松江 (海防艦)

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松江
艦歴
起工
進水 1898年
竣工 1898年6月露汽船「スンガリー」
就役 1906年3月8日日本海軍籍に編入
除籍 1929年4月1日
その後 売却
性能諸元(1920年
排水量 常備:2,550トン
全長 垂線間長:72.24m
全幅 10.39m[1]
吃水 4.27m
機関 円缶2基
直立3気筒3段膨張レシプロ1基
1軸 1,500馬力
速力 11.0ノット
航続距離
燃料 石炭91トン
乗員 114名
兵装 保式5cm単装砲 2門

松江(まつえ)は、日本海軍海防艦、後に運送船から運送艦、更に測量艦となった。艦名は中国東北部を流れ、アムール川に合流する同河川最大の支流「スンガリ」、日本名は「松花江(しょうかこう)」といい、そこから「松江(まつえ)」の名が付けられた[2]

概要[編集]

元はロシアの二檣単煙突の汽船「スンガリー(Sungari)」で、1904年(明治37年)の日露戦争開戦直後、仁川沖海戦において仁川港で自沈した。その後日本側が引き上げて整備し、1906年(明治39年)に海防艦「松江」となる。第一次世界大戦では青島攻略戦に参加した他、主に測量任務に従事した。

艦歴[編集]

  • 1898年(明治31年)イギリスのスコット社で進水、6月に竣工。
  • 1904年(明治37年)2月8日から9日、日露戦争・仁川沖海戦で自沈。その後日本側が引き上げ整備。
  • 1905年(明治38年)6月25日、「松江丸(しょうこうまる)」と命名[3]
  • 1906年(明治39年)3月8日、軍艦に編入、三等海防艦に類別、「松江(まつえ)」と命名される[4]
  • 1911年(明治44年)海軍水路部と陸地測量部を乗船させ南硫黄島に来島上陸。北側中腹の標高45メートルに同島初の三角点を設置した。
  • 1912年(大正元年)8月28日、三等海防艦が廃止となり二等海防艦に類別。
  • 1914年(大正3年)第一次世界大戦が勃発、第二艦隊付属として青島方面に進出する。
  • 1918年(大正7年)2月1日、特務船に編入、運送船に類別。
  • 1920年(大正9年)4月1日、特務艦に編入、運送艦に類別。
  • 1922年(大正11年)4月1日、測量艦に類別変更。
  • 1929年(昭和4年)4月1日、除籍。後に売却。

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

艦長[編集]

  • 井内金太郎 中佐:1905年9月5日 - 1906年9月28日
  • 井内金太郎 中佐:不詳 - 1907年2月28日
  • 高島万太郎 中佐:1907年2月28日 - 1907年9月28日
  • 釜屋六郎 中佐:1907年9月28日 - 1908年12月10日
  • 堀輝房 中佐:1908年12月10日 - 1909年10月25日
  • 米原林蔵 中佐:1909年10月25日 - 1912年2月15日
  • 菅晳一郎 中佐:1912年2月15日 - 1912年12月1日
  • 関郁郎 中佐:1912年12月1日 - 1913年12月1日
  • 高木東太郎 中佐:1913年12月1日 -
  • 岩田秀雄 中佐:不詳 - 1915年3月1日[5]
  • 富士川一吾 中佐:1915年3月1日[5] -
  • 関田駒吉 中佐:1915年12月13日 - 1916年12月1日
  • 橋本虎六 中佐:1916年12月1日 - 1917年11月14日[6]
  • 柴内豪吉 中佐:1917年11月14日[6] - 1918年2月1日[7]

指揮官[編集]

  • 柴内豪吉 中佐:1918年2月1日[7] - 11月10日[8]
  • 藤井雅 中佐:1918年11月10日[8] -
  • 谷川清治 中佐:1919年12月1日[9] -

特務艦長[編集]

  • 辻友輔 中佐:1920年12月1日[10] - 1921年11月20日[11]
  • 栗原祐治 中佐:1921年11月20日[11] - 1922年11月20日[12]
  • 小森吉助 中佐:1922年11月20日 - 1923年11月6日
  • 山口清七 中佐:1923年11月6日 - 1925年3月1日
  • 山下兼満 中佐:1925年3月1日 - 10月20日
  • 蔵田直 中佐:1925年10月20日 - 1926年12月1日
  • 名古屋十郎 中佐:1926年12月1日 - 1927年2月1日

脚注[編集]

  1. ^ 『戦史叢書 海軍軍戦備<1>』の付表1-3にある34フィート1と1/4インチをメートルに変換した値(小数点以下3位を四捨五入)。『世界の艦船』では最大幅9.50mとある。
  2. ^ 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』p151。
  3. ^ 明治38年6月25日付 達第86号
  4. ^ 明治39年3月8日付 達第26号
  5. ^ a b 海軍辞令公報 大正4年3月』 アジア歴史資料センター Ref.C13072071000 
  6. ^ a b 『官報』第1588号、大正6年11月16日。
  7. ^ a b 『官報』第1649号、大正7年2月2日。
  8. ^ a b 『官報』第1883号、大正7年11月12日。
  9. ^ 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  10. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  11. ^ a b 『官報』第2793号、大正10年11月22日。
  12. ^ 『官報』第3093号、大正11年11月21日。

参考文献[編集]

  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』(光人社、1993年) ISBN 4-7698-0386-9
  • 中川努「日本海軍特務艦船史」
世界の艦船 増刊第47集』(海人社、1997年3月号増刊、第522集)
  • 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』(朝雲新聞社、1969年)
  • 海軍省海軍大臣官房『明治百年史叢書 海軍制度沿革 巻八』原書房、1971年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報

関連項目[編集]