口裂け女

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鳥取県境港市水木しげるロードに設置されている「口裂け女」のブロンズ像。

口裂け女(くちさけおんな)は、1979年の春から夏にかけて日本で流布され、社会問題にまで発展した都市伝説2004年には韓国でも流行した[1]

概要

マスクをした若い女性が、学校帰りの子供に 「私、綺麗?」と訊ねてくる。「きれい」と答えると、「……これでも……?」と言いながらマスクを外す。するとその口は耳元まで大きく裂けていた、というもの[2]。「きれいじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺される、と続く[3]

社会問題化と終息

この都市伝説は全国の小・中学生に非常な恐怖を与え、パトカーの出動騒ぎ(福島県郡山市神奈川県平塚市)や、北海道釧路市埼玉県新座市集団下校が行われるなど、市民社会を巻き込んだパニック状態にまで発展した。

マスコミに初めて登場したのは1979年1月26日岐阜日日新聞とされる[4]。次いで『週刊朝日』1979年6月29日号に記事が掲載され、1978年12月初めに岐阜県加茂郡八百津町で、農家の老婆が母屋から離れたトイレに立った際、口裂け女を見て腰を抜かしたという噂が紹介された[5]

1979年6月21日姫路市の25歳の女がいたずらで口裂け女の格好をし、包丁を持ってうろつき、銃刀法違反容疑で逮捕された事例もある[6]

1979年8月、それまで全国を席巻していたこの噂は急速に沈静化した。これは夏休みに入り、子供達の情報交換=口コミが途絶えたため、とされる[1]

ルーツ

宝暦4年(1754年)に美濃国郡上藩(現・岐阜県郡上市八幡町)での農民一揆の後に処罰された多くの農民の怨念が、特に犠牲者の多かった白鳥村(現・郡上市)に今なお残っているといわれ、これがいつしか妖怪伝説となって近辺に伝播し、時を経て口裂け女に姿を変えたとの説がある[7]

また明治時代中期、滋賀県信楽に実在したおつやという女性が、恋人に会うために山を隔てた町へ行く際、女の独り身で山道を行くのは物騒なので、白装束に白粉を塗り、頭は髪を乱して蝋燭を立て、三日月型に切った人参を咥え、手に鎌を持って峠を越えたといい、これが都市伝説のモデルになったとの説がある[1]。同様に岐阜県でも、明治または大正時代に女性が同様の姿で峠を越えて恋人のもとへ通ったという話がある[7]

前述の新聞記事にもあるように岐阜県を発祥地とする説においては、岐阜では発祥当時、小学校でも比較的裕福な家庭の子供のみが学習塾へ通っていたため、あまり財力のない家庭が子供に塾通いを諦めさせるために「夜道を歩いていると口裂け女に襲われる」と夜の外出を怖がらせた話がルーツとされることが多い[7]。岐阜県美濃加茂市近辺の教育熱心で怖い母親の姿が由来だとも言う説のほか、愛知県で、母親が娘にした話が様々な変化を伴いながら、全国に広まったとする説など諸説ある。ジャーナリスト・朝倉喬司の調査によれば、岐阜県での最初期の噂では、その正体が精神病院からの脱走者として語られており[8]、1970年代に大垣市で座敷牢に閉じ込められていた精神病女性が夜ごとに外出し、精神に異常を来たしているために口紅を顔の下半分に塗りたくり、それを見た人が驚いたという話や[7]多治見市の著名な心霊スポットのトンネルで精神病の女性が徘徊して子供を脅かしていたという話が元になったといわれ[7]、その後も精神病と口裂け女を結びつける事例の報告は多い[9][10][11]。いずれにしても、中京地区、特に岐阜県近辺が発祥である点はほぼ一致している。

1990年代に入り、整形手術医療ミスなどの話題が出るに伴い、再び広まり始め、整形手術に失敗し理性を失った女性が正体であると語られた。

またCIAが噂の広がり方を検証するために流した情報だという説もある[1]

ほかにも、岐阜県1968年8月18日に発生した飛騨川バス転落事故現場の川から白骨化した頭蓋骨が発見され、それを復顔したところ口が耳まで裂けており、口裂け女はその亡霊だという説がある[1]

前述の通り口裂け女の話は韓国でも流行したが、日本統治下にあった頃の朝鮮半島ですでに口裂け女の話があったとの説もある。日本統治下の頃、雪の夜にマスクをした3人の女性が家を訪ね、「誰が一番きれい?」と聞き、1人を選ぶとほかの2人に殺され、マスクをはずすと3人とも口が裂けていた、という話が2001年に採集されている。

噂に見る「人物像」

容姿

  • 目はキツネ、声はネコに似ているともいう[12]
  • 身長に関しては諸説あるが、2メートルを超えていたという説も。
  • 血の目立たない真っ赤な服をきている、血の目立つ真っ白い服を着ている、など服装に関する噂も多い。
  • 赤いベレー帽、赤い服を身につけ、赤いハイヒールを履いているともいう[12]
  • 東京都江戸川区では、赤い傘をさしており、この傘で空を飛ぶという[13]
  • 東京都王子では、白いコートを着て、白いブーツを履いているという[12]
  • 東京都多摩川では薄汚い格好という[12]
  • 東京都八王子市国分寺市では着物姿で、サングラスをかけているという[12]
  • 岡山県岡山市では、片手にツゲを持っているという[13]
  • 長い鋏や、出刃包丁、鎌、鉈、斧、メスなど複数の刃物を持っているとされ、人目の多い都会では、隠し持つことのできる鋏や鎌、メスなどが多く、田舎では出刃包丁や鉈、斧など殺傷力の高い凶器を好む。

通行人に会った際の行動

  • 耳まで裂けた口で通行人を食べてしまう、人をどこかへ連れ去ってしまう[14]
  • 「ヨーグルト食べる?」と尋ねる。「食べない」と答えると、自分が口裂け女に食べられる[12]
  • 肩を叩く。うかつに振り向くと切りつけられる。右肩を叩かれたら左、左肩を叩かれたら右から振り向くと避けられる[12]

居場所

  • 三軒茶屋三宮など、地名に「三」のつく場所に多く現れる。
  • 体育館のステージの地下室に住みついている[12]
  • 神社に寝泊りしている[12]
  • 学校の保健室にいる、いつもマスクをしている学校医が、実は口裂け女[15]
  • 墓石の置き場所に現れる[12]

口裂け女の姉妹

  • 実は口裂け女は三姉妹で、全員口が裂けている。あるいは口が両側裂けているのはひとり、片側だけ裂けているのがひとり、残るひとりはメイクで裂けているようにみせかけているというバリエーションもある。出遭った人が「3人の中で誰が綺麗?」と聞かれ、1人を選ぶと、ほかの2人に殺されるとされる場合も[16]
  • 三姉妹の内、口が裂けているのは本人のみ。かつて3人揃って整形手術をしたが、末の妹のみが失敗して口が裂け、整形に成功した姉2人を羨んでいる内に精神に異常を来たし、子供たちを脅すようになった[17]
  • 三姉妹が同時に交通事故に遭い、2人は死に、1人は生き残ったものの事故で口が裂けた[17]
  • 三姉妹のうちの1人が生まれつき口が裂けていたので、ほかの2人は同情し、1人は自分で口を裂き、もう1人は口紅で口を大きく見せた[12]
  • 山口県下松市では、三姉妹の長女は整形手術の失敗で口が裂け、次女は交通事故で口が裂けた。三女は口が裂けてはおらず、嫉妬した姉たちによって口を裂かれたといわれる[13]
  • 2人姉妹であり、かつて姉が周囲からもてはやされ、妹は落ち込んでいた。母が妹を哀れみ、姉の口をハサミで裂いた[17]

身体能力

  • 高速で走ることができ[10][11]、100メートルを6秒[5]、12秒で走るともいう[18]
  • 空中に浮く[12]

バリエーション

二口女
頭の上にもうひとつの大きな口を持つ。「きれい」と答えた相手には髪の毛をかき分けてその口を見せ、「ブス」と言うとこの口で食べられるという。江戸時代の奇談集『絵本百物語』などに登場する妖怪にも二口女の名があるが、都市伝説の「二口女」は妖怪の二口女に関連するものではなく、あくまで口裂け女の亜種とされる[19]
赤いマスクの女
韓国に登場する。この「赤」は生理の象徴であるとされる。
マスクの男
国分寺や八王子で噂された、口裂け女の連れ[15]
口割れ女
愛媛県徳島県でいうバリエーション。愛媛では相手に「美人ですか?」と尋ね、答えない相手を包丁で刺し殺す。この話を聞いてしまった者のもとには、3日以内に口割れ女が現れる。徳島では赤いセリカに乗って現れ「私の目はきれい?」と尋ねる。好きなものはべっこうあめではなく地元名産の飴玉。このバリエーションは、地元新聞社が口裂け女を誤ってこの名称で報道したために発祥したといわれる[15]

噂に見る「対処法」

口裂け女から逃げるには様々な方法があると伝えられている。

物による対処法

  • 広く知られたものにポマードべっこう飴がある。
    • ポマードと3回(6回とも)続けて唱えると女が怯むのでその隙に逃げられる、というもの。これは、過去に整形手術を受けた時の執刀医が多量のポマードを付けていて、その臭いが嫌いだからとされている。また、ポマードを投げ付けたり、振り掛けたりして退散させる、手に「ポマード」と書いて見せると退散できるともいう[12]。足の裏にポマードと書く方法も伝わる。
    • べっこう飴は口裂け女の好物であり、これを与えて夢中でなめている隙に逃げられるというもの。この説は広く浸透し、当時のパソコンゲーム「平安京エイリアン」にも敵を足止めするアイテムとしてべっこう飴が用いられるに至った。
      • 関東地方では、口裂け女はべっこう飴が嫌いなので、飴を投げつけると女が怯み、その隙に逃げることができるともいう[13]
      • 千葉県我孫子市では、べっこう飴5個なら喜んで、金平糖5個なら逃げ出すともいう[12]
      • べっこう飴ではなく、ボンタンアメで撃退できるともいう[12]
  • 豆腐を見せると逃げ出す[7]
  • 福岡県では口裂け女はスペースインベーダーが好きで、百円玉を投げつけると必死に拾おうとするので、その隙に逃げられる(スペースインベーダー流行期の福岡での噂)[12]

言葉による対処法

  • ニンニク、ニンニク」と唱えると助かるともいう[17]
  • 「ハゲ、ハゲ」と唱える[12]
  • 手のひらに「犬」と書き、これを見せれば逃げる[17]
  • 「犬が来た、犬が来た」というと逃げ出す[12]
  • 前述の「二口女」に対しては「リキッド、リキッド」と唱えると助かる[19]

逃げ場所

  • 建物の2階より上に上がることができないので、2階建て以上の建物に逃げ込む。
  • レコード店や化粧品店に逃げ込むと、追って来ない[12]

基本の「私きれい?」の問いに対する対処法

  • 殺されないためには「ふつう」と答えるしかない(1978年頃に京都で流布したパターン)。

その他

江戸時代の口裂け女

速水春暁斎『絵本小夜時雨』より「吉原の怪女」[20]

江戸時代怪談集『怪談老の杖』には、江戸近郊にキツネが化けた「口裂け女」が現れた、との話がある。

大窪百人町(現・東京都新宿区)で、権助という十代後半の男が雨の中を傘をさして歩いていると、ずぶ濡れの女がいた。権助が傘に入るよう言うと、振り向いた女の顔は、口が耳まで裂けていた。権助は腰を抜かし、気がつけば老人のように歯が抜けた呆けた顔になり、言葉も話せなくなった挙句、息を引き取ったという[21]

江戸時代の読本『絵本小夜時雨』の記述では、以下のようにある。

吉原遊郭の廊下を歩いていた太夫を客が戯れに引き止めると、振り向いた太夫の顔は、口が耳まで裂けていた。客はそのまま気を失い、その遊郭へ行くことは二度となかったという[22]

メディア

  • 1970年代後半、関西ローカル番組、『ヤングタウン』で紹介され、目撃譚などの投稿が相次ぎ、噂が拡大化した。
  • 口裂け女をモチーフとしたディスコソング「口裂け女をつかまえろ!」(1979年発売。原案:飯島浩二、作詞:藤公之介、作曲・編曲:淡海悟郎、歌:ポマード&コンペイ党)、「十番街の口裂け女」(作詞:ジャニス藤沼、作曲・編曲:バービー牧野、歌:サミット・プランテーション)が存在する。「口裂け女をつかまえろ!」は2005年発売のCD『愛しのキャラうた伝説〜キャラクター・ソングの素晴らしき世界〜』に収録。

脚注

  1. ^ a b c d e 並木 2007, pp. 119–122
  2. ^ 宇佐和通『THE都市伝説』新紀元社、2004年、19頁。ISBN 978-4-7753-0344-3 
  3. ^ 木原浩勝他『都市の穴』双葉社〈双葉文庫〉、2003年、204頁。ISBN 978-4-575-29279-4 
  4. ^ “編集余記”. 岐阜日日新聞: p. 1. (1979年1月26日) 
  5. ^ a b 平泉 1979, pp. 16–20
  6. ^ 大塚英志 著「怪談を生む“都市伝説”ゲーム」、野村敏晴編 編『歴史読本 臨時増刊 特集 異界の日本史 鬼・天狗・妖怪の謎』新人物往来社、1989年、275頁。 NCID BA55376086 
  7. ^ a b c d e f 早川 2008, pp. 112–121
  8. ^ 朝倉喬司「あの口裂け女の棲み家を岐阜山中に見た」『うわさの本』宝島社〈別冊宝島92〉、1989年、132-149頁。ISBN 978-4-7966-9092-8 
  9. ^ 野村純一「『口裂け女』その他」『日本の世間話』東京書籍、1995年、21-56頁。ISBN 978-4-4877-2238-9 
  10. ^ a b 河出書房 1979, pp. 32–33
  11. ^ a b 光文社 1979, pp. 46–48
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 山口 2008, 「口裂け女」
  13. ^ a b c d 松谷 1987, pp. 212–217
  14. ^ 水木しげる『図説 日本妖怪大全』講談社講談社+α文庫〉、1984年(原著1991年)、182頁頁。ISBN 978-4-0625-6049-8 
  15. ^ a b c 山口 2008, 「口裂け女の仲間の妖怪たち」
  16. ^ 山口敏太郎. “現代妖怪図鑑 41) 口裂け女三姉妹”. ホラーアリス妖怪王. 2014年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月3日閲覧。
  17. ^ a b c d e f 常光 1990, pp. 106–117
  18. ^ 金内照男他「口裂け女伝説の東海道中膝栗毛」『週刊朝日』84巻12号(通巻3176号)、朝日新聞出版、1979年3月23日、35-46頁、NCID AN10051537 
  19. ^ a b 山口 2007, p. 147
  20. ^ 湯本豪一『図説 江戸東京怪異百物語』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2007年、52頁。ISBN 978-4-3097-6096-4 
  21. ^ 平秩東作 著「怪談老の杖」、柴田宵曲編 編『奇談異聞辞典』筑摩書房ちくま学芸文庫〉、2008年(原著宝暦年間)、27-28頁。ISBN 978-4-480-09162-8 
  22. ^ 速水春暁斎 著「絵本小夜時雨」、近藤瑞木編 編『百鬼繚乱 江戸怪談・妖怪絵本集成』国書刊行会、2002年(原著1801年)、148-149頁。ISBN 978-4-336-04447-1 

参考文献

関連項目