式会社労務行政、2011年、22-23頁。ISBN 978-4-8452-1262-0 
  3. ^ 労働基準法第9条
  4. ^ a b 労働基準法第10条
  5. ^ 労働基準法第11条
  6. ^ 最低賃金法第2条, じん肺法第2条第1項, 炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法第2条, 労働安全衛生法第2条, 賃金の支払の確保等に関する法律第2条, 公益通報者保護法第2条第1項
  7. ^ 厚生労働大臣、厚生労働省労働基準局長、都道府県労働局長、労働基準監督署長、労働基準監督官等
  8. ^ 労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)昭和60年12月19日
  9. ^ 労働基準法研究会労働契約等法制部会 労働者性検討専門部会報告 平成8年3月
  10. ^ 労働組合法第3条
  11. ^ 厚生労働省労働基準局 『労働法コンメンタール③ 労働基準法 上』 株式会社労務行政、2011年、111-112頁。ISBN 978-4-8452-1262-0
  12. ^ 昭和47年9月18日発基第91号
  13. ^ 労働安全衛生法第29条等
  14. ^ 労働安全衛生法第30条
  15. ^ 労働安全衛生法第31条
  16. ^ 労働基準法第87条。この背景に、戦前の雇用法制において労働者供給請負業を認めていたこと、戦後も労働者供給請負業が建設業界等において広く事実として存在してきたことがあるとする説(「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」濱口桂一郎)がある。
  17. ^ 労働基準法第24条
  18. ^ 最低賃金法第4条
  19. ^ 労働基準法第24条第1項但書
  20. ^ 昭和27年9月20日基発第675号、平成11年3月31日基発168号
  21. ^ 労働基準法第91条
  22. ^ 最低賃金法第7条
  23. ^ 賃金の支払の確保等に関する法律第7条
  24. ^ 建設業法第41条第2項
  25. ^ 労働基準法第4章等
  26. ^ 労働基準法第38条第1項
  27. ^ 労働基準法第38条第2項
  28. ^ 労働基準法第38条の2
  29. ^ 労働基準法第38条の3
  30. ^ 労働基準法第38条の4
  31. ^ 労働基準法第32条
  32. ^ 官報第6066号 昭和22年4月7日月曜日(国立国会図書館デジタルコレクション)労働基準法(制定時)第32条
  33. ^ 労働基準法第40条、労働基準法施行規則第25条の2
  34. ^ 労働基準法第32条の2
  35. ^ 労働基準法第32条の4
  36. ^ 労働基準法第33条
  37. ^ 労働基準法第36条第1項
  38. ^ 労働基準法第37条第1項
  39. ^ 労働基準法第36条第3項
  40. ^ 労働基準法第36条第4項
  41. ^ 限度基準第5条
  42. ^ 労働基準法第36条第1項但書
  43. ^ 労働基準法第34条
  44. ^ 労働基準法施行規則第31条
  45. ^ 労働基準法施行規則第32条
  46. ^ 労働基準法施行規則第33条
  47. ^ 労働基準法第41条
  48. ^ 労働基準法第34条第2項
  49. ^ 労働基準法施行規則第33条
  50. ^ 労働基準法第41条第3号
  51. ^ 貨物自動車運送事業の事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準(平成13年国土交通省告示第1365号)、旅客自動車運送事業運輸規則第21条第1項の規定に基づく事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準(平成13年国土交通省告示第1675号)
  52. ^ 平成18年2月13日国自総第506号・国自旅第238号・国自貨第105号「自動車運転者の労働条件改善のための相互通報制度について」
  53. ^ 貨物自動車運送事業法第23条及び第33条、道路運送法第40条及び第79条の12
  54. ^ 労働基準法第5条、日本国憲法第18条関係
  55. ^ 労働基準法第69条
  56. ^ 労働基準法第6条
  57. ^ 労働基準法第3条、日本国憲法第14条関係
  58. ^ 炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法第4条
  59. ^ 労働基準法第4条
  60. ^ 男女雇用機会均等法第6条
  61. ^ 労働基準法第15条第1項
  62. ^ 労働基準法第22条第4項
  63. ^ 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第5条等
  64. ^ 自衛隊法第73条第1項
  65. ^ 労働契約法第16条。ただし同条に基づく解雇の当不当は、労働基準監督機関の監督の対象とはならない。
  66. ^ 公益通報者保護法第3条
  67. ^ 労働基準法第19条、船員法第44条の2
  68. ^ a b 労働基準法第104条第2項、船員法第112条第2項、鉱山保安法第50条第2項、最低賃金法第34条第2項、じん肺法第43条の2第2項、船員災害防止活動の促進に関する法律第64条第2項、労働安全衛生法第97条第2項、賃金の支払の確保等に関する法律第14条第2項。
  69. ^ 児童福祉法第33条の12第5項、鉱山保安法第27条第3項、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第66条第2項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律附則第6条、雇用保険法第73条、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第49条の3第2項、港湾労働法第44条第2項、消費者安全法第37条、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律第16条第4項及び第22条第4項。
  70. ^ 労働基準法施行規則第6条の2第3項及び第24条の2の4第6項、検察審査会法第42条の2、出入国管理及び難民認定法第19条の2第2項、自衛隊法第73条第2項、運輸安全委員会設置法第30条、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第10条、第16条の9、第18条の2、第20条の2及び第23条の2、国会職員の育児休業等に関する法律第11条及び第17条、国家公務員の育児休業等に関する法律第11条及び第21条、地方公務員の育児休業等に関する法律第9条及び第16条、裁判官の育児休業に関する法律第6条、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則第1条第2項。
  71. ^ 労働基準法第20条、船員法第44条の3
  72. ^ 民法第627条
  73. ^ 民法第628条
  74. ^ 労働基準法附則第137条、ただし暫定措置。
  75. ^ 労働基準法第15条第2項
  76. ^ 労働基準法第15条第3項
  77. ^ 労働基準法第5条
  78. ^ 労働安全衛生法第5章
  79. ^ 昭和47年9月18日発基第91号
  80. ^ 労働基準法第8章
  81. ^ 労働者災害補償保険法第31条
  82. ^ 労働基準法第104条第1項、最低賃金法第34条第1項、じん肺法第43条の2第1項、労働安全衛生法第97条第1項、賃金の支払の確保等に関する法律第14条第1項、家内労働法第32条第1項。
  83. ^ 家内労働法第32条第3項
  84. ^ 家内労働法第35条第3号
  85. ^ 行政手続法第4章の2
  86. ^ 強制労働罪(労働基準法第5条違反)は長期10年の懲役に当たる罪(労働基準法第117条)、製造時等検査等の検査機関等の収賄罪等は長期5年又は長期7年に当たる罪(労働安全衛生法第105条の2)、それ以外の罪については長期3年以下であるが、公訴時効は、刑事訴訟法第250条によって、罪の種類、懲役の長期の長さ等に応じて定められている。
  87. ^ 男女雇用機会均等法第5章
  88. ^ 男女雇用機会均等法第30条
  89. ^ a b 労働基準法第116条第2項
  90. ^ 労働契約法第22条第2項
  91. ^ a b 最低賃金法第2条第1号、じん肺法第2条第1項第4号、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法第2条第4号、労働安全衛生法第2条第2号、賃金の支払の確保等に関する法律第2条第2号
  92. ^ 家内労働法第2条第4項
  93. ^ 昭和63年3月14日基発第150号・婦発第47号

関連文献

関連項目