千住文子

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千住 文子(せんじゅ ふみこ、1926年[1] - 2013年6月27日)は、日本の教育評論家エッセイスト。夫は工学博士の千住鎮雄千住博千住明千住真理子の母。父は角倉邦彦

経歴[編集]

東京出身。明治製菓研究所薬品研究室研究員として抗生物質の研究に従事、退職後、千住鎮雄と結婚。3人の芸術家を育てたことで著作を執筆するようになる。

2013年6月27日、多臓器不全により死去[2]。87歳歿。

著書[編集]

  • 『千住家の教育白書』時事通信社、2001年 のち新潮文庫 
  • 『千住家にストラディヴァリウスが来た日 Stradivarius "De Duranty" 1716』新潮社、2005年 のち文庫 
  • 『母と娘の協奏曲』千住真理子共著、時事通信出版局、2005年
  • 『千住家の命の物語』新潮社、2009年
  • 『命の往復書簡2011〜2013 母のがん、心臓病を乗り越えて』千住真理子共著、文藝春秋、2013年 のち文庫(『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』)

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  1. ^ 『千住家の命の物語』に、2003年に77歳とある。
  2. ^ 教育評論家の千住文子さん死去 千住真理子さんらの母”. 産経新聞 (2013年7月1日). 2013年7月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月19日閲覧。

参考資料[編集]