宮部昭夫

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みやべ あきお
宮部 昭夫
生年月日 (1931-02-26) 1931年2月26日
没年月日 (2006-06-17) 2006年6月17日(75歳没)
出生地 日本の旗日本北海道函館市
ジャンル 俳優声優
活動期間 1950年代 - 2006年

宮部 昭夫(みやべ あきお、1931年2月26日 - 2006年6月17日)は、日本男性俳優声優北海道函館市出身。東京学芸大学出身。

来歴・人物[編集]

劇団俳優座劇団四季などを経てフリーとなり、映画テレビドラマで活躍。また、カーク・ダグラススティーブ・マックイーン吹き替えも担当し、オールドファンの多くには今でも「マックイーンの声優」として知られている。

マックィーンの声優として知られていたことにちなんで、副業で自ら経営していた新宿歌舞伎町のBarには「Last Hero McQUEEN CLUB(ラスト・ヒーロー・マックィーン・クラブ)」と名付けていた(現在は閉店)。マックイーンファンが宮部に会うためにバーを訪れることもあったという。2006年6月17日、肝臓癌のため東京都新宿区の病院で死去。享年75。

エピソード[編集]

  • 宮部によるとマックイーンへ起用された経緯は『拳銃無宿』を放送前に試写したスタッフが当時のマックイーンの印象をサルみたいな顔をした、悪役風の男と認識したため当時吹替でガラガラ声のインディアンやギャングの声を中心に吹替ていた宮部に白羽の矢を立てたという。なお、宮部に渡された資料には無口な青年と書かれており、楽そうな仕事だと喜んだという[1]
  • オールドファンからマックイーンの声優として認知され始めた頃、『パピヨン』のオファーが来たもののスケジュールの都合で他の声優がマックイーンを吹替たところ、声が違うとテレビ局に苦情が殺到し改めて宮部で吹替が作り直したこともあったという[2]。宮部はパピヨンのDVDが発売された際に寄稿したコラムでは当時の思い出話として収録に使ったテープにSEが入っていなかっため独房で虫を食べるシーンなどはアドリブで入れていたという、また自分の出番が終わっても共演者がNGを出して一から録り直すことも多かったため、勘弁して欲しいと感じたという。
  • 長年マックイーンの吹替を担当し、アフレコ中はマックイーンになりきり『大脱走』などの動き回るシーンの多い作品では収録後に、疲れ切ってしまうこともあったという。それほどマックイーンに入れ込んでいたこともあってマックイーンが亡くなった直後のインタビューでは「彼の死は、肉親を亡くした以上にガックリきました」とコメントしている[3]
  • 晩年に幾度かインタビューを取ったとり・みきによると「いまの若い人は行間が読めなくて困る。書かれている活字通りの意味にしか、その文章の意味を解釈しない」と話し「たとえト書きで何も書かれていなくても、セリフの真意は、そこまでのストーリーや、(アテレコの場合は)画面の俳優の表情やふるまいでわかるはずなのに、字義通りにしか受け取れない人が多いと感じています」と主張し他の同世代の役者同様に近年の若手声優の質の低下に苦言を呈したという[4]

後任[編集]

宮部の死後、役を引き継いだのは以下の通り。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

テレビアニメ[編集]

吹き替え[編集]

俳優[編集]

洋画・海外ドラマ[編集]

人形劇[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 月刊TVガイドビデオコレクション1983年11月号 スティーヴ・マックイーン特集 p143
  2. ^ 月刊TVガイドビデオコレクション1983年11月号 スティーヴ・マックイーン特集 p143
  3. ^ 月刊TVガイドビデオコレクション1983年11月号 スティーヴ・マックイーン特集 p143
  4. ^ http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130612/249577/?ST=smart
  5. ^ [1]
  6. ^ [2]

外部リンク[編集]