徳光正行

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徳光 正行(とくみつ まさゆき、1971年12月12日 - )は、日本キャスタータレント。本名:徳光 正和(とくみつ まさかず)。血液型はO型。所属事務所は佐藤企画

祖父は映画監督の徳光寿雄。父はフリーアナウンサー徳光和夫。元妻はフリーアナウンサーの田野辺実鈴ミッツ・マングローブ(女装家)とは従弟にあたる。サントリーに勤務する兄がいる。

人物[ソースを編集]

神奈川県茅ヶ崎市出身。中学卒業後、プロレスラーを志したが、父に反対され断念。相洋高等学校卒業後、3浪の末に日本大学芸術学部音楽学科情報音楽コースに進学し、1留して卒業。

大学卒業後は就職せず、ロック・コミックソング歌手を目指していたが2001年に父が入院したことにより自立を決意、タレントとしてデビューした。

父・和夫との共演が多く、東京MXテレビ以外の地上波メディアでの出演の多くが父との共演である。

父親の影響により、大の巨人プロレスファンである。三沢光晴との交流は1992年から三沢の死(2009年)まで17年続いた[1]。2010年には、三沢とのエピソードを綴った『伝説になった男 - 三沢光晴という人 - 』を出版した[1]

芸能界屈指の熟女好きで山本陽子の大ファンであると公言している。雑誌『サイゾー』において同じく熟女マニアのウド鈴木と対談し、乳首の疲れ具合に哀愁を感じると告白している。

2010年6月17日発売の週刊新潮にて、同月20日に田野辺実鈴元東京MXテレビ(TOKYO MX)編成局報道制作部のアナウンサー)と入籍するという報道があり、それを受けて正行自身が6月17日放送の『ザ・ゴールデンアワー』のエンディングにて田野辺との結婚を正式に発表した。2010年11月7日にザ・キャピトルホテル 東急で挙式披露宴を行った。田野辺とは2015年に離婚している。

2013年5月28日西口プロレスミル・マスカラスを模したマスクマン【ミル・マサカラス】として登場。試合中マスクを剥がされ正体が明らかになり、会場にゲストで来ていた父・徳光和夫の前でファイトをした。お笑いプロレスごっことは言え、中学生の頃の夢だったプロレスデビューをかなえる事となった。以来、月一度の西口プロレス本興行にマサカラスとして定期的に参戦している。

出演[ソースを編集]

まだ芸能界に入る前で当時高校生だった1989年、第13回アメリカ横断ウルトラクイズの第1問発表時(この時は予選開催日に新聞の朝刊の広告に問題が掲載された)に、茅ヶ崎の実家にて父の和夫と出演。テロップでは「次男 正和君」と本名で表記された。父からは「マサ」と呼ばれていた。

2006年10月より、テレビ東京の情報番組『レディス4』の3代目司会者に就任する。その為にMXテレビ『5時に夢中!』は同年9月22日を以て降板した。2007年12月25日に行われた『ハッスル・ハウス ~クリスマスSP 2007~で』自身初のプロレス実況を担当。親子2代でのプロレス実況が実現した。同年の大晦日に2年連続で『年忘れにっぽんの歌』の司会を担当した。

2006年に『年忘れにっぽんの歌』、『サルヂエ』、2007年には『24時間テレビ30』『オジサンズ11』で父と共演している。

出演番組[ソースを編集]

現在の出演番組[ソースを編集]

  • 徳光・まち子の演歌一番星(テレビ愛知、2012年3月‐)

過去の出演番組[ソースを編集]

レギュラー[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

 ほか多数

著書[ソースを編集]

  • 『せんえつですが…。―徳光和夫の日常』(ISBN 4344003098
  • 『伝説になった男~三沢光晴という人~』
  • 『怪談手帖 呪言』『怪談手帖 怨言』(竹書房文庫)

脚注[ソースを編集]

  1. ^ a b 平野遼 (2010-09-12). “落涙必至──徳光正行が語る、故・三沢光晴の知られざる素顔『伝説になった男』”. サイゾー. http://www.cyzo.com/mixifeed/2010/09/post_1187.html 2012年11月20日閲覧。. 

外部リンク[ソースを編集]