大坪博和

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大坪 博和
個人情報
誕生日 (1979-12-07) 1979年12月7日(39歳)
出身地 日本の旗 日本
福岡県大川市
他職業 外資系製薬会社社員
国内
リーグ 役割
2013 日本フットボールリーグ 主審
2014-   J3リーグ 主審
2016- J2リーグ 主審
2019- J1リーグ 主審
大坪 博和 Football pictogram.svg
名前
カタカナ オオツボ ヒロカズ
ラテン文字 OTSUBO Hirokazu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-12-07) 1979年12月7日(39歳)
出身地 福岡県大川市
身長 174cm[1]
体重 68kg[1]
選手情報
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2004 大塚製薬 25 (9)
2005 佐川急便大阪SC 26 (18)
2006 愛媛FC 15 (0)
2007-2010 佐川印刷SC 99 (20)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

大坪 博和(おおつぼ ひろかず、1979年12月7日 - )は、福岡県大川市出身のサッカー審判員、元サッカー選手。現役時代のポジションはFW

来歴[編集]

福山大学卒業後、2002年に当時日本フットボールリーグ (JFL) 所属だった大塚製薬(現・徳島ヴォルティス)に入団、2003年・2004年にはJFL連覇も経験した。2005年に佐川急便大阪SCに移籍するとエースストライカーとして18得点を挙げ、得点王となる。翌2006年、J2に昇格した愛媛FCに入団するが結果が残せず1年で退団となり、JFLの佐川印刷SCに移籍[2]。佐川印刷では社業の傍らサッカーを続け、将来は指導者への道を模索していたが[3]Jリーグで審判員を務めていた上川徹に出会ったことで審判員の道を目指すことになる[4]

2010年に3級審判員の資格を取得し[3]、同年シーズン限りで現役を引退し退社。神奈川県で専門学校の教員として働きながら審判資格取得の勉強に励む[4]2013年1月に1級審判員の資格を取得し、同年からJFLで審判員を担当する。2014年からは昼は外資系製薬会社の営業マンとして働き、週末はJリーグで審判員を担当している。元JリーガーがJリーグの審判員を務めるのは大坪が初めてであり[4]、2016年時点で唯一の存在である[5]

2019年3月13日の2019JリーグYBCルヴァンカップヴィッセル神戸セレッソ大阪戦で、J1のカップ戦で初主審を担当[6]。3月17日の大分トリニータ横浜F・マリノス戦でJ1リーグ戦の初主審を務めた[7]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 大塚 20 JFL 10 3 -
2003 18 0 0 -
2004 15 6 -
2005 佐川大阪 9 26 18 - - 26 18
2006 愛媛 22 J2 15 0 - 2 1 17 1
2007 佐川印刷 18 JFL 34 9 - 2 1 36 10
2008 28 8 - 3 2 31 10
2009 20 0 - 1 0 21 0
2010 17 3 - 1 0 18 3
通算 日本 J2 15 0 - 2 1 17 1
日本 JFL 150 47 -
総通算 165 47 -

個人タイトル[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]