妙義山

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妙義山
Mt-myogi-in-summer.jpg
標高 1,103.8 m
所在地 群馬県甘楽郡下仁田町富岡市安中市
位置 北緯36度17分55秒
東経138度44分56秒
座標: 北緯36度17分55秒 東経138度44分56秒
妙義山の位置
Project.svg プロジェクト 山
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妙義山(中央)の地形図

妙義山(みょうぎさん)は、群馬県甘楽郡下仁田町富岡市安中市の境界に位置する日本三大奇景の一つとされるである。いくつものピークから成り、最高峰は表妙義稜線上の相馬岳(1,103.8m)で、また妙義山系全体の最高峰は裏妙義に聳える谷急山(1,162.1m)となっている。

概要[編集]

赤城山榛名山と共に上毛三山の一つに数えられる妙義山は、白雲山・金洞山・金鶏山・相馬岳・御岳・丁須ノ頭・谷急山などを合わせた総称で、南側の表妙義と北側の裏妙義に分かれている。特に下仁田側から眺望できる金洞山(1,094m)は別名中之嶽と呼ばれ、親しまれてきた。奇岩がいたるところに見られる妙義山の中でも中之嶽の景色は、中腹を巡る第1石門から第4石門を始め、ロウソク岩・大砲岩・筆頭岩・ユルギ岩・虚無僧岩といったユニークな名前の岩石群は日本屈指の山岳美と讃えられている。石門巡りコースは中之嶽神社が発着点となっている。妙義山東面中腹には、白雲山を御神体とする荘厳な妙義神社が建立されている。江戸時代には火伏せや雷除けの霊験があると信じられていた。白雲山の北東に妙義富士がある。

妙義山はデイサイト溶岩、凝灰岩、礫岩で出来ている。いまから300万年前までの本宿カルデラを形成した火山活動があり、南西側にある荒船山と同時期に形成した溶岩体である。その後周囲の柔らかい堆積層が浸食され溶岩の岩体が露出したと考えられている。この険しい岩峰の尖った荒々しい山容の奇観から日本三大奇景の一つに数えられており、また国の名勝に指定され、日本百景にも選定されている。

登山[編集]

表妙義縦走路は岩稜帯が連続し、こぶ岩・鷹戻し・奥の院の鎖場等で多数の死亡・重傷等遭難が繰り返し起こっており、山と高原地図では難路の登山道(初級・中級・上級の分類の中で分類外の最上級に分類[1]、富岡市作成の妙義山登山まっぷでは上級登山道[2]、と紹介されている。

この遭難の多さのため、2010年1月、群馬県・地元自治体・警察・消防・山岳会で「妙義山系山岳遭難防止対策会議」が発足し対策を話し合った。しかし登山を禁止し責任から免れたい行政と、登山を続けたい地元山岳会との間で対策法について意見が対立し、結局、鎖の増設と改良だけで放置する方向に結論は導かれてしまった[3]

妙義山に因む名前[編集]

  • 群馬県内の小学校では、運動会の組分けを上毛三山の名前を用いて、「赤城団」「榛名団」「妙義団」の3組とし、対抗させる例が多数存在する(地域によって異なり、また人数が少ないと紅組、白組とする場合もある)
  • 妙義山北麓を流れる中木川に建設された中木ダムダム湖は、妙義山にちなみ妙義湖と名付けられた。
  • 信州佐久の大日向に「妙義山」がある。これは江戸時代に、上州の妙義山から、神霊を分祀したもので、かつては、参拝者が多く、茶屋までできて盛ったという。また、国定忠治も参詣に来たという。この妙義山は、大日向の七之丞という男が、夢の中で上州妙義山の神からお告げを頂き、分祀したものだという[4]

妙義山の姿[編集]

妙義山に関する作品[編集]

参照[編集]

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  1. ^ 山と高原地図 21.西上州 妙義山・荒船山 2013 昭文社
  2. ^ 妙義山登山まっぷ - コンテンツ - パンフレット - 富岡市役所
  3. ^ 「妙義山: 整備か登山禁止か? 遭難が急増する事故対策をめぐって」『山と溪谷』2010年6月号、162-167ページ。
  4. ^ 『南佐久口碑伝説集』昭和53年11月15日長野県佐久市教育委員会発行全323中173P

関連項目[編集]


外部リンク[編集]