善財童子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

善財童子(ぜんざい どうじ、Sudhanakumâra)は、仏教童子の一人であり、『華厳経入法界品』、『根本説一切有部毘奈耶薬事』などに登場する。

概要[編集]

華厳経入法界品』については仏道修行する内容で広く知られる[1]

華厳経[編集]

『華厳経入法界品[2]』に於いて、インドの長者の子に生まれたが、ある日、仏教に目覚めて文殊菩薩の勧めにより、様々な指導者(善知識)53人を訪ね歩いて段階的に仏教の修行を積み、最後に普賢菩薩の所で悟りを開くという、菩薩行の理想者として描かれている。 善智識の中には比丘や比丘尼のほか外道(仏教徒以外の者)、遊女と思われる女性、童男、童女も含まれている。

派生作品[編集]

昔からこの様子が多くの絵や詩歌に描かれており、日本では、明恵上人高弁による善財童子の讃嘆が有名であり、また東大寺には『華厳五十五所絵巻』[3]、『華厳海会善知識曼荼羅図』などが現存している。金沢文庫に『善財童子華厳縁起[4]』がある。

東海道五十三次[編集]

一説には、江戸時代に整備された東海道五十三次の五十三の宿場は、善財童子を導く五十三人の善知識の数にもとづくものとされる。

根本説一切有部毘奈耶薬事[編集]

ジャータカ(本生経)の1つ『根本説一切有部毘奈耶薬事[5]』によれば善財童子は曠野国に攻め入った時、通りかかった薬叉(夜叉 王は毘沙門天クベーラ)部下はパーンチカ鬼子母神の夫)ら)の援軍をえたという。

紅孩児[編集]

代に集大成された西遊記では善財童子は紅孩児[6]観音菩薩に帰依した後の名とされる。

関連項目[編集]

[編集]

  1. ^ 『華厳経』と教育 (二) The Buddha-Avatamsaka-Sutra and the Education (2) 大手前大学人文科学部論集 4, 35-71, 2003
  2. ^ 大方広仏華厳経入法界品四十二字観門 三蔵沙門不空奉 詔訳”. 仏教典籍検索. 2010年7月30日閲覧。
  3. ^ 森本公誠編『善財童子 求道の旅』1998年、朝日新聞社刊
  4. ^ 納富常天 『善財童子華厳縁起』について The Manuscript of the Zenzaidoji-Kegon-engi 善財童子華厳縁起 駒澤大学佛教学部論集 18, 270-298, 1987-10
  5. ^ 巻第十三”. 根本説一切有部毘奈耶薬事 大唐三蔵義浄奉 制訳. 仏教典籍検索. 2010年7月30日閲覧。
  6. ^ 元曲雑劇『雜劇·楊景賢·西遊記·第三本雜劇·楊景賢·西遊記·第三本” (中国語(繁体字)). 2010年7月30日閲覧。』第十二折鬼母皈依では紅孩児は鬼子母神の子である愛奴児である