馬場祥江

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馬場 祥江(ばば よしえ、1937年1月[1] - )は、1956年昭和31年)のミス・ユニバース日本代表(『ミス・ジャパン』)。

福島県若松市(現・会津若松市)出身[2]福島県立若松女子高等学校(現・福島県立会津学鳳高等学校)卒業[2]

人物[編集]

1955年に高校を卒業。卒業後の1955年5月には地元の若松商工会で主催した「ミス若松」の一人に選ばれている[2]

両親は旅館を経営していた[1]

1956年6月17日に東京の産経ホールで開かれた日本大会で50人の各都道府県代表(特別参加の琉球を含む)の中から日本代表に選ばれた[3][2]。当日は、上京中であった当時の福島県知事大竹作摩に受賞の挨拶をしており、大竹からは「会津から日本一の女性が出てこれほどうれしいことはない。7月の世界大会では世界一になることだろう」と激励されている[4]。地元の熱狂ぶりは、審査委員長を務めた川口松太郎が後に「ミスの当選者には各府県の地元民が大騒ぎをする。東京大阪のような大都市はそれほどでもないが、地元の小都市となると、喜び方も大へんで、前年の福島県から出た馬場君などは、凱旋将軍のような歓迎を受けたと聞いている。まだ二十才前後の少女だけに・・用心をしなければいけない」と苦言を呈したほどであった[5]

当時は19歳で身長164センチメートル(cm)、体重55.5キログラム(kg)、スリーサイズは90-60-95 cm。3年後の児島明子に抜かれるまで歴代最大のヒップの持ち主で審査員からは「純情さと性的魅力とを兼ね備えた女性」と評された[6][1]。同年7月にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロングビーチで行われた第5回ミス・ユニバース世界大会に日本代表として参加したが、無冠であった。

その後はレコードを吹き込んだりモデルをしていたが[7]1958年昭和33年)7月12日[1]には、サンフランシスコ在住の日系2世、野島昇と結婚した[8]。野島は1951年昭和26年)に同市のチャイナタウンに開店したすき焼き店、『東京すきやき(Tokyo Sukiyaki)』を経営しており[9][注釈 1]、結婚当時38歳であった[1]

馬場は野島との結婚後、同市の観光名所、フィッシャーマンズワーフの正面、ジェファーソン通り(Jefferson Street)において、そのサンフランシスコにおける日本料理店の草分け的な店を夫婦で営んでいたが[9]、野島が高齢になったことやテナントビルが解体されることから2000年に閉店することを決断。同年9月には取引先の関係者を集めたパーティーを開催して、席上で「波乱万丈の人生といわれますが、色々なお客様と出会い、愛された店に誇りを持っています」と挨拶している[10]。妹はサンフランシスコで同じく日本料理店を経営していた[10]

1974年昭和49年)時点では36歳で、13歳の娘がいた[7]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この記事によると同店の開店直後、サンフランシスコ講和条約の調印式が行われた9月8日には、夜遅くになって日本側代表団の随員や日本からの新聞記者らが大勢食事に訪れたという。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 「1957年度ミス・ユニバース日本代表 馬場祥江」『週刊サンケイ』第8巻第29号、産業経済新聞社、1959年7月10日、 40-41頁。
  2. ^ a b c d 福島民報』1956年6月18日付朝刊1面。「馬場さん(会津若松)ミス日本、 晴れて世界大会へ」
  3. ^ 「ミス・ユニバース ミス・ワールド 日本大会の足跡」『週刊サンケイ』第8巻第29号、産業経済新聞社、1959年7月10日、 70頁。
  4. ^ 『福島民報』1956年6月19日付朝刊5面。「一つふえた日本一、大竹知事 馬場さんを激励」
  5. ^ 「優勝者と落選者」『週刊サンケイ』第8巻第29号、産業経済新聞社、1959年7月10日、 10頁。
  6. ^ 鈴木義一郎『情報量規準による統計解析入門』154頁 講談社 1995年 ISBN 9784061539358
  7. ^ a b 「23年間のミス・ユニバース 美女の運命はいかに?」『週刊朝日』第79巻第20号、朝日新聞社、1974年5月3日、 139-143頁。
  8. ^ 馬場さん婚約 「サンフランシスコの二世でスキ焼店経営者野島昇さんと婚約、来月半ば式を挙げる」 『朝日新聞』 昭和33年6月24日 東京夕刊3面
  9. ^ a b <話の肖像画>元ミス・ユニバース日本代表 野島祥江さん(1-4) 『産経新聞』 東京夕刊 平成12年10月30日
  10. ^ a b 『福島民報』2000年11月25日付朝刊3面。「米国に和食伝え50年、サンフランシスコの「東京すきやき」惜しまれつつ閉店」

外部リンク[編集]