石崎汽船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
石崎汽船株式会社
Ishizaki Kisen Co.,Ltd
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 石崎汽船
本社所在地 日本の旗 日本
791-8081
愛媛県松山市高浜町5丁目2259-1
松山観光港ターミナル内
設立 1919年(大正8年)
業種 海運業
代表者 代表取締役社長 一色昭造
資本金 1億6,800万円
従業員数 62名
主要株主 伊予鉄道 (42%)
主要子会社 中島汽船松山・小倉フェリー
関係する人物 庄兵衛
外部リンク http://www.ishizakikisen.co.jp/
特記事項:1862年(文久2年)創業。
テンプレートを表示
国の登録有形文化財である旧本社の建物(木子七郎設計)
高速船「瑞光」(呉港にて)
フェリー「旭洋丸」(呉港にて)

石崎汽船株式会社(いしざききせん)は、愛媛県松山市に本社を置く海運会社である。

創業130年を超える老舗の旅客船事業者である。長年にわたり近鉄グループに属していたが、現在は伊予鉄道の持分法適用関連会社である。

沿革[編集]

創業期[編集]

  • 1862年(文久2年) : 新浜村(現 松山市高浜)の庄兵衛が廻船業を興す[1]
  • 1864年(元治元年) : 庄兵衛が死去するが、以後の後継ぎも「庄兵衛」を名乗る。
  • 1869年(明治2年) : 庄兵衛(創始者の孫にあたる)が「石﨑庄兵衛」を名乗り始める。
  • 1873年(明治6年) : 外輪船を輸入し、愛媛県内で旅客船営業を始める。
  • 1891年(明治24年) : 徳山の船会社から「第一相生丸」を購入する。以後、購入・建造する船は「第○相生丸」と命名されるようになる。
  • 1903年(明治36年)8月 : 三津浜 - 尾道航路を開設する。
  • 1919年(大正8年) : 株式会社に改組し、石崎汽船株式会社とする。

水中翼船・フェリー時代[編集]

戦後、高度成長期にフェリー水中翼船を相次いで導入。モータリゼーションの進展や高速化にうまく対応し業績を伸ばしていった。

  • 1965年(昭和40年) : 松山 - 広島航路にフェリーを導入する。
  • 1966年(昭和41年) : 松山 - 広島航路に水中翼船を導入する。
  • 1969年(昭和44年) : 松山 - 尾道航路に水中翼船を導入する。
    • 近畿日本鉄道と伊予鉄道が共同で資本参加する。
  • 1971年(昭和46年) : 松山 - 尾道航路に高速船を導入する(四国内と本州の鉄道との連絡航路として利用された)。
  • 1975年(昭和50年)5月 : 松山 - 三原航路を開設する(瀬戸内海汽船、昭和海運との共同運航)。新幹線との連絡航路として利用された。
  • 1979年(昭和54年) : 松山 - 尾道航路に就航していた高速船を水中翼船に置き換える。
  • 1988年(昭和63年)6月 : 松山 - 三原航路が、瀬戸大橋開通による航路再編に伴い廃止される。

高速船中心の時代へ[編集]

高速艇「シーマックス」(門司港にて)

近況[編集]

「スーパージェット」(松山 - 広島)の運航時間帯拡大による増便がなされている。

  • 2004年(平成16年) 2月 : 「シーマックス」(松山 - 門司)の下関港寄港を開始する(2006年5月以降は休止)。
  • 2004年(平成16年)10月1日 : 中島町営汽船の経営を引き継ぎ、傘下に中島汽船を発足させる。
  • 2008年(平成20年)1月15日 : 「シーマックス」(松山 - 門司)を廃止する。
  • 2008年(平成20年)3月10日 : 松山 - 呉 - 広島の「スーパージェット」が、燃料費高騰などにより[要出典]1日15往復から14往復に減便する(フェリー便は現状維持)。
  • 2009年(平成21年)10月31日 : 瀬戸内海汽船とともにICい〜カードPASPYを導入し供用を開始する。また、ICOCAの共通利用も開始する。
  • 2013年(平成25年) 4月1日 : 100%子会社の松山・小倉フェリーを設立し、フェリーさんふらわあから松山 - 小倉航路を承継する[2]
  • 2013年(平成25年)7月 : 本社所在地が、松山市三津1丁目4番9号から松山観光港に移転する。
  • 2014年(平成26年)4月1日 : 消費税増税に伴いスーパージェット・クルーズフェリーの料金値上げをする。

航路と利用客数[編集]

廃止航路

  • 松山 - 尾道 : 5万人(1995年)
  • 松山 - 三原 : 13万人(1985年)
  • 松山観光港 - 門司港(高速船「シーマックス」) : 7万人

脚注[編集]

  1. ^ 『石崎汽船史 海に生きる』では、このときを創業とみなし、庄兵衛を石崎汽船の創始者としている。
  2. ^ 松山〜小倉航路の新規許可について (PDF) (プレスリリース) - 四国運輸局プレスリリース(2013年3月22日付、同年4月5日閲覧)

外部リンク[編集]

  • 石崎汽船(公式サイト)
  • 石崎汽船本社(登録有形文化財(建造物)) - 国指定文化財データベース(文化庁)

座標: 北緯33度51分54.9秒 東経132度42分41.17秒 / 北緯33.865250度 東経132.7114361度 / 33.865250; 132.7114361