風早 (給油艦)

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風早
1943年7月27日、横須賀に停泊中の風早の艦首部分[1]
1943年7月27日、横須賀に停泊中の風早の艦首部分[1]
基本情報
建造所 播磨造船所[2][3]
運用者  大日本帝国海軍
種別 運送艦[4](給油艦[5])
艦級 風早型[4]
母港 横須賀[6]
経歴
計画 昭和16年[5]マル急計画[7]
起工 1941年9月30日[2]
進水 1943年1月20日[2]
竣工 1943年3月31日竣工[2]
除籍 1943年12月1日[8]
最後 1943年10月6日沈没[9]
要目(計画)
基準排水量 18,300英トン[2]
公試排水量 20,000トン[2][注釈 1]
全長 161.10m[2]
水線長 157.25m[2]
垂線間長 153.00m[2] または152.4m[注釈 1]
全幅 20.10m[2][注釈 1]
深さ 11.56m[2]
吃水 8.83m[2][注釈 1]
ボイラー ロ号艦本式缶2基[2]
主機 石川島式(高低圧)二段減速タービン1基[2]
推進 1軸 x 120rpm[2]
出力 9,500hp[2] または10,000hp[注釈 1]
速力 16.5ノット[2]
燃料 重油[2]
乗員 竣工時定員 194名[10]
兵装 45口径十年式12cm高角砲 単装3門[2]
25mm機銃 3連装2基[2]
レーダー 電探[11]
ソナー 探信儀、水中聴音機[11]
その他 補給物件
重油 10,000トン[2](うち2号重油約2,000トン[7])
軽質油 1,000トン[2]
小艦艇への糧食真水の補給[7]
潜水艦への荷電[7]
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風早(かざはや)[3]は、日本海軍の運送艦[4](給油艦[5])。艦名は伊豆大島北端の風早埼による[12]1943年(昭和18年)にトラック沖で戦没した。

概要[編集]

高速給油艦として計画されていた剣埼型給油艦が建造途中に潜水母艦に変更されたため、その代わりとして1941年(昭和16年)度のマル急計画で4隻の艦隊随伴用の大型給油艦が計画された。その第1艦である仮称第304号艦は風早と名付けられた。竣工後は重油輸送に従事するも、潜水艦の雷撃により竣工6か月ほどで戦没した。

同型艦4隻のうち1隻は航空機搭載に計画変更、残り2隻は計画中止となったので、当初の計画通りに竣工したのは風早1隻のみとなった[5]

艦型[編集]

船体は計画のみに終わった逓信省標準船TL型タンカーをベースにして、艦隊随伴の給油艦として縦曳、横曳の他に斜曳、逆曳による洋上給油のできること、重油以外の補給物件の搭載の要求もあり[7]、以下のような変更がされた。

艦隊随伴給油艦としての特有の設備は、後部マストを3脚として洋上給油のためのデリックを設けた[11]。 更に艦橋の前後にそれぞれ1対のツインポストを設け同じく蛇管の吊り上げ用とした[11]。 また縦曳給油用設備として、左舷寄りに全通の蛇管通路を設け[13]、 甲板作業の便を図るために上甲板にブルワークを設けずハンドレールとしている[14]

船体中央部は基本的に補給用の重油タンクとなるが、最前部両舷を軽質油(ガソリン)タンクとし、その構造は空母のそれと同じにした[11]。 そのタンクの中央側区画にはガソリンポンプ室と補給用真水タンクを設置した[11]。 要求として潜水艦用ディーゼルエンジンの燃料となる2号重油の搭載もあり、中心線のタンクをそれに当て、給油ポンプ1台をその専用とした[11]。 それと同時に潜水艦への荷電もできるようになっており、それ以外に補給関係として小艦艇への糧食と真水の補給ができた[7]

機関は逓信省標準船TL型タンカーに搭載予定だったものをそのまま搭載している。 計画速力は16.5ノットであるが、公試の条件が民間の試験より排水量の重い状態であり、商船としては19ノットに相当するものだった[14]

対空装備は計画の途中で高角砲口径の増大、連装化と強化の要求があったが、12cm単装高角砲を艦首に1門、艦尾に2門設置することで妥協した[15]。 また25mm3連装機銃を艦橋両側に設置した[11]

艦歴[編集]

1941年(昭和16年)9月30日に播磨造船所で起工[2]した風早は、1942年(昭和17年)9月25日に風早と命名され[4]、同日に特務艦類別等級別表に風早型の1番艦として記載された[4]。1943年(昭和18年)1月20日進水、3月31日竣工[2]横須賀鎮守府[6]となり連合艦隊付属に編入される。

4月7日に横須賀を出港し、パレンバンボルネオ方面とトラック、ラバウル間で重油輸送に従事する。5月7日には駆逐艦凉月の出迎えを受けてトラックに入港[16]。7月27日未明、南緯02度38分 東経149度20分 / 南緯2.633度 東経149.333度 / -2.633; 149.333の地点でアメリカ潜水艦スキャンプ (USS Scamp, SS-277) の雷撃により魚雷1本が命中して損傷した[17]。トラックで応急修理の上、8月5日に貨客船「白山丸」(日本郵船、10,380トン)、護衛の水雷艇と4805船団を構成して出港[18]。8月12日に横須賀に到着後[18]、播磨造船所に回航されて本修理が行われた。

修理完了後の9月30日夜、豊後水道を出撃してトラックに向かう[19]。北緯29度線付近まで駆逐艦春風の護衛を受けるが[19]、以後単独行動となる。だが10月6日未明、北緯10度26分 東経142度29分 / 北緯10.433度 東経142.483度 / 10.433; 142.483の地点でアメリカ潜水艦スティールヘッド (USS Steelhead, SS-280) に発見された[20]。2時36分、スティールヘッドが魚雷を4本発射しうち2本が命中して1本は命中したものの不発だった[20]。スティールヘッドは爆雷攻撃を受けていったん退避し、再び潜望鏡深度に戻って観測すると、目標から油が流出しているのを確認[21]。スティールヘッドは近在にいたティノサ (USS Tinosa, SS-283) に以後の攻撃を託して戦場から去っていった[21]。魚雷が命中したものの自力航行は可能であり、トラックからは軽巡洋艦五十鈴と駆逐艦海風初風が現場に差し向けられた[22][23]。ティノサも昼ごろに戦場に到着して魚雷を6本発射し[24]、3本が命中するに及んで更なる救援を請うた[25]。間合いをとった後18時18分に艦尾発射管から魚雷を4本発射し2本が命中した[26]。間髪入れず艦首発射管から2本発射したものの、これは命中しなかった[26]。風早の浸水はますますひどくなり、前部から徐々に沈下していった[25]。重要書類処分の上、18時30分に沈没した[27]。乗員のうち特務艦長金桝義夫大佐以下154名が海風に、98名が初風に救助された他、カッター1隻が五十鈴に収容された[28]

同年12月1日に除籍された[8]

歴代艦長[編集]

艤装員長
  • 金桝義夫 大佐:1943年2月1日 - 1943年3月31日[29]
特務艦長
  • 金桝義夫 大佐:1943年3月31日 - 10月10日[29]

同型艦[編集]

昭和16年度のマル急計画の4隻は、本艦と途中で計画変更となった速吸(はやすい、第306号艦)の2隻が竣工した。残りの2隻は建造取り止めとなったが、予定艦名は韓埼(からさき、第305号艦)[II]、稲取(いなとり、第307号艦)だった。1942年改マル5計画で更に7隻計画されたが、全て建造取り止めとなった。予定艦名は雁来(かりこ、第5381号艦)、釣掛(つりかけ、第5382号艦)、雲見(くもみ、第5383号艦)、神須(かみす、第5384号艦)、膠州(こうしゅう、第5385号艦)、青島(せいとう、第5386号艦)、野間(のま、第5387号艦)[注釈 2]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d e #海軍造船技術概要pp863-864によると公試約20,000トン、垂線間長152.4m、型幅20.1m、公試吃水8.9m、軸馬力10,000馬力。
  2. ^ 『日本特設艦船物語』p.376によると改マル5計画艦の7隻は速吸と同型である。

出典[編集]

  1. ^ #日本海軍全艦艇史864頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x #昭和造船史第1巻pp.794-795
  3. ^ a b #昭和17年1月 - 12月達/9月画像34-35、「達二百六十號 昭和十六年及昭和十七年度ニ於テ建造ニ着手ノ驅逐艦一隻、潜水艦六隻、驅潜艇二隻及特務艦二隻ニ左ノ通命名ス 昭和十七年九月二十五日 海軍大臣 嶋田繁太郎(中略)株式會社播磨造船所ニ於テ建造 特務艦 風早(カザハヤ)」
  4. ^ a b c d e #昭和17年7月 - 9月内令3巻/昭和17年9月分(3)画像12、「内令第千七百九十七號 特務艦類別等級別表中左ノ通改正ス 昭和十七年九月二十五日 海軍大臣 嶋田繁太郎 運送艦、足摺型ノ項ノ次ニ左ノ一項ヲ加フ | 洲埼型 | 洲埼 || 風早型 | 風早 |」
  5. ^ a b c d 『日本海軍特務艦船史』p.23。
  6. ^ a b #昭和18年1月 - 4月内令1巻/昭和18年3月(3)画像6-7、「内令第五百三十八號 (中略) 特務艦 風早 右本籍ヲ横須賀鎮守府ト定メラル 横須賀鎮守府在籍 特務艦 風早 右在役特務艦ト定ム 昭和十八年三月三十一日 海軍大臣 嶋田繁太郎」
  7. ^ a b c d e f #海軍造船技術概要p.861
  8. ^ a b #昭和18年8月 - 12月内令/昭和18年12月(1)画像7-8、「内令第二千五百六十號 (中略) 横須賀鎮守府在籍 特務艦 尻矢 特務艦 風早 右帝國特務艦籍ヨリ除カル 昭和十八年十二月一日 海軍大臣 嶋田繁太郎」
  9. ^ #写真日本の軍艦第13巻p.45、鈴木範樹「『特務艦』行動年表」。
  10. ^ #昭和18年1月 - 4月内令1巻/昭和18年3月(3)画像47-49、「内令第五百二十六號 海軍定員令中左ノ通改正セラル 昭和十八年三月三十一日 海軍大臣 嶋田繁太郎 (中略) 運送艦定員表其ノ十ヲ別表ノ如く定ム(別表一葉添) | 第九十一表ノ六 | 運送艦定員表 其ノ十 | 風早 |(詳細略)|」計 士官11人、特務士官2人、准士官5人、下士官41人、兵135人(備考略)。
  11. ^ a b c d e f g h #海軍造船技術概要p.862
  12. ^ #聯合艦隊軍艦銘銘伝(普)578頁。
  13. ^ #海軍造船技術概要pp.862-863
  14. ^ a b #海軍造船技術概要p.863
  15. ^ #海軍造船技術概要pp.861-862
  16. ^ 遠藤, 201ページ
  17. ^ 「SS-277, USS SCAMP」p.58,61,62,63 、The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II
  18. ^ a b 『特設運送船白山丸戦時日誌』pp.33,36
  19. ^ a b 『呉防備戦隊戦時日誌』pp.26
  20. ^ a b 「SS-280, USS STEELHEAD」pp.71,86,89,90
  21. ^ a b 「SS-280, USS STEELHEAD」pp.72
  22. ^ 『第二水雷戦隊戦時日誌』pp.23
  23. ^ 『第十四戦隊戦時日誌』pp.15
  24. ^ 「SS-283, USS TINOSA, Part1」pp.77
  25. ^ a b 『第二水雷戦隊戦時日誌』pp.24
  26. ^ a b 「SS-283, USS TINOSA, Part1」pp.78,90
  27. ^ 『第二水雷戦隊戦時日誌』pp.26
  28. ^ 『第二水雷戦隊戦時日誌』pp.25,27,28 、『第十四戦隊戦時日誌』pp.25
  29. ^ a b 『日本海軍史』第9巻、798頁。

参考文献[編集]

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • Ref.C12070115400 『昭和17年1月 - 12月 達/9月』。
    • Ref.C12070165000 『昭和17年7月 - 9月 内令 3巻/昭和17年9月分(3)』。
    • Ref.C12070176000 『昭和18年1月 - 4月内令1巻/昭和18年3月(3)』。
    • Ref.C12070176100 『昭和18年1月 - 4月内令1巻/昭和18年3月(4)』。
    • Ref.C12070190200 『昭和18年8月 - 12月 内令/昭和18年12月(1)』。
    • 連合艦隊第四艦隊 第四根拠地隊司令部 第二海上護衛隊司令部『自昭和十八年八月一日至昭和十八年八月三十一日 第四根拠地隊司令部 第二海上護衛隊司令部 戦時日誌』(昭和16年12月1日 - 昭和19年4月30日 第4根拠地隊戦時日誌(3)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030251000
    • 特設運送船白山丸『自昭和十八年八月一日至昭和十八年八月三十一日 特設運送船白丸戦時日誌』(昭和18年7月1日 - 昭和18年10月31日 特設運送船白山丸戦時日誌) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030671900
    • 呉防備戦隊司令部『自昭和十八年九月一日至昭和十八年九月三十日 呉防備戦隊戦時日誌』(昭和18年6月1日 - 昭和18年11月30日 呉防備戦隊戦時日誌戦闘詳報(5)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030368500
    • 第二水雷戦隊司令部『自昭和十八年十月一日至昭和十八年十月三十一日 第二水雷戦隊戦時日誌』(昭和18年6月14日 - 昭和18年11月11日 第2水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(4)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030101300
    • 第十四戦隊司令部『自昭和十八年十月一日至昭和十八年十月三十一日 第十四戦隊戦時日誌』(昭和18年4月1日 - 昭和18年11月15日 第14戦隊戦時日誌戦闘詳報(3)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030052400
  • SS-277, USS SCAMP(issuuベータ版)
  • SS-280, USS STEELHEAD(issuuベータ版)
  • SS-283, USS TINOSA, Part1(issuuベータ版)
  • Theodore Roscoe "United States Submarine Operetions in World War II" Naval Institute press、ISBN 0-87021-731-3
  • 財団法人海上労働協会編『復刻版 日本商船隊戦時遭難史』財団法人海上労働協会/成山堂書店、1962年/2007年、ISBN 978-4-425-30336-6
  • Clay Blair,Jr. "Silent Victory The U.S.Submarine War Against Japan" Lippincott、1975年、ISBN 0-397-00753-1
  • 遠藤昭『高角砲と防空艦』原書房、1975年
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝 全八六〇余隻の栄光と悲劇』光人社、1993年、ISBN 4-7698-0386-9
    • 片桐大自 『聯合艦隊軍艦銘銘伝<普及版> 全八六〇余隻の栄光と悲劇』 光人社、2014年ISBN 978-4-7698-1565-5
  • 雑誌「」編集部(編)『写真 日本の軍艦13 小艦艇 I 』光人社、1990年、ISBN 4-7698-0463-6
  • 世界の艦船 増刊第47集 日本海軍特務艦船史』海人社、1997年3月号増刊
  • 『昭和造船史 第1巻』 日本造船学会編、原書房、1981年ISBN 4-562-00302-2
  • 林寛司・戦前船舶研究会「特設艦船原簿」「日本海軍徴用船舶原簿」『戦前船舶 第104号』戦前船舶研究会、2004年
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第一法規出版、1995年。
  • 福井静夫福井静夫著作集/第十一巻 - 軍艦七十五年回想記 日本特設艦船物語』 光人社、2001年ISBN 4-7698-0998-0
  • 『海軍造船技術概要』 牧野茂、福井静夫編、今日の話題社、1987年ISBN 4-87565-205-4
  • 福井静夫 『写真 日本海軍全艦艇史』 ベストセラーズ、1994年ISBN 4-584-17054-1

関連項目[編集]