片岡安祐美

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片岡 安祐美
茨城ゴールデンゴールズ 選手兼任監督 #1
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県熊本市東区
生年月日 1986年11月14日(30歳)
身長
体重
153 cm
48 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴
  • 茨城ゴールデンゴールズ (2011 - )

片岡 安祐美(かたおか あゆみ、1986年11月14日 - )は、日本の女子野球選手(内野手)、監督。

熊本県熊本市東区出身。流通経済大学経済学部経営学科卒業。

現在、クラブチームの茨城ゴールデンゴールズ(茨城GG)に所属する。またタレントとして、同球団の問い合わせ先が設けられている芸能事務所・佐藤企画にも所属している。

来歴[編集]

レコード会社エイベックスと個人スポンサー契約を結んでおり、練習試合では「エイベックス片岡」という登録名で出場する事もある。背番号は「1」だが、「はじめて」と読む(ゴールデンゴールズ最初の選手の意)。ユニフォームのバックネームは「AYUMI」(「KATAOKA」のものもある)。

ゴールデンゴールズでは主に代打や守備固めで出場している。

2002年からは4年連続で女子野球日本代表に選出され、2003年は大会初本塁打(ランニング)を記録。2005年オーストラリアゴールドコーストで開催される女子野球世界大会の日本代表に選出された。2008年第3回ワールドカップ女子野球の日本代表に選出された。

2009年3月22日の第3回東京マラソンに出場し自身初のフルマラソンにチャレンジ。 フジテレビの番組チャレンジランナーとして出場し、目標タイムの4時間30分を大幅に上回る4時間11分で完走(NET-TIME4時間8分)。 雨と強風の中、終始安定したペースでガードランナーと最後まで力走した。

2010年12月12日を以って監督を勇退した萩本欽一監督の後任として、選手兼任の監督に就任した[2][3]。 なお、社会人チームとしては初の女性監督となる。引き受けた理由は「無理ですって言ったら、チームがなくなると思ったもん。チームなくなるって分かったら、そんなことはできないと思った」から[4]。ノーヒットでも1点を獲れる野球が理想だと話している[5]

2012年3月、女子野球日本代表のトライアウトに参加。8月開幕の女子野球ワールドカップの日本代表候補に選出された[6]

2012年4月より関東の女子野球リーグであるヴィーナスリーグに加盟するクラブチーム「サムライ」に茨城ゴールデンゴールズと掛け持ちで参加している[1][7]

2014年に行われた第39回全日本クラブ野球選手権で、茨城ゴールデンゴールズが松山フェニックス(愛媛)をタイブレークの末8-7で破り、6年ぶり3回目の優勝、自身としては初の優勝に導いた[8][9]。大会史上初の女性の優勝監督となった[8]

人物[編集]

仲の良い有名人
元女子プロゴルファー・古閑美保。同じ熊本県熊本市東区出身で、古閑も3歳から11歳までは野球をやっており、同じ地元の少年野球チーム時代の先輩にあたる。
好きな男性のタイプ
短髪・筋肉質・身長170センチ以上の人。
「男友達は200人以上いる。プライベートのつながりが110人、野球のつながりが90人。みんな私のことを好きだと思う。飲みに行く友達、一緒に宅配ピザを食べる友達、電球を取り替えてくれる友達、という風に役割分担をして付き合っている」とバラエティ番組で発言。
交際する男性の条件
私の自宅(部屋)に男友達が泊まることを理解してくれる人。

球歴[編集]

  • 熊本市立画図小学校(軟式)
    • 3年生の冬に野球を始める。約1年間はスコアを付けるマネージャー的な存在だったが、練習試合で代打で初出場していきなりライト前ヒットを打つ。それから1番三塁手のレギュラーとなり、県大会にも出場。
  • 熊本市立出水南中学校(軟式)
    • 最初は三塁手だったが二塁手にコンバート。2番二塁手として県大会ベスト8。3年生の夏休みに父に連れられ初めて甲子園へ観戦に行き感動。高校では高野連の規定で女子は公式戦に出場できないため女子野球部のある高校への進学も考えるが、甲子園に行きたいという想いが強く、高野連の規定が変わることを信じ熊本商業に進学(父の後輩が熊本商業野球部監督だったこともあり、女子の入部を受け入れてくれた)。
  • 熊本県立熊本商業高等学校(硬式)
    • 2番二塁手になるが、高野連の規定により公式戦出場なし。女子野球世界大会では優勝を経験。
  • 茨城ゴールデンゴールズ2005年~)
  • 「サムライ」2012年~)
    • 2012年より関東の女子野球リーグであるヴィーナスリーグに加盟するクラブチーム「サムライ」に茨城ゴールデンゴールズと掛け持ちで参加している[1][7]

萩本欽一との関係[編集]

片岡は萩本欽一と初めて会ったとき、萩本から「いい目をしている。こんな目に会ったのはキムタク以来だ」と言われた(萩本はこのことを小堺一機などにも語っている)。萩本は片岡に初対面のその日に夜の9時から朝の4時までぶっ続けで話しこんだ(※当時、片岡は女子高校生)。萩本の「人の目をそらさずずっと話し続ける」習慣や、「態度がなってない」などときつい言動などがあり、片岡は「正直言って毛嫌いしていた」。が、『24時間テレビ30』(日本テレビ系)のマラソンで萩本が走る姿を見て、「胸が痛くなり」、見直したという。

エピソード[編集]

大学入学時には、父親に「彼氏を作らないこと」を約束させられている。「女子も甲子園に出られるよう、(高野連の)ルールを変えたい」と言っている。古閑は野球経験者であり、その点においても先輩である。2009年7月7日(日本時間)、セーフコ・フィールドシアトル・マリナーズボルチモア・オリオールズとの試合において始球式を行った。

TV出演時にはユニフォーム姿で登場することがある。

TV[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

CM初出演。

ポスター[編集]

  • 法人会(2006年 - )
  • 消防団員募集ポスター(2007年)

写真集[編集]

  • 『TOUCH UP!』(小学館、2008年9月)
漫画家・あだち充がプロデュース。

脚注[編集]

  1. ^ a b c Samurai 選手紹介 片岡 安祐美 背番号#1
  2. ^ “欽ちゃん電撃引退! 次期監督に安祐美指名” (日本語). スポーツニッポン. (2010年10月26日) 
  3. ^ “欽ちゃん「片岡安祐美次期監督」発表” (日本語). 日刊スポーツ. (2010年10月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/amateur/news/p-bb-tp3-20101026-694416.html 2012年1月3日閲覧。 
  4. ^ 茨城GG・片岡安祐美、監督一年目は「毎日泣きたい」”. Sports Watch (2011年9月18日). 2012年1月3日閲覧。
  5. ^ 二宮清純×アスリート「やさしさに包まれて」 片岡安祐美(茨城ゴールデンゴールズ監督兼内野手)”. エリエール (2011年). 2012年1月3日閲覧。
  6. ^ “片岡安祐美 日本代表候補入り「なでしこだけじゃない」”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2012年3月5日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/03/05/kiji/K20120305002760430.html 2014年2月1日閲覧。 
  7. ^ a b 片岡安祐美オフィシャルブログ「安祐美のあゆみ 〜夢ある限り、努力は無限〜」2012年4月15日より
  8. ^ a b “社会人野球:茨城ゴールデンゴールズが優勝 クラブ選手権”. 毎日新聞. (2014年9月8日). http://mainichi.jp/sports/news/20140909k0000m050078000c.html 2014年9月8日閲覧。 
  9. ^ “茨城ゴールデンゴールズがV=全日本クラブ野球”. 時事通信社. (2014年9月8日). http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2014090800806 2014年9月8日閲覧。 

外部リンク[編集]