坂口美津穂

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さかぐち みづほ
坂口 美津穂
生誕 1965年(52–53歳)
日本の旗 日本 徳島県
職業 タレント
配偶者 星野伸之(野球選手)
子供 星野芽生(タレント)

坂口 美津穂(さかぐち みづほ、結婚後は星野 美津穂(ほしの みづほ)、1965年 - )は、1988年昭和63年)のミス・ユニバース日本代表であり、同年のミス・ユニバース世界大会では第4位となった。

人物・来歴[編集]

徳島県出身。父親の仕事の関係から、幼少期をニューヨークで過ごした[1]

1987年昭和62年)10月16日[2]ミス・ユニバース日本大会近畿地区代表を経て優勝して、ミス・ユニバース日本代表、および1988年昭和63年)の「ミス・ジャパン」となった。当時は21歳、神戸市松蔭女子学院大学文学部4年、身長168cm、体重50kg、スリーサイズは82-60-87。1988年5月に台湾・台北市林口スタジアムで行われたミス・ユニバース世界大会に日本代表として出場、第3位(ミス・ユニバースが第1位での総合順位第4位)となった。これは、ミス・ユニバース日本代表の、1980年代における唯一の入賞例である[3]

その後テレビ番組 『クイズ仕事人』(朝日放送)で初代アシスタントを務めるなど、芸能界での活動を開始した[1]

1989年平成元年)12月16日[4]、かねてより交際していた星野伸之(元オリックス・ブレーブス投手)と結婚して専業主婦となった[1]

1999年平成11年)からは、坂口の出場当時にはミス・ユニバース日本大会の放送者・運営者でもあった朝日放送の番組審議委員を務める[1]。趣味は、旅行、ファッション、インテリア、観葉植物、フラダンス、料理など[1]

家族[編集]

夫である星野伸之とのあいだには娘2人と息子1人があり[1]、二女の芽生(めばえ)は女優・タレントとしてデビューしている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 星野美津穂(ホシノミヅホ)プロフィール ハービンドールコスメ、平成27年9月14日閲覧
  2. ^ 近畿代表の女子大生 ミス・ユニバース日本代表『中日新聞』1987年10月17日社会面
  3. ^ Nihonjins Of The Decade Missosology -The Science of Beauty
  4. ^ 『遅球に乾杯!星野伸之・究極の投球術』著者=秋吉泰郎 文芸社より2002年平成14年)刊 ISBN 4-8355-4937-6

外部リンク[編集]