尼僧物語

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尼僧物語
The Nun's Story
監督 フレッド・ジンネマン
脚本 ロバート・アンダーソン英語版
原作 キャサリン・ヒューム
製作 ヘンリー・ブランク
出演者 オードリー・ヘプバーン
ピーター・フィンチ
音楽 フランツ・ワックスマン
撮影 フランツ・プラナー
編集 ウォルター・トンプソン
配給 ワーナー・ブラザース
公開 アメリカ合衆国の旗 1959年7月18日
日本の旗 1959年8月11日
上映時間 151分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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尼僧物語』(にそうものがたり、The Nun's Story)は、1959年アメリカ映画

概要[編集]

キャサリン・C・ヒューム(en:Kathryn Hulme)が書いた原作の小説(原題:The Nun's Story)を映画化。父親の死後、僧職を捨ててナチに対抗する決意をした当時のベルギー領コンゴで看護師をつとめる尼僧の内面の葛藤の物語である。主演はオードリー・ヘプバーン。実在のマリ=ルイーズ・アベ(シスター・ルーク)の半生を描いていて、原作者は彼女の友人である。

あらすじ[編集]

ベルギーに住む有名な医者パン・デル・マル博士の娘であるガブリエルは尼僧になる決意をし、家を出た。恋人への思いも断ち切り、修道院入りする。

修道院で志願者となったガブリエルは修道女の戒律を学び、五日後には修道志願女となり数ヶ月に及ぶ厳しい戒律生活に身を投じる。戒律と懺悔の日々。あまりの厳しさに脱落していく志願女がいる中、ガブリエルは見習い尼になる。その前夜、髪を短く刈られ、またそれまで自分と俗世との唯一のつながりであった、恋人から贈られた金飾りのついたペンを投げ捨てた。俗世との完全な別離の瞬間であった。ガブリエルはシスター・ルークという名を与えられ、正式の尼僧になるべく修行を続ける。

医学の訓練中、素晴らしい成績だったにもかかわらず、修道院へ入る以前から熱望していたベルギー領コンゴ(当時)への派遣は叶わず、ベルギーの精神病院に派遣される。が、そこでも惜しみなく努力を続け、ついに念願のベルギー領コンゴへの派遣が決まる。 ベルギー領コンゴで彼女に与えられた仕事は、外科医フォルテュナティの助手であった。彼は医者としての腕は天才的だが、大変世俗的な無神論者で、神に仕える身のシスター・ルークを常にからかった。だが、医者である父親の元で医療技術を学んだシスター・ルークの的確な仕事振りには信頼を置いており、また彼女もフォルテュナティの手腕は買っていた。

ある日シスター・ルークは自分が結核に冒されている事に気付く。彼女から相談を受けたフォルテュナティは自分が面倒を見、必ず治癒出来ると約束する。そして彼女に対し「君はいくら努力しても尼僧になり切れる人ではない。君は世俗的だ。世間の人間や患者達にとっては理想的だが、修道院が期待している様な尼僧にはなれない。」と印象的な言葉を告げる。

フォルテュナティや人々の愛情のおかげで病状は回復するが、シスター・ルークは再びベルギーに呼び戻される。次はオランダとの国境に近い病院に派遣されるが、戦争が始まり中立国のベルギーに対してドイツ軍は砲撃を加える。しかし常に尼僧は全てに対して慈悲の心を持たなければならず、ベルギー降伏後も、尼僧は地下運動に参加してはならぬ、と厳重にいましめられる。同胞を敵の手から守りたい思いに駆られ、シスター・ルークは苦しんだ。

そんな最中、彼女の父が機関銃の噴射で殺されたとの一報を受け取り、思いは一気に加速、葛藤の末、遂に決断する。 敵への憎しみを抑える事が出来ない。憎しみに満ちた胸に十字架をかけ続ける事は出来ない。彼女はマザー・エマニュエルに全てを語り、自分の還俗を申し出る。

尼僧の衣を脱ぎ、平服に着替えて、修道院に別れを告げて、ガブリエルは祖国・ベルギーと同胞への思いを胸に、俗世間に帰っていくのだった。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹き替え
NETテレビ版 NHK版
ガブリエル(シスター・ルーク) オードリー・ヘプバーン 池田昌子 二階堂有希子
フォルテュナティ博士 ピーター・フィンチ 羽佐間道夫 宮部昭夫
マザー・エマニュエル イーディス・エヴァンス 鈴木光枝
マザー・マルセラ ペギー・アシュクロフト
バン・デル・マル博士 ディーン・ジャガー 宮川洋一
シスター・マルガリータ ミルドレッド・ダンノック
コリーン・デューハースト
ビアトリス・ストレイト

スタッフ[編集]

賞歴[編集]

受賞
ニューヨーク映画批評家協会賞 女優賞/監督賞
ゴールデングローブ賞 優秀賞
英国アカデミー賞 女優賞(国内)
ノミネート
アカデミー賞 作品賞/監督賞/主演女優賞/脚色賞/撮影賞/劇・喜劇映画音楽賞/音響賞/編集賞
英国アカデミー賞 作品賞(総合)/男優賞(国内)

その他[編集]

  • オードリー・ヘプバーンは、この映画に対して「私はこれまでのどんなテーマよりもこの映画のテーマに惹かれました。・・・この物語に心から感動して困難な決断をしたシスター・ルークに強い連帯感をもちました。」と語っている。[1]
  • フレッド・ジンネマン監督は、その自伝で「私はオードリー以上に鍛錬され優雅で自分の仕事に献身的な人にあったことがない」と語っている。[2]
  • オードリー・ヘプバーン、イーディス・エヴァンス 、ペギー・アシュクロフトの各女優は、この映画で尼僧役を演じるためにそれぞれ別々の修道院で数日間の修行を行った。1月半ばのパリで冬の寒さが厳しく、暖房の無い修道院で朝の5時半の祈祷から始まって1日のすべての儀式に参加して、監督が修道院に行ってみると寒さで震えていたが、自分たちが参加したものに魅せられて、キャラクターの準備をするための方法に感動していた。[3]
  • 多人数が参加する儀式では、本物の尼僧が使えないのでローマ・オペラのバレエ団から20名のダンサーを借り、列を作り、膝まづき、頭を下げ、ひれ伏す動作を合図に従って一斉に行った。アップで写る尼僧の顔はエキストラとして多数の王女や伯爵夫人らが参加している。[4]
  • ベルギー領コンゴ(当時)へのロケ撮影には地元の修道会の尼僧や宣教師から多大な支援を受けた。だがその翌年にコンゴで独立革命があり、その混乱の中でこれらの方々の多数が殺害される悲劇が生まれた。[5]

脚注[編集]

  1. ^ ベルトラン・メイエ=スタブレ著「オードリー・ヘプバーン~妖精の秘密~」153P 藤野邦夫訳 風媒社  2003年2月発行 
  2. ^ フレッド・ジンネマン著「フレッド・ジンネマン自伝」 256P 北島明弘訳 キネマ旬報社 1993年10月発行
  3. ^ フレッド・ジンネマン著「フレッド・ジンネマン自伝」 246~247P 北島明弘訳 キネマ旬報社 1993年10月発行
  4. ^ フレッド・ジンネマン著「フレッド・ジンネマン自伝」 252P 北島明弘訳 キネマ旬報社 1993年10月発行
  5. ^ フレッド・ジンネマン著「フレッド・ジンネマン自伝」 264P 北島明弘訳 キネマ旬報社 1993年10月発行

外部リンク[編集]