龍田 (通報艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
龍田
艦級概観
艦種 通報艦
艦名 河川名
前級 千島
次級 宮古
艦歴
計画 1891年度計画
起工 1893年4月7日
進水 1894年4月6日
就役 1894年7月31日
除籍(軍艦籍) 1916年4月1日
特務艇編入 1920年7月1日
再除籍 1926年3月12日
性能諸元(新造時)
排水量 常備:650t
全長 垂線間長:77.1m
全幅 8.38m
吃水 2.9m
機関 レシプロ蒸気機関2基2軸、円缶
5,069馬力
燃料 石炭200t
最大速 21.0kt
兵員 100名
兵装 12cm砲英語版 2基
47mm速射砲 4基
魚雷発射管 5門
その他 信号符字:GQFS[1]

龍田(たつた)は、日本海軍通報艦。艦名は、奈良県を流れる竜田川から名づけられた。さらに艦名は「長浦丸」(潜水艇母船)、「長浦」(潜水艦母艇)と変遷した。

艦歴[編集]

1893年(明治26年)、イギリスニューカッスルアームストロング社エルジック工場で起工、1894年(明治27年)に竣工し、当初は水雷砲艦と称した。7月31日、英国から出港し、日本に向かう途中に寄航した英領アデンで、日清戦争勃発のため8月28日に中立国であるイギリスによって抑留された。交渉の結果、翌1895年(明治28年)に解放され1月20日に出港し、3月19日に横須賀に到着したが、戦闘には間に合わなかった。

1898年(明治31年)3月21日、通報艦に類別。1900年(明治33年)、義和団の乱に参加した。1902年(明治35年)から翌年にかけて呉造船廠で主缶を円缶から水管缶に換装。

日露戦争に際しては第1艦隊第1戦隊所属艦として旅順攻略作戦日本海海戦等に参加。1904年(明治37年)5月15日、触雷した戦艦「初瀬」「八島」の救援作業の帰途、濃霧により旅順港外の光禄島南東岸に座礁し、7月16日から8月31日にかけて横須賀工廠で修理を行った。このため8月10日の黄海海戦には参加していない(八重山が代理を務めている)。

1912年大正元年)8月28日、一等砲艦に類別を変更。1916年(大正5年)4月1日に除籍、12月9日、雑役船に編入され潜水艇母船に指定、「長浦丸」と改名した。1920年(大正9年)7月1日、特務艇に編入され潜水艦母艇に類別、「長浦」と改名した。1926年(大正15年)3月12日に再除籍され、4月6日に売却された。

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

回航委員長
艦長
  • 出羽重遠 少佐:1894年6月5日 -
  • 向山慎吉 少佐:1894年11月2日 - 1895年5月25日
  • 富岡定恭 少佐:1895年5月25日 - 1896年4月1日
  • 藤田幸右衛門 少佐:1896年4月1日 - 9月21日
  • 丹治寛雄 少佐:1896年9月21日 - 1897年2月4日
  • 小倉鋲一郎 少佐:1897年2月4日 - 6月1日
  • 大久保保喜造 少佐:1897年6月1日 - 1899年9月29日
  • 伊地知彦次郎 中佐:1899年9月29日 - 1900年5月20日
  • 志賀直蔵 中佐:1900年5月20日 - 12月6日
  • 中村貞邦 中佐:1901年2月18日 - 3月29日
  • 松居銓太郎 中佐:1901年3月29日 - 1902年4月22日
  • 釜屋忠道 中佐:1903年11月11日 - 1905年3月15日 *大佐昇進
  • 山縣文蔵 中佐:1905年3月15日 - 12月20日
  • 佐藤鉄太郎 中佐:1905年12月20日 - 1906年1月25日
  • 山本竹三郎 中佐:1906年1月25日 - 11月22日
  • 大沢喜七郎 中佐:1906年11月22日 - 1907年5月17日
  • 竹内次郎 中佐:1907年11月22日 - 1908年9月25日
  • 志津田定一郎 中佐:1908年9月25日 - 1909年3月4日
  • 兼子昱 中佐:1909年3月4日 - 1912年3月1日
  • 原篤慶 中佐:1912年3月1日 - 12月1日
  • 有馬純位 中佐:1912年12月1日 - 1913年12月1日
  • 井手篤行 中佐:1913年12月1日 - 1914年4月1日
  • 四元賢助 中佐:1914年9月9日 - 12月1日
  • 渡辺真吾 中佐:不詳 - 1915年8月16日

脚注[編集]

  1. ^ #信号符字点附 画像1『逓信省告示○逓信省告示第八十四號 軍艦龍田ヘ點附ノ信號符字ハ左ノ如シ 明治二十七年三月二十八日 逓信大臣伯爵黒田淸隆 信號符字 艦名 GQFS 龍田 Tatsuta』

参考資料[編集]

  • 呉市海事歴史科学館編『日本海軍艦艇写真集・巡洋艦』ダイヤモンド社、2005年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報
  • アジア歴史資料センター(公式)国立公文書館
    • 『公文類聚・第十八編・明治二十七年・第三十八巻・交通門四・河川港湾・道路橋梁・舩車、地理門・土地・森林:軍艦竜田ヘ信号符字点附』。Ref.A15112897400。

関連項目[編集]