林マヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

林 マヤ(はやし マヤ、2月23日 - )は長野県上田市出身のファッションモデルタレント歌手である。本名・大内理枝。身長171cm。血液型O型。所属事務所アップフロントエージェンシー

目次

[編集] 経歴

長野県小県東部高等学校卒業後上京し就職するが、就職先の寮で門限破りを繰り返し2週間で退社。その後風呂なしのアパートに住みアルバイト生活をしていた時、東京でモデルをしていた高校時代の友人と偶然銭湯で再会しモデル事務所を紹介された。

しかし当時の日本は可愛い系が流行っていた為、個性派のモデルであったことから、3年間売れない日々を過ごした。当時パンク・ファッションに憧れていたこともあり、事務所を辞めパンクの本場ロンドンへ行くことを決意。途中、経由地のパリのカフェで偶然世界的に有名なカメラマンであるピーター・リンドバーグと出会い日本人として、初めてファッション誌『マリ・クレール』フランス版に登場。その後1ヶ月パリの事務所に所属してモデル活動を行い、パリ・コレクションにも出演した。また、ファッションショーのBGMで使われたジャズの曲『テイク・ファイヴ』に魅せられ1991年平成3年)3月21日、ミディ・レコードからジャズアルバム『MAYA』で歌手デビューもしている。 日本に帰国後の1996年(平成8年)には資生堂エリクシールのCMに出演。注目を集め、徐々に仕事が舞い込むと共に、『anan』に毎号トップモデルとして登場。東京とパリを往復する生活を10年間続けた。また、モデルとしての体型を維持するために過激な食事制限を実行し、健康を害したこともあったという。体調を回復した後は、運動を取り入れた健康的なダイエットをするようになった[1]。その後、食生活の改善を考えていた折に農業に出会い、2009年(平成21年)に守谷市に引っ越した後はプチシャン(小さな農園)で自ら野菜を作っている[2]。 現在はタレントとして活動する傍ら、ジャズ歌手としてライブ活動を行っている。

[編集] エピソード

  • 前述の資生堂のCMに出演している頃、ダウンタウン浜田雅功が「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)でのトークで「化粧品のCMで、何か変な顔して笑ってる女おるやろ。アイツは横分けさせて、スーツ着させなアカンのちゃうんか?」と面識のない林のことを語ったところ、数週後同番組のトーク中に林本人が、読者のハガキのワゴンを持って笑いながら登場し、浜田を焦らせたことがある。
  • 枕博士と呼ばれている。その中で特に気に入っている枕は、リヴィンのらくらく安眠枕である。「ボディ+」でページ一面に紹介し、また「シンデレラビューティー」で紹介した。MCの安めぐみにもすすめ、ファッション誌「美的」でもよく眠れるようになったと紹介していた。
  • 自己紹介の際に「マヤマヤこと林マヤでーす」と言う事があったがこの愛称「マヤマヤ」が全く広まらなかった事がよく深夜ラジオ番組等ではがき職人からネタにされることが多く、TBSラジオの『コサキンDEワァオ!』でもネタにされていた(尚このネタは興陽館刊・TBSラジオ編・「コサキンの中2の放課後 ~2人合わせて100才~」に掲載されている)。

[編集] 主な出演

[編集] テレビ

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] ラジオ

[編集] 雑誌

  • ESSE「林マヤさんの菜園カレンダー」(扶桑社,2010年1月号~連載中)

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ DHC「みんな、げんき?」2006年12月号の本人談より。
  2. ^ 知的な田園都市の生活マガジン つくばスタイル No.13

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス