フランサ
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| フランサ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | フランサウド・セナ・デ・ソウザ | |
| 愛称 | 魔術師 | |
| ラテン文字 | França | |
| 本名 | Françoaldo Sena de Souza | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1976年3月2日(33歳) | |
| 出身地 | ブラジル | |
| 身長 | 183cm | |
| 体重 | 78kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | FW | |
| 背番号 | 10 | |
| 利き足 | 右足 | |
| 代表歴 | ||
| 2000-2002 | 9 (2) | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
フランサことフランサウド・セナ・デ・ソウザ(Françoaldo Sena de Souza "França"、1976年3月2日 - )は、ブラジル出身でJリーグ・柏レイソル所属のサッカー選手。ブラジル代表9試合出場2得点。
目次 |
[編集] プレースタイル
かつてブンデスリーガで2桁得点を記録した実績や、柏では1トップで使われているが、典型的なストライカータイプのフォワードではなく、ボールキープ技術やパスを駆使して周りの選手を上手く使い、チームプレーに徹するゲームメーカータイプのフォワードである。(本人も得点するよりアシストする方が好きであるとコメントしており、2009年の個人の目標にアシスト王を掲げている。)
そのため、並外れた得点力はないが、難易度の高いパスを変幻自在に供給するフランサのプレースタイルを指して、メディアからは「魔術師」、「トップ下兼ストライカー」、また一部のサポーターからは、タイプは違うものの、レイソルでかつて10番をつけていたカレカにあやかって「カレカの再来」とも著す事もあった(特に鈴木達也(現・FC東京)によれば、周りの選手に対し「パスはお前が出して欲しい所にちゃんと出すから、必ずどこに出して欲しいかわかるように指示をくれ」といつも言っているという)。攻撃ではかなり存在感がある一方で前線からの守備はまったくしない。加藤浩次も「すっごいサボるよね(笑)」 とコメントしたことがある。 また足元だけでなく、183cmの長身を生かしたヘディングでのボールコントロールも優れ、ポストプレーもできる。
以前は好不調の波が激しいことや、怪我も多いため、1年を通しての安定感には欠けるのがたまに傷でもあり、そのためサポーターからは「二流の一流選手」との評価を受けることもあったが、2006年からは、相変わらず怪我は多いものの、波は少しずつ改善され、チームの中心としての活躍をしている。 またレイソルには、アレックス、ポポといった優秀なキッカーがいるため蹴る回数は少ないが、フリーキックも一流品である。また元々左利きであることから、左足の精度も高い。
[編集] 経歴
ブラジルの名門サンパウロで才能を開花させ、ドイツ・ブンデスリーガの強豪、バイエル・レバークーゼンに移籍。2003年 - 2004年シーズンには同胞のロブソン・ポンテ(現・浦和レッズ)、ブルガリア代表のディミタール・ベルバトフ(現・マンチェスター・ユナイテッド)と共に攻撃を牽引。この3人はデンジャラス・トライアングルと呼ばれ、フランサ自身はリーガアシスト王に輝いた。またルイス・フェリペ・スコラーリ監督時代にはブラジル代表にも選出され、9試合2得点の記録を残している。
2005年、J2降格の危機にあったレイソルの救世主として期待され、パリ・サンジェルマンから移籍してきたレイナウドと共に入団。しかし入団早々から怪我による長期離脱、更に早野前監督によるフランサの特性を無視した(早野はフランサを単なる点取り屋として見て獲得したという。)不可解な起用もあり、この年のフランサはほとんど活躍することが出来ず、チームもJ2に降格した。助っ人外国人という立場、さらにドイツでも実績があっただけに、期待を裏切られた反動からか、J1J2入れ替え戦に出場した際は、ホームにも関らずボールに触れるたびに観客からブーイングを浴びせられた。(これは、試合後半で2点のリードを許し降格がほぼ確実な状況の時フランサを投入したため、サポーターから、「こいつは誰だ。」や「何で今まで出さなかったんだ。」などの声が上がっていたともされる。ちなみに、サポーターも彼の特性を理解できずに、ただのストライカーとして受け入れてしまったのが原因である。)
2006年、フランサは前途のとおり、元々は世界的な知名度や実績もあり、まさかJ2でプレイするような選手とは考えられなかったため、国内外から十数件に及ぶオファーを受けていた自身の移籍も確実視されていたが、「チームのために力になれず悔しい」としてチームに残留。開幕当初は怪我で戦列を離れていたものの、復帰後は徐々にその実力を発揮。精度の高いパスでリズムをもたらすなどチームのJ1復帰に貢献した。2ndクールの東京ヴェルディ1969戦、非常に難しいボレーシュートを決め、真っ先に石崎信弘監督やドクター、スタッフのもとに駆け寄るなど人情味深い面も見せた。「ロボットダンス」にも似た「フランサダンス」はレイソルサポーターの間でブームになった。
2007年、J1復帰後のレイソルにおいては益々チームの核として活躍。ガンバ戦での見事なミドルシュートなど、これぞフランサと言えるようなスーパープレーも随所に見せ、レイソルもフランサを中心とした鋭いカウンター攻撃を持ち味にJ1の舞台でも上位争いを演じるに至り、フランサの存在はもはやレイソルの顔として欠かせないものとなった。
2008年は、足の手術などでシーズン前半を棒に振り、リーグ戦中断明けに足にボルトを入れた状態で復帰。レッズ戦での試合終了時間ギリギリに決めた難易度の高いアウトサイドボレーや、その次のジェフ戦で見せたハーフボレー、天皇杯準々決勝のサンフレッチェ広島戦での、ループでGKを交わしてそのまま決勝ゴールというシーンなど、数少ない得点の中でも、スーパーゴールを連発、またゴールだけではなく、周りを生かした頭脳的なプレーでチームの主力として活躍している。
[編集] その他
スパイクはミズノのものを愛用しているが、つま先部分に穴が開いている。裂けて穴が開くくらいに使い込んて足に馴染んだスパイクこそが最高とのこと。走るのに問題はないが、雨の日はやはり困ると話している。(2009年2月22日放送のスーパーサッカーより)
[編集] 所属クラブ
- 1993年 ナシオナル・マナウス(ブラジル・アマゾナス州)
- 1994年 - 1995年 キンゼ・デ・ジャウー(ブラジル・サンパウロ州)
- 1996年 - 2001年 サンパウロFC(ブラジル・サンパウロ州)
- 2002年 - 2005年5月 バイエル・レバークーゼン(ドイツ)
- 2005年8月 - 現 在 柏レイソル(日本)
[編集] 個人タイトル
- サンパウロ州選手権 得点王 :1998、2000
- Jリーグ 優秀選手賞 : 2007
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1993 | マナウス | ||||||||||
| 1994 | ジャウー | ||||||||||
| 1995 | ジャウー | ||||||||||
| 1996 | サンパウロ | 8 | 1 | ||||||||
| 1997 | サンパウロ | 15 | 3 | ||||||||
| 1998 | サンパウロ | 22 | 8 | ||||||||
| 1999 | サンパウロ | 22 | 18 | ||||||||
| 2000 | サンパウロ | 16 | 8 | ||||||||
| 2001 | サンパウロ | 23 | 12 | ||||||||
| ドイツ | リーグ戦 | リーグ杯 | DFBポカール | 期間通算 | |||||||
| 2002-03 | レバークーゼン | ブンデス1部 | 15 | 1 | |||||||
| 2003-04 | レバークーゼン | ブンデス1部 | 33 | 14 | |||||||
| 2004-05 | レバークーゼン | ブンデス1部 | 22 | 6 | |||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005 | 柏 | 11 | J1 | 3 | 0 | - | 1 | 0 | 4 | 0 | |
| 2006 | 柏 | 10 | J2 | 28 | 4 | - | 0 | 0 | 28 | 4 | |
| 2007 | 柏 | 10 | J1 | 25 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 26 | 8 |
| 2008 | 柏 | 10 | J1 | 19 | 4 | 2 | 1 | 4 | 2 | 25 | 7 |
| 2009 | 柏 | 10 | J1 | ||||||||
| 通算 | ブラジル | ||||||||||
| ドイツ | ブンデス1部 | 70 | 21 | ||||||||
| 日本 | J1 | 47 | 12 | 3 | 1 | 5 | 2 | 55 | 15 | ||
| 日本 | J2 | 28 | 4 | - | 0 | 0 | 28 | 4 | |||
| 総通算 | |||||||||||
[編集] 記録
- サンパウロFC時代(2005年7月現在)
- 325試合(クラブ歴代最多出場28位)
- 182ゴール(クラブ最多得点ランキング4位)
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