全地形対応車
全地形対応車(ぜんちけいたいおうしゃ、英: All Terrain Vehicle、略:ATV、仏: Véhicule Tout-Terrain、略:VTT)は、低圧タイヤを用いて不整地を含む様々な地形を進むことのできる原動機付きの車両である。
米国規格協会(ANSI)の定義によると、全幅50インチ以下、重量600ポンド以下で、低圧タイヤを装着し、跨座式シートと棒形ハンドルで操縦される車両とされている[1]。
特に四輪のモデルが多く、日本ではバギー、四輪バギー、日本国外ではクアッド、クアッドバイクとも称されている。
横二人乗り・四人乗りでステアリングホイールとアクセル/ブレーキペダルを備えているものの場合はサイド・バイ・サイド・ビークル(S×S)に分類される。
概要
三輪以上のタイヤを備え、乗車定員が1名ないし前後座席で2名の乗り物である。 オートバイの技術を流用した車体構成となっていて、ハンドルやシートをはじめとする乗車装置がオートバイと同様の構造であることから、乗車姿勢もオートバイに類似している。競技の世界でも二輪統括団体のFIM(国際モーターサイクリズム連盟)で扱われており、タイヤは3つ以上あるが「二輪」の一種である。
ただし二輪のオートバイとは異なり、アクセルは親指で押すレバー式が多い。変速操作にはペダル式やハンドレバー式のほか、無段変速機(CVT)を搭載したものもある。
1959年にJGRガンスポーツ社創設者のジャック・レンペル(またの名をジョン・ガワー)が公表した、六輪の小型水陸両用ATV(現在ではAmphibious ATV、AATVと呼ばれる)が、ATVの源流とされる[2]。通常の水陸両用車より圧倒的に小型で安価なこの車両は後に「ジガー」の名を与えられ、1961年に2ストロークのツインエンジンとバルーンタイヤの組み合わせで発売されてブームを巻き起こした。NATVA (National All-Terrain Vehicle Association) というAATV競技団体も立ち上がり、70年代まで複数のワークス・セミワークス参戦が行われるほどの人気を博した。しかし石油危機でこのような高価なレクリエーション用車両に出費しづらくなったこと、車両構造が複雑でメンテナンスが難しかったこと、後述のより安価でシンプルな三輪ATVの躍進などにより、急速に水陸両用車市場は衰退していった。
1967年に「冬でも乗れるバイクが欲しい」という米国法人の要請に応じて、ホンダのオサム・タケウチがオフロード三輪のUS90(発売半年後にATC90へ改名。ATCとは"All Terrain Cycles"、「全地形バイク」の意味で、後発の三輪もATCと呼ばれた)を開発して北米でヒットを飛ばし、ここにヤマハ・カワサキも参入して一大市場を築いた。1980年代前半に入るとスズキ、続いてホンダが四輪のATVを開発して、三輪に代わりこれが発展して現在のATVの原型となった。なお当時は三輪特有の運動特性のクセに運転者の技術が伴わなかったことや、運転者の安全への意識が低かったこともあって事故が多発したため、1980年代に消費者製品安全委員会 (CPSC) の調査が入り、全米のATV卸売業者たちに総額1億円を費やしての安全プログラムの拡大を約束させている。この時三輪は特にトレーニングプログラムが厳重化されたことで事実上終焉を迎え[3][4][5]、四輪が覇権を握ることとなった。
ATVは大きく分けてスポーツ型とユーティリティ型に分けられる。スポーツ型は、主にモトクロスやラリーレイドなどの競技に用いられる車種として発展したもので、ダカール・ラリーやバハ1000、スーパークロスなどにATV専門の部門やクラスが存在する。二輪車に比べると安定感や走破性は高いが、タイヤの接地面積が大きい上にサスペンションストローク量が少ないため身体に衝撃を受けやすく、またブロックタイヤの振動も受けてしかも重いフロント二輪を操縦し続ける必要があり、常人離れした屈強な握力・腕力・背筋力が求められる[6]。最高速度は二輪より低く規制されており、総合タイムでは二輪を下回る。ダカールでは1997年にフランス人ライダーのダニエル・ジルーによって初めてATVが完走を記録。以降「エクスペリメンタル」の一種として、二輪部門の1クラスに組み込まれていたが、2005年にダカールと異なる車両規定を用いるFIMクロスカントリーラリー世界選手権で部門が創設され、2009年にダカールでも部門として独立を果たしている[7]。砂漠をメインとする競技では、軽快なハンドリングと小回りの利く二輪駆動(後輪駆動)の方が好まれる。
レジャー用として嗜む排気量50ccのエンジンを搭載したライトユーザー向けのスポーツ型もあり、台湾や中国でも生産されている。
ユーティリティ型は農林業で移動・荷役・巡視・家畜の統率など幅広く用いられている。積載能力の高い六輪の物[8]や水陸両用の特殊な構造のものなどがある。軍用や障がい者の足としてオートバイの代わりに採用している国もある。
私有地などの限定された敷地内では運転免許や年齢制限などの運転資格は要求されず、アメリカでは一定の条件を満たせば16歳以下の子供でも公有地を運転することが許可される州もある[9]。一方、日本では体験操縦できる施設[10]や競技組織[11]においては年齢制限を設けている。また、メーカーによっては車種ごとに対象年齢を指定している場合もある[12]。
日本の法規における扱い
日本では道路運送車両法に基づく保安基準を満たした一部の車両のみ公道を走行することができる。
50cc超
排気量が50ccを超えるもののうち、三輪のものは自動二輪車の保安基準を満たすことで側車付自動二輪の一種であるトライクとして登録できる場合がある。四輪のものは自動車として扱われ、保安基準も同等のものが適用される。このうち衝突安全性の基準や排出ガスの基準については、これらを満たした製品は日本では販売されていない。
2006年にGGが製造し、GARAGE BOSSが輸入販売していたGGクアッドは小型自動車として登録できる[13]。
現在は特殊自動車にも該当する分類がなく、「その他の車両」の分類として認める告示は国土交通省から公布されていないため、小型特殊自動車や大型特殊自動車としての登録はできない[14]。
50cc以下
2007年8月以降、日本では輸入車を含み道路運送車両法に基づく保安基準、排気ガス規制を満たしたATVは販売されていない。
主なメーカー
- ヤマハ発動機 - 日本のオートバイメーカー。国内向けATVの製造・販売は終了しており、かつて販売していた製品の修理やメンテなどのサービスは引続きおこなっている[15]。日本国外向けの製品は現在も製造が継続されている。
- 本田技研工業 - 日本のオートバイメーカー。ATVは日本国外向けの製品のみを製造する。
- スズキ - 日本のオートバイメーカー。ATVは日本国外向けの製品のみを製造する。
- 川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー - 日本のオートバイメーカー。ATVは日本国外向けの製品のみを製造する。
- ヤンマー(旧法人、現・ヤンマーホールディングス) - 日本の産業ディーゼルエンジン・農業機械・船外機・汎用機器メーカー。ATVは日本国外向けの製品のみを製造していたが2015年までにATVの製造から撤退した。
- キムコ - 台湾のオートバイメーカー。日本国内でも複数のバギーを展開しており、自社ブランドの他、川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニーやアークティックキャットにもATV製品を供給している。
- シムスインターナショナル - G-wheelというブランドで、ATVを製作する日本のメーカー。
- モービルジャパン - かつて中国製の電動ATVを販売していた企業。
- ユナリ - 台湾のオートバイメーカー。
- イートン - 台湾のオートバイメーカー。
- ディンリ - 台湾のオートバイメーカー。
- Standard Motor Corporation - 台湾のオートバイメーカー[16]。
- HOTA INDUSTRIAL MFG - 台湾のメーカー[17]。
- ACCESS MOTOR - 台湾のメーカー[18]。
- CEC - 台湾のメーカー[19]。
- ジョンディア - アメリカのメーカー。ジョンディア・ゲーターやジョンディア・バックなど。
- ポラリス・インダストリーズ - KTMや富士重工のエンジンを搭載したATVを製造するアメリカのメーカー。
- アークティックキャット - アメリカのメーカー。
- BRP - カンナム・モーターサイクルズのブランドでATVを製造するメーカー。
- GG - スイスのオートバイメーカー。
- ワコックス - フランスのメーカー。
- Gibbs Sports Amphibians - 水陸両用のATVであるQuadskiを製造するアメリカのメーカー[20]。
- アーゴ - カナダのメーカー。
- Blata - チェコのオートバイメーカー。
- CFMOTO - 中国のオートバイメーカー[21]。
- ビアル - かつて製造販売していたインドネシアのオートバイメーカー[22]。
- シェルプ - ウクライナの全地形対応車。
その他
上述の通り「ATV」は単語の発祥としては、限られた地形でしか乗れない二輪バイクの対義語として生まれたが、通常のバギーカーや多くの軍事装甲車両なども「全地形に対応している(≒オフロード走行可能な車両)」ものであるとして、「ATV」という呼称が一般名詞/固有名詞問わずよく用いられる。
また「Articulated Tracked Vehicle」(関節連結型車両)の略という場合もあるが、これも基本的には「全地形に対応している」軍用車両なので、「All Terrain Vehicle」として混同して紹介されることもある。
ATVの中にはUTV(サイド・バイ・サイド・ビークル)に近い外観のものもあるが、UTVが並列座席やステアリングホイール・アクセルペダル・ブレーキペダルという四輪車の構成を取っているのに対し、ATVはハンドルバー・アクセルレバーにブレーキレバーという二輪車の構成である点や、一人乗りまたは前後2座席である点が違いとなる[23]。逆に言えばその程度の違いしかなく、性能や外観は似通っていて出自も二輪である点は共通しているため、実際には法規の絡む部分以外では混同されても問題とされることは少ない。UTVを「サイド・バイ・サイドATV」というように紹介するなど、UTVをATVの下の概念として捉えることもある[24]。
脚注
- ^ ANSI/SVIA 1-1990
- ^ JIGER
- ^ [1]
- ^ This is a brief time line of the history of the ATV.
- ^ The History of ATVs Here is the Whole Story
- ^ 南米大陸に挑んだいろんな乗り物 ダカールラリー2017同行取材で観た!(その2)
- ^ Quad : the Giroud method
- ^ “2011 Polaris Sportsman Big Boss 6x6 800 ATV : Overview”. POLARIS INDUSTRIES INC.. 2011年6月24日閲覧。
- ^ “Oregon Parks and Recreation Department: ATVs ATV Permits” (英語). Oregon Parks and Recreation Department. 2011年7月25日閲覧。 “Operator requirements (applies only to public OHV riding areas)”
- ^ 那須バギーパーク - 施設によって異なる(おおよそ6歳以上)
- ^ [2] - 日本ATV協会では「8歳以上」と年齢制限をかけている
- ^ ヤマハ発動機・ATV(四輪バギー)Q&A・YFM50R(2007年モデル・国内販売終了)
- ^ GARAGE BOSS商品ページ
- ^ 荷台や乗員を保護する枠構造を持つサイド・バイ・サイド・ビークルは大型特殊自動車として登録が認められた例がある。
- ^ “ATV(四輪バギー)”. ヤマハ発動機株式会社. 2017年5月16日閲覧。
- ^ “Standard Motor Corporation”. Standard Motor Corporation. 2011年7月25日閲覧。
- ^ “HOTA INDUSTRIAL MFG”. HOTA INDUSTRIAL MFG. 2013年8月11日閲覧。
- ^ “ACCESS MOTOR”. ACCESS MOTOR. 2014年3月9日閲覧。
- ^ “CEC”. CEC. 2014年3月9日閲覧。
- ^ “Gibbs Sports Amphibians”. GIBBS SPORTS AMPHIBIANS INC. 2013年1月9日閲覧。
- ^ “CFMOTO”. CFMOTO. 2017年5月27日閲覧。
- ^ “Viar Motor”. Viar Motor. 2017年11月1日閲覧。
- ^ What is an ROV?
- ^ 公道を走れるようになったオフロード車両:ポラリス レンジャー…オートモビルカウンシル2023
関連項目
- バギーカー
- 特種用途自動車
- ミニカー
- トライク
- サイド・バイ・サイド・ビークル
- 重ダンプトラック
- ラフテレーンクレーン
- 軽トラック - 代用品として並行輸出・運用されるケースが見られる。