長崎県立佐世保北中学校・高等学校

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長崎県立佐世保北中学校・高等学校
Sasebo-Kita-KoutouGakkou-Chugakkou.jpg
国公私立の別 公立学校
設置者 長崎県の旗長崎県
併合学校 長崎県立佐世保第一高等学校
長崎県立佐世保第二高等学校
長崎県立佐世保女子高等学校
佐世保市立東和高等学校
佐世保市立成徳高等学校
校訓 自律・積極・友愛
設立年月日 創立:1908年(明治41年)
発足:1949年(昭和24年)
創立記念日 2月1日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 42110D
所在地 857-0028
長崎県佐世保市八幡町6-31
外部リンク 公式サイト
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長崎県立佐世保北中学校・高等学校(ながさきけんりつ させぼきたちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、長崎県佐世保市八幡に所在する県立中学校高等学校。併設型中高一貫校。過去、総合選抜入試を行っていた佐世保三校のうちの一つである。略称は「佐世保北」「佐北」、高等学校は「北高」(きたこう)、中学校は「北中」(きたちゅう)。

高等学校の設置学科[編集]

  • 普通科 (2011年(平成23年)現在各学年6クラス)

概要[編集]

校訓

「 自律 ・ 積極 ・ 友愛 」

スローガン

「輝け 北辰のごとく」 - 北辰とは北極星のこと。

教育目標

「たゆまぬ挑戦」

校章

「北」の文字を3つ組み合わせ、結晶に模したものとなっている。高校はこの背景の上に「高」(俗字体のはしご高)の文字を、中学校は「中」の文字を置いている。

校歌

作詞は校歌選定委員会、作曲は平井康三郎によるもの。歌詞は3番まであり、1番に北高校、3番に北高と出てくるので、中学校の場合はそれぞれ「北中学校」、「北中」に置き換えられて歌われている。

同窓会

北星会」と称している。

沿革[編集]

前身[編集]

旧制中学校(男子校)
  • 長崎県立佐世保中学校
    • 1908年明治41年) 8月1日 - 「長崎県立佐世保中学校」が佐世保市保立町10-1(現・佐世保市立清水小学校[1]に設置。
    • 1909年(明治42年)4月17日 - 開校。(長崎県立佐世保中学校 創立記念日)
    • 1923年大正12年)4月 - 佐世保市立夜間中学校を併設。
    • 1941年(昭和16年)8月 - 佐世保市日宇町2526番地(現在の佐世保南高校の所在地)へ移転。
    • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革で、新制高等学校の発足を1年後に控え、暫定措置として併設中学校を設置し、旧制中学校の2・3年生を収容。1年生の募集を停止。
    • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立佐世保第一高等学校」(男子校)となる。
  • 長崎県立佐世保第二中学校
    • 1941年(昭和16年)4月 - 「長崎県立佐世保第二中学校」が開校。
    • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革で、新制高等学校の発足を1年後に控え、暫定措置として併設中学校を設置し、旧制中学校の2・3年生を収容。1年生の募集を停止。
    • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立佐世保第二高等学校」(男子校)となる。
  • 佐世保市立東和中学校
    • 1940年(昭和15年)4月 - 「東和中学校」(私立)が永安恕によって中里(現・佐世保市立中里中学校)に創立。
    • 1947年(昭和22年)4月
      • 佐世保市へ移管され、「佐世保市立東和中学校」となる。
      • 学制改革で、新制高等学校の発足を1年後に控え、暫定措置として併設中学校を設置し、旧制中学校の2・3年生を収容。1年生の募集を停止。
    • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「佐世保市立東和高等学校」(男子校)となる。
高等女学校
  • 長崎県立佐世保高等女学校
    • 1912年(明治45年)4月 - 「長崎県立佐世保高等女学校」が開校。
    • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革で、新制高等学校の発足を1年後に控え、暫定措置として併設中学校を設置し、高等女学校の2・3年生を収容。1年生の募集を停止。
    • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「長崎県立佐世保女子高等学校」となる。
  • 佐世保市立成徳高等女学校
    • 1902年(明治35年)4月12日 -「私立佐世保女学校」が佐世保市八幡町に開校。創立者は山北トミ。佐世保市で初めての女学校であった。
    • 1912年大正元年)8月 - 高等女学校令により、「私立成徳高等女学校」に改称。
    • 1919年大正8年)6月 - 校名から私立を除き、「成徳高等女学校」に改称。
    • 1922年(大正11年)3月31日 - 佐世保市に移管され、「佐世保市立成徳高等女学校」と改称。
    • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革で、新制高等学校の発足を1年後に控え、暫定措置として併設中学校を設置し、高等女学校の2・3年生を収容。1年生の募集を停止。
    • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「佐世保市立成徳高等学校」(女子校)となる。

開校[編集]

  • 1948年(昭和23年)
    • 11月 - ニブロ米占領軍軍政部教育官の方針により、上記5校を統合の上、男女共学の「長崎県立佐世保北高等学校」と「長崎県立佐世保南高等学校」を設置することが決定[2]。なお、上記5校の併設中学校も佐世保北高等学校併設中学校と佐世保南高等学校併設中学校の2校に統合。
    • 12月24日 - 統合準備が完了。
  • 1949年(昭和24年)
    • 2月1日 - 「長崎県立佐世保北高等学校」(現校名)の開校が認可される。(定員 : 全日制課程 1,200名)
      • 校舎 - 旧・成徳女子高等学校のあった「八幡校舎」(現在地)と、旧・佐世保第二高等学校のあった「福石校舎」(現 海上自衛隊佐世保基地干尽[3])を継承。
    • 3月31日 - 併設中学校を廃止。統合前の旧制5校が最後の卒業生を送り出して閉校。
    • 4月1日 - 定時制課程を併置。(定時制定員 - 250名)
  • 1951年(昭和26年) - 八幡校舎敷地内に新校舎(木造2階建て10教室)が完成。これに伴い、福石校舎を廃止。
  • 1960年(昭和35年)6月30日 - 体育館を新築。
  • 1963年(昭和38年)7月15日 - 本館に9教室、一部地階を増築。(現在のC棟)
  • 1965年(昭和40年)
    • 2月5日 - 全日制課程の生徒定員が1,800名となる。(1968年(昭和43年)度まで)
    • 6月30日 - プールおよび附属建物を新築。
  • 1971年(昭和46年)2月5日 - 生徒更衣室兼体育職員室および北和寮を新築。
  • 1972年(昭和47年)2月3日 - 佐世保市内の全日制普通科を置く佐世保三校(佐世保北高・南高・西高)の入試における総合選抜が開始。
  • 1977年(昭和52年)4月1日 - 定時制募集停止。
  • 1978年(昭和53年)4月1日 - 定通[4]統廃合により、定時制第3・4学年生徒91名を本校在籍のまま、長崎県立佐世保中央高等学校へ教場移動。
  • 1979年(昭和54年) - 新校舎建設のため、梅田町の長崎県立佐世保商業高等学校跡地(現長崎県立佐世保中央高等学校の位置)に仮設校舎(以下梅田校舎)を建設。
  • 1980年(昭和55年)3月31日 - 定時制課程を廃止。
  • 1982年(昭和57年)
  • 1983年(昭和58年)10月14日 - 運動場を整備。
  • 1986年(昭和61年)2月17日 - 新体育館が完成。
平成
  • 1989年平成元年)3月31日 - 梅田校舎にテニスコートと弓道場が完成。
  • 1990年(平成2年)2月20日 - ハンドボールコート兼生徒集会場(中庭)を改装。
  • 1991年(平成3年)3月31日 - 梅田校舎運動場およびハンドボールコートを整備。
  • 1995年(平成7年)
    • 2月〜3月 - 総合選抜制度の一部改変により、英語コースと理数コース各1学級を設置し、生徒が直接出願できるようにした。推薦入試を開始。
    • 4月1日 - 生徒定員が1,209名となる。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月29日 - 北斗館(武道場)が完成。
    • 5月1日 - 梅田校舎敷地を長崎県立佐世保中央高等学校へ移管。
  • 1997年(平成9年)1月31日 - 運動場を整備。
  • 1998年(平成10年)
    • 1月1日 - 長崎県立佐世保中央高校跡地(佐世保市万徳町、佐世保市立清水中学校そば)が長崎県立佐世保北高等学校へ移管。
    • 1月31日 - 創立50周年記念開幕式典を挙行。
    • 3月31日 - 校門及び塀を改修。
    • 10月17日 - 創立50周年記念式典を挙行。
  • 1999年(平成11年)
    • 2月25日 - 東門を改修。
    • 3月25日 - 万徳グラウンド屋外便所・シャワー室等を新築。
    • 3月26日 - 図書館・セミナーハウス(北和寮)を改修。万徳グラウンド・テニスコートを整備。
  • 2000年(平成12年)4月1日
    • 生徒定員が1,040名となる。
    • コースの名称を変更。
      • 英語コース → 人文総合コース
      • 理数コース → 理数総合コース
  • 2001年(平成13年)
    • 3月23日 - 万徳体育館を改修。
    • 4月1日 - 生徒定員が1,000名となる。
  • 2002年(平成14年)
    • 3月 - この時の入試をもって、佐世保三校での総合選抜を廃止。最後の総合選抜試験となった。
    • 4月1日
      • 教頭2名体制となる。
      • 生徒定員960名となる。
      • 校内に中高一貫事務局、校内研究委員会を設置
  • 2003年(平成15年)
    • 3月 - 総合選抜試験の廃止に伴い、一般入試での面接試験を開始。人文総合コースと理数総合コースを廃止。無線パソコン部、ライフル射撃部が廃部となる。
    • 4月1日
      • 生徒定員が920名となる。(募集定員を320名から280名に変更。)
      • 県立中学校開設準備室を設置
    • 8月1日 - 長崎県立佐世保北中学校を併設。
    • 10月15日 - 校舎改築のために、C棟を解体。
  • 2004年(平成16年)
    • 1月 - 初の県立中学入試を実施。(募集定員120名)
    • 4月1日 - 高校定員が880名、中学校定員が120名となる。
    • 4月8日 - 長崎県立佐世保北中学校が開校。開校式および第1回入学式を挙行。
  • 2005年(平成17年)4月 - 中学定員が240名、高校定員が840名となる。(高校の募集定員を280名から240名に変更)
  • 2006年(平成18年)4月 - 中学定員が360名、高校定員が760名となる。
  • 2007年(平成19年)4月 - 県立佐世保北中学第1回卒業生の佐世保北高への進学に伴い、他中学校からの募集定員を240人から120人に変更する。[5]
    • 高校定員が720名となる。(中学各学年3クラス、高校各学年6クラス)
  • 2008年(平成20年)1月30日 - 創立60周年記念式典を挙行。
  • 2013年(平成25年)11月12日 - 長崎県立佐世保北中学校開校10周年記念式典を挙行。

学校行事[編集]

1学期
  • 4月 - 始業式、入学式、対面式、歓迎遠足、中1・高1野外宿泊活動
  • 5月 - 第1回定期考査、おにぎり奉仕(高総体・中総体に向けて練習に励む生徒に対して)、高生徒総会
  • 6月 - 高総体、佐世保市中総体、中生徒総会、高生徒会役員選挙、第2回定期考査
  • 7月
-オープンスクール、中クラスマッチ、高球技大会、高三者面談、中1島体験(壱岐島)、中3修学旅行(目的地 - 富士山東京ディズニーランド等)
学習合宿(〜8月、中2は2泊3日、高1は3泊4日、高3は6泊7日)
  • 8月前半 - 平和学習(9日長崎原爆の日)、高夏期補習
2学期
  • 8月後半 - 校内実力考査
  • 9月 - 北辰祭 - 体育祭・文化祭、第3回定期考査(高は10月まで)
  • 10月 - 中授業参観、中合唱コンクール、芸術鑑賞会
  • 11月 - 高県総文祭、中第4回定期考査
  • 12月
-高第4回定期考査、中生徒会役員選挙、高2修学旅行(目的地 - ベトナム等)
球技大会(高1・2)、中クラスマッチ、高3激励会、終業式
3学期
  • 1月 - 始業式、中学入試(中高ともに休み)、中百人一首大会、高3大学入試センター試験(佐世保市内の会場で受験)
  • 2月
-高校推薦入試、中第2回生徒総会、第5回定期考査、高マラソン大会(距離は男子10km、女子6km、制限時間は女子は60分以内、男子は90分以内)
北辰行(中のみ)- 20km以上を歩く
  • 3月 - 卒業式、中3卒論発表会、修了式、中 海外英語研修(春休み中)

部活動[編集]

運動部
文化部
主な部活動の実績
バレーボール(男子)
  • 1986年(昭和61年) - 第17回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春高バレー)出場、全国高等学校総合体育大会出場
  • 1990年(平成2年) - 第21回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春高バレー)出場、 全国高等学校総合体育大会出場
  • 1996年(平成8年) - 第27回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春高バレー)出場、 全国高等学校総合体育大会出場
硬式テニス(女子)
  • 2001年(平成13年) - 全国高等学校総合体育大会出場(シングルス)
  • 2003年(平成15年) - 全国高等学校総合体育大会出場(団体・シングルス)
  • 2004年(平成16年) - 全国高等学校総合体育大会出場(団体・シングルス)、第27回全国高校選抜テニス大会出場(団体)
  • 2005年(平成17年) - 全国高等学校総合体育大会出場(ダブルス・シングルス)、第28回全国高校選抜テニス大会出場(団体)
  • 2006年(平成18年) - 全国高等学校総合体育大会出場(団体・ダブルス・シングルス)
ソフトテニス
  • 1999年(平成11年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人)
  • 2001年(平成13年) - 全国高等学校総合体育大会出場(女子個人)
バドミントン
  • 2000年(平成12年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子団体)
体操
  • 2003年(平成15年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人)
陸上
  • 2001年(平成13年) - 全国高等学校総合体育大会出場(女子100mハードル)
  • 2004年(平成16年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子800m・女子競歩3000m)
  • 2005年(平成17年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子競歩5000m・女子競歩3000m)
  • 2006年(平成18年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子競歩5000m・男子800m)
水泳
  • 2001年(平成13年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子200m自)
  • 2002年(平成14年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子200m自・男子400m自・男子400mリ)
剣道
  • 2005年(平成17年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人)
弓道
  • 2001年(平成13年) - 全国高等学校総合体育大会出場(女子個人)
  • 2004年(平成16年) - 第22回全国高等学校弓道選抜大会出場(女子個人)、全国高等学校総合体育大会出場(女子団体)
空手
  • 2005年(平成17年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人組手)
  • 2006年(平成18年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人組手・個人形)
  • 2007年(平成19年) - 全国高等学校総合体育大会出場(男子個人形)

過去存在した部活動・同好会[編集]

運動部
  • ライフル射撃部 - 北斗館1階に長崎県警察の指定ライフル射撃場(エアライフル・ビームライフル、ともに立射)がある。
  • 卓球部
文化部
  • 無線パソコン部 - 旧部室はA棟4階女子トイレ横。
  • 山岳同好会

著名な出身者[編集]

各分野で50音順

文化
学界
政界
官界
財界
スポーツ

題材となった作品[編集]

周辺[編集]

アクセス[編集]

最寄りの駅
最寄りのバス停
最寄りの国道

脚注[編集]

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  1. ^ 佐世保市立八幡小学校跡地。当時の校舎が立つ場所は「草木ヶ原」と呼ばれ、佐世保南高校の第一応援歌冒頭にも出てくる。
  2. ^ もともと佐世保市内には15校の中等学校があり、それらは新制高等学校に昇格し、その後統合・再編が進められた。ここで佐世保市としては県立高等学校4校設置を求めていたが、ニブロ米占領軍軍政部教育官の方針で、結果的に佐世保北高等学校・佐世保南高等学校、佐世保商工業高等学校(佐世保商業高校と佐世保工業高校の統合)の3校の設置となった。なお、佐世保商工業高等学校は後に商業高校と工業高校に分離し、再び独立校となっている。
  3. ^ 読みは「ひづくし」
  4. ^ 定時制と通信制
  5. ^ 高校1学年の定員は240人で変化なし。
  6. ^ 勢古浩爾『文庫 定年後7年目のリアル』p.135 草思社文庫・2014年 ISBN 9784794220691

関連項目[編集]

佐世保三校
長崎県立併設型中高一貫校
源流

外部リンク[編集]