鈴谷 (通報艦)

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鈴谷
艦歴
起工 1899年[1]
進水 1900年8月15日
竣工 1901年[1]
就役 1906年8月20日、日本海軍籍に編入
除籍 1913年4月1日
その後 売却
性能諸元(通報艦「鈴谷」[2]
排水量 3,000トン
全長 長さ:106.0m
全幅 幅:12.0m
吃水 5.8m
機関 ソーニ式石炭専焼缶 数不明
4気筒3段膨張レシプロ
1軸、17,000馬力
速力 19ノット
航続距離
燃料
乗員
兵装 12cm単装砲 6門
4.7cm単装砲 8門
魚雷発射管5門
装甲 51mm
露「ノヴィーク」時の艦影

鈴谷(すずや)は、日本海軍通報艦。艦名は樺太(現在のサハリン)大泊(現コルサコフ)に河口のある鈴谷川からとられる。

概要[編集]

元はロシア帝国の二等防護巡洋艦ノヴィーク(Новик)」[3]。速力25ノットは当時の巡洋艦より数ノット優勢であり、高速の偵察巡洋艦として世界的に有名だった[4]

日露戦争黄海海戦に参加し、単独で逃走したが樺太の大泊付近で「千歳」「対馬」に発見・攻撃され擱座処分とされた(コルサコフ海戦)。その後日本軍が引き上げて横須賀海軍工廠で整備、1906年(明治39年)8月20日通報艦「鈴谷」として艦籍入りした。ただし被害が大きかったために完全復旧は諦め、3軸だったものを1軸推進とし、ボイラーの数も減少、そのため速力は19ノットに低下していた。

就役後の大部分は旅順警備艦として使用されたが、在籍8年目(就役は5年弱)という短期間で除籍された。

艦歴[編集]

  • 1899年(明治32年)シーシャウ社で起工[1]
  • 1900年(明治33年)8月15日進水。
  • 1901年(明治34年)竣工[1]
  • 1904年(明治37年)8月20日、樺太大泊沖で日本艦隊の攻撃を受け損傷。脱出をあきらめ夜間に擱座処分にされる。
  • 1905年(明治38年)8月、引き上げ作業開始。約1年後に浮揚成功。その後函館で応急修理、横須賀工廠で本格整備。
  • 1906年(明治39年)8月20日艦籍に編入、通報艦に類別、艦名を「鈴谷」とする。
  • 1908年(明治41年)9月もしくは10月、整備完了。
  • 1912年(大正元年)8月28日二等海防艦に編入。
  • 1913年(大正2年)4月1日除籍[5]。のちに売却。

艦長[編集]

ノヴィーク

日露戦争開戦時にはニコライ・フォン・エッセンが艦長を務めていた。なお、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』では黄海海戦時の艦長をエッセンとしているが、すでに戦艦セヴァストポリの艦長となっていたためこれは誤りである。

鈴谷

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

  • 茶山豊也 大佐:1906年10月20日 - 1907年4月18日
  • (兼)吉見乾海 大佐:1907年4月18日 - 1907年7月1日
  • (兼)仙頭武央 大佐:1907年7月1日 - 1908年2月26日
  • 小栗孝三郎 大佐:1908年2月26日 - 1908年5月15日
  • (兼)小栗孝三郎 大佐:1908年5月15日 - 1908年7月11日
  • (兼)笠間直 大佐:1908年7月11日 - 1908年8月15日
  • 志津田定一郎 中佐:1909年5月25日 -
  • 志津田定一郎 中佐:1909年11月1日 - 1910年12月1日
  • 川原袈裟太郎 中佐:1910年12月1日 - 1911年2月7日
  • 関重孝 中佐:1911年2月7日 - 1911年12月1日
  • 佐藤皐蔵 大佐:1911年12月1日 - 1913年4月1日

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 艦歴は主に『日本海軍史 第7巻』による。『聯合艦隊軍艦銘銘伝』によると1898年(明治31年)ドイツのシーシャウ社で起工、1902年(明治35年)竣工。
  2. ^ 要目は『日本軍監史 第7巻』p208-209による。装甲は『日本の軍艦 第5巻』による。『聯合艦隊軍艦銘銘伝』によると竣工時が排水量3,000トン、10.2cm砲 6門。通報艦時は10.2cm砲 2門、3インチ砲 4門。
  3. ^ 片仮名表記稲子恒夫編著『ロシアの20世紀』東洋書店2007年に基づく。
  4. ^ 『日本の軍艦 第5巻』p250。
  5. ^ #海軍制度沿革(巻8、1940) 74頁。◎大正二年四月一日(達六六) 艦艇類別等級別表中軍艦ノ欄内「鈴谷」「葛城」ヲ、驅逐艦ノ欄内「文月」「皐月」「漣」「卷雲」「敷波」「霞」ヲ、水雷艇ノ欄内「第三十號」「第二十五號」「第五十五號」「第五十六號」「第五十七號」「第三十一號」「第三十二號」「第三十六號」「第三十七號」「第三十八號」「第三十九號」「第四十號」「第四十一號」「第四十三號」「第四十四號」「第四十五號」「第四十六號」「第六十二號」「第六十三號」「第六十四號」「第六十五號」ヲ削ル。

参考文献[編集]

  • 国立国会図書館デジタルコレクション - 国立国会図書館
    • 海軍省『海軍制度沿革. 巻8(1940年印刷) info:ndljp/pid/1886716』海軍大臣官房、1940年。doi:10.11501/1886716全国書誌番号:20454768
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』(光人社、1993年) ISBN 4-7698-0386-9
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第5巻 重巡I』(光人社、1989年) ISBN 4-7698-0455-5
  • 官報

関連項目[編集]