食物繊維

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食物繊維(しょくもつせんい)とは、人の消化酵素によって消化されない、食物に含まれている難消化性成分の総称である。その多くは植物性、藻類性、菌類性食物の細胞壁を構成する成分で、化学的には炭水化物のうちの多糖類であることが多い。

概要

従来は、消化されず役に立たないものとされてきた。後に有用性がわかってきたため、日本人の食事摂取基準で摂取する目標量が設定されている[1]。ただし、定義から明らかなように栄養素ではない。

ヒト消化管は自力ではデンプングリコーゲン以外の多くの多糖類を消化できないが、大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって、一部が酪酸プロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収される。食物繊維の大半がセルロースであり、人間のセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであれば腸内細菌を介してほぼ100%分解利用されるとも言われている。デンプンは約4kcal/g のエネルギーを産生するが、食物繊維は腸内細菌による醗酵分解によってエネルギーを産生し、その値は一定でないが、有効エネルギーは0~2kcal/gであると考えられている。また、食物繊維の望ましい摂取量は、成人男性で19g/日以上、成人女性で17g/日以上である[1]。食物繊維は、大腸内で腸内細菌によりヒトが吸収できる分解物に転換されることから、食後長時間を経てから体内にエネルギーとして吸収される特徴を持ち、エネルギー吸収の平準化に寄与している。大腸の機能は食物繊維の存在を前提としたものであり、これの不足は大腸の機能不全につながることになる。食物繊維をNSP[2](non‐starch polysaccharide,非デンプン性多糖類)と呼ぶこともある。

歴史

1918年、医師であるジョン・ハーヴェイ・ケロッグは『自家中毒』[3]という著書を出版し、腸内で細菌が未消化タンパク質から作る毒が健康を害するという自家中毒説をもとに、未消化の肉には細菌が繁殖しやすいが、食物繊維は腸を刺激して活発にさせるので毒が作られにくいという理由で菜食をすすめた[4]

しかし、一方で栄養学では「食べ物のカス」ともされ、長年役に立たないものと認識されていた。たとえば、栄養学の創設者である佐伯矩は、玄米は栄養が多いが未消化物が多いので消化吸収の効率が悪いなどとして、ある程度精白した米である七分搗き米をすすめていた[5]

1960年代の南アフリカのジョージ・オットル(George Oettle)が、食物繊維と大腸がんの関連の研究をしていた。1967年に、インドのマルホトラは食物繊維の摂取が多い場合、がんのリスクが減るという報告をしている[6]

1970年前後、バーキット[7]はオットルの研究を発展させランセットなどで研究報告[8][9]を行い、食物繊維が少ないと腸内の疾患のリスクが上がるだろうという説が広く知られるようになっていった。1975年にバーキットはトロウェル (Hugh Trowell)と共著で『精製炭水化物と病気-食物繊維の影響』[10]を出版し、精白していない穀物である全粒穀物の食物繊維が有益であると述べ、このことは科学的研究によって確認されていった[11]

日本では2000年の「第6次改定日本人の栄養所要量[12]」から摂取量について目標量が設定されている。

種類

大きく水溶性食物繊維 (SDF : soluble dietary fiber)と不溶性食物繊維 (IDF : insoluble dietary fiber)に分けられる。

水溶性食物繊維

(海藻に含まれる水溶性食物繊維)

不溶性食物繊維

不溶性食物繊維と水溶性食物繊維の特性をあわせ持つもの

効果

熟した果物などに含まれている水溶性食物繊維(難消化性デキストリン)は、食後の血糖値の急激な上昇の抑制[14][15]や、コレステロールの吸収を抑制する作用が報告されている。

野菜や穀類、豆類等に含まれている不溶性食物繊維は、大腸の蠕動運動を促す。

食物繊維の効用として、脂質異常症予防、便秘予防、肥満予防、糖尿病予防、脂質代謝を調節して動脈硬化の予防、大腸癌の予防、その他腸内細菌によるビタミンB群の合成、食品中の毒性物質の排除促進等が確認された。長寿地区住民の高齢者の食物繊維摂取量と同一人の腸内細菌叢を分析することによって、食物繊維の摂取量が多いと、働き盛りの青壮年なみに有用菌(ビフィズス菌等)が優勢で老人特有の有害菌(ウエルシュ菌等)は抑えこまれていることが実証された。さらにこの有用菌は腸内腐敗防止、免疫強化、腸内感染の防御、腸管運動の促進といった作用のあることがわかった[16]

消化管内の必須栄養素であるカルシウムと結合し腸管からの吸収を阻害する働きもある[17]

日本では、特定保健用食品(トクホ)と表示が認可されている。[18]

2003年、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)による「食事、栄養と生活習慣病の予防[19] 」(Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases) では、肥満、2型糖尿病、心臓病のリスクを下げると報告し、野菜や果物や玄米のような全粒穀物からの摂取をすすめている。

リード (N.W. Read) とティムス (J.M. Timms) による「トンネルの向こうに光は見えるか」という論文[20]では「食物繊維によって重症の便秘が軽減する事は少ない」と著されている。

2007年11月1日の世界がん研究基金アメリカがん研究協会によって7000以上の研究から分析したがん予防の報告書[21]では、結腸や直腸のがんの予防との関連がありうるとしている。

食物繊維摂取量との関連が検討された生活習慣病は多岐に及び、心筋梗塞の発症ならびに死亡、脳卒中の発症、糖尿病の発症との間に負の関連を認めたとする研究報告が数多くある[要出典]。また、循環器疾患の強い危険因子である血圧並びに血清(または血漿LDLコレステロールとの間でも負の関連が示唆されている。さらに、肥満との関連を示した疫学研究も多数存在する。一方、がん、特に、大腸結腸並びに直腸)がんとの関連については、最近の疫学研究の結果は必ずしも一致していない[1]。ハーバード大学公衆衛生学部は、「食物繊維の摂取は、健康効果のある健全な食事としてもてはやされ、心臓病、糖尿病、憩室疾患、便秘を含む様々な疾患のリスクを減少させていた。多くの人が信じていたにも関わらず、食物繊維には大腸がんのリスクの減少の効果はほとんど認められなかった。」と発表している[22]

肥満防止
水溶性食物繊維は胃で膨潤することで食塊を大きくし、粘性を上げ、胃内の滞留時間を延ばし満腹感を与え、不溶性食物繊維は食物の咀嚼回数を増加させ唾液や胃液の分泌を促し食塊を大きくすることで効果を現す。
18-20歳の女子学生を対象に食事の調査を行ったところ、食事のGI値炭水化物が消化されてに変化する速さを相対的に表す数値)が高い群ほどBMI(肥満の程度を表す値)が高くなり、食物繊維の摂取が多い群ほどBMIの値が低い結果が得られた[23]
コレステロール上昇抑止
水溶性食物繊維が効果的、水溶性食物繊維は食物コレステロールの吸収抑制、コレステロールの異化・代謝・排泄の促進、胆汁酸の回腸からの再吸収阻害による代謝・排泄の促進などがされる。
血糖値上昇抑制
水溶性食物繊維は粘度の高い溶液をつくり、から小腸への食物の移行を緩やかにする。また、拡散阻害作用、吸水・膨潤作用、吸着作用などがあり、摂取した食物は胃で消化され、緩やかに移行し、吸着され、吸収速度が緩慢となる結果、グルコースの吸収を緩慢にして血糖値の上昇を抑える[24]
熟した果物などに含まれている水溶性食物繊維(難消化性デキストリン)は、食後の血糖値の急激な上昇の抑制[25][26]作用が報告されている。
ペクチンを食餌とともに摂取すると、血糖上昇が抑制され、インスリンの分泌も抑制された[27][28]。ペクチンは、サトウダイコンヒマワリ、アマダイダイ(オレンジ)、グレープフルーツライムレモン又はリンゴなどの果物に多く含まれる(ペクチン参照のこと)。
グルコマンナンコンニャクに多く含まれる水溶性食物繊維であり、グルコマンナンとグルコースを同時に摂取した場合、グルコマンナンには血糖値上昇抑制効果があった。グルコマンナンの粘性によるグルコースの拡散抑制による可能性がある。セルロースプルランでは効果が認められなかった。なお、プルランは粘性が高いものの人体の消化酵素で消化されてしまう[28]
アルギン酸ナトリウムは、主に褐藻に含まれる多糖類の一種であり、水溶性食物繊維の粘性により血糖上昇抑制効果があり、また、二糖類分解酵素の阻害効果による血糖上昇抑制効果も認められたとする研究がある[29]。また、米飯に寒天を添加して摂取したところ米飯のみと比較して食後の最大血糖値が低下し、GI値も減少が認められたとする研究がある[30]
エンバクの水溶性食物繊維の大部分はβグルカンである。エンバク由来のβグルカンについて血中コレステロール値上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、血圧低下作用、排便促進作用、免疫機能調節作用などが欧米を中心に多数報告されている[31]。エンバクはオートミールに利用されている。
大麦には豊富な水溶性食物繊維が含まれており、その大部分はβグルカンである。大麦の摂取による血中コレステロール値上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、BMI値低減効果が報告されている[31]麦飯も参照のこと)。βグルカンは、植物、キノコ類に多く含まれている。
水溶性繊維であるグアーガムを食餌とともに摂取すると、血糖上昇が抑制され、インスリンの分泌も抑制された[32][28]
排便促進
不溶性食物繊維は結腸や直腸で便容積を増大させ、排便を促進する。
ダイオキシン類の排出
ダイオキシン類を吸着して排泄する効果もあるため、体内からの排出速度を2~4倍に高めることで、ダイオキシン類の健康に対する影響が防げると示唆されている[33]

代表的な食品の食物繊維

海藻全粒穀物などに食物繊維が多く含まれる。実際の含有量は、産地、収穫時期、品種等で異なるため代表値である。

主な食品100g中の食物繊維[34]
項目 状態 食物繊維
総量
水溶性
食物繊維
不溶性
食物繊維
ワカメ[13] 68.9 g 9.0 g 59.9 g
ヒジキ[13] 60.7 g 22.5 g 38.2 g
コンブ[13] 36.5 g 7.4 g 29.1 g
かんぴょう 30.1 g 6.8 g 23.3 g
海苔スサビノリ[13] 26.4 g 10.8 g 15.6 g
切り干し大根 20.7 g 3.6 g 17.1 g
アズキ 17.8 g 1.2 g 16.6 g
ダイズ 17.1 g 1.8 g 15.3 g
コムギ 10.8 g 0.7 g 10.1 g
おから 9.7 g 0.3 g 9.4 g
大麦 9.6 g 6.0 g 3.6 g
エンバクカラスムギオートミール 9.4 g 3.2 g 6.2 g
糸引き納豆 6.7 g 2.3 g 4.4 g
モロヘイヤ 5.9 g 1.3 g 4.6 g
ゴボウ 5.7 g 2.3 g 3.4 g
オクラ 5.0 g 1.4 g 3.6 g
蕎麦 乾麺 4.3 g 0.8 g 3.5 g
シイタケ 3.5 g 0.5 g 3.0 g
玄米 3 g 0.7 g 2.3 g
カボチャ 2.8 g 0.7 g 2.1 g
タケノコ 2.8 g 0.3 g 2.5 g
ニンジン 生、皮むき 2.5 g 0.7 g 1.8 g
サツマイモ 2.3 g 0.5 g 1.8 g
キャベツ 1.8 g 0.4 g 1.4 g
タマネギ 1.6 g 0.6 g 1.0 g
リンゴ 1.5 g 0.3 g 1.2 g
ジャガイモ 1.3 g 0.6 g 0.7 g
ダイコン 1.3 g 0.5 g 0.8 g
白米 0.5 g 0 g 0.5 g

脚注

  1. ^ a b c 炭水化物 (PDF) 」『日本人の食事摂取基準」(2010年版)
  2. ^ 食物科学のすべて 第4版 建帛社 P.M.GAMAN/K.B.SHERRINGTON 著 中濱信子 監修 村山篤子/品川弘子 訳 2006年12月
  3. ^ John Harvey Kellogg Autointoxication ,1918
  4. ^ James C. Whorton「菜食主義」『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典〈4〉栄養と健康・現代の課題』 朝倉書店、2005年3月。ISBN 978-4-254-43534-4。229~244頁。The Cambridge world history of food, 2000
  5. ^ 佐伯矩 『栄養之合理化』 愛知標準精米普及期成会、1930年。
  6. ^ Malhotra SL (1967-08). “Geographical distribution of gastrointestinal cancers in India with special reference to causation”. Gut 8 (4): 361-72. PMC 1552547. PMID 6039725. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1552547/. 
  7. ^ DENIS BURKITT – A LIFE OF SERVICE by William Reville, University College, Cork
  8. ^ Burkitt DP. "Related disease--related cause?" Lancet. 2(7632), 1969 Dec 6, pp1229-31. PMID 4187817
  9. ^ Burkitt DP. "Epidemiology of cancer of the colon and rectum" Cancer 28(1), 1971 Jul, pp3-13. PMID 5165022
  10. ^ BURKITT D.P., TROWELL H.C Refined Carbohydrate Foods and Disease: Some Implications of Dietary Fibre, 1975. ISBN 978-0-12-144750-2
  11. ^ Leonard Marquart et al. Whole Grains and Health: An Overview Journal of the American College of Nutrition, Vol. 19, No. 90003, 289S-290S (2000). PMID 10875599
  12. ^ 第6次改定日本人の栄養所要量について (厚生労働省)
  13. ^ a b c d e 吉江由美子、海藻の食物繊維に関する食品栄養学的研究 日本水産学会誌、Vol.67 (2001) No.4
  14. ^ 大隈一裕、松田功、勝田康夫、岸本由香、辻啓介「難消化性デキストリンの開発」『Journal of applied glycoscience』第53巻第1号、日本応用糖質科学会、2006年1月20日、65-69頁、NAID 10016738765 
  15. ^ 中山行穂、食物繊維の構造と機能 生活衛生 Vol.35 (1991) No.1
  16. ^ 鷹觜テル「食生活と長寿に関する研究-2-長寿村棡原地区の食物繊維(D.F)の摂取を中心として」『岩手大学教育学部研究年報』第41巻第1号、岩手大学教育学部、1981年10月、109-137頁、NAID 120001123398 
  17. ^ 健常人の平均として経口摂取した一日必要量600mgのうち、腸管から吸収される分が約350mg/日、腸管から上皮細胞とともに脱落する分が約200mg/日で、尿として約150mg/日、便として約450mg/日が排泄される。食物繊維以外にもポリフェノールも腸管からのカルシウム吸収を阻害する;「清水 誠」、「カルシウムの吸収・代謝と骨の健康」、『食と健康 食品の成分と機能』、放送大学テキスト、p.157、2006年。
  18. ^ 「健康食品」の安全性・有効性情報独立行政法人 国立健康・栄養研究所
  19. ^ Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases, 2003
  20. ^ Read NW, Timms JM, . "Constipation: is there light at the end of the tunnel?" Scand J Gastroenterol Suppl;129, 1987, pp88–96. PMID 2820050
  21. ^ World Cancer Research Fund and American Institute for Cancer Research Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective, The second expert report, 2007
  22. ^ Health Effects of Eating Fiber”. 2010年6月8日閲覧。
  23. ^ http://www.nutrepi.m.u-tokyo.ac.jp/publication/japanese/10163.pdf
  24. ^ 藤田昌子、長屋聡美 「食品の違いによる食後血糖への影響」『岐阜女子大学紀要』32, 2003-03-30, pp131-136 NAID 80015987150
  25. ^ 大隈一裕、松田功、勝田康夫、岸本由香、辻啓介「難消化性デキストリンの開発」『Journal of applied glycoscience』第53巻第1号、日本応用糖質科学会、2006年1月20日、65-69頁、NAID 10016738765 
  26. ^ 中山行穂、食物繊維の構造と機能 (1) 化学構造と分析法 活衛生 Vol.35 (1991) No.1 P32-37
  27. ^ Jenkins, D.J.A., Lees, A.R., Gassull, M.A.,Cochet, B. and Alberti, G.M.M.: Ann. Intern. Med., 80, 20 (1977)
  28. ^ a b c 奥恒行、藤田温彦、細谷憲政、グルコマンナン, プルランならびにセルロースの血糖上昇抑制効果の比較 日本栄養・食糧学会誌 Vol.36 (1983) No.4 P301-303
  29. ^ 中村禎子ほか、alginolyticus SUN53によるアルギン酸小分子分解物のラット小腸粘膜二糖類水解酵素に対する阻害作用 日本食物繊維学会誌 Vol.12 (2008) No.1 P9-15
  30. ^ 森高初恵ほか、米飯の熱特性,感覚特性とグリセミックインデックスに及ぼす寒天の影響 日本調理科学会誌 45(2), 115-122, 2012-04-05
  31. ^ a b 荒木茂樹ほか、大麦の生理作用と健康強調表示の現況 人間生活文化研究 Vol.2013 (2013) No.23 p.184-188
  32. ^ Jenkins, D.J.A., Lees, A.R., Gassull, M.A.,Cochet, B. and Alberti, G.M.M.: Ann. Intern. Med., 80, 20 (1977)
  33. ^ 森田邦正、飛石和大、ダイオキシン類の排泄促進に関する研究 福岡県保健環境研究所年報 第28号 平成12年度(2000) P.57, ISSN 0918-9173
  34. ^ 五訂増補日本食品標準成分表

参考文献

関連項目

外部リンク