谷町
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谷町(たにまち)は大阪市中央区の町名。郵便番号は一丁目から五丁目が540-0012、六丁目から九丁目が542-0012。発音は「た」にアクセントが置かれる。
[編集] 地理
谷町筋に沿って一丁目から九丁目があるが、六丁目と七丁目は西側へ広い。谷町筋の地下を通る大阪市営地下鉄谷町線においては、谷町四丁目駅、谷町六丁目駅、谷町九丁目駅の駅名に採用され、車内放送の発音も「た」にアクセントが置かれる。
一丁目から四丁目にかけて、東側が官公庁街となっており、大阪府庁舎をはじめ、日本政府の出先機関やそれらに関連した司法書士事務所などが軒を連ねている。
地名は、西へ落ち込む上町台地の谷地形に由来する。
[編集] 歴史
近世においては、天満橋南詰(天満橋交差点)から高麗橋通(谷町1交差点)までが一丁目、思案橋通(谷町2交差点)までが二丁目、内本町通(谷町3交差点)までが三丁目と、三丁目までしかなかく、東側は大坂城大手前の武家屋敷地となっていた。
ただし、三丁目以南にも谷町と付く町名や字名があり、農人橋通(谷町4交差点)までが錫屋町、久宝寺橋通(谷町5交差点)までが北谷町、安堂寺橋通までが南谷町と続いた。
南谷町以南も、谷町筋沿いは玉木町、万年町、立半町と続いたが、この辺りは大坂城南惣構堀の遺構である空堀跡の一部で、西側には瓦土取場が広がっていた。現在の六丁目と七丁目が西側へ広い町域となっているのはこのためである。
立半町以南は西成郡西高津村領内となり、谷町八丁目筋寺町と続いた。この西高津村と東成郡北平野町村・南平野町村・天王寺村に跨って、四天王寺に至る大坂最大の寺町が形成された。
1872年(明治5年)に立半町までを編入し、1900年(明治33年)に西高津村(当時は東区西高津)の一部を編入した。
[編集] 関連項目
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