京橋 (大阪市)
京橋(きょうばし)は、大阪市にある橋およびその周辺の地名。具体的には以下のものを指す。
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尻下がりの抑揚で「きょうばし」と読む。「京橋」という名の橋は、京橋駅から1.2kmほど西へ離れた大坂城北側を流れる寝屋川に架かっている。都島区と中央区の境目にあり、場所としては、むしろ天満橋駅からの方が近い。かつての京街道の起点、また東海道五十七次の終点(江戸日本橋から137里4町1間)であり、大坂の玄関口として賑わった。
江戸時代は、京橋南詰~天満橋南詰~天神橋南詰~今橋東詰に、京橋一丁目~京橋六丁目という町名があった。さらに、明治時代に、京橋一丁目~京橋三丁目として再編され、区政施行後も大阪市東区の町名として存在した。平成になって、京橋一丁目~京橋三丁目は、中央区大手前一丁目、天満橋京町、北浜東の各一部となり、京橋という町名は姿を消した。同時に、大坂城京橋口にあった京橋前之町という町名も大手前一丁目の一部となり姿を消した。
一方、1895年(明治28年)に城東線(後の大阪環状線)の京橋駅が開業して後に片町線や京阪本線との乗り換え駅となり、駅周辺が繁華街として発展するに伴い、「京橋」はその名をつけた駅およびその周辺を指すようになった。 現在も都島区東野田町・片町、城東区新喜多一丁目・蒲生一丁目・野江一丁目一帯の通称である。広義では寝屋川の南側にある中央区城見、城東区鴫野西一丁目も含まれる。京阪本線の京橋駅は1949年まで蒲生駅と名乗っており、かつては橋梁の京橋の近くに京橋駅(廃駅)があった。
JRと京阪および地下鉄を含め、京橋駅は1日50万人以上の乗降客があり、京阪グループなどが拠点を置いていることから商業施設が集積しており、飲食店街や歓楽街も発展していることから大阪の東の玄関口とも呼ばれ、梅田界隈のキタ、難波・心斎橋界隈のミナミに対して、時折OBPを含む同地区界隈をヒガシと呼ぶことがある(京橋タウンガイド等より)。ただ、キタやミナミとは違い、ヒガシという呼び名は一般にあまり浸透しているとはいえないのが実状である。
現在の京橋駅界隈の大半は東野田町にあり、この町名は東成郡野田村に由来する。大阪市域にはもうひとつ西成郡野田村(現 福島区野田)があり、1897年に両村は大阪市北区(当時)に編入され、東成野田・西成野田となり、1900年に東野田・西野田となった。また、1969年まで京橋駅付近に大阪市電「東野田駅」があった。元来京橋という地名でないことも加え、ヒガシ呼称にはこういった歴史的な理由もある。
[編集] 京橋(橋梁)
[編集] 歴史
大坂の公儀橋12橋のひとつ。江戸時代の擬宝珠には「元和九年造立」(1623年)の銘があった。
[編集] 仕様
- 単純プレートガーダー構造 鋼橋
- 橋長 55m、幅 9m
[編集] 周辺情報
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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