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*[[2005年]](平成17年) 名称を「大阪国際空港騒音対策協議会」から「大阪国際空港周辺都市対策協議会」に変更した。
*[[2005年]](平成17年) 名称を「大阪国際空港騒音対策協議会」から「大阪国際空港周辺都市対策協議会」に変更した。


==11年ぶりの国際線==
==国際線==
[[画像:VC-25airforce1 20051116 in Osaka.jpg|240px|thumb|2機ペアで大阪空港に飛来した大統領搭乗機]]
[[画像:VC-25airforce1 20051116 in Osaka.jpg|240px|thumb|2機ペアで大阪空港に飛来した大統領搭乗機]]
[[2005年]][[11月15日]]、アメリカ大統領[[ジョージ・W・ブッシュ]]を乗せた[[VC-25]]([[エアフォースワン]])と同型の予備機が大阪国際空港に着陸した。翌日、両機は[[釜山広域市|釜山]][[金海国際空港]]に向けて大阪国際空港を離陸した。
[[2005年]][[11月15日]]、アメリカ大統領[[ジョージ・W・ブッシュ]]を乗せた[[VC-25]]([[エアフォースワン]])と同型の予備機が大阪国際空港に着陸した。翌日、両機は[[釜山広域市|釜山]][[金海国際空港]]に向けて大阪国際空港を離陸した。


また、会談関連の機材輸送の為に、[[アメリカ空軍]]の輸送機も前後して多数飛来している。国際線移転後11年ぶりのことであったため多くの航空ファンがつめかけた。
また、会談関連の機材輸送の為に、[[アメリカ空軍]]の輸送機も前後して多数飛来している。多くの航空ファンがつめかけた。なお、国際線運行は平成14年1回、15年5回、16年1回されている


==交通機関==
==交通機関==

2006年8月5日 (土) 12:41時点における版

大阪国際空港(大阪・伊丹空港)

管制塔・ターミナル(背景は五月山)
概要
空港種別 第一種空港
開港日 1939年 1月17日
自治体 兵庫県伊丹市
大阪府豊中市池田市
設置 国土交通大臣
運営 国土交通省大阪航空局大阪空港事務所
大阪国際空港ターミナル株式会社
空港長 片岡久志
緯度 34°47' 07" N
経度 135°26' 17" E
標高 12m
空港コード IATAコード ITM
ICAOコード RJOO
滑走路
方向 長さ 表面
14R/32L 2,999×61m(9,840ft 舗装
14L/32R 1,828×46m(1,828ft) 舗装
運用時間 7:00~21:00 2006年4月1日に変更
統計
旅客 約1,932万人(2004年度)
貨物取扱量 約16.0万トン(2004年度)
航空機着陸回数 約63,700回 (2004年度)

大阪国際空港おおさかこくさいくうこう)は、兵庫県伊丹市大阪府豊中市池田市にある第一種空港。通称は伊丹空港大阪空港

概要

関西圏の主要な国内線が発着する基幹空港である。空港の地図を見ると、本空港が属する2府県3市の境界は旅客ターミナルビル付近で複雑に入り組んでおり、飛地も存在する。そのため、警備する警察官も大阪府警と兵庫県警の両者が常駐している。

運用時間は2006年4月1日から7:00~21:00となっている。(2006年3月31日までは24時間)以前から航空機のダイヤが7:00~21:00で設定されており、緊急時には他の空港と同様に臨時延長が認められ、運用時間短縮による影響はないとされている。

大阪国際空港は、1939年に大阪第二飛行場(ちなみに大阪第一飛行場は大和川尻に建設が予定されていたが実現しなかった)として開設された。第二次世界大戦中は軍用飛行場に転用され、さらに敗戦後はアメリカ軍に接収された。このときに「伊丹エアベース」と名づけられたことが通称「伊丹空港」の祖と言われている。返還後の1958年3月に「大阪空港」を開港し、さらに1959年7月には第1種空港として国際路線を開設、「大阪国際空港」に改称された。

飛行機の着陸時のアナウンスはANAでは「伊丹空港」、JALでは「大阪国際空港」とアナウンスされる。また英語では2社とも「Osaka International Airport」とアナウンスされる。

大阪国際空港の発着回数は1日370便までに設定されており、内訳はジェット機が200回、プロペラ機が170回となっている。(2007年4月1日~)現在、ジェット機枠は満杯の状態が続いており、国内の空港で最も増便が困難であると言われている。ただ、夏季や年末年始は例外とされており、人気の千歳便、那覇便、鹿児島便などを中心に大幅に増便される。また、プロペラ機枠にはまだ若干の余裕があるため、根強い大阪国際空港の人気に応えるように各社ともプロペラ機での増便に力を入れている。

市街地にあることから周辺住民から騒音などの公害問題が指摘され、その解決のために1994年関西国際空港の開港にあわせ、大阪国際空港を閉鎖する予定であったが、関西国際空港の建設が始まり、大阪国際空港の廃止に向けて動き出すと、多くの周辺住民は経済的な問題から廃止反対に回ることになり、国内線専用空港としての存続が決まった。

近接している環大阪湾地域の空港

関西には大阪(伊丹)、関西2006年2月16日に開港した神戸と3空港あるが、関西国際空港二期工事を推進する国土交通省および大阪府は3空港あるよりも、2空港の方が飛行機の乗り入れや離着陸の回数が増えるため良いと主張する。一方で関空開港からしばらくすると利便性の面で伊丹利用に回帰する人が増加する傾向が続き、利用者からは伊丹の人気は高い。2006年4月より伊丹への大型機規制が開始されることになる(後述)。なお超党派の政治家によって東京に大地震やテロなどが起こったことを備え、大阪国際空港(伊丹空港)を廃止し、空港跡地に副首都をつくり、危機管理専門の省庁をおく副首都構想が提唱されている。

歴史

管制塔
  • 1939年1月17日 大阪第二飛行場として開業。敗戦後、米軍が接収し、返還後の1958年3月に「大阪空港」として開港。さらに1959年7月には第1種空港として国際路線を開設、大阪国際空港に改称された。

高度経済成長期には大阪市の近郊にも都市が拡大し、この空港の周辺も宅地化の波が押し寄せた。同じころ、離着陸数の増加や航空機の大型化・ジェット機化が進み、1970年には3000mのB滑走路が供用開始された。

これらの背景から、次第に騒音問題は深刻化し、夜間の飛行禁止などを求める住民訴訟や大阪国際空港の廃止などを求める公害等調整委員会に対する調停が始まった。1973年には、伊丹市が「大阪国際空港撤去都市」を宣言。

大阪空港訴訟と呼ばれる、国を相手取った住民訴訟については、長期裁判の結果、1981年最高裁で住民側が勝訴、大阪国際空港に「欠陥空港」の評価が下され、国に損害賠償を命じた。夜間の飛行が制限されたこと、騒音緩和のために急上昇しなければならないこと、空港の拡張が不可能なこと、山が背後に迫っており離陸に問題があることなどにより、大型機にとって使いにくい空港となっていた。

一方で既に1960年代後半から大阪国際空港の移転が検討されはじめ、1974年には候補地として播磨灘と神戸沖と泉州沖が選定された。京阪神都市圏との距離から神戸沖が有力視されていたが1972年、神戸市議会は神戸沖空港反対決議を賛成多数で可決。翌年の市長選挙では空港問題が争点となり、当時の宮崎辰雄市長も神戸沖空港の反対を表明し空港推進派の推す対立候補を退け再選された。その結果、神戸沖建設構想は消滅した。

しかし1980年泉州の反対継続により、依然と着手見込みが立たない状況のなか1982年、宮崎市長自らが運輸省に「神戸沖空港試案」を提出。これに呼応して市議会も「空港反対決議」の転換意見書を採択。市長、議会は空港反対の立場から空港推進の立場へ大きく変わっていった。

1982年神戸推進の動きに対し、泉州11市町は泉州沖反対から一転して要望決議。泉州推進派は、「一旦神戸は関空を蹴ったのに」を合言葉に猛烈に巻き返し、神戸沖案に反対、再審議を拒否した。1984年泉州沖設置の合意を渋る兵庫県が、将来の神戸沖空港建設容認を交換条件についに泉州沖建設に合意した。ここが関西国際空港および現神戸空港のスタートラインとなる。なお、現在の神戸沖には国内線専用の地方空港として神戸空港が開港している。

ターミナルビル屋上のガーデニング

当初は新空港の開港にあわせ、大阪国際空港を閉鎖する予定であった。しかし、関西国際空港開港を数年後に控えた1990年12月、関西国際空港開港後も大阪国際空港を国内線に限定して存続させる方針に転換された(運輸省と騒音対策協議会の調印)。ただし、当時の運輸省が将来の航空旅客需要を賄うためには関空一港だけでは足りないと判断し、伊丹存続を地元に打診した背景もある。さらに、都心から大きく離れた関西空港では主力路線の東京線が新幹線との競争力を喪失するため、航空会社側も伊丹の存続を望んだようである。

  • 1994年9月4日 関西国際空港(関西空港)が開港。国際線はすべて関西空港へ移り、国内線も、国際線との乗り継ぎの利便性から、その多くが関西空港へ移った。これに先立ち、同年6月にはIATAコードがOSAからITMに変更された。

2000年を前後して、ターミナルビルが大改装された。1969年に供用開始された既存建物をそのまま活用しつつも新築建物並みのサービス提供を実現したことや、屋上のデッキのガーデニングが評価され、2000年12月11日に「第20回大阪都市景観建築賞」の奨励賞を受賞した。

エンジンが4基あるB747-400(全日本空輸機)
  • 2004年9月29日 国土交通省は騒音対策として、段階を追って大型機の乗り入れ規制を強化し、2006年4月以降は、エンジン3基以上のジェット機について同空港への乗り入れを全面禁止すると発表した。関西空港の着陸料の高さや、大阪国際空港が関空よりも都心に近く利便性に優れていることから近年は利用客数が関空を上回っており、国内路線の発着数が増え戻りつつあったことに逆行することになる。さらにこれらの措置の数年前に「大阪空港の騒音が改善された」として民家防音対策工事の対象地域を大幅に狭めた事実があるのに今さら騒音対策を持ち出すなど国の言い分には明らかに矛盾がある。そのため露骨な伊丹潰し・関空二期工事推進策だとして地元および北関西圏住民の反発は強い。一方で、この規制の暫定措置として、禁止される747-400型機(エンジンは4基。2005年4月1日から2006年3月31日までは例外として猶予されていた。)に変わり、各社は実際の受容量が1割程度しか変わらず、双発(エンジンが2基)であるB777-300型機への変更を行うとしている。

将来的には、伊丹市・大阪市内との接続を改善するため、JR伊丹駅から大阪国際空港まで鉄道で繋ぐ構想もあり、電車で大阪市内まで行けるようにすることが考えられている。しかし「副首都構想」同様に建設主体や資金の手当てに具体性がなく正式な構想ではない。この構想は伊丹市バスの増発や阪急蛍池駅への急行停車策で代替されたと見る向きもある。

  • 2006年3月31日 騒音防止を目的としてエンジン3基以上の大型ジェット機の発着が4月1日から禁止されるため、最後のジャンボ機となった日本航空羽田行き1528便(ボーイング747-400D型機・JA8907)が午後8時20分に出発した。
  • 2006年4月1日 エンジン3基以上の大型ジェット機の発着が禁止された。

航空管制

種類 周波数 運用時間(JST)
CLR 118.8MHz 7:00~21:00
GND 121.7MHz,126.2MHz 7:00~21:00
TWR 118.1MHz,126.2MHz,236.8MHz 7:00~21:00
KANSAI APP 120.45MHz,124.7MHz,261.2MHz 7:00~21:00
KANSAI DEP 119.5MHz,120.85MHz,318MHz 7:00~21:00
GCA 125.1MHz,127.5MHz,134.1MHz,256MHz 8:00~21:00
ATIS 128.6MHz 7:00~21:00
管制は、国土交通省大阪航空局大阪空港事務所航空管制官が担当
ATISの更新は、毎時00分になった。

航空保安無線施設

局名 種類 周波数 識別信号 運用時間(JST) 空港からの距離
伊丹 NDB 211.0KHz OW 7:00~21:00 2.1マイル
大阪 VOR 113.9MHz OWE 24時間 空港内設置
大阪 DME 1173.0MHz OWE 24時間 空港内設置
大阪 ILS 110.1MHz ISK 7:00~21:00 空港内設置
保守は、国土交通省大阪航空局大阪空港事務所航空管制技術官が担当

付近の航空路

航空路番号 始点又は終点 経由地 終点又は始点
Y29 浜松V/D 信太V/D
V55 串本V/T 信太V/D,大阪V/D 宮津V/D
V17 御宿V/T 大島V/T,浜松V/D,河和V/T
信太V/D,香川V/D,大分V/D,長崎V/D
福江V/D
V28 △伊万里 福岡V/T,玖珂V/T,岡山V/T
大津V/D
名古屋V/T
V/Tは、VORTAC.V/Dは、VORDME.
△は、管制官へ通過報告義務がない位置通報点
V/T及びV/D,▲は、管制官へ通過報告義務がある位置通報点
Y29は、One Direction Flight

ターミナル・路線

北ターミナル

日本航空
日本航空インターナショナル日本航空ジャパンジェイエアJALエクスプレス何れかの機材で運航)

女満別空港便と函館空港便が、発着枠関連で2005年4月より関西国際空港へ移っている。旭川空港便も移ったが、臨時増便では現在も就航している。
JALエクスプレス
日本トランスオーシャン航空
日本エアコミューター

南ターミナル

全日本空輸
(全日本空輸、エアーニッポンエアーニッポンネットワークエアーセントラル何れかの機材で運航)

アイベックスエアラインズの機材で運航(共同運航便))

  • 福島空港(2006年10月1日から)、成田国際空港
アイベックスエアラインズ
  • 秋田空港、仙台空港、庄内空港、福島空港、成田国際空港(全日本空輸との共同運航便)

対策協議会

現在、周辺自治体による、大阪国際空港周辺都市対策協議会(通称、11市協)がある。

参加している自治体は豊中市池田市箕面市大阪市吹田市西宮市宝塚市川西市芦屋市伊丹市尼崎市である。

対策協議会の歴史

  • 1964年(昭和39年) ジェット機の騒音対策として周辺8市で結成された「8市協」
  • 1971年(昭和46年) 3市(吹田・大阪・芦屋)が加わり、「11市協」となった。
  • 2005年(平成17年) 名称を「大阪国際空港騒音対策協議会」から「大阪国際空港周辺都市対策協議会」に変更した。

国際線

2機ペアで大阪空港に飛来した大統領搭乗機

2005年11月15日、アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュを乗せたVC-25エアフォースワン)と同型の予備機が大阪国際空港に着陸した。翌日、両機は釜山金海国際空港に向けて大阪国際空港を離陸した。

また、会談関連の機材輸送の為に、アメリカ空軍の輸送機も前後して多数飛来している。多くの航空ファンがつめかけた。なお、国際線運行は平成14年1回、15年5回、16年1回されている。

交通機関

空港から大阪市内への交通手段は大阪モノレールが通っているものの、乗り換えが必要なことからバスが主となっている。

かつては阪急電鉄が接続線を建設する構想を持っていたが、当時は阪急宝塚線の輸送力が飽和状態であったため実現しなかった。またJR西日本JR伊丹駅から分岐させるJR福知山線分岐線構想を有するものの、JR宝塚線の過密ダイヤなどの問題(JR福知山線脱線事故の項目も参照)等から計画段階のままである。

さらに空港バスが通る阪神高速11号池田線は渋滞が慢性化しているが、バスは渋滞を極力避けるように運行しているため余り渋滞には巻き込まれない。

現在は阪急電鉄が蛍池駅快速急行急行を停車させて大阪モノレールとの連携を強化し、梅田までの到着時間を短縮しているものの、大きな荷物を持った空港利用者などにとっては、蛍池駅での乗り換えにおいて(エスカレータエレベータはあるものの)階を上下するため、なかなか主なルートとして定着しない。

関連項目

外部リンク