青木拓磨

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青木 拓磨
青木 拓磨 TAKUMA AOKI
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1974年2月24日(40歳)
東京都
レースでの経歴
ロードレース世界選手権
活動期間 1993年 - 1997年
初レース 1993年 日本GP 250cc
最終レース 1997年 オーストラリアGP 500cc
チーム ホンダ
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
18 0 4 0 0 169

青木 拓磨(あおき たくま、1974年2月24日 - )は、日本オートバイロードレースライダー、現在はプロレーサー吉本興業所属。「青木三兄弟」の次男として知られる。

経歴[編集]

東京都出身。1990年にロードレースデビュー。 元ロードレースライダー、現ラリー&GTドライバー。 1995年1996年に全日本ロードレース選手権スーパーバイククラス2年連続チャンピオンを獲得。 1997年にはロードレース世界選手権GP500クラス(現motogp)に初フル参戦。初めてのコースでも戦闘力の劣る「ホンダNSR500V」で表彰台を獲得し、初参戦にして年間ランキング5位を獲得。 しかし、1998年に開幕前の栃木にあるホンダテストコースでテスト中の事故で脊髄損傷し、下半身不随なる。 怪我後はホンダ・レーシング助監督やテレビ等での解説、子供向けバイク教室などモータースポーツに関する精力的な活動を行なっている。  ここ数年は手動でアクセル・ブレーキ操作が可能なように改造を行った車で主にラリーレイドにも参戦している。2007年2008年にはタイで行われたアジアクロスカントリーラリーに出場し、2007年には総合7位、2008年は総合19位・市販車改造ディーゼルクラス優勝の成績を残した。2009年にはダカール・ラリーに初参戦。

本人は日本国内での自動車レース参戦を強く望んでいたが、従来日本自動車連盟(JAF)は障害者に対するモータースポーツライセンスの発給に消極的で、2009年まではジムカーナ等単走競技への参加のみが可能な限定付きライセンスしか発給してこなかった(そのためレース活動も、前述のように日本国外でのラリーレイドをメインとせざるを得なかった)。これに対し拓磨本人も手動での車両操作機構の開発を引き続き進めると共に、友人である土屋武士らが中心となってJAFに対しライセンスの限定解除を求める働きかけを行った結果、2010年についにJAFによるライセンスの限定が解除され国内の自動車レース参戦が可能になった。

 現在はレーシングドライバーとして、ダカールラリーやGTアジアに参戦するなどレースに出場し「優勝」することを目標に挑戦されている。また、未来を担う青年やハンディをもつすべての人に、「夢をあきらめない、挑戦し続けることの素晴らしさを伝えるべく、笑顔と勇気を届けるため、全国各地で講演会や訴求活動をしている。

[1]

略歴[編集]

  • 1983年 - ポケバイレース開始
  • 1990年 - ロードレースデビュー
全日本ロードレース選手権GP250 ランキング13位(日清カップヌードルホンダ
  • 1992年 - 全日本ロードレース選手権GP250 ランキング4位
鈴鹿8時間耐久ロードレース9位(RVF750
  • 1993年 - 全日本ロードレース選手権GP250 ランキング2位
鈴鹿8時間耐久ロードレース3位(マイク・スミス/RVF750)
  • 1994年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク ランキング2位(6勝)
  • 1995年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク チャンピオン(5勝/HRCRVF/RC45
  • 1996年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク チャンピオン(8勝/HRC/RVF/RC45)
鈴鹿8時間耐久ロードレース3位(カール・フォガティ/RVF/RC45)
鈴鹿8時間耐久ロードレースリタイヤ(ウルトラマンレーシング/RVF/RC45)
  • 1998年 - 2月 開幕前のホンダテストコースで脊椎を損傷
  • 1999年 - ホンダレーシング助監督に就任
  • 2000年 - チームキャビンホンダ助監督
  • 2001年 - チームキャビンホンダ助監督
  • 2002年 - ホンダモーターサイクルジャパン レーシングアドバイザー
  • 2005年 - ハンドドライブクロス選手権参戦
  • 2007年 - FIAアジアクロスカントリーラリー T1-G クラス2位 (team takuma-gp/三菱・トライトン)
  • 2008年 - FIAアジアクロスカントリーラリー T2-D クラス優勝 (team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2009年 - ダカール・ラリー T2-2 リタイヤ (青木孝次/team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
FIAアジアクロスカントリーラリー T2-D (team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2010年 - HONDA EXCITING CUP CIVIC INTER 参戦
FIAアジアクロスカントリーラリー T2-D (team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2011年 FIAアジアクロスカントリーラリー 総合3位 T1-Dクラス3位(team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2012年 スーパー耐久ST-2クラス年間ランキング3位
FIAアジアクロスカントリーラリー T1-D (team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2013年 FIA GT ASIA FUJIラウンド GTMクラス 5位 (DIJON RACING/シボレー・コルベットGT3)
FIAアジアクロスカントリーラリー T1-D (team takuma-gp/いすゞ・D-MAX)
  • 2014年 FIA GT ASIA KOREAラウンド GTMクラス 第1戦&第2戦 2戦連続優勝 ディランゴレーシング ランボルギーニ・ガヤルドGT3


ロードレース世界選手権[編集]

1993年からのポイントシステム:

順位 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
ポイント 25 20 16 13 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
クラス チーム マシン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ポイント 順位 勝利数
1993年 250cc カップヌードル-ホンダ NSR250 AUS
-
MAL
-
JPN
8
ESP
-
AUT
-
GER
-
NED
-
EUR
-
RSM
-
GBR
-
CZE
-
ITA
-
USA
-
FIM
-
8 24位 0
1994年 250cc カップヌードル-ホンダ NSR250 AUS
-
MAL
-
JPN
5
ESP
-
AUT
-
GER
-
NED
-
ITA
-
FRA
-
GBR
-
CZE
-
USA
-
ARG
-
EUR
-
11 20位 0
1995年 500cc HRC-ホンダ NSR500 AUS
-
MAL
-
JPN
3
ESP
-
GER
-
ITA
-
NED
-
FRA
-
GBR
-
CZE
-
BRA
-
ARG
-
EUR
-
16 23位 0
1996年 500cc HRC-ホンダ NSR500 MAL
-
INA
-
JPN
NC
ESP
-
ITA
-
FRA
-
NED
-
GER
-
GBR
-
AUT
-
CZE
-
IMO
-
CAT
-
BRA
-
AUS
-
0 - 0
1997年 500cc レプソル-ホンダ NSR500V MAL
5
JPN
4
ESP
4
ITA
NC
AUT
NC
FRA
5
NED
NC
IMO
3
GER
3
BRA
-
GBR
10
CZE
6
CAT
7
INA
7
AUS
2
134 5位 0

出演[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 《インタビュー》青木拓磨「目標はル・マン優勝」“挑戦”への情熱を語る] - as-web.jp・2010年3月3日

外部リンク[編集]