浜松・東三河フェニックス

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浜松・東三河フェニックス
チームカラー
所属リーグ 日本の旗 bjリーグ
地区 ウエスタンカンファレンス
創設年 1965年
本拠地 静岡県浜松市愛知県東三河地区
岡崎市湖西市
アリーナ 浜松アリーナ
豊橋市総合体育館
豊川市総合体育館
湖西市アメニティプラザ
岡崎中央総合公園総合体育館
代表者 浜武恭生
ヘッドコーチ 東野智弥
公式サイト http://www.bj-phoenix.com
ユニフォーム
Kit body basketball.png
ホームジャージ
チームカラー
ホーム
Kit body basketball.png
アウェイジャージ
チームカラー
アウェイ
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浜松・東三河フェニックス(はままつ・ひがしみかわフェニックス、英語: Hamamatsu Higashimikawa Phoenix)は、静岡県浜松市愛知県東三河地区をホームタウンとする日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)に所属するプロバスケットボールチームである。2008年よりbjリーグに所属している。なお、略称は自治体名の「浜松」となる。旧チーム名は「オーエスジーフェニックス東三河」。主要獲得タイトルはbjリーグ優勝2回、bj-KBL チャンピオンシップゲームズ優勝1回の計3回である。 リーグ加盟から2011-12シーズンまでは東カンファレンス所属だったが、2012-13シーズンより西カンファレンス所属に変更される。

概要[編集]

チームの特徴[編集]

オフェンスは走るバスケを展開。「日本一厳しい練習をしている」といわれる程、徹底して全員で走る全員バスケを展開し、相手を圧倒して、前半で勝負を付ける試合も少なくない。ディフェンスはハーフコートマンツーマンとゾーンの2つを採用しているが、中村HCの指示通りにディフェンスが出来なければ解雇される選手も少なくない。


チームカラー[編集]

マスコット[編集]

  • ダンカー
愛称は公募により決定された。
なお、オーエスジー時代のマスコットは「フェニックスくん」であった。

チアダンスチーム[編集]

  • ファイヤーガールズ
2008年bjリーグ参戦に伴い結成。それまではOSGチアリーダーズが活動していた。

会場MC[編集]

静岡県会場担当:高橋正純2008-09シーズン~)

愛知県会場担当:ターザン山下2009-10シーズン~)

            加藤昌志(2008-09シーズン)

オフィシャルソング[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

過去のユニフォームスポンサー[編集]

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

スポンサー[編集]

歴史[編集]

各種工具・機械部品メーカーであるオーエスジーのバスケットボール部として1965年創部。創部者である大沢茂樹により「不死鳥のように」との願いを込めて「オーエスジーフェニックス」と名づけられた。同社はOSGフェニックス&モトスポーツと言うチーム名でスーパーバイクを中心とするモーターサイクルレーシングにも参戦している。また一時期、オーエスジーが運営していたパソコン教室の名前にも「フェニックス」の名が使われていた。

1985年、愛知県実業団リーグに登録。11部からスタート。毎年各部優勝と昇格を決め、1994年に2部昇格。1995年全日本実業団バスケットボール選手権大会に初出場。 199798年の全日本実業団選手権で連覇。1998年には全日本総合バスケットボール選手権大会(オールジャパン)に初出場。同年4月、共同石油女子バスケットボール部(現・JXサンフラワーズ)の強豪化に導いた中村和雄が監督に就任する。

日本リーグ・JBL時代[編集]

1999年全日本実業団バスケットボール競技大会で優勝し日本リーグ昇格。2000年、オールジャパンに出場しベスト8を決め、日本リーグ2部でも優勝を果たす。いすゞ自動車ギガキャッツボッシュブルーウィンズの撤退に伴い、新潟アルビレックス(現・新潟アルビレックスBB)とともに2002年よりスーパーリーグに参戦。奇しくも新潟アルビレックスとは、その後、bjリーグで再会を果たすことになる。

オールジャパンでは2003年2007年にベスト4進出、2005-06にはスーパーリーグ準優勝を果たす。

プロ化に対しては積極的であり、旧JBLがプロ化を見据えて日本バスケットボールリーグ(JBL)を発足した際には最初に参加に手を上げた。2007年からはチーム名に「東三河」を付け、豊橋市総合体育館をホームアリーナとする。

bjリーグ参戦表明

2007年のシーズン終了後、2008年からのbjリーグへの参戦を検討開始した。理由として、新リーグがプロ化するにあたり、参加予定の8チーム中、オーエスジーを含め、3チームしかオールプロのチームでなく、かつ地域密着を目指すオーエスジーの方針が、同じく地域密着を目指すbjリーグの方針と合致したことなどが挙げられる。また、月刊バスケットボールのインタビュー記事で「我々は30年以上日本連盟でプレーしてきたが、何も変わらなかった。プロリーグであるbjリーグに転籍すれば間違いなく変われる。」とインタビューで述べていることから、転籍に対して相当な意気込みを見せている。

2007-08シーズンはJBL新リーグに参加。その後bjリーグ参加申請の結果、2008-09シーズンからの参加が可能になった[1]。また、bj転籍に伴い浜松市豊橋市を含む愛知県東三河地区とのダブルフランチャイズとなるため、チーム名は「浜松・東三河フェニックス」に変更となる。ホームアリーナは豊橋市総合体育館のみから静岡県浜松市の浜松アリーナ浜北総合体育館、愛知県東三河の豊橋市総合体育館、豊川市総合体育館に増加する。東西交流戦のうち2試合は北海道旭川市での開催が決まっている[2]。練習拠点は引き続き豊川市のオーエスジースクエア(オーエスジー豊川工場の敷地内にある)に置く。チーム運営会社は株式会社フェニックスコミュニケーションズとなり、オーエスジー本社は出資企業のひとつとしてチーム運営を継続する他、浜松・東三河地区の企業の出資も仰ぐ。また、オーエスジーフェニックスの名前は、モーターサイクルレーシングチームの名前で残される。練習場も引き続きオーエスジースポーツスクエアを使用する。なお、参入決定後、既にbjリーグに参戦しているライジング福岡とのプレシーズンも予定されていたが、JBL及び日本バスケットボール協会に認められず中止になった。

JBL、そしてオーエスジーフェニックス東三河としてのラストシーズンは総合3位で終えた。シーズン終了後、オーエスジーフェニックス東三河に所属していた選手は全員移籍選手リストに提示され、川村卓也朝山正悟といった日本代表級選手がJBLの他チームに移籍し、大口真洋太田敦也岡田慎吾堀田剛司といった選手が浜松・東三河フェニックスに残留した。また、孫明明ジョシュ・ペッパーズアダム・ザーンアンディー・エリスらが加わった。また、初代ヘッドコーチには前オーエスジーフェニックスの中村監督が就任する。

bjリーグでの戦績[編集]

株式会社フェニックス
Phoenix Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
441-1234
豊川本社
愛知県豊川市一宮町下新切45-47
設立 2008年6月2日
業種 サービス業
事業内容 バスケットボールの興行
代表者 代表取締役社長 浜武恭生
主要株主 オーエスジー
外部リンク 浜松・東三河フェニックス
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2008-09シーズン[編集]

bjリーグ開幕に先立ち、10月に浜松アリーナでの東京アパッチ戦と、ロシアの強豪でユーロリーグ出場歴のあるMBCディナモ・モスクワとのプレシーズンを敢行した。

記念すべき開幕戦は10月18日に仙台89ERSとの試合を行い、勝利を収めた。シーズン中には5連敗を喫し、選手の入れ替えをするなど苦戦した時期もあったが、シーズン後半に2度の10連勝を記録。転籍1年目はイースタンカンファレンス1位でプレイオフに進出する。カンファレンスセミファイナルでは新潟アルビレックスBBを下すがカンファレンスファイナルで東京アパッチに惜敗、3位決定戦で大阪エヴェッサを破り参入初年度は総合3位という成績で終えた。

2009-10シーズン[編集]

レギュラーシーズンでは2008-09シーズンの琉球ゴールデンキングスと並ぶシーズン最高勝率(.788)を記録し、2年連続イースタンカンファレンス1位でプレイオフに進出する。カンファレンスセミファイナルでは東京と対戦し、2連勝でファイナル4に進出。カンファレンスファイナルでは大口真洋がbjリーグ新記録となる10本の3ポイントシュートを決める活躍を見せ、新潟に逆転勝利。ファイナルでは大阪を破り、bjリーグ初優勝を果たした。イースタンカンファレンスのチームが優勝するのは初めてである。レギュラーシーズンMVPにはウェンデル・ホワイト、プレイオフMVPは大口真洋がそれぞれ受賞した。

2010-11シーズン[編集]

プレシーズンマッチとして行なわれたbj-KBL チャンピオンシップゲームズでは蔚山モービスフィバスと対戦、1勝1敗だったものの得失点差で勝利し日本勢として初の単独優勝となった。2011年1月15日に行われた高松ファイブアローズ戦(豊橋)での勝利をもちbjリーグレギュラーシーズン通算100勝に到達。勝率.870(40勝6敗)というリーグ新記録でこのシーズンも地区1位となりプレーオフに進出。中心選手だったジャメイン・ディクソン東日本大震災の影響で退団・帰国しプレイオフに向けてチームの再構成を迫られた(なお、ディクソンは翌シーズンに復帰)。カンファレンスセミファイナルでは富山に、カンファレンスファイナルでは新潟にそれぞれ勝利し、ファイナルでも沖縄を下して2連覇を達成。なおMVPはジェフリー・パーマーがレギュラー・プレイオフの両方で受賞している。

シーズン終了後に中村HCが契約満了に伴い退団、秋田ノーザンハピネッツのHCに就任。新HCにはチーム統括だった河合竜児が就任。

2011-12シーズン[編集]

開幕直後に新規参入チーム横浜ビー・コルセアーズ千葉ジェッツとの4連戦で1勝3敗とつまづいたが、その後外国籍選手の入れ替えなどで立て直して、4シーズン連続でイースタンカンファレンス1位となる。プレイオフカンファレンスセミファイナルでは新潟アルビレックスBBを、カンファレンスファイナルでは横浜を降してファイナルに進出したが、ファイナルで琉球ゴールデンキングスに敗れて3シーズン連続優勝はならなかった。

2012-13シーズン[編集]

このシーズンよりウエスタンカンファレンスに移動。2013年3月に河合HCが解任され、東野智弥が就任。ウエスタンカンファレンス6位となり、初めてプレーオフのホーム開催権を逃す。プレーオフウエスタンカンファレンスファーストラウンドでは3位の島根スサノオマジックと対戦して2連敗で敗退。

チーム名の変遷[編集]

  • 1965-2006 OSGフェニックス
  • 2007 OSGフェニックス東三河
  • 2008-現在 浜松・東三河フェニックス

主な成績[編集]

日本リーグ[編集]

年度 リーグ ディビジョン レギュラーシーズン セミファイナル ファイナル 最終結果
順位
1999 日本リーグ 2部 33 12 0 1位 - - - - 優勝
2000 34 13 1 1位 1 0 0 1 準優勝
2001 日本リーグ 35 12 2 2位 2 0 1 2 準優勝
2002 スーパーリーグ 2 2 19 8位 --- 8位
2003 3 13 15 5位 --- 5位
2004 4 10 18 6位 --- 6位
2005 5 16 10 準優勝 2 0 1 3 準優勝
2006 6 6 18 7位 --- 7位
2007 JBL 1 20 15 3位 0 2 --- 3位

bjリーグ[編集]

年度 レギュラーシーズン 最終結果 HC 備考
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2008-09 36 16 .692 - 90.7 78.9 +11.8 東1位 3位 中村和雄 転籍1年目
ファイナル4出場
2009-10 41 11 .788 - 87.8 76.5 +11.3 東1位 優勝 初優勝
2010-11 40 6 .870 - 89.1 76.8 +12.3 東1位 優勝 2連覇
2011-12 37 15 .712 - 84.7 77.9 +6.8 東1位 2位 河合竜児 ファイナル出場
2012-13 28 24 .538 14.0 81.7 77.6 +4.1 西6位 9位 河合竜児
東野智弥
プレイオフ地区1回戦出場

ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している。

獲得タイトル[編集]

個人別タイトル[編集]

レギュラーシーズンMVP

プレイオフMVP

  • bjリーグ2009-10 大口真洋
  • bjリーグ2010-11 ジェフリー・パーマー

ルーキー・オブ・ザ・イヤー

最優秀6th Man

  • bjリーグ2010-11 ウェイン・アーノルド

コーチ・オブ・ザ・イヤー

  • bjリーグ2009-10 中村和雄
  • bjリーグ2010-11 中村和雄

ベスト5

得点

アシスト

リバウンド

  • JBL 2007-08 マーキース・エスティル

ブロックショット

スティール

  • スーパーリーグ2003-04 ジョニー・ローズ
  • JBL 2007-08 クリフ・ホーキンス

フィールドゴール成功率

  • JBL 2007-08 マーキース・エスティル

3ポイントシュート成功率

フリースロー成功率

リーグ戦の主な記録[編集]

個人記録[編集]

1試合最多得点 45得点 マーカス・モリソン 2009年4月18日 対埼玉

1試合最多リバウンド 17本 マーカス・モリソン 2009年4月4日 対仙台

                 スタンリー・オシティ 2009年3月14日 対滋賀

                 アダム・ザーン 2008年12月7日 対福岡戦 

1試合最多アシスト 15本 マイケル・ガーデナー 2008年11月22日 対高松

1試合最多ブロック 7本 ローレンス・ブラックレッジ 2012年3月10日 対富山

1試合最多スティール 8本 マイケル・ガーデナー 2009年1月11日 対埼玉

1試合最多ターンオーバー 11本 マイケル・ガーデナー 2009年5月16日 対東京

チーム記録[編集]

得点失点関連記録[編集]

  • 1試合最多得点
139得点 2012年11月4日 対宮崎
  • 1試合最少得点
54得点 2012年10月13日 対大分
  • 1試合最多失点
106失点 2012年10月21日 対福岡
  • 1試合最少失点
45失点 2010年2月14日 対富山

連勝記録[編集]

最多連勝 15連勝 (2010-11シーズン) 2010年10月24日 対富山戦~2010年12月12日 対秋田

最多連敗 5連敗  (2008-09シーズン) 2008年11月21日 対高松戦~2008年12月6日 対福岡

同一カード最多連勝

同一カード最多連敗

観客動員記録[編集]

最多観客動員試合 3,610人 2012年4月1日 対秋田

最少観客動員試合 489人 2010年11月13日 対埼玉

年度別観客動員記録

年度 試合数 合計 平均 最大 最小 試合会場 備考
日本リーグ 1999-00 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2000-01 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2001-02 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- Sリーグ昇格
Sリーグ 2002-03 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2003-04 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2004-05 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2005-06 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
2006-07 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- ---
JBL 2007-08 --- ---人 ---人 ---人 ---人 --- JBL脱退
bjリーグ 2008-09 28+1 46,161人 1,648人 2,935人 1,132人 6会場 bjリーグ参入
bjリーグ 2009-10 26 33,853人 1,302人 1,862人 962人 5会場 ---
bjリーグ 2010-11 24 37,518人 1,563人 3,388人 489人 6会場 ---
bjリーグ 2011-12 28+1 52,653人 1,880人 3,610人 1,020人 6会場 ---
bjリーグ 2012-13 -- ---人 ---人 ---人 ---人 -会場 ---

会場別観客動員記録

年度 自治体 アリーナ 座席数 ホームゲーム観客数
試合数 合計 平均 最大 最小
2008-09 浜松市 浜松アリーナ 10 18,514人 1,851人 2,935人 1,237人
浜松市 浜北GA 2 3,003人 1,501人 1,605人 1,398人
豊橋市 市総合体育館 8 12,305人 1,538人 1,831人 1,212人
豊川市 市総合体育館 4 5,768人 1,442人 1,803人 1,132人
旭川市 市総合体育館 2 2,655人 1,327人 1,485人 1,170人
ホーム計(レギュラーシーズン) 26 42,245人 1,624人 2,935人 1,132人
2008-09
プレイオフ
袋井市 エコパアリーナ 2+1 3,916人 1,958人 2,266人 1,650人
ホーム総合計 28+1 46,161人 1,648人 2,935人 1,132人
2009-10 浜松市 浜松アリーナ 10 13,423人 1,342人 1,862人 1,078人
豊橋市 市総合体育館 8 10,106人 1,263人 1,593人 962人
豊川市 市総合体育館 4 4,589人 1,147人 1,260人 1,013人
蒲郡市 市民体育センター 2 2,295人 1,147人 1,215人 1,080人
旭川市 市総合体育館 2 3,440人 1,720人 1,755人 1,685人
ホーム計(レギュラーシーズン) 26 33,853人 1,302人 1,862人 962人
2009-10
プレイオフ
浜松市 浜松アリーナ 2 3,636人 1,818人 2,348人 1,248人
ホーム総合計 28 37,489人 1,339人 2,388人 962人
2010-11 浜松市 浜松アリーナ 4 9,977人 2,494人 3,388人 1,628人
湖西市 アメニティプラザ 2 2,244人 1,122人 1,127人 1,117人
藤枝市 静岡県武道館 2 2,778人 1,389人 1,828人 950人
豊橋市 市総合体育館 6 8,282人 1,380人 2,056人 643人
豊川市 市総合体育館 4 5,185人 1,296人 1,651人 1,099人
蒲郡市 市民体育センター 4 3,885人 971人 1,694人 489人
ホーム計(レギュラーシーズン) 22 32,351人 1,470人 3,388人 489人
2010-11
プレイオフ
豊橋市 市総合体育館 2 5,162人 2,581人 3,068人 2,094人
ホーム計 24 37,518人 1,563人 3,388人 489人
2011-12 浜松市 浜松アリーナ 10 23,182人 2,318人 3,610人 1,520人
湖西市 アメニティプラザ 4 4,584人 1,146人 1,188人 1,086人
豊橋市 市総合体育館 6 12,857人 2,143人 2,864人 1,446人
豊川市 市総合体育館 4 5,076人 1,269人 1,606人 1,020人
岡崎市 岡崎中央総合公園総合体育館 2 4,100人 2,050人 2,255人 1,845人
ホーム計(レギュラーシーズン) 26 49,799人 1,915人 3,610人 1,020人
2011-12
プレイオフ
浜松市 浜松アリーナ 2+1 2,854人 1,427人 1,707人 1,147人
ホーム計 28+1 52,653人 1,880人 3,610人 1,020人

放送・メディア[編集]

応援番組[編集]

  • エフエム豊橋「84の3 Evening Train」内コーナー「We are フェニックス!」(シーズン限定:10月~翌年5月)

  毎週木曜日17:20頃~およそ10分間

 (不定期:主に木曜担当パーソナリティ:鈴木裕子が試合の様子や選手等へのインタビューを紹介)

過去の応援番組[編集]

         「Saturday Sports Beat」内「Phoenix Booster Beat」

キーワード[編集]

2種類のアリーナ[編集]

浜松地区で開催される場合は「浜松フェニックス」、東三河地区で開催される場合は、「東三河フェニックス」とそれぞれセンターサークルに表示されたコートを使い分けていた。なお、旭川で開催された時は、「東三河フェニックス」、「浜松フェニックス」と1日ずつコート表示を変えていた。

 2010-11シーズンからは、体育館の床をそのまま使用。センターサークルはチームロゴの表示となっている。

フェニックスカップ[編集]

  • 旧オーエスジー時代より中学・高校生年代の強化大会として「フェニックスカップ」を主催している。中学生の部は11月下旬頃、高校生の部は3月下旬頃にいずれもオーエスジースポーツスクエアーなどに全国の強豪校を招待してトーナメントが展開されている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ JBLからbjリーグ移籍のチームは3例目となる
  2. ^ 旧オーエスジー時代よりホームゲームを開催しており、2007-08シーズンにレラカムイ北海道が旭川で開催した試合も対オーエスジー戦であった。

外部リンク[編集]