複素解析

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複素関数f(z)=(z2-1)(z-2-i)2/(z2+2+2i)のグラフ。色相偏角を表し、明度(このグラフでは周期的に変化させている)は絶対値を表す。

数学の分科である複素解析(ふくそかいせき、complex analysis)とは、複素数関数に関わる微分学、積分学、変分学、微分方程式論、積分方程式論、関数論などの総称である。初等教育で扱う実関数の解析に対比して複素解析というが、現代数学の基礎が複素数であることから、単に解析といっても複素解析を意味することが多い。複素解析の手法は応用数学を含む数学理論物理学工学などの多くの分野でもちいられている。

複素関数[編集]

複素関数とは自由変数従属変数がともに複素数の範囲で与えられるようなものである。より正確に言えば複素平面部分集合上で定義された複素数値の関数が複素関数とよばれる。複素関数に対し自由変数や従属変数を実部と虚部とにわけて考えることができる。

z = x + iy ,\, w = f(z) = u(z) + iv(z).\,
ここで x,y,u(z),v(z) \in \mathbb{R}.

従って複素関数の成分

u = u(x,y),~\,
v = v(x,y)\,

は2つの変数 x, y についての実数値関数だと考えることができる。(学校教育などにおいて)複素解析の基本的な概念は、指数関数対数関数三角関数などの実関数を複素関数に拡張することにより与えられることが多い。

複素解析関数[編集]

複素解析関数とは、複素平面の開領域(平面全体でも可)で定義され、定義域の全体で解析的な複素関数をいう。複素関数については解析的(冪級数へ展開可能)であることと微分可能であることは同値であり、これを正則 (regular) であるという。複素関数が解析的でない点を特異点 (singularity) という。特異点における関数値は不定であったり正負の無限であったりすることが多いから、特異点は定義域の外にあると考える方が妥当であるが、当然に、定義域の外の点のうち、微分不可能な点を全て特異点というべきではない。特異点とは解析関数の定義域の閉包の開核に含まれる非解析的な点であると考えてもよい。ただし、究極的には、複素解析の対象となる関数が複素解析関数であり、複素解析の対象となる非解析的な点が特異点である。(何が複素解析の対象になるかについては主観の入る余地がある。)

特異点の分類[編集]

複素解析は解析的な領域を探求する分野であるが、複素関数に特異点(singularity)がある場合、特異点を含む領域全体に於ける大局的な挙動は特異点に支配される。従って、特異点の位置や性質を研究することは複素解析の範疇に含まれる。

特異点には孤立した特異点 (isolated -) と孤立していない特異点 (non-isolated -) とがあるが、複素解析の対象となるのは主に孤立した特異点である。孤立した特異点は、除去可能な特異点 (removable -)、有限次数の (pole)、真性特異点 (essential -) に分類される。除去可能な特異点とは、その点に適当な値を定義することにより、その近傍で解析的になるものをいう。極とは、f(z) の特異点 z = a であって、(z - a)nf(z) において除去可能な特異点となる自然数 n が存在するものをいう。真性特異点とは、除去可能でも極でもない孤立した特異点をいう。

孤立していない特異点とは、特異点が稠密に連なっているために、その近傍に必ず他の特異点を含んでしまう特異点をいう。例えば f(z)=1/\sin\left(\tfrac{1}{z}\right)z = 0 に孤立していない特異点を持つ(z = ±1/0以外の、孤立していない真性特異点、ただしnは任意の自然数)。この他に、定義域の自然な境界(解析接続によって越えられない壁)や多価関数を一価関数として扱うために導入する分岐 (branch cut) も一種の特異点と考えられる。分岐の端点を分岐点 (branch point) というが、分岐が有るかぎり、分岐点は孤立した特異点になりえない。然し、分岐は何処に置いてもよいものであるから都合に合わせて分岐を動かせば、分岐点を恰も孤立した特異点であるかのように扱える。この発想はリーマン面に通ずる。分岐点は代数分岐点 (algebraic -) と対数分岐点 (logarithmic -) に分類されるが、代数特異点、対数特異点と呼ばれることもある。

解析関数の分類[編集]

複素関数が微分可能であるということは、実関数が微分可能であるということに比べて遥かに強い条件である。一階微分可能な複素関数は無限階微分可能であり、積分可能であり、解析的である。これらの事実により、複素関数が微分可能であれば正則であるという。定義域(若しくは考察の対象となっている領域)の全体で正則な関数を正則関数 (holomorphic function) といい、孤立するを除いて正則な関数を有理型関数 (meromorphic function) という。複素平面全体を定義域とする正則関数を整関数 (entire function) という。(英語と日本語の不一致は同義語の取捨による。)

指数関数、正弦関数、余弦関数、多項式関数など、多くの初等関数は整関数であるが、正接関数などは極を持つから有理型であり、対数関数は負の実軸に分岐を持ち正則でない。ガンマ関数は負の整数に極を持つから有理型であるが、右半平面に限れば正則である。

主な結果[編集]

複素解析においてよくもちいられる道具立てに線積分がある。コーシーの積分定理によって、閉じた経路で囲まれた領域の内側全体で正則になっている関数を、その経路上線積分した値はかならず 0 になるということがわかる。もし正則関数が特定の点を特異点)にしているとき、つまりそこで関数の値が「爆発」し有限の値をとらないときには、その点での関数の留数を求めることで線積分の値を決定できる。各複素数における正則関数の値は、その点のまわりの円周上での(考えている正則関数に応じて構成される有理型関数の)線積分の値として求めることができる(コーシーの積分公式)。また、正則関数の線積分に関する留数の理論を用いることで複雑な実積分の値を決定することもできるようになる。

カゾラーティ・ワイエルシュトラスの定理によって真性特異点のまわりでの正則関数の挙動に関する驚くべき性質が導かれる。特異点のまわりでの関数の挙動はテイラー級数に類似のローラン級数によって記述される。

リウヴィルの定理によって複素平面全体で有界な正則関数は定数関数に限られることがわかるが、これをもちいて複素数体が代数的閉体であるという代数学の基本定理の自然で簡単な証明が与えられる。

正則関数の重要な性質に、正則な関数の連結な領域上全体での挙動が任意のより小さい領域上の挙動によって決定されてしまう(一致の原理)、というものがある。大きい領域全体でのもとの関数は小さい領域上に制限して考えたものの解析接続とよばれる。このような原理によってリーマンゼータ関数など、限られた領域上でしか収束しない級数によって定義されていた関数を複素平面全体に正則関数や有理型関数として拡張することが可能になる。場合によっては自然対数などのように複素平面内の単連結でない領域への解析接続が不可能なこともあるが、リーマン面とよばれる曲面を導入することでその上の正則関数としての「解析接続」を考えることができる。

上記の結果はすべて一変数に関する複素解析のものであるが、多次元の複素解析に関しても豊かな理論が存在し、ベキ級数展開などの解析的な性質が成立している。一方で共形性などの一変数正則関数が持つ幾何学的な性質は拡張されず、リーマンの写像定理が示すような複素平面の領域に関する共形関係性など一変数の理論における最も重要な結果が高次元においてはもはや成立しない。

他の分野への応用[編集]

伝統的に複素解析、特に等角写像の理論は工学・地図学に多くの応用があるが、解析的数論全般にわたっても応用されている。近年は複素力学系の勃興や正則関数の繰り返しによって与えられるフラクタル図形(有名な例としてマンデルブロー集合が挙げられる)などによって有名になっている。ほかの重要な応用として共形変換に対して作用が不変な場の量子論である共形場理論が挙げられる。また、複素解析は電気工学におけるフェーザ表示固体力学における応力関数流体力学における複素速度ポテンシャルなど、工学全体を通じてさまざまな題材にも応用されている。

歴史[編集]

複素解析は古くからある数学の分野であり、その起源は19世紀あるいはより以前にまでたどることができる。レオンハルト・オイラーカール・フリードリッヒ・ガウスベルンハルト・リーマンオーギュスタン=ルイ・コーシーワイエルシュトラスや多くの二十世紀数学者たちが複素解析の理論に貢献している。

関連項目[編集]