サンタクロース (競走馬)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

サンタクロースSanta Claus)はイギリスで生産され、アイルランドで調教されたサラブレッドである。1964年にイギリスとアイルランドのダービーを勝ち、この年の賞金王になった。

サンタクロース
英字表記 Santa Claus
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1961年
死没 1970年2月13日[1]
Chamossaire
Aunt Clara
生国 アイルランド共和国の旗 アイルランド
生産 Dr. Frank Smorfitt
馬主 John Ismay
調教師 Mick Rogers
競走成績
生涯成績 7戦4勝
獲得賞金 153,646ポンド
テンプレートを表示

本馬の日本語表記には、「サンタクロース」「サンタクローズ」などの表記が散見されるが、本項では「サンタクロース」で統一することとする。

競走馬時代[編集]

1964年エプソムダービーアイリッシュダービーに優勝。

2歳時(1963年)[編集]

2歳時(1963年)にアイルランドの2歳戦で最大のナショナルステークス(7ハロン)を8馬身差で勝ち、この時点でイギリスダービーの本命になった[2]

3歳時(1964年)[編集]

57年ぶりの英愛ダービー制覇[編集]

3歳(1964年)になると、アイルランドの2000ギニーを3馬身差で勝ち、単勝2.9倍の本命でイギリスダービーに出走した。サンタクロースには「女王陛下ですら一目見ることもできないような」厳重な警察隊の警備がつき、出走前の入厩先も伏せられた。過去のダービーでは、出走前に観客が本命馬の尻尾を引っ張ったり毛を抜いたりしたせいで、力を出せずに敗退したり(フェアウェイ)、不審者によって馬房に細工がされて馬が怪我をするように仕掛けが施されていたり(ワイルドデイレル)、餌に薬物が混入されて出走取消しを余儀なくされた例も少なくないからである[3][4]

無事に出走にこぎつけたダービーで、50歳になるオーストラリア出身のアーサー・"スコービー"・ブリースリーが騎乗した。サンタクロースはずっと最後尾を追走し、ようやくタッテナムコーナーから一番外側を回って進出した。残り200メートルでは、ボールドリックインディアナの争いだったが、最後にサンタクロースがインディアナを捉えて1馬身差をつけ、期待通りに2分41秒98のタイムで優勝した[2]。79歳になる馬主のジョン・イスメイ(John Ismay)は、ダービーの後エリザベス女王の招待を受け、勝利の祝福を受けた[5]。大本命が勝ったことで、馬券を売ったブックメイカーたちは17年ぶりの酷い損失を被ったと伝えられている[5]

そのあとサンタクロースはアイルランドに戻り、アイルランドダービーに出た。アイルランドダービーは数年前まで、地方の田舎レースのような扱いだったが、1962年にテコ入れがあって賞金が大幅に増え、イギリスダービーを勝った馬にとっても出走するに値する競走になったばかりだった。1.5倍の圧倒的な支持を受けたサンタクロースは、スタートしてしばらくは3番手を走っていたが、残り400メートルほどから先頭に立つと、そのまま人気に応えて優勝し、57年ぶりの、イギリスとアイルランドのダービーを制した史上2頭目の競走馬となった[6][2][注 1]。2着には後に日本へ種牡馬として輸入されるライオンハーテッドが入っている[6]

夏から秋[編集]

サンタクロースは次に出走したキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで、この競走史上もっとも倍率の低い1.15倍の人気を集めた。ところが、キャリアの浅いウィリー・バーク騎手の判断ミスもあり、逃げたナスラムを捕まえきれずに2馬身差の2着に敗れた[2][7]。当時この敗戦は“英国競馬史上、最も人々を怒らせた敗戦の一つ”と報じられた[8]。また、騎乗ミスのほか、敗戦の理由の一つに馬場が堅すぎてサンタクロースには合わなかったとする説もある[9]。ナスラムにとってはこれがこの年8戦して唯一の勝鞍となった[9]

秋はセントレジャーを回避して凱旋門賞に向かった。サンタクロースは最後方から進み、直線の手前から一気に進出したが、直線の入り口で、スタミナが切れて失速してきた大本命のルファビュルーと衝突してしまった。サンタクロースは体勢をたてなおし、200メートルをかけて追い込み、先頭のプリンスロイヤルをわずかに捉えた。しかしプリンスロイヤルもそこから再び差し返し、最後は3/4馬身だけプリンスロイヤルが優勢でゴールした。サンタクロースは2着に終わったが、この年サンタクロースが稼いだ賞金は、イギリスとアイルランドのこれまでの獲得賞金の最高額となった。そのおかげで父のシャモセールもこの年のイギリスとアイルランドの種牡馬チャンピオンとなった[2]

種牡馬時代[編集]

サンタクロースは、競走から引退して40万ポンドで売却され、アイルランドで種牡馬になった[10]

初年度産駒から、レインディアReindeer)がアイルランドのセントレジャーに勝った。ところがその直後にサンタクロースは血栓症で早逝してしまった。その後、2年目産駒でレインディアの全妹サンタティナSanta Tina)がアイルランドオークスに勝った。

産駒は全部で5世代で、イボアハンデ(G2)に勝ったボンノエルBonne Noel)やローズオブヨークハンデ(LR)に勝ったファーザークリスマスFather Christmas)が種牡馬入りしている。最後の世代の中には、持ち込み馬として日本で走ったウエスタンリバーもおり、同馬は日本経済賞アメリカジョッキークラブ杯で2着になった。サンタクロースの父系子孫は「サンタクロース系」と呼ばれることもある[11][12]

主な産駒[編集]

孫にGidron(東ドイツ三冠[要出典])などが出ており、ドイツで少なくとも1990年代まで子孫が出ている[13]

主要父系図[編集]

Santa Claus 牡馬 1961生 英ダービー、愛ダービー、愛2000ギニー
||Reindeer 牡馬 1966生 愛セントレジャー ケルゴルレイ賞
||Santamoss 牡馬 1966生
|||Gidron 牡馬 1976生 東ドイツ産 東ドイツ三冠
||||Darss 牡馬 1982生 東ドイツ産 種牡馬
||Santa Tina 牝馬 1967生 愛オークス
||Bonne Noel 牡馬 1969生 イボアハンデ
|||Noelino 騙馬 1976生 ニジンスキーステークスG2
|||Little Bonny 牝馬 1977 パンアメリカンハンデG2、ヴェルメイユ賞2着、愛オークス2着
||Father Christmas 牡馬 1970生
|||Deck the Halls 牝馬 1977生 ローズヒルギニーG1
||ウエスタンリバー* 牡馬 1970 日本経済賞2着

血統表[編集]

サンタクロース血統ハリーオン系 / Hurry On3×5=15.62% Pharos4×5=9.38% Phalaris5×5=6.25%)

Chamossaire
栗毛 1942
Precipitation
栗毛 1933
Hurry On Marcovil
Tout Suite
Double Life Bachelor's Double
Saint Joan
Snowberry
黒鹿毛 1937
Cameronian Pharos
Una Cameron
Myrobella Tetratema
Dolabella

Aunt Clara
黒鹿毛 1953
Arctic Prince
1948
Prince Chevalier Prince Rose
Chevalerie
Arctic Sun Nearco
Solar Flower
Sister Clara
芦毛 1938
Scarlet Tiger Colorado
Trilogy
Clarence Diligence
Nun's Veil F-No.3-o

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 『凱旋門賞の歴史』第2巻(1952-1964)アーサー・フィッツジェラルド・著、草野純・訳、財団法人競馬国際交流協会・刊、1996
  • 『Register of Throughbred Stallions of New Zealand Vol.IX』,The New Zealand Throughbred Breeder's Association(Inc),New Zealand Blood-Horse Ltd.,1976
  • 『サラブレッドの世界』サー・チャールズ・レスター著、佐藤正人訳、サラブレッド血統センター刊、1971
  • 『ダービーの歴史』アラステア・バーネット、ティム・ネリガン著、千葉隆章・訳、(財)競馬国際交流協会刊、1998
  • 『最新名馬の血統 種牡馬系統のすべて』山野浩一著、明文社刊、1970、1982
  • 『CLASSIC PEDIGREES 1776-2005』Michael Church編、Raceform刊、2005
  • 『海外競馬完全読本』海外競馬編集部・編、東邦出版・刊、2006

注釈[編集]

  1. ^ 1962年に大幅に賞金が加増される以前のアイルランドダービーは、イギリスダービーを勝つような一流馬が出走するような競走ではなかった。イギリスダービーの後は、フランスで行われる高額賞金のパリ大賞典や、イギリス国内の重要な競走に備えるのが一般的だった。

出典[編集]

  1. ^ イヴニング・タイム紙 1970年2月14日 サンタクロースが死亡2014年6月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『凱旋門賞の歴史』第2巻、p209-225
  3. ^ Star-News紙 1964年6月2日号“ダービー本命馬の厳重な警備”2013年10月26日閲覧。
  4. ^ The Telegraph-Herald紙 1964年6月3日号2013年10月26日閲覧。“サンタクロースがダービー優勝”
  5. ^ a b Lodi News-Sentinel紙 1964年6月4日 最高賞金のエプソムダービーを本命サンタクロースが制す2014年6月8日閲覧。
  6. ^ a b サスカトゥーン・スター・フェニックス紙 1964年6月27日付 アイルランドダービー優勝はその名もサンタクロース2014年6月8日閲覧。
  7. ^ サスカトゥーン・スター・フェニックス紙 1964年7月18日付 アメリカ産の牡馬が優勝2014年6月8日閲覧。
  8. ^ CNN・スポーツイラステッド紙 1964年7月27日“In one of the biggest upsets in British Thoroughbred racing history”
  9. ^ a b Thefreelibrary.com リボー2014年6月8日閲覧。
  10. ^ new Scientist誌1985年6月号 The race to breed faster horses,Robin Dunbar(Google Booksによる写し)2014年6月8日閲覧。
  11. ^ 最新名馬の血統 種牡馬系統のすべて』p314-321
  12. ^ 『Register of Throughbred Stallions of New Zealand Vol.IX』p294-295 Reindeer
  13. ^ ASVH スウェーデン温血種協会 Darss2014年6月8日閲覧。

外部リンク[編集]