焼身自殺

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ファイル:Ryszard siwiec stadion X lecia.jpg
ソ連チェコスロバキア侵攻へ抗議して自らを焼いたポーランド人リシャルド・シヴェツ(ワルシャワ 1968年9月)
ファイル:Tsewang Norbu, 29 years old, 15 August 2011, Tawu.jpg
チベット人による自己犠牲の抗議

焼身自殺(しょうしんじさつ、英:Self-immolation)とは、自分の身体を自分で焼いて自分自身を焼死させ、自殺することである。しばしば政治的、あるいは倫理的な抗議として行われる。

英語圏の別称であるボンゾ(bonzo)は日本語の「凡僧」からきた言葉。

概要

実行者は自らの体にガソリン灯油軽油などの比較的引火性の高いを振り掛けてから引火させる方法を採る事が多い。

火災などの事故や噴火(火砕流)などに巻き込まれた結果による焼死と同様、多くは肉体の焼損が直接の死因とはならない。探偵ファイルの取材によると、焼身自殺を図った場合の主要な死因は火災などによる焼死に多い直接死因(有毒ガスによる窒息)ではなく、全身の大部分の皮膚火傷して喪失する事で、人体から急激に水分(リンパ液間質液)が流失していくことによる脱水症状による衰弱死であり、救急搬送の連絡を受けた医師の多くは火傷の範囲とその原因を聞いた時点で救命の可能性を概ね判定する事が可能という。搬送された自殺未遂者は集中治療室輸液などの対症療法を施される(火傷面積によっては救命の可能性が皆無である事が事前に分かる為、皮膚移植など積極治療を施す選択自体が放棄される)が、多くは臨終まで意識が明瞭なまま死亡していく為、近親者との今生の別れを済ませる時間的余裕が他の自殺法による未遂事例に比較して多い反面、未遂者は自らの行動を後悔しながら時間を掛けて逃れようのない死を迎えていく事から、肉体的苦痛以上に精神的苦痛が他の手段に比べ圧倒的に大きく、例え自殺を試みる場合でも手段として焼身は決して選択すべきではないと結論付けている[1]

歴史

仏教(律文献は軽罪とし、経典は比丘が自殺直前に解脱していたので戒律には抵触しないとした。また論書は自殺が殺生戒には相当しないと説いた。仏教は人がたとい人生に躓こうとも、生きる事の意義を説き、解脱を求めることを諦めないように慫慂したものであると考える。)やヒンドゥー教(自殺が贖罪行として行われた時には認め、それ以外は禁じた。)では、焼身自殺は、何世紀にも行われてきた。特にインドではそうである。サティー、政治的抗議、離婚絶縁などさまざまな理由がある。武勇をほこる文化のあったチャランやラージプートなどでも焼身自殺はなされていた。

キリスト教圏においても、ロシア正教会古儀式派を信じるある村の人間全員が自らを焼き殺すという事件があった。いわゆる「炎の再洗礼」である。17世紀はじめのフランスにおけるイエズス会の記録にも、焼身の例は散見されるが、こちらの場合は通常死を伴うものではなかった。彼らは(腕や腿といった手足など)身体の一部を焼き、十字架にかけられたイエスの苦しみに耐えたことを示そうとしたのである[2]。キリスト教では最後の審判まで自らの肉体は保全しておかねばならないという観念がある為、自殺自体が禁忌とされているが、とりわけ焼身は自らの肉体が焼損して現世から滅び去る(最後の審判すら受けられない)事を意味している為、特に忌避される方法である。これが転じる事で、中世異端審問魔女狩りでは異端者を神に代わって現世から完全に抹消するという意味合いで火刑が多く用いられた。

何人もの僧侶が仏教への弾圧に抗議するため、炎をまとい自殺していった。例えば、ローマ・カトリック式の統治をおこなったゴ・ディン・ジエム政権下の南ベトナムが挙げられる。仏典の注釈をひもとけば、自分自身への暴力を禁じているものはいくつも見出せるにも関わらず、ティック・クアン・ドックの焼身自殺はそれを評したマダム・ヌーの暴言と相まって全世界に衝撃を与えた。

法華経の薬王菩薩本事品第二十三には薬王菩薩の生が描かれており、その箇所が焼身自殺によってベトナム戦争へ抗議した僧侶や尼僧たちに霊感を働かせたのである。薬王菩薩の前世は、一切衆生喜見菩薩といい日月浄明徳如来(仏)の弟子だった。この仏より法華経を聴き、楽(ねが)って苦行し、現一切色身三昧を得て、歓喜して仏を供養し、ついに自ら香を飲み、身体に香油を塗り焼身した。諸仏は讃嘆し、その身は1200歳まで燃えたという。命終して後、また同じ日月浄明徳如来の国に生じ、浄徳王の子に化生して大王を教化した。再びその仏を供養せんとしたところ、仏が今夜に般涅槃することを聞き、仏より法及び諸弟子、舎利などを附属せられた。仏入滅後、舎利を供養せんとして自らの肘を燃やし、7万2千歳に渡って供養したという。ティク・ナット・ハンはこう言う。「菩薩は自らをその光で照らし出します。だからこそ皆がその姿を目にすることができるのです。それは究極の顕現としての不死を目の当たりにする幸運に浴したということなのです」[3]

Self-immolationの語源

ラテン語を由来とする犠牲(英語: immolate)が「生贄」という本来の意味として用いられることは稀であり、焼身にいたった経緯への言及もされることはなかった。より一般的な英語: self-immolationも自殺のことは意味していたが、その手段は問われなかった。しかしこの「immolate」という言葉はイギリス英語ではたいへんひろく用いられており、自主的なものか強要されたものかを区別せず炎による滅却を表すものだった。この言葉自体はラテン語のimmolatteからきていて、生贄となる犠牲者に葡萄酒モラ・サルサの粉を振り掛けるという聖なる行いを意味するものである[4][5]

この行為はボンゾ(bonzo)とも呼ばれる。仏教僧ティック・クアン・ドックがベトナム政権への抗議として1963年に焼身自殺を行ったことに因んだものだ。この炎をまとったベトナム人の自死が西側マスメディアに「焼身自殺」という言葉とともにマルコム・ブラウンが撮影した写真にて報道されたため、ボンゾは英語圏の人々に広く知られ、また炎との強い連想が生まれるようになった。20世紀半ばまで英語圏の文献では、仏教僧はしばしばボンゾという言葉で表現されていたのだ。とくに東アジアフランス領インドシナの僧侶を指す場合である。この言葉は「凡僧」(日本語)がポルトガル語フランス語を経由して伝わったものだが、現代ではあまり使われなくなっている。

イスラム教

先述の通り、仏教ヒンドゥー教では昔から行われているが、イスラム教においては禁忌の一つとされる。イスラム教ではキリスト教同様に最後の審判の日まで自らの肉体は土葬などの手段により、死後も適切に保全された状態とする事が望ましいとされている為、本来は(アッラー)のみに認められている火によって人間の肉体を損壊する行為は、自殺であっても処刑であっても、それ自体がアッラーに対する冒涜に等しいと解釈されうるためである。

チェコスロバキア

チェコスロバキアの大学生ヤン・パラフ1969年ソ連の侵攻に抗議して、焼身自殺した。

日本

日本でも政治的抗議として行われた焼身自殺が行われた記録がある。

1967年11月11日に首相官邸前で、世界に先駆けてアメリカの北爆支持を表明した佐藤栄作首相の訪米に対する抗議行動として焼身自殺を図った由比忠之進がいる。1969年建国記念の日には、国会議事堂前で世を警め同胞の覚醒を促すと称して焼身自殺した江藤小三郎の例がある。江藤の死は翌年の三島由紀夫自決に大きな影響を与えた。

1975年に米軍嘉手納基地前で焼身自殺した船本洲治などが知られている。2014年6月には、安倍内閣が閣議決定で集団的自衛権を認める憲法解釈を行ったことに対して、これに反対した者が新宿駅前で焼身自殺を図り重傷を負った[6]。国内報道機関は小さくしか報道しなかった。しかし海外では驚きをもって伝えられた[7][8][9][10][11]

また、2015年6月30日新横浜駅小田原駅間を営業運転中の東海道新幹線車内で、男が焼身自殺を図り、火災が発生した。詳細は東海道新幹線火災事件を参照のこと。

チベット

チベット人の間では、中国共産党による圧制を世界に発信するための、抗議の焼身自殺が相次いでいる。

2008年のチベット騒乱以降、焼身自殺をするチベット人は特に増えている。ラジオ・フリー・アジアによると、2009年以降から2014年6月までの5年間に合計136名のチベット人が焼身自殺を図った。僧侶、尼僧だけでなく一般の若者も多い[12]

中国

前述のチベット人のみならず、漢民族中国人の間でも、2000年代以降の急激な経済成長に伴う土地の強制収用などに抗議する為に焼身自殺を図る例が多い事が、度々報道されている[13]

中国共産党の独裁に批判的な在外メディアである大紀元新唐人電視台などによると、地方農村から陳情者として都市部の陳情局を訪れている者が抗議の焼身自殺を行う事例も多いという。

脚注

  1. ^ 『焼身自殺なんて、やめておけ!』精神科医ヤブ - スパイ日記 - 探偵ファイル。2014年1月1日
  2. ^ Coleman, Loren (2004). The Copycat Effect: How the Media and Popular Culture Trigger the Mayhem in Tomorrow's Headlines. New York: Paraview Pocket-Simon and Schuster. ISBN 0-7434-8223-9 
  3. ^ Nhá̂t Hạnh. (2003). Opening the heart of the cosmos: Insights on the Lotus Sutra. Berkeley, CA: Parallax Press. p. 144.
  4. ^ self-immolation - Definitions from Dictionary.com”. Dictionary.reference.com. 2009年12月2日閲覧。
  5. ^ The Concise Oxford Dictionary, 7th Edition, 1984
  6. ^ 新宿駅前で焼身自殺図る 集団的自衛権反対を主張 2014年6月29日中日新聞
  7. ^ J-CASTニュース 新宿焼身自殺騒動、国内メディアは小さい扱い 海外メディアは「集団的自衛権」との関連を強調 2014/6/30 18:59
  8. ^ THE PAGE 新宿での焼身自殺未遂事件 報道が少なかったのはなぜ? 2014.07.03 20:13
  9. ^ CNN Debate over Japanese constitution intensifies as man sets himself alight By Will Ripley, Junko Ogura, and Euan McKirdy, CNN. June 30, 2014 -- Updated 0833 GMT (1633 HKT)
  10. ^ AFP Tokyo man sets himself on fire in protest against Abe June 29, 2014 5:20 AM
  11. ^ BBC Japanese man sets self on fire over military rule change 29 June 2014 Last updated at 11:44 Share this pageEmail Print
  12. ^ 「焼身自殺」で中国へ抗議 仏教国ベトナム、チベットでいま何が起きているのか? 2014.06.13 日刊SPA!
  13. ^ 中国:横行する強制立ち退き。拡大し続ける不満 - アムネスティ・インターナショナル、2012年10月12日

参考文献

  • The Copycat Effect. New York: Paraview Pocket-Simon and Schuster, 2004, ISBN 0743482239

関連項目