小林公太

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小林 公太
Kota Kobayasi, pitcher of the Yokohama BayStars, at Yokosuka Stadium.JPG
横浜時代(2010年11月20日、横須賀スタジアム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都世田谷区
生年月日 (1991-09-01) 1991年9月1日(25歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 育成選手ドラフト2位
年俸 260万円(2012年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小林 公太(こばやし こうた、1991年9月1日 - )は、東京都世田谷区出身の元プロ野球選手投手)。現在はラーメン店の店主を務めている[1]

経歴[編集]

小学生のときは世田谷ドラゴンズで主に捕手で活躍、中学時代は城南ドリームボーイズで主に内野を守った。

2007年多摩大聖ヶ丘高に入学後、投手に専念。3年時の夏は、西東京予選1回戦の練馬工業高戦で7回参考記録ながら11奪三振ノーヒットノーランを達成するも、続く2回戦で敗退。

2009年9月、横浜ベイスターズの入団テストを受験し、サイドスローからのストレートを武器に合格。10月29日のプロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズの育成枠2巡目の指名を受け、支度金200万円、年俸240万円で契約した。

2012年10月2日に球団から戦力外通告を受ける[2]。11月30日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだことを発表した[3][4]

2013年2月プエルトリコの教育リーグに参加[5]。6月からはルーキー級アリゾナリーグ・インディアンスでプレーし、5試合の登板で1失点の投球を続けていたが、7月11日に解雇される。その後、アメリカ独立リーグ・パシフィック・アソシエーションハワイ・スターズに入団したが、同年の内に退団した。

ボストンでラーメン作りを修行し、2016年11月文京区で二郎系ラーメン店を開業した。

選手としての特徴[編集]

変則サイドスローから繰り出す、140km代後半のストレートスライダー武器だが制球力に難がある。インディアンススカウトからは「腕の角度がセルジオ・ロモに似ている」と評された[6]

人物[編集]

アイドル好きで、AKB48Perfumeなど3つのファンクラブに入会している。一番のお気に入りメンバーは入団当初は板野友美としていたが、現在は前田敦子に変わった模様で、「(前田が)テレビで『長髪より短髪が好み』と言っていたので」という理由から髪を丸刈りにした[7]

また、子供のころから横浜ベイスターズの大ファンであり、全身横浜のユニフォームを着て応援しにいったり、98年優勝当時の下敷きを所持している。

2011年オフにアマゾンに武者修行を表明したが実現しなかった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 115 (2010年 - 2012年)

脚注[編集]

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  1. ^ “欽ちゃん球団マドンナ”片岡安祐美 元プロ野球選手と真剣交際
  2. ^ 来季の選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ (2012年10月2日). 2012年10月6日閲覧。
  3. ^ 本人のTwitter2012年11月30日。
  4. ^ DeNA戦力外の小林がイ軍マイナー契約日刊スポーツ、2012年12月1日。
  5. ^ “横浜解雇のマイナーリーガー小林、プエルトリコで躍動”. SPA!. (2013年2月3日). http://nikkan-spa.jp/380375 2013年2月5日閲覧。 
  6. ^ 【異例】DeNA育成戦力外投手がメジャーに挑戦! 日刊SPA!、2012年12月1日
  7. ^ 東京中日スポーツ・2010年11月13日付 24面「とまり木」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]