新淀川大橋

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国道423号標識
新淀川大橋
新淀川大橋(全景)
所在地 日本の旗 日本
大阪市北区-淀川区
淀川
長さ 794.8m(上流側道路部)
813.1m(下流側道路部)
最大支間長 115m
16m(上流側道路部)
14m(下流側道路部)
形式 鋼床版桁橋(道路橋)
ランガー桁橋鉄道橋
素材 鋼材
建設 1964年(上流側道路部・鉄道橋)
1969年(下流側道路部)
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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道路橋および鉄道橋

新淀川大橋(しんよどがわおおはし)は、大阪市北区豊崎と淀川区西中島を結ぶ淀川に架かる国道423号新御堂筋)、大阪市営地下鉄御堂筋線併用橋である。大阪市の中心部と新大阪・千里ニュータウン方面を結ぶ動脈の橋であるため交通量・運行本数は多い。浪速の名橋50選に選定されている。

概要[編集]

アーチ部分

中央の御堂筋線鉄道橋を両側の道路橋で挟んだ構造となっており、歩道も設置されている。鉄道橋は3径間の中央径間がランガー桁となるアーチ橋、道路橋は3径間連続の鋼床版桁橋となっている[1]

諸元[編集]

  • 形式 - 鋼床版桁
  • 橋長 - 上流側道路部794.8m、下流側道路部813.1m
  • 幅員 - 上流側道路部16m(4車線)、下流側道路部14m(3車線)
  • 径間数 - 3(淀川流域部)
  • 最大支間 - 115m
  • 竣工 - 1964年(昭和39年)、1969年(昭和44年)

歴史[編集]

現在の新淀川大橋は戦前から構想され、1939年(昭和14年)には下部工が完成した。しかし、戦時の資材・資金不足のため、下部工のみ竣工した状態で建設が中断された。建設再開は約20年後となり、東海道新幹線開通前の1964年(昭和39年)に地下鉄御堂筋線、大阪府道大阪箕面線として開通した。大阪万博開催直前の1970年(昭和45年)3月には下流側に現在の北行きが完成し、現在の姿となった。1982年(昭和57年)には国道423号に昇格している。

  • 1926年(大正15年) - 高速鉄道1号線(地下鉄御堂筋線)江坂-我孫子間が都市計画決定
  • 1932年(昭和7年) - 北野豊津線として事業認可
  • 1935年(昭和10年) - 設計完了
  • 1939年(昭和14年) - 下部工事の完成後に資金不足により建設中断
  • 1960年(昭和35年)1月 - 建設再開
  • 1964年(昭和39年) - 鉄道部分と上流側の道路が開通
  • 1970年(昭和45年)3月 - 下流側の道路が開通
  • 1982年(昭和57年)4月1日 - 国道423号に指定

周辺[編集]

アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の橋は道路部分が普通の高架橋、地下鉄部分がアーチ橋になっているが、戦前の構想では清洲橋と同様の自錠式吊り橋として計画されていた。橋脚の割りが吊り橋仕様になっているのがその名残である。

参考文献[編集]

  • 財団法人大阪都市協会『大淀区史』1988年11月、pp.155-157。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]