京都大学交響楽団

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京都大学交響楽団(きょうとだいがくこうきょうがくだん、: Kyoto University Symphony Orchestra)は、京都大学の公認団体であるアマチュア・オーケストラ。正式名称は「京都大学音楽部交響楽団」。通称「京大オケ」、「KUSO」。所在地は京都市左京区吉田本町。

概要[編集]

京都大学交響楽団は、1916年12月、京都大学医学部生、深瀬周一の尽力により、ヴァイオリン五線会を母体とし、「学生交響楽運動の推進、音楽の啓蒙活動、市民交響楽団の結成」をスローガンに掲げ、京都を「音楽芸術のメッカ」とすることを目的に創立された。

当時は数少ないプロオーケストラの活動によってようやく交響楽が日本に定着し始めた頃で、その主な担い手であった学生たちは学生オーケストラを結成した。その中で京都大学交響楽団は、1917年からの年2回の定期演奏会を通じて大いなる発展を遂げ、「京都フィルハーモニーオーケストラ」というプロオーケストラへの一時的な転身、チャイコフスキーの「バレエ音楽『白鳥の湖』」「交響曲第6番 ロ短調『悲愴』」、ベートーヴェンの「コリオラン序曲」「交響曲第2番ニ長調」、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」等の日本初演。ベートーヴェンの「交響曲第9番ニ短調」の関西初演。朝比奈隆などの多くの著名な音楽家を輩出するなど関西楽団の中心としての役割を果たしてきた。

戦中戦後も年2回の定期演奏会は欠かさず続けられてきたが、音楽人口の増加、それに伴うプロオーケストラの充実といった、楽壇の変化の中で、同団は「専門化団体活動」から「学内サークル活動」へと変化した。その後もアマチュアオーケストラとして、近衛秀麿山田一雄、また OB でもある朝比奈隆などの著名な指揮者を客演に迎えて発展を続けた。戦後は、年に二度の京都および阪神地区における2公演の定期演奏会を基本とし、年1回の夏期演奏旅行、他大学オケとのジョイントコンサート、5年に一度の東京公演、また一部の団員による依頼演奏など、伝統的な形式を遵守した演奏活動を継続している。

レパートリーとしては以前からドイツ古典音楽、ベートーヴェンやブラームスを積極的に演奏していたが、近年はマーラーショスタコーヴィチR・シュトラウスなど大編成の曲や、オペラからの管弦楽曲も頻繁に取り上げている。 毎回異なる客演指揮者を据え、アマチュアオーケストラらしい時間と情熱をかけた音楽作りを行っている。

過去の定期演奏会客演指揮者[編集]

外部リンク[編集]