フランク・レッサー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ジョン・コルトレーン・バージョンの『インチ・ワーム』のベースライン

フランク・ヘンリー・レッサーFrank Henry Loesser [ˈlɛsər];[1] 1910年6月29日 - 1969年7月28日)はアメリカ人のソングライター

ブロードウェイのヒット作でトニー賞受賞作の『ガイズ&ドールズ』と『ハウ・トゥー・サクシード』(ピューリッツァー賞も受賞)などの作詞作曲をした。

映画やミュージカルなどに無数の曲を書き、多くがスタンダードとなり、アカデミー賞最優秀主題歌賞に5回入選、『外は寒いよ』で1回受賞した。

初期[編集]

ピアニストの父ヘンリーのもとニューヨークで生を受け[2][3]、 マンハッタン西107番通りの家で育つ。

父はプロイセン王国の兵役をのがれて渡米、親族の銀行につとめた。ベルゼ・エーリッヒと結婚、1884年長男アーサー誕生。1888年に妻の妹ジュリアがアメリカにやってくる。ヘンリーは一目ぼれ。ジュリアもヘンリーを愛したが、ベルゼがジュリアをワシントンD.C.においはらう。ベルゼが産褥で亡くなったあとの1907年、ジュリアがもどってきてヘンリーと結婚。長女グレースは同年11月に生まれた。そして1910年にフランクが誕生。[4]

両親は高い知性と教養があり、レッサーはヨーロッパの作曲家の音楽を学んだ[3]。 父と兄からピアノをならう。が、上流気どりの音楽が好きになれず、曲を書いてハーモニカにハマってからは突っぱねた。高校からほうり出されニューヨーク市立大学に通うも[4]、1925年に英語と体育以外のすべての単位を落とし、大学からも放校された。[3]

1926年(16歳)に父が死に、家族をやしなうために働きに出た。[5]レストラン調査員や行政執行官(裁判所の令状を被告に届ける職業)、新聞の広告取り、政治マンガ描き、ボードヴィルのスケッチライター、『日刊女性服』新聞の編み物担当、弱小映画会社の広報、短命におわった地域新聞(区民便り)の編集員などを経験した。 [3][4]

音楽の仕事[編集]

ティンパンアレーで書くことにする。複数の音楽出版社と契約。最初のクレジットとされるのは1931年の"In Love with the Memory of You"で作曲はウィリアム・シューマンだった。[5]1934年に"Junk Man"と"I Wish I Were Twins"がヒット。作曲は両方ジョー・メイヤー英語版で、後者はエディ・ドゥランジュ英語版とともに詞を書いたものだった。しかし、評判は高まらず、後年のレッサーはこの2曲に触れなかった。

1930年代半ばに作曲家Irving Actmanの伴奏でナイトクラブで歌っていた。この時期レオ・ファイスト社英語版のスタッフとしてJoseph Brandfonの曲に詞をつけて週給40ドルを稼いでいた。1年後、出版人や演奏家からの評価が高まってきたころに解雇された。[3]1936年に相方Irving Actmanと共作したブロードウェイのレヴューThe Illustrator’s Showは大コケ、四日で打ち切られた。[5] 同作に出演していた女優と1936に結婚した。[3][5] ユニバーサル映画との半年の歌手契約が終わると1936年に妻とハリウッドに引っ越した。次にパラマウント映画と半年契約。

パラマウントでの最初の曲は1937年の"Moon of Manakoora"(作曲:アルフレッド・ニューマン、歌:ドロシー・ラムーア)で、映画『ハリケーン英語版』に使われた。[3]

この時期たくさん書いており、『Two Sleepy People』 、『Heart and Soul』、後にエラ・フィッツジェラルドが歌った『I Hear Music』などを書いている。 また、ニューマン、アーサー・シュワルツバートン・レイン英語版ホーギー・カーマイケルフレデリック・ホランダー英語版、Joseph J. Lilleyらとも共作していた。[3]

映画『砂塵』 (1939)からは"See What the Boys in the Back Room Will Have"(ホランダー作曲・マレーネ・ディートリヒ歌唱)が生まれた。

『I Don't Want to Walk Without You』(作曲:ジューリー・スタイン)は1941年に出版、1942年映画『セーター・ガール英語版』でベティー・ジェーン・ローズ英語版が歌った。[3] アーヴィング・バーリンは同曲に夢中になり、「これこそ僕がずっと書きたかった最も偉大な曲だ!」とレッサーに告げた。[6]

第二次世界大戦が始まるまでハリウッドに滞在したのち、空軍に入った。[2]

戦争の時期[編集]

戦時期も映画とシングル用に書いた[2]。人気軍歌"en:Praise the Lord and Pass the Ammunition" (1942)を書いた。

レッサーはいつも「ダミー」の曲に書いた。音楽は、より適切な曲が生まれるまでの仮のものだった。作曲もした作品の評判が高まると元気づいて作詞作曲をこなすようになった。[3]

軍隊からの要請で"What Do You Do in the Infantry?" や『ロジャー・ヤングのバラード』(The Ballad of Rodger Young) (1943)などを書いた。[2] "They’re Either Too Young or Too Old"を1943年の映画ステージドア・キャンティーン英語版に提供。[3][7]

1949年の映画『水着の女王』から『外は寒いよ』が大ヒットになる。[8] [9][3] レッサーが曲を書き、ブロードウェイで1248回以上上演される大当たりとなったミュージカル『ガイズ&ドールズ』 (1950)を映画化した『野郎どもと女たち』は1955年に公開。マーロン・ブランドジーン・シモンズフランク・シナトラが出演した。

1950年,自身の音楽出版社Frank Music Corporationを設立。リチャード・アドラー英語版ジェリー・ロス英語版ビートルズが歌った『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』で有名なメレディス・ウィルソンなどが同社から育った。[5]1952年の映画『アンデルセン物語英語版』で初めて複数の曲が使われ、"Wonderful Copenhagen", "Anywhere I Wander", "Thumbelina",後にポール・マッカートニーなどがカバーした"Inchworm"などがヒットした。[5]

私生活[編集]

リン・ガーランドと1957年に結婚したが21年後に離婚した。[10] JohnとSusan、二人の子供がい、後者は父親の伝記『A Most Remarkable Fella: Frank Loesser and the Guys and Dolls in His Life: A Portrait by His Daughter』を書いた (1993)。

ジョー・サリバン英語版と1959年に再婚。レッサーにサリバンを紹介したのは最初の妻リンだった。 HannahとEmilyの二人の子をなした。[11]

[編集]

ヘビースモーカーだったレッサーは1969年にニューヨークで肺がんで死んだ。享年59。[12]

没後[編集]

2006年、PBS社のドキュメンタリーen:Heart & Soul: The Life and Music of Frank Loesserが発売された。[13]

代表曲[編集]

ロジャー・ヤングのバラード米陸軍士官学校士官候補生グリークラブによる合唱。1959年)

この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。

700曲以上書いた。[14]

軍歌[編集]

ミュージカル曲[編集]

映画・ラジオなど[編集]

その他[編集]

参照[編集]

  1. ^ inogolo - Pronunciation of Loesser”. 2012年6月16日閲覧。 “LEH-sur”
  2. ^ a b c d Frank Loesser biography, pbs.org, accessed December 5, 2008
  3. ^ a b c d e f g h i j k l Cogdill 2010, p. 1
  4. ^ a b c Lasser, Michael (2002). "Francis Henry Loesser" American Song Lyricists, 1920-1960. Gale. ISBN 978-0-7876-6009-3. 
  5. ^ a b c d e f Maiers 2009, pp. 1–3
  6. ^ Vallance, Tom (2012年1月30日). “Betty Jane Rhodes: Actress and singer who charmed the US as a wartime sweetheart”. The Independent. http://www.independent.co.uk/news/obituaries/betty-jane-rhodes-actress-and-singer-who-charmed-the-us-as-a-wartime-sweetheart-6296408.html 2012年1月30日閲覧。 
  7. ^ PBS History Detectives; "Blueprint Special", 2008, show transcript, PDF pbs.org
  8. ^ Loesser, Susan (1993). A Most Remarkable Fella: Frank Loesser and the Guys and Dolls in His Life; A Portrait by His Daughter. Hal Leonard. pp. 79–81. ISBN 1-55611-364-1. http://books.google.com/books?id=5Ajnf0SdatsC&printsec=frontcover#v=onepage&q&f=false. 
  9. ^ Loesser biography, mtishows.com, accessed August 4, 2009
  10. ^ Frank Loesser biography tcm.com, accessed December 5, 2008
  11. ^ "Emily Loesser, Actress, Marries", The New York Times, May 5, 1991
  12. ^ Krebs, Alvin, "Frank Loesser, Composer, Dead," The New York Times, July 29, 1969, p. 1
  13. ^ "Heart & Soul, The Life and Music of Frank Loesser" www.loessermovie.com, accessed 2013-01-11
  14. ^ Review of book "Frank Loesser", Thomas L. Riis, Dec 17, 2007, yalepress.yale.edu, accessed December 5, 2008

参考[編集]

  • Cogdill, John L. (2010). American National Biography. 
  • Maiers, Claire D. (2009). Musicians and Composers of the Twentieth Century. 

外部リンク[編集]